ゼロイチ営業(3)

 

ゼロイチ営業(3

 

イチがあれば、起業チームの予想やシナリオと現実の顧客との相違点も明らかとなり、次に採るべき方策(当初の予定通りいくのか、見通しを変えて別のポジショニングを打ち出していくのか)も変わってきます。

ゼロイチ営業は、とにかく最初の顧客を獲得するのが目的であるように見えます。実は、起業しようとしているビジネスが本当に世の中に受け入れられるものであるのか、もし受け入れられないのであれば、変えるべき点はどこか、そういったことを検証して次の打ち手を講じることが目的です。そうしたことが実現できれば、獲得した顧客の数は問題ではないでしょう。

したがって、理想論を言えば、ゼロイチ営業のプロと呼びうる人材を確保した上で、その隣でゼロイチ営業のP(プラン)とC(チェック)を行いながら、どこに真の市場があるのか、当初想定していた顧客層が本当に存在するのか、獲得できた顧客のニーズを真に満足させるには自社の製品やサービスに足りないものはあるか(あればそれをすぐに補強するには何から着手すべきか)どうかチェックして、即座に次の手を打つことが、起業家が果たすべき役割です。

一方、ゼロイチ営業に長けた人は、日々の営業開拓には倦むことなく取り組むのですが、その結果を事業全体(特に製品・サービス)のブラッシュアップに必要な情報をくみ上げてフィードバックするといったことには無頓着であったり、そもそも興味がなかったり、その必要性に気がついていなかったりします。

 

こうしてみると、起業家の仕事とゼロイチ営業の仕事は、一人のビジネスパーソンが同時に担う仕事としては、不可能とはいわないまでも、かなりの無理難題であることは間違いありません。

実際にゼロイチ営業を進めて実績を挙げている人を観察してみても、何がうまくいっている要因なのか、一見わからないでしょう。ごく自然と、何気なく、最初から10件ほどの全く新しい顧客を掴んでくる人材もいますが、同じベンチャーに勤めていても、同僚や起業家自身もなぜこの人が顧客を掴んでくるのか、その理由や原因がよくわからず、「(個人プレーはやめて)もっと組織だって行動しろ」といいたくなるケースもよく見られます。

こういう人材は、業界業種やサービス・製品が違っていても、見ず知らずのところから同じように繰り返し、新規の顧客を獲得してきます。いわば、ゼロイチ営業のプロと呼ぶべき人材が一定数、存在するようです。

こうした人材がもつのは、スキルというよりも、相手のちょっとした変化を捉えるセンスとか、ごく自然に相手の警戒心を解いて会話を続ける能力のようなものです。

これらを起業家が改めて身につけることは、時間的な制約が厳しい状況では極めて困難です。もちろん、50件、100件と顧客開拓にチャレンジするプロセスでスキルアップしていくことも十分にありますが、起業家の時間を顧客開拓だけに費やすわけにもいきません。

ゼロイチ営業をひとつの専門分野と考えてその道のプロを雇うなり、よりはやくゼロイチからイチヒャクへと営業の進化を組織的に図ったりする方向に事業を推進することこそ、起業家が果たすべき役割でしょう。

 

さて、ゼロイチが容易ではないとはいっても、必ずいずれかのタイミングで顧客は獲得できるはずです。起業家のもつ個人的な人脈(起業する前に一般の企業などでの勤務経験がある場合など)、ゼロイチ営業の専門スタッフの尽力、VCや公的機関の支援などを活用すれば、ひとつの顧客も開拓できないほうが、むしろ例外的といえます。

もし、イチの顧客を開拓できないとすれば、事業そのものに社会的な意味がないか(潜在的なニーズがそもそもないか、ニーズがあることを顧客となりうるであろう層に的確に伝えることができないのか、理由はいろいろとありますが)、先に資金が尽きてしまい事業として成り立たないことが明らかとなります。

現実には、いかに少ない数であっても、必ず顧客は獲得できます。まったく顧客を獲得できなかった例は、思い当たりません。

しかし、実現したイチの顧客をヒャクにつなげていくには、ゼロイチで成功したやりかたを踏襲するだけでは、まず不可能です。仮に実現することがあったとしても、時間や費用など経営資源を多く投入しない限り、難しいでしょう。

ゼロからヒャクに成長していくには、営業の仕組みや体制を何らかの形で作っていく必要があります。起業家が真にすべきことは、個々の営業活動よりも、こちらの仕組みや体制を作っていくことでしょう。それも、相当のスピード感をもって実現していくことが望まれます。

もちろん、この作業をすべて起業家ひとりで進めるわけではないかもしれません。ですが、少なくとも営業の仕組みや体制を作り上げるのに主導権をもって行う必要があります。

また、イチヒャク営業の仕組みや体制を作る作業と並行して、製品・サービスをよりよいものに改良したり、時には別の市場向けに新たな製品・サービスを打ち出すといった事業構造の変革を行ったりするなど、起業家自身でないと決断できない事項にも対処しなければなりません。

ゼロイチ営業はできるだけ早く別の人に任せて、起業家自身はイチヒャク営業を実現する仕組みや体制を試行錯誤しながらも作っていくことが求められます。そこでは、他社との連携も含めて、事業の構造や戦略をすばやく見直すことも不可避です。こうしたことも当然、起業家が決断すべきもので、できるだけ、こうした決断に起業家の時間や行動を集中したいものです。

つまり、起業家はできるだけ早いタイミングでゼロイチ営業のプロセスから脱却して、起業家でなければできない経営課題に注力することが望まれます。そのことを自覚して行動するならば、いつまでもゼロイチ営業に起業家自身を縛ることはないでしょう。

 

 

作成・編集:経営支援チーム(2018118日)更新