あるイノベーターの逝去

あるイノベーターの逝去

 

今月の13日、演出家の浅利慶太氏が悪性リンパ腫により亡くなりました(注1)。演出家として多種多様な作品を生み出すとともに、そうした作品を生み出し続けるための仕掛けや仕組みを絶えず試行錯誤し続けてきた、起業家でありイノベーション志向を強くもった経営者でもありました。

慶応大学在学中に仲間とともに創立した劇団四季を年間3000公演以上のステージを上演する日本最大級のカンパニーに成長させ、既に後継の経営陣にバトンタッチしていたという点だけに着目しても、日本を代表する学生ベンチャーをエンターティンメントビジネスで日本を代表する企業に育て上げたことは間違いありません。

20世紀初めの四半世紀にプロデューサーとして活躍したセルゲイ・ディアギレフは、バレエダンサーやオペラ歌手を発掘するとともに、作品を生み出す振付家・作曲家・舞台美術家などを次々と登用し、舞台芸術にイノベーションを引き起こしました。一方、浅利氏は、個々の演劇(ストレートプレイ)作品やミュージカル作品、さまざまなイベントの演出などで革新をもたらしただけでなく、劇団という組織や演劇興行というビジネスモデルにも幅広く新機軸を打ち出したエンターティンメント界のイノベーターという点で、演出家やプロデューサーという枠を超えていました。

 

筆者が生まれて初めて劇場で見た演劇というのが、日生劇場で上演していた「ふたりのロッテ」という子供向けの名作ミュージカルでした。鑑賞した時(多分、小学校4年生)は、社会科見学の一環で日生劇場に立ち寄ったのですが、あいにくと乗り物(観光バス)酔いがひどかったため、オープニングの“幕を開けよう”という曲のところしか覚えておらず、ほぼ全編にわたって医務室のようなところで休んでいた記憶しかありません。

ただ、このときのオープニングのインパクトを忘れることはなく、10年以上の時を経て「キャッツ」の初演で劇団四季の舞台に再会することになりました。「ふたりのロッテ」についても、最初に見た時から四半世紀ほどの時間は経っていましたが、改めて観ることができました。

ストレートプレイもミュージカルも劇団四季のさまざまな作品を鑑賞する機会がありました。思いつくままに挙げてみますと…

 

「オペラ座の怪人」

初演から何度も鑑賞していますが、いつも高いレベルで楽しめるミュージカルです。

 

「ジーザス・クライスト=スーパースター」

エルサレム版とジャポネスク版の両方を観る機会がありました。映画(ノーマン・ジュイソン監督)は既に観ていましたので、エルサレム版はもともとの舞台はこういうものだろうと予想できました。それでも相当に楽しめるステージでした。かたやジャポネスク版は、音楽は同じなのに、衣装や装置も含めて演出でここまで変わるのかという驚きとともに、見た目は変わっても作品のコアは変わらないことも実感できました。

 

「コーラスライン」

今ならダイバーシティとインクルージョンがテーマといえるのでしょうか。それをこれほどわかりやすくミュージカルにしたものに、その後も、お目にかかったことはありません。もちろん、アンサンブルが主役という四季の強みが十二分に発揮された作品であることは、改めて言うまでもありません。

 

「マンマ・ミーア」

初演を公演開始間もなくに観た時、カーテンコールで観客全体がスタンディングで歌い踊る経験をしました。ジャニーズ系のミュージカルではこうした光景が当たり前のようになっていましたが、それまでの四季の舞台では経験したことがないものでした。生きていることの素晴らしさを最も実感させてくれた作品かもしれません。

 

「ハムレット」(シェイクスピア作)

この作品の舞台装置は忘れることができません。それまでに観たことがあった「ハムレット」は、どちらかというと何もない空間を活用したタイプの作品が多かったので、立方体のような白と黒の模様の舞台装置はインパクトがありました。

 

「オンディーヌ」(ジロドゥ作)

セリフが美しく響くということが実感できた作品です。また、湖や森の青さを醸成する照明や美術も、強く記憶に残っています。

 

「ひばり」(アヌイ作)

これもセリフが響く作品です。この芝居を観るまで、西洋のコスチュームプレイを日本人が扮して上演する作品は、おもしろいと思ったことはありませんでした。この作品で初めて、セリフが腑に落ちれば、コスチュームプレイであってもなくても、芝居は楽しめることが実感できました。

実は、このとき、ある俳優がセリフを忘れてしまい、舞台袖から忘れていたセリフをアンダースタディが入れることがありました。劇団四季の舞台はそれなりの回数を観ていますが、このときほどきれいさっぱりとセリフが出てこなかったケースは、未だに観たことがありません。そういう点でも忘れえない作品です。

 

「探偵/スルース」(アンソニー・シェーファー)

いわゆるウェルメイド・プレイの代表作です。騙される芝居というのもいいものです。観客がしっかりと騙されるには、しっかりとした芝居が求められる作品です。

 

「ひかりごけ」(武田泰淳作)

映画(熊井啓監督作品)で観ていたのですが、舞台で観ると迫力が違う作品となるものの代表的なものです。食人とその裁きというモチーフは、第二次世界大戦後のヨーロッパを舞台にした「審判」(バリー・コリンズ作)と同様ですが、裁かれる軍人が独りで事実を論述する「審判」に対して、グループで状況に立ち向かわざるをえない「ひかりごけ」のほうが、自分も同じ目に遭ったら同じことをするのか、と考えさせられるものでした。

 

「はだかの王様」(寺山修司作)

“こどものためのミュージカル・プレイ”の第1作として1964年に初演されたそうです。とはいえ、いまでも大人が見ても十分楽しめる作品です。

 

「夢から醒めた夢」(原作:赤川次郎、台本:浅利慶太・奈良和江)

これは、保坂知寿氏と野村玲子氏のピコとマコに尽きる作品です。ふたりがデュエットするシーンは類例がないものです。

 

「思い出を売る男」(加藤道夫作)

石丸幹二氏がサックスを吹いた初演およびその再演を観ました。いわゆるミュージカルではないもののミュージカルのようでもあり、独特な味わいのある作品でした。

 

ちなみに、ディズニーとの提携作品は1作も観ていないので、筆者は四季のファンとはいえないでしょう。あくまで、個々の作品のなかに観たいものがあったに過ぎないわけです。

 

次に、浅利氏のもつ劇団経営や演劇興行のイノベーターとしての面を、思いつくままに挙げてみましょう。これらは全て浅利氏ひとりの業績ではないのは言うまでもないことですし、演劇そのものが集団の創作物である以上、集団の代表としての浅利氏の実績として捉えるべきものでしょう。

 

劇団の法人化

最初は有限会社を設立し、後に株式会社となりました。営業担当や国際担当を置くなど組織機能の充実や増資など財務面の基盤強化に当たるとともに、株式会社として経営スタッフや技術スタッフの新卒定期採用や中途採用を昔から行っています。

 

興行形態の革新

海外作品の継続的な輸入、無期限ロングランの導入、チケット販売のシステム化、学校等の団体への営業、後援会・ファンクラブのバージョンアップ、異なるジャンル(ストレートプレイ・ミュージカル、大人向け・ファミリー向け・子供向け)の作品のレパートリー化、観劇時の託児サービスや親子鑑賞サービスの開発、マーケティング戦略に基づく旅公演、外部企業との積極的な提携など、とても多くて挙げきれません。

 

“稽古場”から“芸術創造センター”へ

劇場のフランチャイズや外部提携による専用劇場の新増設および旅公演を組み合わせることで、常時複数(本日は8公演)の作品を上演し年間3000公演強も行っています。それだけの作品を上演するだけでなく、次の作品を開発することも加わるので、稽古場を確保することも重要です。劇団四季では、早い段階から芸術創造センターとして俳優の稽古やレッスンの場所を常設し、俳優をサポートするスタッフも幅広くそろえています。設備やスタッフの充実ぶりは、他のカンパニーの追随を許さないでしょう。

 

俳優の採用・育成

公開オーディションを通じての人材発掘だけに留まらず、俳優のチケット手売りノルマの廃止や月給制試行など、“演劇だけで食える”ための仕組み作りにも積極的でした。

 

ロングランを可能とするサポートシステムの拡充

ダブルキャスト・トリプルキャストの採用、メディカルスタッフの拡充と当日キャスティング、俳優が技術スタッフの仕事も兼ねることができる舞台美術の制作など、ロングラン公演や旅公演を同時並行で実現する上で、さまざまな工夫がなされています。

 

明瞭な日本語によるセリフ術の開発

これは、一般の企業でいえば、最も基本となるコア技術に相当するものでしょう。ストレートプレイは当然としてミュージカルにおいても、日本語でセリフを言い、歌を歌う以上、その日本語がしっかりと観客の耳に入ることが必要です。劇団四季の最大の強みは、俳優の基礎訓練に始まって日本語が聞き取りやすいという点にあるように思います。

 

さまざまな演劇を自ら演出するだけでなく、演劇の興行形態や劇団という組織の運営システムにも数多くのイノベーションを起こしてきた、ディアギレフを超えるプロデュース能力を発揮してきた人、そんな印象を強く抱かせるのが浅利氏でした。その能力は、単に舞台芸術を創り出すことに留まらず、舞台芸術を生み出し続けるための仕組みを作り続けるイノベーターでもありました。

謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

【注1

浅利演出事務所のHPに訃報が公表されています。

http://www.asarioffice.com/index.html

また、劇団四季のHPにも訃報が掲載されています。

https://www.shiki.jp/navi/news/renewinfo/030897.html

 

 

作成・編集:QMS代表 井田修(2018720日更新)