アルバート・フィニーの訃報に接して
先週、イギリスの俳優であるアルバート・フィニー氏が82歳で死去しました(注1)。氏はロイヤル・シェイクスピア・カンパニー出身で、舞台・映画・TVシリーズなどで数多くの作品に出演しました。
役を演じるに当たって一般的には大きくふたつのアプローチがあります。ひとつは、外見や言葉遣いなども含めて、その役に成りきるものです。もうひとつは、役の方を演じる役者に近づけて取り込むように演じるものです。
氏は、前者の代表のような役者ではなかったかと思われます。
たとえば、氏の代表作として必ず挙がる「オリエント急行殺人事件」(注2)で演じた、主人公の探偵エルキュール・ポワロです。
この作品では、ローレン・バコール、ジャックリーン・ビゼット、バネッサ・レッドグレイブといったインパクトの強い女優たちと、イングリッド・バーグマン(「カサブランカ」などの若い頃の作品のイメージとは一変した地味な印象ですが、そういう役を演じているともいえますし、他の女優との対比でそう見えるように演じているとも思えます)、厳めしい貴族の奥方のウェンディ・ヒラ―とその看護人のレイチェル・ロバーツ、007シリーズ同様に男らしい役を見せるショーン・コネリー、執事役をやったらこの人しかいないジョン・ギールグッド、訳ありの謎の金持ちのリチャード・ウッドマーク、「サイコ」をどうしても思い出させるアンソニー・パーキンスなど、ワンカットで観客の目を引き付ける俳優だらけの作品において、観終わった後に最も印象に残るのが、アルバート・フィニーの演じたポワロです。外見はもちろんのこと、慇懃無礼な言葉遣いや立ち居振る舞いに至るまで、アガサ・クリスティの描いたイメージ通りに名探偵ポワロを体現してみせます。
オードリー・ヘプバーンと共演した「いつも二人で」(注3)では、この作品も例外ではなく、どのような役を演じてもエレガントでチャーミングな印象が強いオードリーに対して、ラブ・コメディにおけるその恋人という役回りを演じきるアルバート・フィニーは、俳優としてのキャラクターの強さをあまり打ち出さず、オードリーを魅力的に見せるのに徹しているかのように感じられます。
オードリー・ヘプバーンの他の作品における相手役の俳優たち、たとえば、「ローマの休日」のグレゴリー・ペック、「麗しのサブリナ」のハンフリー・ボガ―ト、「昼下がりの情事」のゲーリー・クーパー、「パリの恋人」のフレッド・アステア、「ティファニーで朝食を」のジョージ・ペパード、「シャレード」のケーリー・グラント、「マイ・フェア・レディ」のレックス・ハリソン、「おしゃれ泥棒」のピーター・オトゥール、「ロビンとマリアン」のショーン・コネリーなど、それぞれ自分の持ち味やスタイルを明確に打ち出しているように見えるのとは対照的です。こうした俳優たちの場合、相手役同士を入れ替えることは作品そのものをまったく別のものにしてしまうように思われます。
舞台劇を映画化した「ドレッサー」(注4)では、俳優そのものである座長の役を演じ、付き人役のトム・コートニーともども演劇に生きる人間そのものという感じです。サーの称号を得ているとは言っても第二次大戦中のロンドンで芝居を続ける苦難に直面した座長に、何とか幕を上げて最後まで芝居を演じさせようとする付き人のやりとりが、本当の座長と付き人のように見えます。
アルバート・フィニー氏本人は、大英帝国勲章やサーの称号を断る(1980年及び2000年)など、名誉や肩書きといったものには関心がなく、演技以外の仕事にも興味を示しませんでした(注1:BBCの記事による)。そういう役者だからこそ、この作品ではサーとなった役者を見事に演じることができたのかもしれません。
「ウルフェン」(注5)では、主人公のニューヨーク市警の刑事を演じています。ただ、この作品はホラーとミステリーを独自の映像で見せるところに特長があり、「オリエント急行殺人事件」のポワロと同様に殺人事件の謎を追うとは言っても、氏の持ち味とは必ずしも合っていないように感じられます。
「アニー」(注6)では孤児院からアニーを引き取る大富豪オーバックを演じたり、「エリン・ブロコビッチ」(注7)ではジュリア・ロバーツ扮する主人公のシングルマザーの行動力に巻き込まれる弁護士を演じるなど、主要な脇役をしっかりと演じることで作品の出来に大きく貢献するところも、氏の持ち味でしょう。
遺作となった「007 スカイフォール」(注8)ではジェイムズ・ボンドの所有するスカイフォール(狩猟場)の管理人(番人)に扮し、映画終盤で重要な役割を果たします。この作品では、ジュディ・デンチやレイフ・ファインズとともに、イギリスの舞台俳優が007シリーズに不可欠であることを再認識させられます。
以上、筆者が観たことがある映画作品(注9)に絞ってご紹介しましたが、ウィンストン・チャーチルやスクルージ(「クリスマス・キャロル」の主人公)を演じた映像作品もあります。また、シェイクスピア作品を演じた舞台などもあり、「ハムレット」などは、一度は観たかったものです。
【注1】
たとえば、以下のように報じられています。
https://www.asahi.com/articles/ASM2900YWM28UHBI030.html
https://natalie.mu/eiga/news/319395
イギリスではより詳しく、そのキャリアや関連するコメントなどが紹介されています。
https://www.bbc.com/news/entertainment-arts-47175304
【注2】
「オリエント急行殺人事件」(1974年)予告編
【注3】
「いつも二人で」予告編
【注4】
「ドレッサー」予告編
映画もいい作品ですが、舞台も見逃せません。
筆者が観たことがあるのは、三国連太郎の座長、加藤健一の付き人でした。30年ほど前のことですが、いまでもドレッサー(鏡台)の前に座りメイクをする座長と付き人の姿を思い出します。
なお、作品の解説および日本での上演については、以下のサイトを参照ください。
http://www.siscompany.com/dresser/ronald.html
【注5】
「ウルフェン」予告編
【注6】
「アニー」(1982年)予告編
【注7】
「エリン・ブロコビッチ」予告編
【注8】
「007 スカイフォール」予告編
【注9】
このほかに「デュエリスト」もあります。
作成・編集:QMS代表 井田修(2019年2月12日)