ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(3)

 

ビジネススクールで教えているファミリービジネス経営論(3 

 

(3)AGESフレームワーク

 

本書では、ファミリービジネスに独自の特徴が見られる分野として、AGESが提示されます。Aはアーキテクチャー(ビジネスの体系・構造・戦略)、Gはガバナンス(企業統治)、Eはアントレプレナーシップ(起業家的活動)、Sはスチュワードシップ(受託責任)です。

  

さて、A(アーキテクチャー、ビジネスの体系・構造・戦略)は非ファミリー企業においても事業戦略・組織構造・業務体系などの分析を通じて、いわゆる競争戦略論や組織論などで言及される分野です。

  ファミリービジネスにおいては、事業は保守的に運営し代々携わってきた事業を継続していくだけといった先入観がいまだに支配的であるかもしれません。しかし、ITや人材マネジメントに代表される分野における破壊的な環境変化は、同じビジネスを相変わらず同じように運営していくことを許してくれるはずもありません。

  

長年のあいだ、多くの人がファミリー企業は事業の多角化に消極的であると考えてきました。しかし、業界の破壊的変化によって事業の不確実性が高まるなか、歴史あるファミリー企業でもそんなことは言っていられなくなりました。変化によるリスクへの懸念を、買収を通じた成長によって解消することが議論されるようになってきたのです。(本書5051ページより)

 

つまり、ファミリービジネスにおいても、一般の企業と同様に、もしくはそれ以上に、事業環境の変化への積極的な適応、時には自ら事業環境や競争状況を破壊していくことも必要であり、そのためには自らイニシアティブをとって成長戦略を描き、迅速に実行していくことが、A(アーキテクチャー、ビジネスの体系・構造・戦略)の分野で最も重要なテーマとなります。

 この指摘から筆者はある化学メーカーのことを思い出しました。この会社の二代目社長は、先代の作り上げた技術と顧客の基盤をデジタルな基盤に移し変え、製品の開発スピードを上げて製品の幅を加速度的に広げるとともに、それまでは実績のなかった顧客(業界)にも試作品を低コストで提供して新たな製品グループを生み出すことに成功しました。

  また、一般によく知られている例としては、星野リゾートをあげることができます。業績不振や廃業に直面した宿泊施設を引き受けたり、まったく新しい宿泊拠点を作り上げたりして、ファミリービジネスであった宿泊業(日本旅館)の再生を通じて確立してきた事業運営の方法論を軸に成長を実現しています。その結果、従来の日本旅館だけでなく、都市型の宿泊施設や海外リゾートなどにもビジネスの幅を拡大しています。

  また、買収による成長が成長ドライブのメインではなく、内発的にSPAという事業構造に会社を作り変えて成長してきたユニクロ(ファーストリテイリング)も、ファミリービジネスのアーキテクチャーを作り変えて成長戦略を実現してきたという点では同様といえます。

 

 次に、G(ガバナンス、企業統治)におけるファミリービジネスの特徴は、取締役会(注2)が個人的な関係のない人々で構成されるのではなく、血縁者であるファミリーで構成される点にあります。

 起業した当初であれば、オーナー(株主)兼経営者(CEOや社長)が1人ですべてを決定するケースが数多く見受けられます。そこにはガバナンスの仕組みは形式的にあったとしても実質的にはないも同然です。

  事業が成長するにつれて、またそのファミリー企業が発展していくにつれて、取締役会の規模も拡大し、その構成もファミリーだけからファミリー以外の人々も参画するものとなっていきます。

  

独立した(ファミリー以外の)取締役を任命することが、ファミリー企業の取締役会の機能を向上させ、事業の価値を高めるという考え方があります。直感的にはその主張が正しいと感じるものの、独立の取締役が実際に価値を高めるという体系的な証拠はなかなか見つかりません。 

わたしが用いているやり方は、取締役の「独立性」ではなく、純粋にその人自身が持ち寄る能力を見るということです。特にわたしがすべての取締役に必要だと考えるのは、「思考の独立性」と「説明責任」についての理解、そして、進んで説明責任を果たそうとする意欲です。このように、取締役候補者の出自だけに注目するのではなく、その能力に重点を置いたほうが、取締役会のパフォーマンスは向上するということが、わたし自身の経験からも言えます。 

(中略)取締役会のメンバーについて最後に検討したいのは、ガバナンスはファミリー企業において最も論争のもととなる問題だという点です。なぜなら、さまざまなファミリーのメンバーが取締役になりたがるからです。たとえ能力やスキルや経験が不十分でも、ファミリーの一派を代表しているのだから取締役になれて当然だと考える人がいます。取締役になりたい理由が何であれ、ファミリーのすべてのメンバーが理解すべきなのは、取締役会は「事業に対して」責任があるのであり、自分を取締役に就かせてくれるグループに対して責任があるのではないということです。(同書6869ページより)

  

本書はファミリービジネスの経営について述べているのですが、ここで主張されていることは、ファミリーをプロパー社員と読み替えれば、相変わらず新卒採用の総合職社員を軸に事業運営をしているような企業にとって、実に耳の痛い指摘ではないでしょうか。一見、グローバルな事業活動や人材マネジメントを実現している企業においても、株主などの外部関係者と結びついた利害関係者の立場を代表する取締役であったり、法曹出身や官僚といった経歴だけで委任される社外取締役というのも、ここでいう「出自だけに注目する」取締役にほかなりません。

  企業統治において、取締役や監査役を「思考の独立性」や「説明責任」といった、本来求められるはずの能力の面で選んでいる企業は、ファミリー企業であるかどうかにかかわらず、筆者個人の知る限り、ほとんどないと言えます。

  

第三に、E(アントレプレナーシップ、起業家的活動)は、革新性・進取の気性・リスク志向(注3)という起業家志向をもって企業が行う活動のことです。これは、A(アーキテクチャー、ビジネスの体系・構造・戦略)で言及したように、事業は保守的に運営し代々携わってきた事業を継続していくだけといった先入観がいまだに支配的であるファミリービジネスにとって、実は最も重視すべきものかもしれません。

 

わたしは、自分のファミリーの会社で働く前に、外部の企業で仕事をしたことは最もよい選択だったと考えています。父はわたしが、(一族のお金でなく)他人のお金で失敗を経験したことを喜んでいます。わたしの子どもたちや甥や姪も、同様に外の企業で経験を積むように求められるでしょう。できれば、失敗よりも多くの学びを経験してきてもらいたいものです。彼らが一族の事業に社員として戻ってくるか否かにかかわらず、彼らが体得するものは彼ら自身のためになり、一族のビジネスのためにもなります。彼らはより優れたオーナーになるはずですから。(同書43ページ)

  

 E(アントレプレナーシップ、起業家的活動)は、現代ではすべての企業、すべての組織にとって不可欠なものです。創業からすでに長い時間が経っているファミリー企業にとって、E(アントレプレナーシップ、起業家的活動)を導入するには、何はともあれ、ファミリーのリーダーであり企業の責任者である人自身がE(アントレプレナーシップ、起業家的活動)をごく自然なものとして受け止めて実践していることが求められます。

 そこで、社外でビジネスキャリアをスタートさせ、その初期からチャレンジと失敗を経験させることが肝要となります。

 日本の場合、ファミリービジネスを受け継ぐ人物をいきなり自社に入社させて、帝王学を学ばせるという例が一般的かもしれません。その場合、周囲もその人に厳しい仕事をあえて任せることをせず、できて当たり前の仕事をやらせて、形だけの実績作りに励んだり、泥をかぶりそうな難題や汚れ仕事はやらせずに、陽の当たる舗装された道を歩ませたりすることが多くみられます。しかし、これでは、せっかく、E(アントレプレナーシップ、起業家的活動)を身につけるチャンスをみすみす失っているようなものです。

 また、「他社に武者修行に出す」と親は言っても、取引先など事情を熟知している先に預けるようでは、受け入れた相手が忖度しまくるでしょうから、本人がE(アントレプレナーシップ、起業家的活動)を身につけることは難しいでしょう。

 仮に、E(アントレプレナーシップ、起業家的活動)を次世代のファミリーのメンバーが身につけたとして、実際にイノベーションを起こし次の世代へとビジネスが引き継がれていくようになるには、ファミリー企業にはどのような工夫が求められるのでしょうか。

 

研究者たちは最近、長期志向に関して、ファミリー企業に独特な側面を認識し始めました。たとえば、CEOの在籍期間が長いこと、長期の投資を好むこと、事業を次の世代に承継しようとすること、出資者が忍耐強いこと、世代を超えた目標があることなどです。(同書102ページより)

  

ここで指摘されているのは、いずれも長期的な視点を重視していることです。トップマネジメントそのものが長期的で安定していること、投資のスパンが長く短期の業績変動に企業経営が左右されないこと、出資者すなわちファミリー自身が短期の業績に一喜一憂しないこと、世代を超えて受け継がれるに値するものが認識されていること、こうした条件を満たすものといえば、やはり老舗という言葉が浮かびます。

  老舗というと、数十年、なかには百年単位で、同じことをやっている会社というイメージをもつかもしれませんが、その実態は変化の連続体というべきものです。醸造業、和菓子製造販売業、旅館業など、典型的な老舗ビジネスに、その代表例が見られます(注4)。

  変化の連続体でなければ、倒産や廃業に迫られます。ときには、倒産や廃業の危機に直面したからこそ、新たな創業と呼びうるようなE(アントレプレナーシップ、起業家的活動)を実現することもあります。

  

ファミリービジネスは、E(アントレプレナーシップ、起業家的活動)を実行すると同時に、それを次世代に受け継いでいくところに最大の特徴があります。つまり、スチュワードシップです。 

S(スチュワードシップ、受託責任)とは、「ファミリー企業においては、ファミリーの財産や事業を、先代から受託されたものとして引き継いで管理し、それを未来の世代に渡していくこと、またそのような姿勢」(本書112ページ)です。これだけでは、当たり前のことを言っているようですが、スチュワードシップが失われたときのことを考えてみると、その重大さが理解できるでしょう。

  

感情や人間関係のために競争力についての認識を曲げるようなファミリー・グループが存在することが、エントレンチメント(注5)がファミリー企業でより多く見られる一因です。(中略)経営者がエントレンチメントを正当化する例としては、よくない業績を隠す、意思決定を正当化するために外部コンサルタントを雇う、バイアスのかかった情報を流す、経営者独自の能力を基盤とした事業戦略を立ち上げるなどして、経営者を交替させられないようにするなどがあります。間違いなく、誰もがこうした例を自分の会社で見たことがあるはずです。 

エントレンチメントは「ホールドアップ問題」という形で、より大きなエージェンシー・コストにつながる可能性があります。ホールドアップ問題は、ファミリー出身の経営者が自らの能力ではなくファミリーとしての地位を基盤として不釣り合いな力を握っているとき、オーナーを黙らせて、自分の利益を優先させるよう会社に求めるというものです。固定化されたファミリーの経営者は、社内や時には社外の取締役たちが恩義を感じるようにもできます。 

(中略)エントレンチメントは、ファミリー企業において利他主義と逆選択の問題を悪化させる可能性もあります。利他主義は、一般的には他人の幸せを思って行う行動や考え方を指します。しかし、ファミリー企業では、ファミリーのメンバーに対する利他主義がエージェンシー・コストにつながる場合があります。たとえば、固定化されたリーダーがいて、ファミリーの構成員それぞれの業績にかかわらず、全員に平等に報酬を与える権限を持っている場合などです。 

逆選択もエージェンシー・コストにつながる可能性があります。なぜなら、外部の人材が幹部になれるチャンスが限られているからです。幹部のポジションに外部の有能な人材を採用せず、ファミリーで固めてしまうのです。能力が不確実な少数のファミリーから選ぶ結果、逆選択が生じ、研究開発が重要な業界では特に重大な影響を及ぼします。(同書118121ページより)

 

 ここでも、G(ガバナンス、企業統治)と同様に、広く一般の企業にも当て嵌まる指摘が出てきます。

 E(アントレプレナーシップ、起業家的活動)を実行する要素としてCEOの在任期間が長いことや長期的な投資活動が指摘されていますが、その一方で、経営者のエントレンチメントの問題があります。特にG(ガバナンス、企業統治)が十分に機能していない場合は、失敗したE(アントレプレナーシップ、起業家的活動)について、その失敗を糊塗する方策(業績や事業に関する情報の隠蔽、次々に他社を買収するなどして結果は顧みない、最も悪質なのは粉飾決算など)を実行することで、経営者(CEO)の地位に居座ろうとしがちです。こうした事例は、実はファミリー企業だけでなく、広く一般の企業にも実によく見られるものです。

  ファミリー企業にとっては、G(ガバナンス、企業統治)とともに、このS(スチュワードシップ、受託責任)がうまく機能していることが求められます。言い換えれば、自らの地位(CEOの地位)に固執しないとか、報酬や役職に就けるといった面で身内を贔屓しないといったことを遵守するだけでも、相当程度、S(スチュワードシップ、受託責任)を果たすことにつながるわけです。ただ、それが例外なく実行できるかどうかが厳しく問われます。

  一般の企業にとっても本質的には同じことで、経営者はその在任期間中のことだけに責任を持てばいいというだけでは不十分で、経営した企業を次の経営者に引き継いで更に発展させてもらえるようにしておくことにも責任があるはずです。遠い将来の業績には直接的な責任はないかもしれませんが、少なくとも次の経営者や経営幹部の育成に果たすべき責任があります。これもS(スチュワードシップ、受託責任)のひとつの要素と考えるべきでしょう。

  それでは、そのスチュワードシップを担保するためにファミリー企業がとっている方策はどのようなものがあるのでしょうか。本書では、その一例としてオーストラリアのオライリー・ファミリーを紹介しています。このファミリーは100年ほど前から国立公園内で宿泊施設を運営し、エコツーリズムで高い評価を得ています。

  

価値観の中心となっているのは、勤勉さと倫理の尊重で、オライリー・ファミリーは、それによって伝説的なホスピタリティの評価を得たのでした。ファミリーのミッションは、この受け継がれてきた価値観を維持することで、そのための手段が、短期の金銭的リターンを抑えて、この先の世代のために長期志向を維持することでした。(同書177ページより) 

これらの価値観は、引き継がれてきた重要な価値観を反映し、取締役会の審議で手引きとなるものでした。第二世代の共同リーダーであるピーター・オライリーは、よく創業者たちの貢献についてファミリーに話し、特に、彼らの勤勉さや情熱、コミットメントへの注目を促しています。(同書179ページより) 

取締役会は年に八回から一〇回開催され、ファミリー以外の社外取締役が会長を務め。他にも二人、ファミリー以外の取締役が、ここ何年も参加しています。(中略)いまではこのファミリー会議には年に一度のファミリー総会も加えられ、そこでは会長とCEOが「オーナー」であるファミリーに説明を行います。これらの会議は通常二日間にわたって開かれ、ファミリーのすべてのメンバーと、その配偶者やパートナーも参加します。(同書179ページより)

 

 このように、創業世代を直接知るファミリーのメンバーが次の世代に語ることで、受け継がれるべき価値観を繋いでいくのはもとより、公式組織である取締役会での議論や意思決定にも受け継がれるべき価値観を注入しているように思われます。また、ファミリーのメンバーたちも、取締役会と直接のコミュニケーションの場をもち、受け継がれるべき価値観が現在の経営陣や次の世代のファミリーにも理解され浸透していくようになっています。

  こうした装置や仕掛けがファミリー企業で必要とされるのは当然ですが、事業の方向や組織運営の意味付けといった観点でいえば、一般の企業にこそ、よりきめ細かく強力なものが活用されることが望まれるではないでしょうか。

  

以上、AGESフレームワークについて概略をご紹介しました。このフレームワークはファミリー企業の分析・考察に有用なツールであると同時に、企業一般を広く観察する上でも役に立つものです。

 

(4)に続く

 

【注2

ここでは取締役会及び取締役のことを述べていますが、監査役会および監査役などガバナンスに関与する組織や役職を広く含んでいると考えてよいでしょう。

 

【注3

本書では、アントレプレナーシップ(起業家的活動)のもととなる起業家志向について、その3要素について次のように述べています。 

「革新性」とは、企業が新しいアイデアや斬新なもの、実験やクリエイティブな手法に取り組んだり、それをサポートすることで、それによって新しい製品やサービス、技術的なプロセスが生じるようなものを言います。「進取の気性」とは、業界のライバル企業と積極的に競争しようとする傾向を指します。「リスク志向」は、企業の経営陣が投資の意思決定や不確実性のある戦略の選択で、リスクをとろうする傾向を言います。(本書9293ページより)

  

【注4

ここでは、醸造業の例としてはキッコーマンとミツカン、和菓子製造販売業では船橋屋、旅館業では加賀屋と陣屋を挙げておきます。詳しくは、各社のHPなどをご覧ください。

 

【注5

エントレンチメントとは、もともとは「塹壕の中に身を隠す」という意味ですが、ここでは経営者がその地位に長く居座ることを指しています。ファミリー企業では、一般に経営者の在任期間が長い傾向にあり、エントレンチメントが問題となるケースが往々にして生じるようです。

ちなみに日本の企業社会においては、ファミリー企業でも問題となることは多いでしょうが、そうでない企業においてもエントレンチメントは問題となります。何らかの事情により、24年とか36年といった社長の在任期間の不文律を破って長期政権化した経営者のなかには、その地位にしがみついたり、会長や相談役といったポジションに就くことでエントレンチメントに陥っている上場会社も珍しくはありません。

 

文章作成:QMS代表 井田修(20191010日更新)