電王戦が終わりました

 

電王戦が終わりました

 

昨日、将棋の電王戦が姫路城で行われました。その結果、94手で佐藤天彦名人が投了し、PONANZA(山本一成氏と下山晃氏が開発した将棋ソフト)が佐藤名人に対して2連勝して幕を下ろしました(注1)。

昨年はAlfa Go(ディープマインド社の開発した囲碁ソフト)がトップレベルの囲碁棋士を相手に勝ち越して話題となりました(注2)が、今年はトップレベルのプロ棋士でも将棋ソフトにそうそう太刀打ちできないことが明らかとなりました。

 

さて、PONANZAの開発者の一人である愛知学院大学特任准教授の山本氏は、対局終了後の記者会見でこう語っています。

 

いまのトップレベルのコンピュータ将棋は、自分で調べて自分で改良する強化学習が行われています。それによって人類があまり見たことのなかった形や、新しい感覚をつかんでいって、自立的に強くなっていくという状態です。(中略)これは多くの人工知能が同じような道筋をたどっていくと思いますけど、ただ最初は人間が種であった、始まりであったということがとても大事だったと思います。(電王戦中継ブログ・記者会見(3)より)

 

 将棋にせよ囲碁にせよ、これまで培ってきた戦法(定跡・定石として確立されているものなど)や過去の対局の棋譜を並べたり詰将棋や詰め碁を解いたりするといった学習方法、そして人間同士の対局から得られる実戦経験だけでは、AIで囲碁や将棋を学習して強くなってきたコンピュータには、原理的に対抗できないのではないかと推測されます。

 こういうと、「AIが人間の仕事を奪う」という危惧と同様の問題が起きているように思われるかもしれません。

 しかし、そもそも、ゲームを生み出してきたのは人間であること、そこまで遡らなくても、ゲームを楽しむとともに、それを仕事とするプロ(職業)を生み出し、そこに経済的な価値を見出してきたことは、正に人間がしてきたことです。AIがゲームを生み出したり、ゲームに経済的な価値を見出したりしてきたわけではありません。

山本氏も記者会見で、コンピュータが強くなったベースにプロ棋士の棋譜を学習することがあった点をあげるとともに、「今はプロ棋士の方がコンピュータ将棋を知識・戦法・感覚について勉強されている」と指摘しています。

 今後、AIがさらに進歩し、自己学習がいかに進んでいったとしても、人間のやること、それが経済的な価値を生み出すことにつながるものを仕事と呼ぶとすれば、人間の仕事とAIのやることとは、相互に補完的であることはあっても、AIが仕事の全てを担当するようになるとは、到底、思えません。

 ある局面について、限られた時間のなかで徹底的に研究するということは、人間だけではなかなかやりきれないでしょう。時間や労力に限りがあるというだけでなく、徹底的に研究するといっても、人間には先入観や思いこみがあるので、本当に全ての可能性(原理的に指すことができる着手できる手をすべて)を深く探求することはしないでしょう。

もちろん、AIでも可能な手をすべて探索しているわけではないようで、一定の枠内で指すことができる手を検討するようです。それでも人間が経験などから最初から検討すべき対象とは思わず、すぐに排除してしまうような手でも、ある程度まで検討して指してくることが十分にあり得るようです。そこから、新たな発想や定跡(定石)が生まれてくる可能性が十分にあるでしょう。

 

 こうした知見を経済活動や企業活動に活かそうと思えば、ある種の限界があります。一般にゲームについていえば、ルールや相手の打ち手について完全な透明性が確保されているからこそ、AIが人間の力を凌駕するレベルにまで強くなることが可能であるとしても、そこまでの透明性が確立していない現実の経済活動においては、AIを実践的に活用する範囲は、ある程度は絞られてくるでしょう。

逆にいえば、ルールや打ち手の透明性が相当にある場合は、そのビジネス(仕事)の進め方や勝ち方に関して、AIを活用した研究を進めることが可能でしょう。その結果、そのビジネスのある部分は、人間からAIに取って代わられるようになるでしょう。

多分、多くの経営者の方々はこう言われるかもしれません。「ルールや打ち手の透明性?それが不十分だから、CEOの決断が求められるんだ。それを毎日やっているから、経営者の仕事はAIにとって代わられることはないだろうし、当分、経営者の仕事は安泰だろう」と。

経営者だけでなく、営業の仕事も開発の仕事も、実はルールや打ち手がはっきりしていない状況で何らかの打ち手を実行していかなければならない点では、経営者と同じと言えるのではないでしょうか。

むしろ、士業や医師など、従来はプロフェッションとしてその分野の専門家と呼ばれる人たちが担当していた仕事こそ、かなりの程度までルールや打ち手が確立している分、AIなどで代替することが可能なところが大きいのかもしれません。

そのスピードは、将棋や囲碁の例で考えると、想像以上に早いものがあると言わざるを得ないでしょう。実際、数年から10年程度で世界トップレベルにまで到達してきた実績がAIにはあります。

 

ちなみに、電王戦は今回の対局で終了しました。これからは叡王戦という人間同士が戦うタイトル戦が正式に始まります(注3)。そして、これまでは7大タイトル戦だった将棋の世界が、8大タイトル戦の時代となります。

このように新たな趣向を考え出し、新たなスポンサーやファンを開拓していくことこそ、人間の仕事と思えてなりません。

 

【注1

対局および対局終了後の記者会見の模様など詳細は、電王戦の中継ブログを参照してください。

http://kifulog.shogi.or.jp/denou/

 

【注2

当コラムでもご紹介しました。詳しくは以下を参照してください。

https://www.qms-imo.com/2016/03/24/alphago%E3%81%A8%E3%81%84%E3%81%86%E7%9B%AE%E6%A8%99%E8%A8%AD%E5%AE%9A/

 

【注3

日本将棋連盟より、次の通り発表されています。

https://www.shogi.or.jp/news/2017/05/863.html

 

作成・編集:QMS代表 井田修(2017521日)更新