「1918年の最強ドイツ軍なぜ敗れたのか」に見るリーダーシップと戦略(4)
それでは次に、宰相について見てみましょう。
ベートマンは頭が良く、勤勉で、カイザー(引用者注、ヴィルヘルム二世のこと)に見出されたこともあって、忠誠心も厚く、カイザーも彼を信頼してその意見を聞くことが多かった。(中略)精力的で活発であったビスマルクとは、ひと味違う人物であった。彼はカイザーへの第一の助言者ではあったが、軍事問題について積極的に関与しようとはしなかった。(同書52ページ)
この記述からイメージされるのは、いわゆる「よきお友達」の関係でしょう。生まれや育ちが皇帝に近く、個人としての能力もありそうですが、積極的に改革をするとか、何かにチャレンジしていくタイプではなさそうです。
また、宰相という立場は、一般的な意味での政治、すなわち内政と外交はもとより、陸軍大臣などの閣僚人事を通じて軍事なども所管するはずですが、軍事については積極的に自ら関わろうとはしなかったとすれば、トライアングルの一辺(宰相と参謀総長のライン)がチェック・アンド・バランスとして機能しなくなる恐れがあります。それは、軍事の暴走または政治(内政と外交)と軍事の分離をもたらすであろうことは、誰の目にも明らかです。
実際、第一次大戦の開戦当初、参謀本部の想定していたシュリーフェン・プランがうまく働かなかった原因のひとつは、そもそもシュリーフェン・プランの存在を宰相が知らなかったこと(注1)、したがってシュリーフェン・プランを実現するに足る軍備(兵站計画)がないに等しかったことが挙げられます。
こうした行き違いや齟齬は、企業においても往々にして見られます。
製品開発計画と人事や財務(予算)の計画がまったく連動していないので開発計画が絵に描いた餅の状態であるとか、フロントエンド(営業部門など)とバックオフィス(管理部門など)で目標や事業計画が摺り合わされておらず、売上を伸ばすことと経費削減を同時に行うように社員は求められて疲弊するといったケースが思い浮かびます。COOこそ、こうした事態に主導権をもって積極的に臨むのが筋でしょうけれど、その立場にいる人物が特定の分野にはあまり首を突っ込みたくないようでは、問題は解消せず、組織はうまく回らないでしょう。
もうひとりのリーダーである参謀総長のモルトケについて見てみましょう。
元々、カイザーと親しかったことから、情実人事で1906年、高名な参謀総長であったシュリーフェンの後を継いで参謀総長に就任した。カイザーは祖父ヴィルヘルム一世の栄光に倣って、モルトケという家名に惹かれたと言われている。背が高く、押し出しも立派で、見た目もカイザーを満足させるのに十分であった。しかし、度量では伯父(引用者注、ヴィルヘルム一世の参謀総長だったヘルムート・カール・ベルンハルト・フォン・モルトケのこと)に遠く及ばなかった。(中略)軍団レベルの参謀経験もなく、経験不足も懸念された。ただ、モルトケは、知性では問題はなく、事務処理能力もあり、肥大化した参謀本部を束ねて部下との関係も良好であった。(中略)大戦がなければ、無事これ名馬の典型として終わっていたかもしれない。しかし、ドイツは大戦へ向かう。おまけに元々の性格の弱さに加えて、大戦勃発前の七月危機の際には、持病であった脳梗塞が悪化し、情緒不安定に陥ってしまった。(同書52~53ページ)
この記述を読むと、参謀総長として第一次大戦を指導するというミッションがあまりに大きすぎると言わざるを得ません。こういう人を参謀総長に選んだカイザーやその周辺の人々こそが、ドイツ帝国のリーダーシップのトライアングルを機能不全に陥らせた張本人と言わざるを得ません。
企業においても、経営トップが知名度の高さや社会的地位の高さから、経営能力が不明であったり大して高くないことが明らかな人物を経営陣に加えたり、個人的な関係から自らの側近に取り立てたりすることは、往々にして見られます。
その結果は、当然予想されることですが、経営の失敗に陥るケースが大半となります。よくて、経営陣に引き入れた人材が役に立たず、コストだけがかかります。そうなると、社員の一部には退職を選ぶ人も出てきますし、反対に経営能力のない役員に取り入ろうとする人も出てきます。こうなっては、真っ当な組織運営はできませんし、事業がうまく回っていくとも思えません。
以上のような宰相と参謀総長の人選から見ると、結論として、CEOとしてのカイザーの人材マネジメント能力の低さがドイツ帝国のトライアングルに機能不全をもたらした原因と言わざるを得ません。現代の企業においても、COOはCEOのお友達、ナンバー3ともいうべきCXOポジションには、その分野の実績や能力ではなく有名人の一族というだけの人を選んでいては、経営は成り立ちません。
【注1】
一説には、シュリーフェン・プランが策定された目的は、フランスとロシアという2大強国に同時に備えるに足るだけの軍備の拡充を政治的にアピールするためとも言われていますが、宰相が知らなければ軍備拡充の必要性を訴えることができず、何のために策定されたものか、存在意義がわかりません。
作成・編集:QMS 代表 井田修(2018年2月4日更新)