人材不足時代のベンチャー経営(4)

 

人材不足時代のベンチャー経営(4)

 

 新卒入社に限らず中途採用についても、一般の企業と同様にベンチャー企業も、ごく普通の就職先のひとつとして検討されるようになってきました。就職先の選択肢のひとつとなったことで、ベンチャーが企業社会において一種の市民権を確立したともいえるでしょう。

とはいえ、現実にベンチャー企業、特に創業間もないスタートアップで仕事をしようとする人にとっては、ベンチャーは一般の企業や団体に就職するのとは違うものと自覚しておきたいポイントが、3点あります。

 

第一に、入社した会社が成長する可能性のあるベンチャーか、見極めるポイントを自分なりにもっていることが求められます。そうした視点をもっておらず、就職先のひとつとして大企業や中堅企業と同じ土俵でベンチャーを考えると、自分のキャリアを形成する手掛かりすら失ってしまう虞があります。いわゆる就職氷河期にベンチャーに就職した人々の一定数は、まさにこうした経験をせざるを得なかったのです。

ベンチャーが成長するかどうか見極めるポイントというと、たとえば、創業者(創業チームという場合もよくありますがその場合は創業者チームの人々)と他の後から参画したメンバーとの関係があります。

創業者(チーム)のもつ強み弱みに対して、他のメンバーの特徴が相互補完的であれば、成長の可能性は相当にあるでしょう。反対に、創業者(メンバー)も他のメンバーも同じような特徴をもっていたり、創業者(メンバー)に比べて他のメンバーが明らかに見劣りする能力や資質しかもっていなかったりすると、これから入社する人や新たに入社した人の目から判断できるのであれば、人的な面からみた事業成長の可能性は低いでしょう(注2)。

創業者が技術志向の人であれば、マーケティングや営業、財務や人事などの面を強化する人材が必要です。創業者がオーガナイザー志向の人であれば、さまざまな人材を集めてチーム力を高めていくことができているはずですが、本当に多種多様な人材が集まっているか、そしてそれが有機的に活躍しているのかが問われます。

このように、起業家よりも優秀な面をもつ人材がいるか、他の社員(創業メンバー)に見習いたい人がいるかといったことこそ、ベンチャーで働こうとするのであれば、最低限はチェックすべきでしょう。これが大企業ともなれば、経営者や経営幹部に直接会う機会もないでしょうし、その能力や資質などを一般の社員が自分の目で見る機会も、まずないでしょう。ベンチャーならではのチャンスを逃してはなりません。

少なくとも、さまざまな事情や背景をもつ人々が働いているのかどうか、見てみましょう。同じようなバックグラウンドや価値観をもつ人々だけで構成されているようでは、事業の成長も組織の進化も期待できないのは、改めて述べるまでもありません。

 

次に考えておきたいのは、ベンチャーで働くことになった本人が「本当の動機」と「辞め時」を意識して働いているかどうかです。

一度入社したからといって、ベンチャーに長期にわたって勤め続けるわけではありません。5年も同じベンチャーで働いているとなると、既にベンチャーではなく中小企業です。通常、「次のオリンピックまで(長くて2年)」程度の目安で働く人が多いでしょう。

ベンチャーに勤めることを「参画する」ということがありますが、こうした表面的な言葉で、本当の働く動機を自分でごまかすことは是が非でも避けたいものです。

というのも、起業した経営者やその仲間の人たちはともかく、それ以外の人々にとって、ベンチャーも一般の企業や団体と同じく、たまたま働くことになった職場のひとつに過ぎません。

なぜ、その職場を選んだのかといえば、尤もらしい志望動機は一先ず脇に置いておくとすれば、応募(募集)のタイミング・地理的条件・勤務体制・人的関係などから偶然決まったというのが、大半のケースでしょう。もちろん、報酬などの労働条件というのも、本音・本心ではどうなのか、そこで働く人自身が自覚しておくべき重要な事項です。

本音・本心では納得のいかないことがあったり、条件面で妥協せざるを得なかったりすることがあれば、いつでも他社への転職ということを念頭に置いて働くことが望まれます。

就職した当初の働くことになった理由と、その後も働き続ける理由が違うこともよくあります。

働くことになった直接のきっかけは、自宅から30分以内という地理的条件や16時間以内とか週に4日までといった勤務体制を優先したからという人もいれば、自宅でのテレワークが可能でないと働けないという人もいるでしょう。また、報酬面などの労働条件で働くことを決めた人もいれば、たまたま創業者と知り合いだったので事務的な仕事を強引に頼まれたといった人間関係上のきっかけで働くことになったということもあるでしょう。

経緯はともかく、実際に働いてみると、ある程度は事前に予想(覚悟?)していたこともあるでしょうが、夢にも思っていなかったことが次々と起こるのもベンチャーならではの醍醐味(または「話が違う点!」と怒り心頭となる事件)といえます。特に、処遇に関して約束が反故にされることなど、言い出したら限がないでしょう。

事業が成長する組織は、当初は約束を反故にすることはあっても、ある時点からは、人材をつなぎ止める必要性などから、強引な組織運営や人事運用は次第に見られなくなっていきます。いつまでも改善されないのであれば、辞め時を探るべきでしょう。

ただ、そうは言っても、退職を言い出すタイミングを失して、ついつい働き続けることになる人もいます。こういう人は、自分で建前(「自分が起業するためにベンチャーの経営を勉強する」とか「大企業ではできないことに挑戦する」とか)に縛られていることもあれば、同じ立場の仲間を裏切れない(退職は裏切りでも何でもないのですが)と思いこんでいることもあります。なかには極めて稀に、心の底から仕事が楽しくて辞められないという人もいます。週に最低1回は徹夜をしないと仕事をやった気になれないという、ワーカホリックな人もいるかもしれません。もちろん、お金を得るために辞められないということもあるでしょう。

理由は人それぞれとしても、自分がいまここで働いている理由や今後も働き続ける理由を、どこまで自分に正直に意識しているかが問われます。通常は、ひとつのベンチャーで担当者として仕事を続けたまま、数年が過ぎたのであれば、次のキャリアステップに移るほうが望ましいでしょう。まして、働いているベンチャーが、第一のポイントに照らして成長の可能性が低いと感じられるのであれば、なおさら退職・転職するタイミングと思われます。

 

最後に考えたいのは、せっかくベンチャーに就職したのであれば、社員一人ひとりのもつ影響力の強さや大きさを行使することです。

ベンチャーに早い段階で就職した人の多くは、ふとした時にちょっとメモした程度の書類が、いつの間にか代々引き継がれて、本人が退職して数年経ってもまだ仕事の手順ややりかたを説明するマニュアルとして活用されていたことを知って、驚いた経験をもっていることでしょう。

このような例から理解されるように、1万人の会社の執行役員よりも10人のスタートアップの週3日のアルバイトのほうが、そのときその場で大きな影響力を行使できます。なにしろ、いままでこの世界にない製品やサービスを実現しようとしているスタートアップで、前例のない事業に挑戦しているとなれば、日々の仕事のやりかたも、先行事例やお手本がないのが当然です。

そうした状況で何か具体的な行動を起こせば、それがいかに試行錯誤のプロセスでの失敗例であったとしても、ひとつの先例・方法論となりえます。後から入社した人たちや遅れてきた競合他社は、その失敗から学ぶしかありません。つまり、スタートアップでは何をやっても、次の人々や周囲の関係者に影響を与えてしまうのです。

そのベンチャーが将来、事業が成長して社会に大きな影響力を及ぼすような存在になればなるほど、もしくは、一定の存立基盤を確立し、ある地域や業界などで存在が認められるようになれば、ビジネスにおける一種の教科書と見做されるようになるでしょう。

仮に会社としては存続していなくても、他社に買収されたり、仕事をいっしょにしていた人々がさまざまな企業や業界に流れていったりすることで、あるベンチャーでいっしょに働いた経験から得たものを、他社に広めていくことはよく見られます。

ベンチャーで働くということは、本人の意図とは関係なく、こうした影響力を行使することにほかなりません。もしかすると、この点こそが、ベンチャーで働く上での最も大きいな醍醐味と呼べるものかもしれません。

 

【注2

ただし、同質的な人材が集まっているベンチャーは、あるタイミングで一気に成長することは往々にして見られます。課題は、それが続かないことです。ある製品やサービスがたまたま当たって急成長した企業が、あっという間に失速して潰れるのは、マーケティングや開発や財務などの体制にも問題はありますが、組織や人材の面では同質的な価値判断しかできない組織体制に問題があるといえます。

 

(5)に続く

 

作成・編集:人事戦略チーム(2018417日更新)