人材不足時代のベンチャー経営(3)

 

人材不足時代のベンチャー経営(3)

 

 4月の第1週ともなれば、就職したばかりの新社会人が会社という組織の現実の一端について身をもって知ることになり、少なからぬ人々が退職する最初の時期です。

なかなか新卒や若手の社員を採用できない中小企業やベンチャーにとって、SNSを分析しつつ、これはと思う人材にアプローチするチャンスを掴むことができるかもしれません。ただ、こうした採用のテクニックやノウハウの前に、規模の小さい会社や創業間もない組織ほど、人材を調達する際にしっかりと検討すべきポイントが4点ほどあります。

すなわち、自己分析、自社分析、人材の区分、手法の柔軟性です。

はじめに取り組むべきは、採用しようとする自社の人材面での分析です。ここで自社というのは、中小企業やベンチャーにおいては経営者自身のことを意味するケースが大半でしょう。経営者自身の得意・不得意を自覚するなど、自分自身の分析をせずに、欲しい人材を求めてもうまくいきません。

その次に、組織としての自社の分析です。前回、前々回に述べたように、賃金や労働条件などで対応可能なこととできないことを整理しておきます。

そして、採用すべき人材をいくつかに分けて、それぞれに効果的な採用方法(人材マーケットへのアクセス)をフレキシブルにいくつかを組み合わせて実施していくことになります。

 

さて、第一の自己分析ですが、これは人材募集に応募する人々(特に新卒の学生)が行うことと思われるかもしれません。

しかし、実は、経営者、特に起業家の場合、自分がどのようなタイプの起業家であるかという自分自身の自覚と、周囲の関係者(VC、金融機関、取引先、顧客、既にいる社員など)からの評価が大きく乖離していることが実によくあり、欲しいと思っている人材についても考え違いをしているケースが大半と思われます。

起業家自身は、雄弁にプレゼンテーションを行い、聴衆(社員やVCなど関係者)を引き付けて強い賛同を得ているつもりであっても、聴衆は思ったように行動しないものです。その原因を、VCに事業を理解する力が弱いとか社員が自ら考えて動くことができていないなどと言って、関係者のせいにするようでは、起業家失格です。これは人材の採用や活用という場面でも、起こりがちな現象です。

たとえば「自分で考えて動くことができる人材」が欲しいと経営者や起業家が口にすることが往々にして見られます。これなどは典型的な起業家自身のことを棚に上げたような話で、本当にそうした人材が目の前にいると「自分の思いを実現するように動かない」とか「報告がない、勝手に進めすぎる」などとダメ出しをするのがオチです。

 そもそも、起業家はビジネスを立ち上げるのに必要な資質や能力が自然と備わっている完璧な人材であるはずがありません。むしろ、起業家という人材像からみれば欠陥だらけのビジネスパーソンであるというところを出発点にする必要があります。言い換えれば、起業家は、現実の起業プロセスで成長し進化していく存在と言えるでしょう。

 実際、起業家と一言にまとめても、その特徴は様々です。資金調達が得意な金融関係出身者もいれば、テクノロジーに詳しい人もいます。いろいろな関係者を巻き込んで製品やサービスを具体化するオーガナイザーのタイプの人もいれば、自分でプログラムを作るなどエンジニアとして製品やサービスを具体化していくのに秀でた人もいるでしょう。なかには、営業の能力が抜きん出ているが故に仕事を取ってくることにかけては優秀な起業家という人もいます。

たまたま起業家という立場にあるからといって、誰もがビジネスプランを魅力的に語って、十二分な資金を集めることができるわけではありませんし、有能な人材が次々と仲間や同士になってくれるはずもありません。

人材について唯一確かなことは、起業家自身がどういうタイプであるにしろ、自分だけで事業を立ち上げるわけにはいかないということです。単に人数合わせの人材を集めれば事業が立ち上がってうまくいくと思う人はいるかもしれませんが、そうした事業運営ではすぐに限界に突き当たります。結局は、自分とは異なるタイプの人材とともに事業を立ち上げていくことに迫られます。

つまり、自己分析というのは、起業家としての自分の持ち味や特徴を自覚して、事業を立ち上げていくのに欠けている人材をできるだけ具体的に定義することです。この作業は、中小企業の経営者についても必要なことでしょう。

 

次に、組織としての自社の分析が求められます。

立ち上げたばかりの組織では、現状を分析しようにもやりようがないと思われるかもしれませんが、ここでは、どのような組織にしていきたいのか、そのカルチャー、仕事の進め方やワークスタイル、就業形態などを具体的にイメージしていくこと、および、そうした組織運営を実現していくのにどのような人材が必要なのかをある程度イメージしておくことを自社分析と呼んでいます。

人は雇えるのだが続かないといった状況に陥っているとすれば、組織のもっている特性と採用された人材との何らかの不適合が生じていると考えられます。いかに優れた人材を採用できたとしても、それが異物として排除される、いわば組織のアレルギー反応が起こっているような場合もよく見受けられます。

そうした状況をできれば未然に回避するために、採用した人たちの働き方の要望や労働慣行などを踏まえつつ、同時に、仕事の進め方のありたい姿を徐々に実践していくことになります。人材不足の時代であるからこそ、採用してダメだったら入れ替えるといった非効率な人材活用を忌避すべきでしょう。

たとえば、テレワークを原則とする就業形態をとる組織を目指すとしましょう。すると、毎日決まった時刻にオフィスに出社しないと働いた気になれない人は、当然、この会社には向かない人材となります。したがって、他の条件がいかに良くて能力面も申し分がないと思われても、採用は見送るべきです。もしこの人を採用したとしても、遅かれ早かれ、この人は辞めていきます。こうした事例を挙げ始めると、エクセルのシートがあっと言う間に埋まってしまいそうです。

 

次に、採用すべき人材の区別をつけることです。いっしょに事業を立ち上げる戦力を集めること(人材というよりも仲間とか同士とか呼ぶべき存在)と、単に労働力とか人手となる人員(つまり頭数としてカウントする要員)は、採用の方法どころか、そもそも人材マーケットも違います。

前者は、できることなら、起業する前から、これはと思う人には目をつけておくくらいの作業が求められます。人材を採用するというよりも、口説いて仲間になってもらうのです。

後者は、文字通り、採用活動を行って調達すべき人材です。採用というよりも、派遣や業務委託といった形も含めて必要な数を調達するといったほうが、より適切かもしれません。

ただし、ここで留意しておきたい点がひとつあります。

それは、起業したばかりで人数が少ない組織はもとより、30名程度までの組織であればどのようなものでも、新たに入社した1人のもつ影響力は決して無視したり軽視したりしてはいけないということです。

ヘッドカウントで調達すべき人材であっても、全体の人数が少ない状況では、その一人ひとりの存在や言動が組織全体のカルチャーや就業形態などに大きく影響しますから、あまりにも自社の合わない人はすぐに辞めてもらう必要があります。雇用期限が短期的であれば構わないかもしれませんが、いくら必要数を調達する人材といっても、自社の組織運営の方針や働き方などに合わない人は最初から仕事を頼まないくらいの割り切りが望まれます。

 

 最後の第四のポイントは、人材調達の方法を柔軟に考えることです。人材を採用するというと、募集活動をして、採用試験を行い、何らかの雇用契約を締結して、定着指導を行うといったプロセスを想定しがちですが、人材調達=一人ひとりの採用、というわけではありません。

 派遣や業務委託など、形式的には雇用契約ではない人材調達の方法もあります。ただし、こうした場合は、自社で直接採用するのと同じ程度に慎重に派遣される人や仕事を委託する人を見極める必要があります。

自社で直接雇用する際には、いきなりフルタイムで仕事をするのではなく、週に1日などパートタイムで仕事をすることで、既にいる社員と新たに採用しようとする社員との関係を見極めたり、入社しようとしている人が求めているもの(賃金か労働条件か、それとも仕事の意義ややりがいか)と組織として求めているもの(仕事の結果が出ればいいのか、チームメンバーとして役割を果たしてほしいのか)がどの程度合っているのか検証したりするといった方法もあります。

極端な話、ベンチャー同士で経営統合(合併)するのも、人材面で補完的な関係にある組織同士であれば、選択肢としていつでも十分にありうるものです。現に、この狙いでM&Aが行われる事例は毎年、見られます。自社が買収する側になることもありえますが、会社または事業を売却することで相互に人材を調達し合うことができれば、エグジットのひとつの形にもなるものです。

また、大手企業などと業務提携するというのも、特定の人的資源が不足している際には、スピード感のある人材調達の手段となる場合もあります。特に技術・開発志向の強いベンチャーにとって、営業やマーケティングといった分野の人材を調達することは後手に回りがちです。また、無理に採用しようとしても、自社のカルチャーや働き方と合わない人材を採用しなければならないという状況に迫られるかもしれません。そうした弱点を一気に解消するには、一人ひとりを個別に採用するよりも、そうした人材を既に有している組織と協業関係をもつことも、事業の立ち上げスピードを重視するならば、積極的に検討すべき手法でしょう。

いずれもそれなりの労力や手間がかかりますが、事前にそうした労力や手間を惜しむと、結局はいつになっても人材が調達できない、調達できたと思ったらすぐに辞めてしまう、ということを繰り返すことになります。それでは、いつになっても事業が立ち上がらないということは、改めて論を俟つまでもありません。

 

 (4)に続く

作成・編集:人事戦略チーム(201844日更新)