「働き方改革」の実際(2)

「働き方改革」の実際(2)

 

 前回ご紹介したように、「働き方改革」をめぐるプロジェクトは一般に次のようなステップで実施されます。

 

1.問題となる事実を認識する(問題認識)

2.事実から解決すべき課題を抽出する(課題抽出)

3.課題を解決する代替案を考え出す(解決案立案)

4.課題解決案を実行する(解決案実施)

5.結果を測定し必要な措置をとる(結果測定)

6.課題解決案を体系化しさらに活用する(経営ノウハウ化)

 

 「働き方改革」をめぐるプロジェクトを実際に進めてみると、いきなり躓くこともあります。問題認識が相当ずれていて、何から作業に着手したらよいのか、途方に暮れてしまうことも間々あります。今回は『1.問題となる事実を認識する(問題認識)』で往々にして見られる困ったケースを通じて、「働き方改革」を実現する際のポイントを見てみましょう。

 

ケースA:問題は個人

 

あるサービス系の企業の事例です。

ある部門の責任者として、以前からマネジメントに問題があると思われていた人が、親会社から送り込まれてきました。そもそも、この人物は、親会社で部下を“殺す”ことで有名で、過去に自殺した部下が2人、病気で長期休業となった部下も複数でていたそうです。とはいえ、パワハラや労災が認定されたわけではなく、法的には、たまたま不幸な出来事がこの人の在任中に複数回、起こっただけという扱いでした。

その人が着任してから半年も経たないうちに、業務中に病気で倒れてそのまま死去してしまった人や、ストレスが原因となる極めて稀な病気を発症して長期入院を余儀なくされた人などが、次々に出現するようになりました。この部門の仕事は滞り、もともと少なくはなかった残業が会社全体のなかで突出して多くなり、徹夜や休日出勤が常態化するようになりました。

こうした情況に迫られた会社(人事部)では、この管理職への対応策を早急に検討することになりました。

さて、ここで思い出していただきたいのは、ハインリッヒの法則(注2)です。もともとは労働災害における経験則ですが、働き方改革と労働環境の問題は不可分ですから、問題を認識する上で有効なアプローチの一つと考えられます。

この会社のように、1人の異常な管理職がいるということは、そこまでひどくはないものの、マネジメントに多少なりとも問題があり、部下からは否定的に評価されているであろう管理職が20名や30名はいる可能性があると推定されます。この人数比を会社全体の従業員が100名ほどのこの会社に当てはめてみると、管理職や役員のほぼ全員が問題ありのレベルにあるのではないかと指摘せざるを得ません。

このように中小企業では、とくに詳細な調査などをせずとも明らかに問題のある管理職が1人いるということは、全社でマネジメントに問題があるはず、と認識すべき状況にあります。実際、この会社は、従業員の定着率も同業他社などと比べてみても明らかに低く、試しに行ったモラールサーベイの結果も特筆すべきレベルで低くなっていました。

この事例のように、一見、ごく一部の特定個人の問題と思えるケースであっても、その問題事象の背後に、問題が顕在化する手前の事象が、何十、ときには百単位で、存在することを認識しなければなりません。

また、そもそも論として、以前から問題があるとわかっていながら、子会社に押し付けてくる親会社およびそうした人事方針を見直そうとしない会社や企業グループ全体で、別次元の問題認識をもつべきです。

 

ケースB:「働き方改革」よりも人材不足が問題

 

中小企業やベンチャーに多く見られるのが、人材不足が喫緊の課題であって、採用こそが最大の経営課題という場合です。大企業のなかにも、新卒採用や中途での経営幹部採用などが問題で、働き方改革は二の次というところもあります。

ただ、こうしたケースでは、ひとつの疑問が出てきます。それは、なぜ、人材不足になっているのか、ということです。

人材不足の原因でよくあるのは、社員の定着率の低さ(=退職率の高さ)です。新たに社員を採用しようとしても、笊で人材を掬おうとしている組織というのも、比較的よく目にするものです。

現実に事業成長が早くて、人材確保が追い付かないという会社もあるにはあるのでしょう。しかし、人材不足が問題で働き方改革には手が回らないと言っているケースの大半は、問題と原因の捉え方が反対で、働き方に問題があるから、社員が定着せず、次々に退職してしまうのです。

考えてもみてください。処遇水準が目立って低かったり、それでいて残業時間は長かったり、それらの負の要因を補うほどの福利厚生の施策があるわけでもなく(そんなプログラムを実施する余裕があるならまずは賃金水準を引き上げるはず)、スキルアップやキャリアアップにつながるような仕事上のチャンスもなく、さらに職場の人間関係も悪い(疲弊した社員はミスも多くなり互いに非難しあいがち)となったら、まともな人材であれば一日でも早く退職しようとするのが当然です。人材不足はこうした悪循環を招くものです。

人材不足をなんとかしようと思うなら、まず、現在いる社員が何とか辞めずに仕事を続ける、それも可能であれば、少しでも前向きに仕事に取り組もうとしてくれるには、何から改善していったらよいのか、考えることが「働き方改革」プロジェクトの第一歩です。表面的な人材不足という問題に反射的に対応するのではなく、なぜ人材が定着しないのか、どういう人材が辞めていってしまうのか、こうした問題にアプローチしていくことが望まれます。

そこで、転職サイトなどで自社の評判を確認したり、第三者を活用して退職者や退職予定者へのインタビュー調査を行ったりするなどして、辞める人の本音を聞き出すことから着手すべきでしょう。

まだリファラル採用を正式なプロフラムとして実施していない会社であれば、仮にリファラル採用を行うとした場合、自社でいっしょに働きたい友人や知人などがいるかどうか、アンケート調査をしてみてもいいかもしれません。該当者がいないのであれば、その理由も聞いてみましょう。すると、「とても友人に紹介できる職場ではない」といった会社への批判や問題点の指摘が出てくるでしょう。

こうして明らかになってきた点こそ、正に働き方を見直して改革すべき事項です。

 

ケースC:すでに「働き方改革」は完了

 

ときどき遭遇するケースに、有給休暇の消化率も高く、テレワークやフレキシブルな勤務体制も柔軟に運用していて、残業の上限規制どころか定時退社が当たり前となっており、オフィス環境やIT環境も申し分なく整備されているのに、企業業績が向上しないとか、なかには業績不振に陥ったまま事業が低迷しているというものがあります。

実際、厚生労働省や都道府県などから労働環境整備などの面で表彰を受けたことがある企業などから、働き方改革は一通りやり終えたものの、業績向上どころか、どうも社員の士気が下がっているのではとか、採用できる人材が質量ともに不十分なまま改善しないといった問題を抱えているケースもあります。

この場合、まずチェックすべきは、労働生産性です。全社での経年推移をみるのはもちろん、部門や職種などに分けて単位人件費あたりの売上高や利益を見るべきです。

労働生産性が向上していないのであれば、働き方改革の進め方に何か問題があったではないかと推測できます。手間やコストはかけたものの、それが労働生産性を向上させる方向には効かなかったのであれば、やり方に問題があったはずです。

経営主導で人事政策として働き方改革を進めてきたのか、人事部主導で働き方改革を進めてきたのか、経緯はわからずとも、社員や経営者には、どこか納得しきれていないところがあったものと思われます。

このケースでは別の問題も多々見られます。たとえば、労働生産性をいくつかにブレークダウンして測定したくても、測定するためのツールやシステムが未整備という問題です。もちろん、理想的には、社員ひとりひとりの労働生産性を測定したいのですが、すぐに実現可能な会社はあまりないでしょう。

言い換えれば、働き方改革を人事政策としてだけ取り組んできたために、肝心の業績向上につながる経営改革とつながっていないのです。そもそも、労働生産性を向上させるには、といった視点がないまま、働き方改革を進めてきた結果なのでしょう。

以前よりも1人当たりの売上高が2倍に達するというような労働生産性の向上が実現しないようでは、個別のプログラムをいかに導入したところで、働き方を改革したことにはなりません。

 

ケースD:「働き方改革」?

 

最近目にした実例のなかに、人事企画担当の管理職の今期の目標が「同業他社に先駆けて働き方改革を推進してその実績をいち早く挙げる」というものがありました。

こうした表現では業績達成目標の要件を満たしていないといった問題点はとりあえず脇に置いておくとして、これでは、目的と手段が入れ替わってしまい、本来、労働生産性向上のための手段または必要な条件のひとつであるはずの働き方改革が自己目的化していることに、まずは気が付いてほしいものです。

そもそも、働き方改革といっても何をどこから手を付けていいのか、見当もつかない情況にあると、こうした意味不明な目標を設定してしまうのでしょう。そうであれば、まずは現状を把握すべきです。

経営者および経営幹部やキーパーソンの管理職から雑談ふうに非公式にヒアリングを行ったり、一般の社員の日常の会話に改めて注意してみたり、ときには社外の業者や顧客の声(要請やクレームなど)に耳を傾けてみたりすれば、どこかに問題発見につながるヒントがあるでしょう。

ただし、こうしたケースでは、人事部門と他の役員・社員とのコミュニケーションが本音ベースではとれていないことが珍しくはないため、非公式なヒアリングも公式のインタビュー調査も、なかなか成果を出すには至らないかもしれません。

そこで、次のような事項を調べてみることから取り組むほうがいい会社もあります。

既に述べたように、労働生産性や企業業績の推移や今後の見通しはどうでしょうか。社員の定着率や人材採用の充足状況は十分満足のいくレベルでしょうか。もちろん、新たに施行された労働法令に自社の就業規則などは適合していますか。そして、実際に運用してみて不具合は発生していないでしょうか。また、人事部門の業務は質量両面から見て適切なものでしょうか。社員のモチベーションや従業員満足度に目立った変化、特に急激な変動や長期的な低下傾向はみられないでしょうか。

こうした観点から見て、何の問題も見つからない企業というのは、そうそうありません。どこかに問題を見出すことができたなら、その原因をいくつか想定して、原因を明らかにする方策をとることになります。ここから、働き方改革のプロジェクトがスタートすることになります。

 

表面的に生起している事象が真の問題ではないのは、これらのケースに限った話ではありません。

そもそも、残業時間が長い、有給休暇が取れない、女性活用が進まない、(男性の)育児休業取得が見られない、パワハラやセクハラがなかなか撲滅できないといった、働き方を改革しなければ問題が解決しないと思われる典型的な事象がある場合でも、表面的な問題事象だけに対応するのではなく、その背後に隠れている真因を見極めて、その真因を解決するために、明らかにすべき事実に対してアプローチすることが必要です。

その際に、いきなり詳細な調査を行うよりも、ハインリッヒの法則のような経験則に照らして事象を解釈してみたり、労働生産性などの業績指標の動向と比較してみたりすることで、何を明らかにすべきかあたりをつけてみることが肝要です。

 

(3)に続く

 

【注2

ハインリッヒの法則については、たとえば、以下のサイトに説明があります。

https://www.hrpro.co.jp/glossary_detail.php?id=115

 

 

作成・編集:経営支援チーム(2019529日)