ロールモデルがいない?

 先日、あるITサービスの企業を創業した経営者から至急会いたいと連絡があり、先方のオフィス近くのカフェで話すことがありました。

 

「いやあ、社員がやめてしまって、困っているんだよ。」

「辞めるのは仕方ないですが、何か理由とか経緯はわかりませんか?」

「今年3名、新卒を採ったんだけど、そのうちの1人が昨日、いきなりだよ。それも、ロールモデルがいない会社には勤め続ける気がないとか、言っていたかなあ。」

「ロールモデル?」

「うちは設立して5年目のベンチャーだよ。新卒だって、去年は採れなかったが、今年はようやく採用できて、教育にも力を入れてきたつもりだよ。インターシップも去年から続けているし、新卒には相当に力を入れてきたんだけどなあ。」

「ベンチャーでは珍しく新卒採用に注力されてきたことは存知あげています。」

「ロールモデルがいないなんて言われても、そうそう歴史のある会社じゃないから、これはという先輩がいないのは事実だけど。むしろ、今後入ってくるはずの新卒の目標になってほしかった人材だったのに。」

「こう申し上げては何ですが、ベンチャーでも中小企業でも、もしかすると今時は大企業でも、コンスタントに新卒を採り続ける企業のほうが少ないかもしれませんね。まして同じ職場に都合よくロールモデルとなりそうな先輩がいるなんて、フリーアドレスやテレワークが当たり前の状況では、望む方が無理です。」

「それにしても、創業メンバーや中途採用ばかりでは、技術開発の体制も確立できないだろうし、会社のカルチャーもしっかりしたものにならないだろうと思って、無理にでも新卒を採ってきたんだけどねえ。」

「どうもお話を伺っていると、その方はビジネスパーソンとしての基本的な資質に問題があるのかもしれませんね。」

「どういうこと?」

「考えてもみてください。社長のところは、真っ当な採用や人事をしている会社ですよ。企業情報も公開されているとおりですし、インターンシップでも仕事を実地体験してもらって、相応の賃金も支払っているでしょう。それなのに、会社や仕事の実情が分からないとか、手本となる先輩がいないとかいうのは、おかしいですよ。だって、先輩も何もそういう人はいないということは、入社前から知っていたはずです。」

「それは、その通りだ。」

「そもそも、ロールモデルというのは、会社が用意するものではありません。この点を誤解している人が多いのかもしれません。」

「まあ、確かに、『弊社のロールモデルはこの人たちです』なんていう会社は、どんな大手の取引先でも聞いたことはないねえ。つまるところ、ロールモデルって何?」

「自分で探すものです。先輩でも同僚でも、何なら後輩や他社の人でも、対象は何でもいいんです。要は、『この人のここを見習いたい』って思えるものをもっている個別具体的な人のことです。」

「で、それが何の役に立つの? 別に見習う人なんかいなくたって、いいんじゃない?」

「社長は、そうでしょう。人の言動をどうこう言われる方ではないですから」

「自分は自分、他人は他人。まあ、情報とか知識とかスキルとか、教えてもらったり学習したりすることはあるけど。」

「ロールモデルって、もっとライフスタイルとかワークスタイルとかの面で見習うべき人かもしれません。ただ、いずれにせよ、ロールモデルが身近にないから会社を辞めるというのであれば、仕方がないですね、辞めてもらうしかないですよ。ただ、将来、戻ってくる道は開けておいたほうがいいと思います。」

「どうして?」

「社長が有能な人材だと思われて、辞めたのが惜しまれるのであれば、他社にもロールモデルなどそうそういないことにすぐに気がつくでしょう。その時に、最初に勤めた会社の良かった点を必ず思い出しますから。」

「一度、外に出ないと分からない?」

「かわいい子には旅をさせるべきでしょう。それに社長の会社の方々を見ていると、けっこう多様な人材といいますか、個性が強いように思います。辞めた人は戻ってきてから、そういう個性をつまみ食いして、ちょっとずつ見習う方がいいのかもしれません。」

「で、どうすればいい?」

「無理に引きとめることはしないとしても、仕事のしかたを変えるチャンスは提示したらどうですか。もしかすると、創業メンバーあたりの人たちといっしょに仕事をしてもらうほうがいいのかもしれないですね。もっと刺激を受ける仕事をしたいのではないでしょうか?」

「そうは言っても、そうそう仕事を任せるわけにもいかないしなあ。」

「辞めた人は、社長といっしょに仕事をしたことはありますか? もしかすると、社長をロールモデルにしようとしていたのに、なかなか機会に恵まれなかったことが問題かもしれませんね。もちろん、いっしょに仕事をしたらしたで、それが原因で辞めていくのもベンチャーでは実によくあることですが。」

 

 ベンチャーに入社してくる人のうち、創業経営者とともに仕事をすることで自ら学びたいと思っている人はかなりの割合に上るでしょう。大きな組織に勤める人にとってのロールモデルと、ベンチャーのような小さな組織におけるロールモデルとは、自ずと意味合いが違ってきます。

 ロールモデルのようなものは、ワークスタイルとかキャリアプログラムといったものと同様に、制度的な面での整備よりも組織での実情がすべてです。それは、経営者やマネージャーの立場ではあまり意識していなくても、一般の社員の立場では強く意識されるものでもあります。この違いを理解して組織運営に当たることが肝要です。

 

 

作成・編集:人事戦略チーム(20171016日更新)