ロジャー・ムーアの逝去

 

ロジャー・ムーアの逝去

 

昨日、俳優のロジャー・ムーア氏ががんにより89歳で逝去されました(注1)。

 

ご存知の通り、ロジャー・ムーア氏といえば007シリーズで主人公のジェームズ・ボンドを7作品で演じました。

それまでの007シリーズは、初代ジェームズ・ボンドのショーン・コネリーのイメージが強く、ハードなアクションが売りのスパイ・アクション映画でした。ロジャー・ムーア氏が3代目のボンドを引き継いで、アクションだけでなく、ユーモアやコミカルなテイストを加えて、新たな007シリーズを生み出したことは、既に多く指摘されていることでしょう。

ただ、これは、007シリーズをひとつのブランドとして考えてみた場合、極めて異例のことです。

たとえば、ベトナム帰りのジョン・ランボー(注2)やボクサーのロッキー・バルボアをシルベスター・スタローン以外の役者が演じることを想像できるでしょうか。決め台詞を言いながら犯罪者に片手でマグナムを撃ち放つダーティーハリー(ハリー・キャラハン刑事)を、クリント・イーストウッド以外の誰かを主役にしてリメイクしてもファンは喜ぶでしょうか。

日本映画でもそうです。渥美清氏ではない別の人が扮する寅さんは、果たして作品として成り立つでしょうか。

シリーズものの映画において主人公を演じる俳優とは、ブランドにおけるロゴマークそのものでしょう。それを変更するということは、リスクはあってもリターンはあまり大きくないように思われます。まして、既に成功を手にしているブランドが冒すべきリスクとは思えません。

007シリーズは、諸般の事情により、主役の交代というリスクを冒さざるを得ない状況に追い込まれてしまったのです。実際、一度は主役を元に戻す(注3)ことまでやったわけですが、結果的には、シリーズの再生・発展に成功し、映画史上、最も長年、続いているシリーズ作品となっています。

 

ロジャー・ムーア氏の場合、俳優自身の持ち味がジェームズ・ボンドという役に加えられることで、ボンドのキャラクターがより広がって、ただのスパイではなく、英国紳士がいつも心に余裕を持って、スパイを楽しんでいる、そんなイメージを生み出したような気がします。

その結果、007シリーズというブランドに、スパイ・アクションという作品の幅がより広がって、スパイ・アクション・コメディとでも呼ぶべき、独特の作品シリーズに発展していったことは間違いないでしょう。

ティモシー・ダルトン以降、ジェームズ・ボンドを演じる俳優は誰もが、ショーン・コネリーとロジャー・ムーアを両極として、二人の持ち味を兼ね備えて表現することを求められているように思われます。

そういう意味で、ロジャー・ムーア氏の存在が007シリーズというブランドを大きく発展させたことは間違いないでしょう。

 

ちなみに、こうしたシリーズものをオファーされた俳優のなかには、そのシリーズで演じる役で自身のイメージが固まってしまうのを忌避する人もいるそうですが、ロジャー・ムーア氏はジェームズ・ボンドを最も多く演じており、映画の中の表情を見ると、ボンドを演じることを楽しんでいたのではないかとも思われます。

一方、007シリーズに出演している時期と同じ頃に、他の映画作品にいくつも出演しています。「ワイルド・ギース」では傭兵に扮し、「キャノンボール」では007のパロディを演じるなど、役者としても余裕を感じさせる仕事ぶりでした。

 

筆者がロジャー・ムーア氏のジェームズ・ボンドで最も気に入っているシーンは、「黄金銃をもつ男」で黄金の銃を持つ暗殺者スカラマンガ(ドラキュラ役で有名なクリストファー・リーが扮しています)との最後の対決の場面で人形のふりをしているボンドです。

もちろん、その後の作品でお約束となるジョーズ(リチャード・キールという2メートルを超える俳優が扮しています)との格闘シーンも、アクションというよりコミカルなシーンとして楽しめます。

このように、単なるアクションではないところに、ロジャー・ムーア氏の魅力が活かされているようです。それは007シリーズというブランドに新たな価値を生み出したことに他ならなりません。

ブランドの再生・永続化ということを考える上で、007シリーズにおけるロジャー・ムーア氏の果たした役割や起用した製作者の意図などは、いまでも研究に値するところがあるのではないでしょうか。

 

【注1

たとえば、以下のように報じられています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170524-98974848-bloom_st-bus_all

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170524-00000011-eiga-movi

 

【注2

とはいえ、以下のように、このところ、ランボーをインド映画でリメイクすると報じられており、シリーズもののリメイクに挑戦するということはありうるようです。

https://www.cinematoday.jp/news/N0091686

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170524-00000021-it_nlab-ent

 

【注3

初代のショーン・コネリーで5作品を製作した後、「女王陛下の007」の1作品だけ2代目のジョージ・レーゼンビーを起用し、再度、ショーン・コネリーで「ダイヤモンドは永遠に」を作ってから、シリーズ8作目「死ぬのは奴らだ」からロジャー・ムーアに交代となりました。

 

 

作成・編集:QMS代表 井田修(2017524日)