Pepperをアシスタントに

 Pepperをアシスタントに

 

「全く、困ったもんだよ。」

「どうされたんですか。随分とご立腹のようですが。」

 あるIT系企業の管理職研修の休憩中、人材開発担当執行役員の方がコーヒーを手にしたまま、憮然として、ぼやき始めました。

 

「うちのエンジニアや営業の連中、仕事がどういうものか、わかってないでしょう。さっきのグループワークだって、ありきたりなことしか、言わないし。」

「そうですか、以前お目にかかったことがある方々もいらっしゃいますが、そんなことはないと思いますが。」

「確かに、エンジニアやセールスとしては、相当に優秀な人材が多いよ。でも、専門職とはいえ、部長相当の処遇を受けているのに、相変わらず、稟議や決裁をまともに回せないのが多すぎる。さっきも、常務から呼び出されたのがいたでしょう。」

「途中、抜けだされた方がいましたね。常務の呼び出しだったんですか…もしかすると、経費精算も、うるさく言わないと処理しないとか?」

「いや、言ってもやらないほうが多いくらい。上の連中ほど、ひどいもんだ。」

「日報とか、報告書も、出し忘れがありませんか。」

「よく知っているね。出し忘れなのか、わざとなのか、わからないけどね。部下をもたせられないのはしかたないが、他社のプロジェクトメンバーやうちの若手の前で、示しがつかないことくらい、わからないのかなあ。」

「だから、専門職にされたのでは?」

「それはそうだが、社会人というか、企業人として、最低限、やるべきことがあるでしょう。」

 

 この役員の方が言われることも、わからないではありません。一方、研修に参加している、専門職を多く含む管理職の人たちの気持ちや行動も、わからないではありません。

  ちゃんと結果を出していれば、社内手続きとか定例的な報告などは、本人にとっては雑用以外の何物でもないと思うものでしょう。なかには、そうしたことは付加価値を生み出さない以上、心底、仕事とは思っていない人もいるかもしれません。

 

「それでしたら、たとえば、Pepperをアシスタント代わりに使われていかがですか。」

「どういうこと?」

「もちろん、Pepperでなくともいいんですが、周囲がいちいち言いにくいことでも、ロボットであれば、平然と言えますから。『ニッポウ、ダシタ? ニッポウ、ダシタ?』って言わせて、提出しないと黙らないように、プログラムしておくとか、どうですか?」

「いまでも、業務システム上は、注意のフラッグくらいは立つはずだけど」

「そんなの、見ていませんよ。見ても見ぬふりに決まっています。秘書の代わりが隣にいて面倒を見るものと考えてみてください。1ヶ月の基本レンタル代が55,000円だそうです。そのほかに、初期費用とかアプリの使用料とか掛かるようですけれど、社員1人を雇おうと思ったら、安いものでしょう。ちなみに、今年、新卒を採用されましたよね。」

「ああ、今、研修中だよ。」

「月給は?」

225,000円。」

20万円以上払って、当面は研修というのが人間です。ロボットのほうが低コストで、すぐに使える時代です。今すぐに、できるわけではないかもしれませんが、何かひとつのことでも得意なものがある社員は、それ以外のところは、Pepperとかシステムとか、時には他の社員やアウトソーシングなどをサポートにつけて、本人たちにとって雑用的なものを処理しておくほうが、生産性は高まります。」

「雑用ねえ。そういうが、組織として動くには、必要なことをやってくれ、と言っているだけなんだがなあ。」

「できる人間ほど、自分がやりたいこと以外は、無用のものと思っているでしょう。だから、日常会話を理解して『あれを常務に上げておいて』といえば、必要な書式が出てくるくらいが、理想でしょう。うまくいけば、外販もできますし。」

「まあ、アイデアはわかるが…」

「反対に、パーソナル・アシスタントといいますか、個の力を最大限に発揮してもらうための補助的なツールを付与するほどでもない社員は、厳しいことになりますね。」

「戦力外?」

「そうですね。平均的な力しか出せないのでは、組織全体の力は高まりません。どこでもいいから、抜きん出た能力とか、他の社員から頼られるキャラクターといか、何か売り物がないと難しいでしょう。」

「とはいえ、私の管掌は人材開発だよ。」

「そうです。人材を開発するため、組織を開発するためのツールとして、ロボットやシステムなどのツールを整備されたらいかがですか。予算も多く取れますし。」

「それもそうだな。ちょっと、考えてみるか。」

 

 そう言って、その場は終わりました。

 この企業が、今後どのような方策を取るかわかりませんが、一般的にいえば、次のように言えるのかもしれません。

 これまでは、人材開発や能力開発というと、どうしても全員に研修や学習の機会を与えて、できない点を埋めるとか、平均点を上げるという方向に行きがちでした。これからは、できる人間が、より仕事をしやすいように環境を整備することも、“開発”というミッションに不可欠なものとして求められるでしょう。

  仕事をする環境を開発し整備するといっても、ハードもあればソフトもあります。ロボットやシステム、人員体制を整備することも必要ですが、仕事をしやすい環境を作るには、勤怠管理の慣行や組織内外のコミュニケーションなど、ワークスタイル全般の見直しから取り組むべき課題も多くなりそうです。

  こうした環境整備に、いち早く巧みに取り組むことができた企業が、人材を獲得したり活用したりするのに成功し、その評判を聞きつけて、より優秀な人材が集まり、さらに環境整備も進む、そういった良い流れが企業の競争力の源泉になりつつあります。

  

作成・編集:人事戦略チーム(201645日更新)