(2)イノベーションには7つの機会がある
さて、ドラッカーによれば、イノベーションを生み出すには、何らかの変化があって、その変化をチャンスとして活かしていくことになります。
企業家として成功する者は、その目的が金であれ、力であれ、あるいは好奇心であれ、名声であれ、価値を創造し社会に貢献する。しかもその目指すものは大きい。すでに存在するものの修正や改善では満足しない。価値と満足を創造し単なる素材を資源に変える。あるいは新しいビジョンのもとに既存の資源を組み合わせる。
この新しいものを生み出す機会となるものが変化である。イノベーションとは意識的かつ組織的に変化を探すことである。それらの変化が提供する経済的、社会的イノベーションの機会を体系的に分析することである。(「第2章・イノベーションのための七つの機会」15ページ)
ドラッカーのいうイノベーションの7つの機会とは、次のものです。
1.予期せぬ成功と失敗
2.4種類(業績、認識、価値観、プロセス)のギャップ
3.3種類(プロセス、労働力、知識)のニーズ
4.産業構造の変化
5.人口構造の変化
6.認識の変化
7.新しい知識
それぞれの内容は、本書を読んでいただくとして、ここでは、イノベーションの機会としてドラッカーが挙げているものは、あくまでも機会ということで、機会を捉えさえすればイノベーションが生まれるわけではないことを確認しておきます。
たとえば、一休.comを創業し(今年ヤフーに売却し)た森正文氏が語るところ(注1)によると、事業のアイデアを日夜、探し求めていた森氏は、ある夜、西新宿のビル街を歩いていて、煌々と明かりが輝くビル群のなかに明かりがついていないビルに気づいたところから、宿泊施設のオークションサイトというビジネスを思いついたそうです。
このエピソードは、「明かりのついていないビルがある」という現象から、そこに「空室のシティホテルがある」という事実を認識し、そこから売れていない(=やり方次第では売れるはずの)在庫としてのホテルの空室というものを認識していくことになります。ドラッカーのいう「第6の機会・認識の変化」でしょう。
ただし、機会を認識しただけではビジネスにはなりません。一休.comの例では、海外(アメリカ)の類似のオークションサイトを調べてみたり、実際にホテルに話を聞きに行ったりするといった活動から、どのようなホテルがどのような空室を売りたいのか、という顧客(ホテル)のニーズについての掘り下げが行われ、最終的には高級なホテルや旅館に特化したオークションサイトというビジネスモデルが生み出されます。
この例からも理解できるように、イノベーションの機会は新しい事業を生み出す種であって、そこにさまざまな要素(植物にとっての水、光、土、肥料、その他の施設や面倒を見る人間の手など)が加わって初めて新規事業の芽が出て、大きく開花する可能性が出てくるに過ぎません。
一休.comについていえば、インターネットの発展・活用の段階と合っていたこと(10年早ければ別の形でも実用化できたかどうか不明でしょう)、インターネットを活用する人々と高級な宿泊施設を利用する客層が重なっていたこと(創業当時はどちらも30~40代の男性が仕事や私用で使うことが多かったようです)、ホテルや旅館に空室を何とか販売したいというニーズがあったこと、森氏自身がホテルの宿泊料金の変動を経験して知っていたこと、少なくともこうしたことがタイミングよく噛み合っていかなければ、機会がビジネスモデルに成長していくことはなかったかもしれません。
イノベーションの機会について、もうひとつ留意したい点があります。
ドラッカーを離れて一般にイノベーションといえば、何らかの技術的なブレイクスル―があって、そのテクノロジーを活用して新たな製品・サービス・システムなどを事業化するというイメージかもしれません。これは、ドラッカーのいう「新しい知識」という機会を活用するものです。
第一に、知識によるイノベーションに成功するには、知識そのものに加えて、社会、経済、認識の変化などすべての要因を分析する必要がある。
企業家たる者は、その分析によっていかなる要因が欠落いるかを明らかにしなければならない。しかる後に、ライト兄弟が数学的な理論の欠落を自ら補ったように、それを手に入れることができるか、あるいは時期尚早としてイノベーションそのものを延期させるべきかを判断しなければならない。
(中略)
第二に、知識によるイノベーションを成功させるには戦略をもつ必要がある。
(中略)知識によるイノベーションには三つの戦略(注2)しかない。
第三に、知識によるイノベーション、特に科学や技術の知識によるイノベーションに成功するには、マネジメントを学び実践する必要がある。
(中略)新しい知識によるイノベーションが失敗するのは企業家自身に原因がある。高度な知識以外のもの、特に専門領域以外のことに関心をもたない。顧客にとっての価値よりも技術的な高度さを価値とする。これでは二○世紀の企業家というよりも一九世紀の発明家のままである。(「第9章・新しい知識を活用する」129・132・135~136ページ)
いかにもイノベーションらしい「新しい知識」ですが、それだけでは単なる発明とか発見に過ぎないということです。もちろん、科学的な発明・発見は、それだけでも価値のある素晴らしいものですが、ビジネスという観点からは、それだけでは無価値です。そのことをドラッカーも明確に指摘しているわけです。
このイノベーションの機会からビジネスにつなげていく上で特に注意したいのは、「新しい知識」以外の機会を複合的に活用することでしょう。
実際、「新しい知識」から何らかの製品やサービスを生み出すことに成功したとしても、想定どおり売れるわけではありません。むしろ、まったく売れないほうが普通でしょう。
そこで、少しでも売れているのであれば、その買い手をしっかりと調べることです。事前に想定していない顧客に売れているのであれば、それが「予期せぬ成功」です。ここに機会があります。
こうした機会を活用できるかどうかが、ビジネスが立ち上がっていくかどうかの分岐点になるかもしれません。ドラッカーの7つの機会は、事業がうまく立ち上がらない時にこそ、機会を見直すガイドラインとなるものでしょう。
【注1】
たとえば、以下のようなインタビュー記事(夕刊フジおよびセゾン投信HP)から、イノベーションの機会を見つけ出してビジネスモデルとして確立していくエピソードが語られています。
http://www.zakzak.co.jp/economy/ecn-news/news/20140407/ecn1404071856003-n1.htm
http://www.saison-am.co.jp/guide/contents/taidan_president/n07_vol1.html
【注2】
ここでいう「三つの戦略」とは、システム全体を自ら開発し、すべてを自社で提供し押さえる戦略、新たに創造した市場を確保する戦略、特定の能力に絞って重点を占拠する戦略です。詳しくは、「第9章・新しい知識を活用する」132~135ページを参照してください。
文章作成:QMS代表 井田修(2016年9月22日更新)