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ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(4)

 

ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(4

 

(4)4Lフレームワーク

 

本書によれば、ファミリービジネス独自のリーダーシップの特徴として、リーダーが候補者の段階を含めて絶えず学び続けるプロセスにあることが示されています。それを説明するのに四つのL(ラーニング、学ぶこと)というリーダーの成長過程の4段階を示しています。

  

L1:ビジネスを学ぶ

 L2:自社のビジネスを学ぶ

 L3:自社のビジネスを率いることを学ぶ

 L4:手放すことを学ぶ

  

さて、最初の「L1:ビジネスを学ぶ」段階では、次のような基本的なビジネススキルを学ぶ必要がある、と本書では指摘しています。

 

・自己管理のスキル

・人間関係のスキル

・実践的な知識

・継続的な学び

・創造力

  

これらは、ビジネスリーダーともなれば、一般的に求められるものではありますが、ファミリー企業のリーダーには特に重要なものがあります。

 

事業を運営するにあたって、すべてのリーダーは基本的なスキルを学ぶ必要があります。(中略)ファミリー企業のリーダーには、単に自社が企業のライフサイクルのどの段階にいるかを認識するといったことだけでなく、それ以上の知識が必要となります。認識しておくべきなのは、ファミリー企業の運営には独特な知識が必要だということ、そして、それらの知識を学ぶプロセス自体が非ファミリー企業とは異なるということです。(本書142143ページより)

  

たとえば、「ファミリー企業の運営には独特な知識が必要だということ」とは、同じ人間関係とはいっても、他人だらけの一般の企業社会と血縁関係者(なかには同じ家に住まう人すらいる)が少なからず存在するファミリー企業では、異なる人間関係のスキルが求められます。ときには公私を峻別して、血縁者なのに他人以上に離れた関係を保つことが求められるかもしれません。

  歌舞伎や落語など伝統芸能の世界では、父と子の関係が同時に師匠と弟子の関係であることが珍しくはありませんが、そういう情況では往々にして、稽古にはいれば父親は師匠の顔を全面に打ち出して、自分の子供に最も厳しく指導するように語られます。それと同様のことがビジネスの世界でもあることかもしれませんが、本書ではそこまでの言及は見られません。

  ファミリー企業で次のリーダーとなるには、ビジネスを学ぶプロセスや場の違いもあります。一般の企業であれば、入社した企業やMBAなどのコースで学ぶことになりますが、ファミリー企業では社外で学ぶか社内で学ぶかという選択に直面します。

  本書では、とにかく外に出ることを推奨しています。その理由として、将来のリーダー候補であるファミリーメンバーがファミリー企業内部では得られない幅広く深い視点を身につけることが可能であること、社外での成功(実績)が社内での昇進を認めさせる証拠となりうること、ファミリー企業の内部に不確実性(社外に出たリーダー候補がファミリー企業に戻ってくるかどうか)を受け入れることで、組織の成長が図られる契機ともなりうること、などが挙げられています。

  

次に、「L2:自社のビジネスを学ぶ」について説明しています。

  自社のビジネスを理解するといっても、ビジネスモデルや業界構造などを理解すればまずは大丈夫と思える一般の企業に対して、ファミリー企業ではそれらに加えて、そのビジネスの価値観や信念(経営哲学)について学ぶ必要があります。創業者や自分よりも前の世代の経営者たちが、何をどう考えて経営にあたってきたのか、そのことを深く学ぶ必要があると繰り返し指摘しています。そのためには、創業者や自分よりも前の世代の経営者たちから直接、話を聞くこととか、これまでの歴史をストーリーとして学ぶことが重視されています。

 ともすれば、次の世代のリーダー候補には、前の世代の経営者の話はうざったいものになりがちですが、本書では事業運営にあたっての価値観を学ぶには、繰り返し語られる事業のストーリーやリーダーたちが繰り返し語っていたことのなかから、他社とは異なっているとは言っても変えてはいけないことを学ぶことの重要性を指摘しています。

 創業者や前の世代の経営者たちがもっていた価値観や信念(経営哲学)をしっかりと学ぶと同時に、財務やマーケティングの実績や計画、その特徴なども学ぶ必要があるのは当然です。業種業界によっては、研究開発や技術、生産、ロジスティクス、営業、人事など、特に鍵となるビジネスプロセスについても、自社の特徴を学ぶことも忘れてなりません。

 

L3:自社のビジネスを率いることを学ぶ

 

いよいよ実際にリーダーシップを発揮するのがL3の段階です。ファミリー企業のリーダーは、企業組織・ファミリー・オーナーシップという3種類のグループ(スリー・サークル・フレームワーク)において、それぞれのリーダーシップが求められるわけです。ファミリー企業のCEOとして、ファミリー全体の代表者として、企業を所有する株主の代表者として、これらの3種類のリーダーもしくはそのなかの一部の役割のリーダーとして、ファミリービジネスにリーダーシップを発揮することになります。

  

ファミリー企業を率いるための、たしかな道筋はありません。(中略)リーダーシップとは、単純に何か一つのアプローチを選ぶのではなく、一見正反対のアプローチの間で慎重にバランスをとるということなのです。(本書150ページより)

  

なお、ファミリービジネスにおけるリーダーシップのありかたやその内容については、(5)SAGEフレームワークで詳述します。

  

L4:手放すことを学ぶ

  

ファミリー企業のリーダーシップにとって、最も特徴的な段階がこのL4でしょう。リーダーシップを発揮して相当の成功を収めているからこそ、そのリーダーシップを次の世代に引き継ぐことで、自らはリーダーシップを手放すことになります。

 

ファミリー企業が直面する三つの重要な問題として、「一に後継者、二に後継者、三に後継者」とも言われるほどです。(中略)リーダーは、「主導権を手放すことにおいて主導権をとる」ために、「手放すこと」を学ぶ必要があります。(本書152ページより) 

(後継者問題が)独特で難しいのは、「あまり頻繁に行うものではないので、上達しない」からです。 

一般企業のトップの任期は、一般的にはだいたい三年から五年くらいですが、ファミリー企業では二〇年くらいか、それ以上です。また後継者問題が難しいのは、多くの人が後継者育成計画とは何かを理解していないからです。(本書158ページより)

  

ファミリービジネスにおけるリーダーシップの継承について、本書では次の4類型を紹介しています。

  

  帝王型は、早期に引退する意向はまったくありません。それどころか「王冠をかぶったまま死ぬ」ことを好みます。 

  将軍型はしぶしぶ退任しますが、いずれその地位に戻ってくることを企んでいます。(中略)将軍は次世代の失敗を理由として戻ってくることを目論んでおり、次世代のリーダーシップが不十分であるほどその計画がうまく運びます。

  大使型は、自分の職務の大半を次世代のリーダーに委譲し、一方で「外交的」な、つまり会社を代表するような役割は保持します。 

  ガバナー型の場合は、その退任日があらかじめ決められて公表されており、それにしたがって退任します。任期が決められているので、その任期を通じて計画が進められます。 

(本書154155ページより抜粋)

  

本書の趣旨からいえば、リーダーシップの継承については、⓸ガバナー型が求められるものでしょう。しかし、現実にはリーダーシップを発揮してきた当人が成功すればするほど、①や⓶の傾向を強めるのではないかと、大いに危惧されます。

  現実には、不慮の事故や病気、想定外の業績悪化や経営危機、自分自身または他のファミリーメンバーの身に発生したスキャンダルやトラブルなどで、次の世代へのリーダーシップの引き継ぎが突発的に行われ、その後に混乱を来す例は、筆者自身の体験や見聞に限ってみても、枚挙の暇もありません。

  ちなみに、非ファミリー企業においても、リーダーシップの継承は大きな問題です。トップマネジメントやシニアマネジメント層における後継者計画(サクセッション・プランニング)の重要性は、いかなる組織においても経営課題にほかなりません。

  そのことは頭では理解していても、なかなか現実に課題解決に向けて具体的な取り組みに着手すらできないのが一般的です。つまり、L4の段階で「手放すことを学ぶ」べきリーダーというのは、ほぼすべてのリーダーに当てはまるのです。言い換えれば、リーダーの最後の仕事として求められる成果は、後継者を育成し、自らはリーダーシップを手放すことなのです。

 

  こうしてみると、ファミリー企業のリーダーは、すべてのLの段階で学び実践することが求められる点が、一般のビジネスリーダーと異なる最大のポイントであることに気づきます。

  ファミリー企業のリーダーという役割を引き受けていないビジネスリーダーであれば、自分のスキルセット・マインドセット・経験などから、ある特定の得意な段階だけを引き受けてリーダーシップを発揮することも許されます。たとえば、ビジネスの立ち上げが得意で実績もある人であれば、スタートアップばかりを次々と成功させることも可能ですし、現にそうした人材も数多く存在します。また、事業環境の変化についていけず、リストラクチャリングに迫られている企業では、リストラを得意とする経営者やターンアラウンドの専門家を招聘して、事業を立て直すこともよく見られますが、こうした経営人材も、特定の段階にフォーカスしたリーダーシップの例と言えます。

  こうした場合、次の段階でリーダーシップを発揮する後継者は別のタイプの人材を充てることになります。それを社内から発掘して登用するにしても、社外に広く人材を求めるにしても、次のリーダーシップを見つけるのはCEOの仕事というよりも、取締役会の最も重要な仕事のひとつと言えます。

  しかし、ファミリー企業のリーダーというのは、ひとりですべての段階を引き受ける上に、次の世代のリーダーも計画的に育成していくことが求められます。

  日本の実情では、個々のファミリー企業で、本書で言うようなリーダーシップの計画的な育成が行われていることは滅多にないでしょう。せいぜいが、ファミリー企業を引き継いだ次世代のリーダーシップを担うべき(すでに担っている)人材を対象とする事業承継セミナーを受講するとか、将来引き継ぐことを前提に社外(取引先などの他社など)に数年間、武者修行?に出るといったものが多いでしょう。なかには海外留学でMBAを取得させてから、自社に就職させるなど、ある程度の計画性をもって後継者を育成しているケースもありますが、実際にリーダーシップを引き継ぐとなると大きく混乱してしまうのもまた、実によく見られる光景です。

  事業承継セミナーといっても、単なる相続税対策だったり、M&Aの斡旋にすぎないものは問題外ですが、次世代のリーダーシップを担うべき人材を集めても、互いに傷の舐め合いか愚痴をこぼし合うくらいのものでは到底、研修とは呼べません。少なくともアクション・ラーニングの方法を活用して、自社のビジネスモデルや価値観を客観的に(または自らの手で)分析したり、何が強みで何が事業環境の変化に適応していないのか、その原因はどこにあるのか立場が同じもの同士で評価し合うなどして、その結果を先代のリーダーシップに直接ぶつけてみるといったリアルなトレーニングを行わないと、本書でいうリーダーシップを学ぶ第一歩に位置付けることもままならないでしょう。

  

(5)に続く

 

文章作成:QMS代表 井田修(20191017日更新)