セカンドキャリアとしての起業

 セカンドキャリアとしての起業

 

最近、昨シーズン限りでJリーガーを引退した元浦和レッズの鈴木啓太氏が、ベンチャービジネスのCEOとなっていることを知りました(注1)。鈴木氏は現役の選手の頃から、早稲田大学で起業を学ぶ学生に奨学金を出すなど、もともとベンチャービジネスには関心が高かったようです。

  また、プロ野球選手だった森本稀哲氏(埼玉西武ライオンズ、横浜DeNAベイスターズ、北海道日本ハムファイターズに在籍)は、2015年シーズン後に引退して、一般の企業に就職し、経営を学んで将来は起業を目指していると、引退セレモニーで語ったそうです。

 このように、プロスポーツの世界では、選手としてのキャリアに終止符を打った後、セカンドキャリアとして起業を選ぶ人たちがいます。過去には、現役時代の知名度を活かして、スポーツ関連のビジネスや飲食業などに関わるという例は多かったように思いますが、近年目立つのは、本格的に起業家や企業経営者を目指す動きです。

 

セカンドキャリアとして起業を志すのは、スポーツ選手に限ったことではありません。一般のビジネスパーソンや公務員なども、定年退職後に起業に関わる人が多くなっているようです。

 

「中小企業白書2014」(181184ページ)によると、2012年時点の60歳以上の起業家(注2)は起業家全体の3分の1近くを占めています。この比率は、長期的に着実に高くなってきています。それとは対照的に、29歳以下の起業家比率は1割ちょっとに低下しています。ちなみに、1992年時点では、29歳以下が3割近くを占めていました。

 一方、日本政策金融公庫総合研究所「2015年度新規開業実態調査」によると、起業家(注3)の平均年齢は42.4歳となっています。1998年以降、平均年齢は40歳代前半を推移しており、年齢分布で見ると、30歳代と40歳代がそれぞれ3分の1をほぼ占めています。60歳以上は1割に届きません。

  日本政策金融公庫の調査は、実際に公庫の国民生活事業の融資を受けた人を起業家としているのに対して、「中小企業白書」はもとのデータを総務省就業構造基本調査に拠っており、広く自営業者を含めています。こうした調査対象の違いが、起業家の年齢構成の違いに影響しているのではないかと思われます。

  

つまり、定年退職した人が起業する場合に、退職金などの自己資金で必要な事業(開業)資金を賄う傾向が強いのに対して、30歳代や40歳代で起業する人が大半を占める日本政策金融公庫の利用者となっている起業家は、自己資金だけでは限界があるため、公庫の国民生活事業融資など金融機関からの融資を受ける必要があるのではないかと推測できます。

  また、30歳代や40歳代で起業する人は、単に稼げればいいという以上に、事業を大きくしたいという意欲を有しており、そのため相応の資金需要もあるのかもしれません。60歳以上の人が起業するのは、事業を大きくするよりも、自分のスキルや経験を活用するほうに重点が置かれ、事業規模拡大への資金需要が低いことを窺わせます。

  

男女別にみると、「中小企業白書2014」(181184ページ)では女性の起業家比率が、3割程度となっています。以前は4割という時期もありました。日本政策金融公庫総合研究所「2015年度新規開業実態調査」では、男性が83%と極めて高くなっています。これは、1991年の調査開始以来、最も男性の比率が低いにもかかわらずです。

  この違いは、男性、特に30歳代や40歳代で起業する男性の資金需要に比べて、女性のほうは、あまり大きな資金を必要としない事業、もしくは個人や家族でできる範囲でのビジネスを、立ち上げようとする人が多いのではないかと思われます。法人化、組織化というのを前提に事業計画を作成するのは、男性により多く見られる傾向かもしれません。

 

ちなみに、日本政策金融公庫総合研究所「2015年度新規開業実態調査」に見る起業家のプロフィールとして、就業経験者がほぼ100%で、勤務経験がまったくないというのは1%程度です。

 起業する人には単に就業経験があるだけでなく、「管理職経験あり」が7割強、「経営経験あり」も14%ほどとなっています。起業する直前でも、正社員の管理職または常勤役員が過半数を占めています。

  こうした数字からも、ビジネスパーソンとしてのキャリアを活かして、起業という次のキャリアを選んで、公庫の国民生活事業融資に代表される金融機関からの支援も得ながら、事業を拡大していこうとするのが一般的と思われます。

  

起業を希望する人を広く見てみると、「中小企業白書2014」(181184ページ)によると、起業しようという意思のある人(起業希望者)は、最盛期には180万人ほどもいたのに、特に21世紀に入ってから急速に人数が減少し、80万人強にまで低下してきています。ただし、実際に起業する人の数は、あまり増減がなく毎年、20万人台前半程度となっています。

  これは、次のように捉えることができるでしょう。すなわち、起業希望者が実際に起業する割合は、さまざまな施策などによって上がってきており、もし起業支援策がまったくなかったならば、起業する人の数は大幅に減少していたかもしれない、ということです。

  

起業というのは、これといって「資格」や「免許」がなくてもできることで、誰でも起業家になることはできます。もちろん、業種や職種によっては、許認可や届け出などが必要ですが、起業しようとする人本人に必要な公的資格とか免許などは特にありません。

  さらに言えば、雇用されるわけでもないので、採用試験などのエントリーのバーもありません。実績も不要です。入試や学費の負担がある学生よりも、実現が容易なキャリアかもしれません。にもかかわらず、起業というキャリアを選ぼうとする人の絶対数が減少しているということは、大きな課題と言えるでしょう。

  起業支援の施策やプログラムをいかに充実させても、元となる起業希望者が少ないのでは、手の打ちようがありません。こうした面からも、さまざまな人たちのセカンドキャリアとして、起業という道が選択肢としてあること、職業や年齢に関係なくより幅広くアピールしていくことが望まれます。

 

【注1

 ASCII.jp 2016222日「元浦和レッズ鈴木啓太氏が選んだ起業家の道」

 http://ascii.jp/elem/000/001/122/1122375/

 

【注2

「中小企業白書」でいう起業家とは、「総務省就業構造基本調査において、過去1年以内に就職または転職した者のうち、調査時点で自営業者となっている者」のことをいう。

 

【注3

日本政策金融公庫総合研究所「2015年度新規開業実態調査」における起業家とは、「新規に事業を開業し、日本政策金融公庫国民生活事業より20144月から同年9月にかけて融資した企業のうち、融資時点で開業後1年以内の企業を対象としたアンケート調査の対象となった経営者」のことをいう。

  

作成・編集:調査研究チーム(2016228日更新)