目標をめぐる3つの“C”
「どうも、違うなあ。彼にやってほしいことは、そこじゃないんだよ。」
あるITサービス系の会社の代表者が、経営幹部の目標設定セッションの途中で、困ったようにそう呟きました。
この会社では、数年前からこうした目標設定のセッションを行ってきたそうです。事前の話では、目標設定そのものが形式的になっているようで、代表の言葉では、習慣的にやっているだけとのことでした。私たちは、オブザーバーとして目標設定セッションに同席し、役員と部長クラス10名ほどとのやりとりを終日、見学しました。
「代表が仰っていたこと、思い当たるところがけっこうありました。たとえば、最後に面談したNさんの目標は、間違ってはいないけど、もっと期待していたものが、おありなんでしょう。」
「そうなんだよ。N君だけでなく、今日面談した全員、いつも土曜会で言っている方針を、聞いているはずなんだけどなあ。担当者レベルとまでは言わないけれど、もう少し、経営目線で目標を考えて欲しいんだ。」
「そうですね。特に経営幹部クラスの方々ほど、目標を立てて仕事を進めていくのに3つのCを意識して頂きたいと感じました。」
「3つのC?」
「まず、目標を立てるときですが、第一のCを意識している人はいなかったと思います。」
「というと?」
「チャレンジ(challenge)です。新入社員や決まった仕事をきちんとやってくれさえすればよい人はともかく、多くの社員には、現状に満足せず、絶えず、次のステップにつながる仕事に挑戦して欲しいはずです。」
「その通りだ。」
「まして、部長とかディレクターと呼ばれる人ともなれば、文字通り、ディレクションをしてほしいわけですよね。」
「そう。N君こそ、その一人だ。」
「マーケティング部門の方向性を具体的な見直すのが課題であるとすれば、自らマーケティングの仕組みを作り直すくらいのことはして欲しいのでは?」
「そこまでは求めてはいないが、当社でやっていない新しいサービスのひとつも、提案してきて欲しいのは確かだ。既存の提携先から商材を引っ張ってくる程度では、営業のマネージャーか担当者のレベルだろう。」
チャレンジングな目標というと、数量的に大きいといったイメージをもつ人が多いようですが、本当は質的なチャレンジが重要です。これまで担当したことがない仕事とか、その会社にとって初めてとなる取り組みなど、その目標に取り組むだけで、本人または組織に何らかの成果が想定できるようなものが望ましいでしょう。
ちなみに、チャレンジングな目標は、達成できなかったからダメというものではありません。理由(日常的に忙しい、他に緊急性の高い問題に対処する必要があった、などなど)はともかく、その目標に取り組まなかったというのが最もダメです。
いろいろと試してはみたけれど、芳しい結果が出なかったのであれば、やりかたを変えるなり、想定したターゲットを見直すなり、次の手が打てます。そうして、たとえ具体的な成果がでなくても、チェレンジすることで組織として“目に見えない資産”ができてくるでしょう。
「二番目のCは、コミットメント(commitment)です。目標を立てるのはいいのですが、最も大切なことは、その目標を実現することではないでしょうか。」
「それは、そうだが……」
「コミットメントといっても、頑張るとか、できるまでやるというのでは、意味がありません。気持ちとしては、石に齧りついてでもやり遂げる、ということかもしれませんが、未経験な分野や、やったことがないテーマであれば、どこから取り組んでいいのか、わからないでしょう。」
「4月から担当を入れ替わるSさんとKさんは、それぞれ未経験といえば未経験な仕事になるね。」
「そこで、今日からどう動くのか、具体的な方法を聞いてみてください。細かいくらいのことを質問してみてください。そこがはっきりしないようであれば、代表や役員の方々がヒントを出したり、『まずは○○さんに話を聞いてこい』とストレートに指示して頂いた方がいいと思います。」
目標達成にコミットする際のポイントは、その目標を達成するのに、どのような経営資源を投入するかを、事前に決めておくことです。担当者個人にとっては、労働時間のどの程度を、その目標を達成するのに割くかということです。もちろん、予算とか人員なども投入すべき経営資源です。重要な目標ほど、経営資源を重点的に割り当てることになりますが、本当にそうなっているかどうかも、目標設定当初に確認しておくべきでしょう。
コミットメントのもうひとつの面は、本人のコミットメントというよりも会社や組織としてのコミットメントです。この会社でいえば、部長クラスの目標達成に向けて、代表や役員が日頃から支援することです。たとえば、代表自ら新しいサービスの例をイメージでもよいから提示してみせたり、潜在的な顧客企業の経営者にそのサービスを打診して、実現可能性を探ってみせたりすることなどです。
そして、日常の仕事においても、想定していた経営資源の配分が行われているか、折に触れて言及したり、タイムシートや予算管理表などがあれば、時間や経費の進捗状況を見て、アラームを発したりすることも必要でしょう。この会社では、土曜会という経営幹部の定例ミーティングで、今後ファローしていくことになりました。
「最後に、チェンジ(change)です。目標を立てて、それが実現できて、良かったということで終わったのでは、もしかすると、そもそも、大した目標ではなかった可能性があります。」
「今期は、個々の目標は一応、達成できているんだが、どうも会社全体として元気がないというか、『やった』という勢いがないんだ。はっきり言えば、業績も社員のモチベーションも、物足りないんだ。まあ、やるべきことはやってはいるが……」
「もし、それまでの自分の殻を打ち破らないと、実現できない目標であったとすれば、その結果として、達成した本人が変わったと自他ともに認めるでしょう。」
「そういう人材は、でてきていないなあ。」
「多くの場合、本当にチャレンジと呼べるような目標をやり遂げることができたときは、担当したその人自身が、多少なりとも変わるはずです。実際、そういう経験があったからこそ、単なる管理職から経営を担う役員や経営者に脱皮していった方々を見てきました。」
「いまの部長クラスは、変わることができるかなあ。」
「近い将来、経営幹部として登用できるかどうか、という人材であれば、個人として結果を出すことはもちろんですが、社長や役員の方々の力を借りたり、部下や関係する人たちも巻き込んだりして、より大きな成果を出すでしょう。もちろん、全員が経営を担う人材に変身できていくわけではありませんが、少なくとも、この目標が達成できたら、一皮むけたと言える程度の目標は立てるようにされたら、いかがですか。」
目標の達成度を見ることも重要ですが、目標を達成する過程で、目標をもって仕事に取り組んでいる本人や、その周囲の社員たちが、どのように変わっていくかに、注目していれば、自ずと目標の進捗状況や達成度はわかるでしょう。
このように、特に経営幹部クラスの目標については、チャレンジ・コミットメント・チェンジという3点を絶えず念頭に置いて、設定・運用されることが望まれます。
作成・編集:人事戦略チーム(2016年3月29日更新)