買収効果が出るクロスボーダーM&Aの組織・人事手法(2)  ~M&Aには直接関係のない人にとっても示唆に富む一冊

 (2)M&Aには直接関係のない人にとっても示唆に富む一冊

  

 M&Aには一切関係がない、という一般のビジネスパーソンの方にとっても、この本のなかで紹介されている考え方や実践的な方法論は、ある局面において役に立つことがあるでしょう。

 特に、何らかの形でビジネスリーダーの立場にある方や、これからビジネスリーダーを志向される方にとって、M&Aそのものは直接関係することはないイベントであったとしても、ガバナンスとマネジメントの違いであるとか、経営者のありかたなどについては、しっかりと理解し実践することが求められるでしょう。

  

 クロスボーダーのM&Aで重要なのは、ガバナンスです。特に日本企業は、これまではガバナンス不在というしかないほど、経営者をコントロールする仕組みや能力がありませんでした。そのため、海外の企業を買収しようものなら、たちまちガバナンスの問題に直面してしまいます。

 マネジメントは、経営者が行うものです。株主(取締役会)から任された企業を経営することで、通常はCEOがその任にあたります。ガバナンスを一言でいえば、CEOをコントロールすることです。本書では、ガバナンスについて、ハードウエア、ソフトウエア、「重要な細部」という3点から、実践的なポイントを述べています。

 ハードウエアというのは、買収した現地CEOの権限・ルール・報告・モニタリングなどの仕組みであったり、会議体の設置やオペレーションの可視化(監査、検査、不正防止策など)であったりします。

  ソフトウエアというのは、本書で人事三権とよぶものです。すなわち、CEOの任免・評価・報酬について買収した側が決定することです。

 「重要な細部」というのは、ハードウエアとソフトウエアで扱う以外の事項で、買収した側が早急にレベルアップをすべきところが大であると考えるところです。一般には、品質・技術標準、ブランド、環境・安全衛生、コンプライアンス、キャッシュマネジメント、などが具体的な事項として挙げられています。これらのなかで、問題が発生したら買収側にも多大な損失が発生する恐れがあるなど、個別の重大な課題やリスクについてです。

  近年見られる、さまざまな企業の不祥事を思い起こしてみると、買収後にそうした不祥事が発覚したら、と考えると、「重要な細部」をガバナンスの観点からしっかりと把握しておくことが不可欠であると理解できるでしょう。

  

さて、海外企業のM&Aにおいて現地CEOの取り扱いは、最大の課題といえます。

  本書では、実力CEOを次のような4類型に分けて、その特徴や対応策を説明しています(138145ページ)。

  

創業経営者

   長期勤続プロパー(中興の祖)

   外部採用(業界の大物)

   外部採用(経営改革の専門家)

 

ちなみに、こうした類型は、クロスボーダーM&Aにしか適用できないものではありません。M&A一般においても、買収した企業の経営者をどのように取り扱うかは、極めて重要な課題です。また、M&Aから離れて、企業経営一般においても、特に事業承継や経営者(CEO)のサクセッションプランにおいて、経営者の特性や処遇は企業経営の基本に関わる課題です。

  このように、広くガバナンスに関わる課題が本書で随所に見られるのは、クロスボーダーのM&Aがガバナンスの問題に直面せざるを得ない状況に、必ず迫られるからに他ならないからでしょう。

 

 同様の問題状況は、ガバナンスに関わるものに限りません。たとえば、買収した海外企業の経営幹部となるべき従業員を新たに雇用しようとする際の面接において尋ねる項目について、次のように解説しています。

 

通常の面接の場合(中略)、異文化環境その他のダイバーシティが進んだ環境での勤務経験や問題解決経験を聞くことが考えられる。

    しかし、おそらくより重要なのは、大事な問題でも利害対立や意見の衝突(conflict)

  が起きた場合に、本人がどのように対処したのかを理解することである。(中略)それ

  がどの規模の組織での話なのかは、ここでも重要である。通常、組織規模が違えば、課

  題の難度が全く異なるからである。(中略)

    その時の自分にとって難度の高い課題に取り組んで初めて、自己拡張の必要性に迫られ

  る。この質問は、成長したいという思い、現実に成長するための着眼・アプローチの品

  質、目的への執着と問題解決の能力、そしてこれらの再現性を窺い知ろうとするもので

  ある。(191192ページ)

  

 ここで示されている面接項目は、もちろん、海外企業とのM&Aに際して行われるべきものですが、一般に中途採用で管理職や役員などを採用しようとする場合、それが日本国内での採用であろうと、海外での採用であろうと関係なく、きちんと問われることが要請されるものでしょう。

 経営幹部の採用に応募する側にいたとしたら、ここで挙げられているような事項について、当然、質問されるものと考えておくべきでしょう。もし、こうしたことを聞かれなかったとしたら、応募している相手の企業の経営能力(特に経営人材の調達能力)に大きな疑問符をつけざるを得ません。言い換えれば、経営人材をちゃんと採用するノウハウがあるとは思われない企業に、経営幹部として中途入社すると、自分の能力や経験を活かすことば難しいことを覚悟すべきでしょう。

 

 このように、本書で指摘されていることの多くは、クロスボーダーM&Aという状況においてより明確に直面せざるを得ない問題であるとしても、一般のビジネスにおいても、直面することがある問題ばかりと思われます。

  少なくとも、何らかの形で、ガバナンスやマネジメントに関わるビジネスリーダーにとっては、現実の仕事において示唆に富む内容をもった本であると言えるでしょう。

 

文章作成:QMS代表 井田修(201656日更新)