ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(5)

 

ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(5 

 

(5)SAGEフレームワーク

 

本書はファミリービジネス独自のリーダーシップの役割として、SAGEフレームワークを提示しています。ファミリービジネスの組織の特徴を分析・理解するツールとして(3)でAGESというフレームワークを紹介しましたが、その個人版がこのSAGEフレームワークです。

  これは、S(スチュワード、受託責任者)を中心に、A(設計者、アーキテクト)、G(ガバナー、統治者)、E(アントレプレナー、起業家)の役割を果たすところに、ファミリービジネスにおけるリーダーの役割があることを示しています。

  

最初の中心的な役割であるS(スチュワード、受託責任者)というのは、まさにファミリーが受け継いできた事業を引き受けて、次の世代に引き渡していく役割です。経営者にこうした役割を求めるのは、企業の永続性を前提にビジネスを考える日本のビジネス風土においては、ファミリー企業に限らず、広く一般の企業にとっても当たり前の役割ではないかと思われるかもしれません。

  しかし、企業の寿命が30年と言われて久しく、経営者の処遇体系もより短期の業績を重視する傾向が強まっている現在、S(スチュワード、受託責任者)という役割の意味合いを再考・再評価する必要はあります。

  本書では、S(スチュワード、受託責任者)を内発的モチベーション・事業との一体感・個人としての力の3側面から考察しています。

  

モチベーションに関して重要なのは、スチュワードは内発的に動機づけられる(モチベーションを得る)のであって、外発的ではないとうことです。一般的な言葉で言うと、スチュワードは、「手に入れるもの」によってモチベーションを得るのではなく、何かを行うことによって「感じるもの」からモチベーションを得るのです。(本書165166ページより) 

最も優れたスチュワードは自分自身の延長として事業を捉えるということです。(中略)「ファミリー企業での役割に心から真剣に取り組んでいる人たちは、それを仕事とは考えないし、キャリアとも考えない。どちらかと言うと、使命に近いものと考えている」。(中略)デメリットは、「いつでも勤務中である」ということ、つまり自分自身を事業からなかなか切り離せないということです。(本書168ページより) 

スチュワードはステークホルダーから認められるために、「地位から生じる力」に頼りません。スチュワードは「個人としての力」を使って、ものごとを成し遂げようとします。わたしの肩書がオーナーであろうと、CEOであろうと、それはほとんど関係がない。スチュワードとしてわたしが理解しているのは、何かを成し遂げるには「尊敬」が必要だということです。わたしにとって最大の恐怖は、次の世代が「既得権」のような感覚を持ってしまうことです。(本書169ページより)

  

 使命感に近いものがS(スチュワード、受託責任者)の基盤であるとして、その使命感を適切に活かすことがリーダーには求められます。使命感があるからと言って、従業員はおろか、事業に携わっている他のファミリーメンバーや先代とともに仕事をしてきた役員などの意見にも一切、耳を貸さず、すべてを自分で仕切ろうとするタイプの次世代経営者もいます。

 そういうタイプに限って、案外、筋の良くない社外関係者、ときにはアンダーグラウンドな人脈などに頼ってしまい、下手をすると会社のオーナーシップを喪失する事態に追い込まれるといった事例が、上場企業レベルでも散見されます。

 使命感の暴走も困りものですが、本書で指摘している「既得権」に拘るのも、事業を継続させてファミリーを存続させる上では困りものです。というのは、既得権という感覚からは、リーダーとして成長する余地があるとは望めないからです。なにしろ、既に(生まれながらの)リーダーであると自任しているわけですから、そういう人にとって、リーダーシップの何を学ぶ必要があると言うのでしょうか。

  実際は、どんな優れた人でも、事業運営をまったくやったことがない状態ではリーダーとしてのスキルもマインドも身についていません。まして、次の社長になるのが「既得権」だと思い込んでいる人は、リーダーという役割を受け入れる心身の準備(レディネス)がありません。リーダーになって当然だという思い込みがあるだけです。

  そうした思い込みだけでリーダーとして機能するほど企業組織もファミリーという組織も甘くはないことくらい、誰でもわかりそうなものです。しかし、そうでない人々が世の中にはいかに多いことか、これまでも実感してきましたし、今も実感させられ続けています。

  筆者個人の経験を踏まえて改めてファミリービジネスにおけるリーダーシップを考えてみると、S(スチュワード、受託責任者)という役割を真っ当に果たす上での最低限の条件は、もしかすると、自分がやるしかない=止めるわけにはいかない=という覚悟(これを使命感といってもいいのかもしれません)と謙虚さ(自分にリーダーが本当に務まるのかと危惧し続けるからこそ、自ら学び考える姿勢)ではないかと思います。

  スチュワードというリーダーシップの側面は、「リーダーになりたい」とか「なって当然」という感覚ではなく、(本心は引き受けたくはないけれども)後継者としてのリーダーの役割を引き受けなければならない、引き受けたからには自分の代で潰すことなく、次の世代に引き継がなければならない、そういう責任感です。

  極論ですが、ここには職業選択の自由は相当程度に制限される状況があります。リーダーを引き受けない限り、ファミリービジネスに積極的に関与することはできないことが、暗黙の裡に条件として示されているようです。

  

次に、A(設計者、アーキテクト)について、対立という概念を軸に考察しています。

  

ファミリー企業では、対立は自分の利益を拡大するためのもの(つまり、自分本位なエージェントによるもの)と見られています。したがって、ファミリー企業の基本的な信条に反し、共通の価値観やビジョン、目的などを破壊する恐れがあると考えられています。 

ファミリー企業内の対立の多くが、優れたアーキテクトの不在に関係しています。(中略)次世代にうまく承継されている企業では、優れたアーキテクトの不在という問題はあまり見られません。ファミリー企業内で、対立の発生源としてアーキテクトが注意しておくべき点は、以下のものがあります。 

 

・ファミリー企業内の役割やルールの曖昧さ 

・ファミリーとファミリー以外のメンバーの間で権力やステータスが異なること 

・事業の承継プロセスが性急であり、公正でないこと 

・ファミリー内のライバル心(特に、創業者の子どもたち) 

・一人の息子や娘だけをかわいがること 

・キャリアや報酬、雇用に関して、明確かつ一貫した方針が存在しないこと 

・行動規範が存在しないこと 

・職務記述書が存在せず、職務の範囲が明確でないこと 

(本書192193ページより)

  

 筆者個人の経験でいえば、こうした対立は、従業員が見ている前で殴り合いの兄弟喧嘩を始めるほどのものです。特に、兄弟の年齢差が小さく、対立に裁定を下すべき先代のリーダーが不在ともなると、問題状況を解消することができないままです。

  往々にして、こうしたケースでは、ファミリー内部の問題も企業組織における問題も、結局は先代のリーダーがすべて自分一人で意思決定してきたため、システム化やルール化がほとんどなされておらず、判断基準とすべき価値観もビジョンも明文化するなどの共有化される仕組みもないのです。

  したがって、当事者(次世代のリーダーであるべき兄弟たち)や関係者(従業員、特に執行役員や上級管理職、および社外取締役・監査役、長年顧問となっている専門家など)も問題を解決する方法や手続きがわからず、最後は第三者に会社のオーナーシップを売却するとか、会社を法的にも分割するといったことになるか、事業が不調となり会社そのものが消滅するといった事態に陥りがちです。

  こうした事態に至った原因は、突き詰めれば、先代のリーダーがアーキテクトとして機能せず、ファミリーも企業も運営するためのシステムやルールを適切に設計してこなかったからに他なりません。こうした点からもアーキテクトという役割を意識的に果たすことの重要性は、十分に理解されるでしょう。

  改めて述べるまでもありませんが、A(設計者、アーキテクト)としての役割を果たすべき対象は事業組織(企業)や株主の組織(取締役会)に限りません。同時に、ファミリーという組織についても何らかの公式化したシステムやルールを確立することでファミリーの継続を実現するのも、リーダーのもつアーキテクトの役割として強く求められます。そのためには、ファミリーという組織を管理する仕組みが必要とされることもあります。

  

ファミリー・オフィスは、ファミリーの永続を目的とした独立の組織で、一族の資産の管理や運用、次世代の教育など、幅広い業務を行います。(本書206ページより)

  

こうしたファミリー・オフィスは、日本ではまだまだ導入されている例は限られているようです。なかには、資産管理会社を国内外に設立したり、プライベート・バンキングのサービスとして類似の機関を設立したりすることもあるようですが、単に相続税などの節税目的で運営されているのでは、ファミリービジネスを承継する仕組みとしては不十分です。

  真にファミリービジネスを次の世代に受け継いでほしいのであれば、財務的な管理とともに人材面の管理(次世代教育など)や非財務資産(受け継がれていくべき価値観やビジョンの明確化や受け継ぐ方法の開発など)の管理のために、A(設計者、アーキテクト)としてのリーダーシップを発揮すべきでしょう。

  

A(設計者、アーキテクト)としての役割は、設計したシステムやルールをG(ガバナー、統治者)として運営することに続きます。

  

ガバナンスを定めるためには、統治する組織が、ファミリーであるか、ファミリー・オフィスであるか、あるいは事業であるかにかかわらず、その組織のニーズと特徴を認識する必要があります。(中略) 

優れたファミリー・ガバナーとなるには、ファミリーレベルでのリーダーシップが必要です。(中略) 

この役割を果たすにあたって、リーダーのマインドセットは、オーナーであるファミリーをより積極的で行動的なグループにすることにフォーカスします。事業のリーダーやガバナーとは異なり、彼らは指名されるのではなく、ビジョンやエネルギー、インスピレーションを示すことによって、リーダーとして浮上してきます。(中略) 

このような統合的なガバナンスのプロセスを推進するファミリー・ガバナーが持つべきスキルセットとしては、強力な人間関係の能力が挙げられます。具体的には、人の話をよく聞くこと、効果的なコミュニケーションをとること、ファミリー・グループ内の視点を統合することなどです。(本書208210ページより)

  

 こうしてファミリーグループにおけるガバナーとしてファミリー・メンバーが過去を尊重し、事業と資産を未来の世代のためによりよく活用するようなマインドを保つために、次に例示される事項に取り組むことが期待されます。

 

・ファミリーのレガシー(残すべき資産)の創造に取り組むコミュニティの創造

・ファミリー内部および関連する組織における、議論や考察に基づく教育の奨励

・ファミリーの歴史や美徳、責任あるオーナーの義務、メンバーが果たすべき役割、ファミリー内部の暗黙のルールなどについて、メンバーが意見やアイデアを表明できる場の提供

・ファミリーの一体感やつながりを醸成するような社交やイベントの企画

 

 ガバナーとしてファミリーを対象とするとともに、ファミリー企業のリーダーは事業についてもガバナー(取締役)であることが求められます。

 

 事業のガバナンスについて、あるいはガバナー(取締役)になることについて、わたしが最初に学んだ重要なポイントは、まず規律を持たなければならないということでした。規律とはつまり、自分の責任は事業に対するものであって、自分をガバナーの地位に就けた支援者に対するものではないと理解することです。ガバナーのマインドセットは全員を代表するものでなければならず、限られた数人だけを代表してはいけないのです。(本書212ページより)

  

 事業のガバナーであることとは、すなわち取締役であることです。取締役として株主から委任された会社の経営全体を監督するのが仕事であって、ファミリーメンバーの利益代表ではないのです。つまり、ファミリーという組織のガバナーとしてファミリーの資産を管理する責任を負うと同時に、一方で所有する会社全体の資産を管理する責任も負います。その際に、長期的な視点をもってファミリーの資産と会社の資産(利益を含む)を成長させることで、二つの立場を統合することが求められます。

  ファミリー企業のリーダーは、取締役会会長ではあっても、必ずしも事業運営の責任者(通常はCEOとか代表執行役社長などと呼ばれる地位に就いている人)であるわけではありません。そのため、今期の利益にばかり関心が向かいがちな事業執行者とは一線を画して物事を判断することで、事業のガバナーとしての役割を果たすことが可能となります。

 

 このような長期的な視点をもつことで、ファミリー企業のリーダーはE(アントレプレナー、起業家)であることも求められます。

  ときに事業執行者が陥りがちな視野ですが、現在の利益だけでよければリスクのある投資を避けるのも自然なことです。しかし、ファミリー企業のリーダーには、過去や現在の資産を管理するとともに、未来の資産を管理する責任もあります。つまり、未来に向けて資産を成長させていくには現在の投資が不可欠である以上、E(アントレプレナー、起業家)としてリーダーシップを発揮することが必須となります。

  また、次世代にファミリーや事業を引き継いでいくには、何らかの形で事業環境の変化に適応して自社やファミリーを変革していくことが必要となります。時には、その前に、受け継いだ事業やファミリーを現代にあった形に作り直すことに迫られ、変革を主導しなければならないこともあるでしょう。この点からも、E(アントレプレナー、起業家)であることが求められるのです。

 

 シュンペーターの言うイノベーターは、既存の市場の均衡を破壊して新たなチャンスにつながる変化を起こすのです。(中略) 

もう一方のロナルド・コースの議論は、シュンペーターの説とは異なるものの、それを補完する説明となっています。(中略)コースの言う調整者的なイノベーターは、効率を実現する人です。外部の市場圧力を受けて組織を調整し、最適な生産方法を選択する役割を果たします。 

この二人の議論は互いに補完し合うものです。つまり、「どちらか」ではなく、「どちらも」なのです。この解釈は、ファミリー企業のリーダーとしてのわたしの役割にも当てはまります。わたしはいまの状況を壊す必要がありますが、もう一方で、状況を落ち着かせて、効率と調整を実現する必要もあるのです。(本書246247ページより)

  

 このようにファミリー企業における起業家の役割を説くのは、ファミリービジネスという既存のビジネスが存在するところが出発点である故でしょう。もし、著者が引き継ぐべきファミリービジネスをもたない立場であったならば、シュンペーターをより強く意識したのではないでしょうか。起業家とはゼロからイチを生み出すもので、そのためには既存の枠組みを一度、ご破算にするという破壊重視のイノベーションを重要視したのかもしれません。

 E(アントレプレナー、起業家)としてのリーダーに求められえるスキルセットについても、シュンペーターとコースの対比を踏まえて、技術主導型の能力、つまり技術開発の能力とオペレーションの実務能力、および、事業主導型の能力、すなわちマネジメントの能力と商売の能力、という大きく2種類の能力を指摘しています。

 

 破壊者(技術主導型)の役割能力においては、技術の能力が必要となり、それが製品やサービスにおいて、新たな技術のパターンやインスピレーション、ブレークスルーなどを実現します。加えて、オペレーションの能力も発揮する必要があります。(中略) 

 一方の統合者(事業主導型)の役割には、マネジメントの能力が関係します。技術が変化する状況で、行動を起こし適切に対応する必要があるのです。(中略)不確実性から生じるコスト削減の要請に応えたり、経営構造の継続的な調整や、経営資源の調整を行ったりします。この能力によって、継続性とイノベーションを組み合わせることができるのです。 

 しかし、このマネジメントの能力に加えて、リーダーには商売の能力も必要になります。この点は、多くの人が自分のスキルをチェックする際に見逃しがちです。起業家なら、誰でも「売る」必要があります。

 

 ここでの指摘は、ファミリービジネスにおけるリーダーシップのなかでE(アントレプレナー、起業家)の役割を説明しているものですが、その内容は起業家一般にそのまま当てはまるものでもあります。

 起業家と一口に言っても、破壊ばかりしていたのではビジネスとして収益を大きく上げることができません。技術的なブレイクスルーができたならば、それを製品やサービスの形で表現して、実際の売上を作っていかなければなりません。製品やサービスを作るには、ここでいう「マネジメントの能力」が必須ですし、売上を作るにはビジネスモデルを生み出すだけでなく「商売の能力」が不可欠です。

 ただし、アントレプレナーの役割が必要な状況になっていきなり、ここで求められるスキルセットを一人ですべて身につけるというのは現実的ではないでしょう。アントレプレナーの役割も、他の役割と同様に、ファミリー企業のリーダーとなろうと意識し始めた頃から、少しずつ意図的に身につけることが肝要です。

 実際には、事業環境の変化に対応するのに迫られて破壊(リストラ)とイノベーション(新しいビジネスモデルの試行錯誤)を実行するプロセスで、結果としてアントレプレナーの役割を果たすことができるようになるケースが多いように思われます。特に、中小のサービス業(旅館業、廃棄物処理業など)や製造業(いわゆる町工場)、卸売業・小売業・外食産業(個店からチェーンに脱皮するものなど)などで、2代目や3代目が大きく事業構造を転換できたケースでは、意図しなくても、本書で提示されているアントレプレナーの能力が発揮されているように思われます。

 

(6)に続く

  

文章作成:QMS代表 井田修(20191022日更新)