フランコ・ゼフィレッリの訃報に接して

フランコ・ゼフィレッリの訃報に接して

 

先週の15日、イタリアの映画監督のフランコ・ゼフィレッリ氏が96歳で死去しました(注1)。氏は、フェデリコ・フェリーニ、イングマール・ベルイマン、そして、ルキノ・ヴィスコンティなどと同様に、映画監督としてまたオペラ演出家として、20世紀後半に活躍しました。第二次大戦後、舞台監督として働いていた劇場のスタッフとしてオペラ演出家兼映画監督としてのキャリアをスタートし、そのころに師事していたヴィスコンティ監督と同様に、オペラ、映画、テレビなどで数多くの作品を監督しました(注2)。

実際に鑑賞したことがある映画作品としては、以下の7作品があります(注34)。

 

「ロミオとジュリエット(原題:Romeo and Juliet)」(ドラマ)

「ブラザー・サン、シスター・ムーン(原題:Brother Son, Sister Moon)」(ドラマ)

「ナザレのイエス (原題:Jesus of  Nazareth)」(ドラマ)

「チャンプ(原題:The Champ)」(ドラマ)

「エンドレス・ラブ(原題:Endless Love)」(ドラマ)

「トラビアータ/椿姫 (原題:La Traviata)」(オペラ)

「オテロ(原題:Otello)」(オペラ)

 

「ロミオとジュリエット」は1968年の作品で、シェイクスピアの戯曲の設定にできるだけ忠実に作られています。主演のレナート・ホワイティングとオリビア・ハッセーは映画化された作品の中では最も実年齢が戯曲の設定に近いことや、ニーノ・ロータの音楽(注5)などが特に有名です。筆者も、ロミオとジュリエットの音楽といえば、プロコフィエフが作曲したバレエ組曲か、このニーノ・ロータの映画音楽のいずれかを必ず思い出します。

「ブラザー・サン、シスター・ムーン」は1972年の作品で、アッシジのフランチェスコというキリスト教(カソリック)の聖人の物語を、前作の「ロミオとジュリエット」と同様に、中世の雰囲気を再現しながら描いた作品です。実際に観た時の印象は、中世の聖人の話というよりも、ラブ&ピースのヒッピー・カルチャーのリーダーを描いた作品のように感じた記憶があります。「ロミオとジュリエット」も音楽を抜きにして作品が成立しないのですが、「ブラザー・サン、シスター・ムーン」もまた、音楽が大きな役割を果たしている作品です。

ちなみに、この作品を観た場所は、当時、水道橋駅から白山通り沿いに歩いて数分のところにあった映画喫茶だった記憶があります。当時は、定期的に映画を上映する喫茶店というものが東京にも数軒あり、そのうちのひとつでした。通りの反対側は後楽園球場や後楽園遊園地がまだあったころのことです。

「ナザレのイエス 」は、もともとはテレビ用に製作されたものを3時間超の映画作品に編集して日本では1980年に公開されたものです。文字通り、イエス・キリストを描いた作品です。「ブラザー・サン、シスター・ムーン」で描かれるアッシジのフランチェスコよりは、イエス・キリストのことであれば多少は知ってはいましたが、登場人物も多く、ストーリーを追うので手一杯でした。同じモチーフという点では、「ジーザス・クライスト・スーパースター」(注6)のほうが、映画だけでなく、日本では劇団四季のミュージカルとして舞台でも知名度が高いでしょう。

「チャンプ」は1979年の作品で、ボクシングのチャンピオンだった男とその息子の物語です。同年の作品に「クレーマー、クレーマー(原題:Kramer vs. Kramer)」(7)があり、こちらは息子を残して出ていった妻とその夫の物語です。「チャンプ」が感情に訴える感涙映画なのに対して、「クレーマー、クレーマー」がシリアスなやりとりが多いなかにクスッと笑える要素のあるコメディという、実に対照的な作品です。

公開当時は、主人公の息子を演じる子役の違い(子役本人の違いとともに演出の違いも大きいはず)から、日本では「チャンプ」のほうが観客の入りはよかったのではないかと思います。アメリカでは反対の評判だったようで、アカデミー賞は「クレーマー、クレーマー」が作品・監督(ロバート・ベントン)・脚色(ロバート・ベントン)・主演男優(ダスティン・ホフマン)・助演女優(メリル・ストリープ)の各賞を受賞しました。

ちなみに、「チャンプ」で主演のジョン・ボイトと「クレーマー、クレーマー」で主演のダスティン・ホフマンは、1969年の「真夜中のカウボーイ(原題:Midnight Cowboy)」(注8)で男娼(ジョン・ボイト)と足が不自由で詐欺師的な男(ダスティン・ホフマン)の組み合わせ共演しており、10年を経て互いに息子をもちつつも離婚を迫られる男の役を演じることで、観客はふたりの俳優の成長も目にすることになりました。

「エンドレス・ラブ」は、1981年の作品で、ブルック・シールズとマーティン・ヒューイットの主演の10代の現代のアメリカを舞台にした悲恋物語です。とはいっても、「ロミオとジュリエット」ほどのドラマ性はありません。映画そのものよりも、ライオネル・リッチーとダイアナ・ロスが歌った主題歌(注9)のほうが有名かもしれません。実際、数多くのアーティストにカバーされています。

こうしてドラマ作品を改めて眺めてみると、ゼフィレッリ監督には普遍的なラブ・ストーリーを作れば後世に残るものとなる力があるのでしょう。実際、「ロミオとジュリエット」や「エンドレス・ラブ」はリメイクされてもいます。「ブラザー・サン、シスター・ムーン」や「ナザレのイエス 」は、今でもアッシジのフランチェスコやイエス・キリストの生涯を知る映像資料としても活用されているようです。

 

オペラ映画の「トラビアータ/椿姫 (原題:La Traviata)」と「オテロ(原題:Otello)」は、伝説のテノールのプラシド・ドミンゴを主演に据えてオペラを映像化しています。オペラ演出家としてのゼフィレッリは、メトロポリタン歌劇場のステージを映像化した作品のリストなどを見てみると、プッチーニやヴェルディを得意としていたようです。メトロポリタン歌劇場の来日公演の予習には欠かせない作品だった気がします。

 

こうして思い返してみると、フランコ・ゼフィレッリは悲劇で終わる愛(神への愛、若い男女の愛、親子の愛など)の物語を描く映画監督として、感情、特に涙を流すほどの強いエモーションを観ている者に想起させる演出術に優れていることがわかります。

これらの作品を初めて観た頃の筆者は、そうした演出にはあまり気持ちが乗らなかったため、実は作品をあまり楽しめた記憶はありません。ただ、「ブラザー・サン、シスター・ムーン」と「ナザレのイエス 」は、キリスト教について無知な筆者には参考書のようなものとして、興味をもって観ることはできました。また、「ロミオとジュリエット」は、のちに他の映画や舞台(ストレートプレイやバレエ作品)で10回以上鑑賞することになりますが、シェイクスピアのテクストとともに他の作品を鑑賞する際の基準となったことは間違いありません。

現代では、愛について考えさせる作品はさまざまに作り出されていると思いますが、悲劇的なラブ・ストーリーを真正面から描き切って観客を涙させる演出家や監督は、意外とあまり存在しないのかもしれません。フランク・ゼフィレッリという映画監督兼演出家の全盛期の力量を改めて見直すとともに、ゼフィレッリを凌ぐような感涙作品が現れることを期待したいと思います。

 

【注1

たとえば、以下のように報じられています。

https://www.cinematoday.jp/news/N0107828

 

【注2

以下の映画サイト(IMDB)にあった作品リストによると、25 作品を監督しています。また、脚本も担当し、オペラ作品では美術も担当しています。

https://www.imdb.com/name/nm0001874/?ref_=nv_sr_2?ref_=nv_sr_2

 

【注3

 

「ロミオとジュリエット」予告編

「ブラザー・サン、シスター・ムーン」予告編

「チャンプ」予告編

「エンドレス・ラブ」予告編

 

【注4

「トラビアータ/椿姫 」及び「オテロ」については、 注2のサイトにおける作品紹介を参照してください。

 

【注5

 

映画のサントラ盤のさわりを耳にするだけで、聞き覚えがある人も多いでしょう。

 

【注6

「ジーザス・クライスト・スーパースター」予告編

 

【注7

 

「クレーマー、クレーマー」予告編

 

【注8

 

「真夜中のカウボーイ」予告編

 

【注9

 

「エンドレス・ラブ」主題歌

 

 

  作成・編集:QMS代表 井田修(2019619日)