新卒採用とベンチャー企業(後)~ベンチャー企業が新卒を採用するということ

新卒採用とベンチャー企業(後)~ベンチャー企業が新卒を採用するということ


前半より続く

 

 それでは、新卒採用をベンチャー企業が行うことの意味合いを考えてみましょう。

 ベンチャーと一口に言っても、個々の事情により、新卒採用に取り組む前提条件が異なります。ここでは大きく3種類に分けて考えてみることにします。

 

(1)独立系のスタートアップ企業の場合

 

 まず初めは、最もベンチャーらしい、独立系のスタートアップ企業の場合を考えてみます。

 

 このタイプでは、人材採用自体が初めてということすら、あります。中途採用と新卒採用を区別すること、また、いわゆる正社員と非正規社員を分けてマネジメントを行うことなど、通常の企業であれば当然のこととして実施している人事政策やプログラムがまったくないことも、珍しくはありません。

 極端な話、就業規則も未整備ということも珍しくはありません。

 スタートアップのベンチャー企業にとって、人材は即戦力以外、ありえません。そのうえで、独力で学習する習慣がすでについており、放っておいても仕事を次々にこなしていくような人材でないと、会社も個人も生き残っていくことは不可能です。

 

 つまり、新卒か中途かを区別する必要は給与水準くらいで(それすら、ない場合もありますが)、人材要件などは同じです。

ただし、即戦力となる中途採用者は、創業者の理念やビジョンにいかに共感できたとしても、やはりそれなりの給与を支払わなければ、転職してきてくれません。それに比べれば、新卒は新卒採用マーケットでの相場で対応できます。この点が、新卒採用のメリットかもしれません。

メリットを上回る大きな問題もあります。それは、新卒採用で入社を予定する学生には、中途採用であれば有しており、採否の判断材料に欠かせない、職務履歴や実務経験などがないことです。ベンチャーに向いているか、そこで生き残っていけるかどうか、会社にも本人にも、わかりません。

 

会社としての対応策は、大きくふたつあります。

 

ひとつは、いきなり正社員とはせずに、インターンやアルバイトなどの形で採用して、スタートアップという環境に適応できるかどうか、また自ら進んで仕事に取り組んで結果を出すマインドセットや学習スキルがあるかどうか、一定期間で見せてもらう方法です。

この方法は、インターンやアルバイトといった身分のまま、ともすれば放置されてしまい、「給料が安くて使い勝手のいい人」を作ってしまうことに陥りやすいのが難点です。経営者にはそうしたつもりはなくても、忙しさの中で、人事管理業務が後回しになり、気がついたら、後から入社した正社員をインターンやアルバイトが教育する、という状況が生じてしまいます。こうした状態を放っておくと、いわゆるブラック企業になってしまう虞があるでしょう

結局、採用された本人が、一定期間(長くて半年)で自分の処遇について、見直しを提案するくらいでないと、ベンチャーでは生き残れないということかもしれません。実際、経営者として、また会社として、採用の実務能力を構築し始めるのが精一杯なので、入社した後の面倒までは見切れない、というのが実情かもしれません。

 

もうひとつは、採用試験そのものにスタートアップの実態をダイレクトに反映させて、ベンチャーの厳しい環境のなかでも、独力で仕事をしていくメンタリティとスキルがあるかどうか、確認しようとするものです。

たとえば、応募してきた学生が知っているかどうかに関係なく、業界や自社の直面している課題を投げかけて、「明日まで」といった制限された時間のなかで、どのようなアウトプットを出せるか、実際に提案書を作成してプレゼンをやってもらうのです。

このときに、他社事例のケーススタディとか、自社のことであっても表面的な分析などを行っては無意味です。機密保持契約書にサインしてもらった上で、いわば、応募してきた学生にコンサルティングをしてもらい、社内関係者や顧客などから話を聞いたり、データなどから必要な分析を行ったりするなどして、あるテーマの提案書を作成してもらうのです。そして、これは使えると思われる提案書をプレゼンした学生に、今日からでも社員として実行してもらう、という方法です、

 

採用試験というよりも、内容の濃い企画コンペといったところでしょうか。

もちろん、なかには、こうした作業がまったくできない人もいるかもしれません。それでも、諦めない姿勢を見せるくらいでないと、スタートアップでの現実の仕事には向かないことは間違いありません。

要は、方法は問わないが、とにかく結果を出すことができるか、ということにフォーカスした試験を行うことです。

IT系のエンジニアなどを採用するのであれば、実際にシステムやアプリを開発してもらうなど、課題やテーマのところを職種に応じて設定すればいいでしょう。

営業や事業開発などを担当してもらうつもりであれば、現場で営業活動をやってもらうとか、関係者の前で事業の提案をしてもらう、といったことが採用試験となるわけです。

 

いずれにせよ、新卒といえども、仕事に直結する採用基準が必要という点では、中途採用と何ら変わるところはありません。中途との違いは、処遇水準や採用活動の媒体だけかもしれません。

たとえば、既にいる社員(役員も含めて)全員と面接を行って、一緒に困難な状況に立ち向かっていけるかどうか、確認したほうがいいこととか、採用予定者の関係者(配偶者や両親など)を会社に招いて、事業概要などを説明して理解してもらう場を設けることなど、中途でも新卒でも、できることなら行ったほうがいいことも、ほぼ共通しているでしょう。

 

最後に忘れてならないのは、雇用契約書(案)を事前に準備し本人と合意した内容をその場で記載して手渡すことです。スタートップですから、従業員数の面では、まだ就業規則の整備が進んでいなくてもよい段階であるとしても、最低限の保証を提示することは必要でしょう。これも、中途採用と同様です。

こうした事務処理的な事項も含めて、スタートアップでは経営者がどこまで採用に時間を割けるかが、最大の問題かもしれません。一方で、こうした時間に投資をしないと、いつになっても必要な人材を集められずに、ビジネスが立ち上がらない、といったことにもなりかねません。そういう意味で、新卒採用が本当に必要で効果の期待できる投資先かどうかは、十分に検討すべきでしょう。

 

(2)株式公開(上場準備)など一定の成長を実現している企業の場合

 

 次に、ベンチャー企業から中小または中堅企業に成長している企業において、新卒採用のもつ意味を考えてみます。こうした企業では、すでに社内体制はそれなりに整備されてきているはずです。

 新卒採用についても、多少なりとも実績があるかもしれません。特にIPOなどを通じて、知名度が上がってくるにつれて、創業当初の人材とは異なり、いわば「一般」の人が応募し入社してくる確率が高まってきます。

 そこで、新入社員の教育プログラムや入社時のオリエンテーションを自社の仕組みの中で行ったり、メンターとなるべき先輩社員をある程度は確保できたりするようになっているでしょう。もちろん、役員自らが講師になったりメンターとなったりすることも多いでしょう。

 

企業成長のスピードにもよりますが、ベンチャーから一般の企業に移り変わっていく時期ともなると、中途も含めて、人材に自社のカラー(独自性)が出始めている時期でもあります。それをキープするのか、別のタイプの人材を採用することで、会社を次のステージに成長させるのか、実は舵取りが難しいタイミングでもあります。

また、人材だけでなく、たとえば、ビジネス・プロトコルについても、自社のカルチャーが確立されつつある時期でもあります。先輩社員が新卒の新入社員に仕事のやり方を教える、ということは、自社ならではのビジネス・プロトコルを伝承することに他なりません。

 

そこで、新卒を確実に採用できるようになったからといって、その採用人数を急激に増やすのは、スタートアップ期の混乱に戻ってしまう虞があり、あまりお勧めできません。何か戦略的な意図をもって、新卒採用数を急増させることによって実現すべき目標が、特にあれば別ですが。

いままでは採用どころか、応募すらなかったような大学から応募してくる学生がいるだけで、喜んでしまい、気がつくと新卒新入社員だらけになってしまう、というような事態を招くことだけは、是非とも避けたいものです。

 

創業期と同様に即戦力なのか、それも頭数の仕事なのか、質が求められる仕事なのか、それとも、自社のカルチャーを体現・変革していくシンボルなのか、新卒の新入社員に求めるものは、実は多種多様です。

それぞれに応じて、採用方法・採用基準・処遇の方法や水準・導入教育プログラムなどが大きく違ってきます。

 

たとえば、次の成長に向けて、カルチャーを再構築したり一新したりするには、社員そのものを入れ替えるのが最も確実な方法です。そのためには、現有の人材の退出を促すと同時に、新たな人材の獲得が必要です。つまり、「名誉ある退職」を促進するプログラム(キャリア・カウンセリングなどの環境整備、人事異動・業績評価・教育プログラムなどの自覚を呼び起こす仕組み、割増退職金などのインセンティブなど)を運用する一方で、新たな方式による新卒採用を活発化させることになります。

中途採用では、これから醸成すべきカルチャーを体現する人を一定の人数、一定の期間で採用するわけには、いかないでしょう。そこで、特定のカルチャーにまだ染まっていない新卒を採用することで、これから求められるカルチャーをいっしょに作っていくことになります。

 

もちろん、事業が急成長しており、カルチャー面の課題よりも成長を実現するドライバーとして人材が量的に必要という会社であれば、成長を実現するのに新卒採用が効果的かつ効率的でしょう。

中途採用だけでは、タイミングよく量を満たすことは難しいですし、コスト(給与水準の違い)も無視できません。量が必要という時には、新卒といっても、第二新卒からの採用(転職)や非正規からの正社員登用なども、広い意味での新卒採用と捉えて進めることになるでしょう。

 

(3)大手企業などから独立・創業したベンチャー企業の場合

 

 最後に、やや特殊なケースかもしれませんが、実際にはよくある例として、ある企業の事業部門が分離・独立して創業するに至った場合や、複数の企業間での合併や合弁として新たに設立された会社について、新卒採用のもつ意味を考えてみましょう。

 

 こういう場合、新卒を採用するのは、親会社が採用しているからとか、業容拡大を目指して社員数を増やしたいから、というのが大半の理由でしょう。採用に限らず、人事の政策や制度、そもそも事業や組織の構造や運営方法、経営者や社員のバックグラウンドなど、経営の多くの要素が親会社由来ということが、実によく見られます。

 独立系のベンチャー企業では、会社を設立した瞬間からすでに、人材も組織もさまざまなルールや手続きなども、会社という組織を運営するのに必要なものがひと通り揃っている、ということは、まず、ないでしょう。

ところが、この場合は、すでに揃っているほうが一般的に見られるものでしょう。何しろ、新たに独立・創業した会社は、親会社からの転籍・出向者の集団で経営されています。給与ひとつとっても、すでに親会社のルールと水準で決まっているのです。

そこに一部の中途採用者が加わるのが、こうした会社でよく見る姿と言えるでしょう。

こうした組織では、非正規社員は別とすれば、これまでもいた社員が、そのまま存在するわけで、次の世代の社員は何もしなければ入社してきません。そこで、新たな企業として新卒採用マーケットに参入するところから始めなければなりません。

 

ここで最も気をつけなければならないことは、分離・独立前の人材基準や価値(バリュー)を意識しないうちに持ち込んでしまうことです。

人事制度など目に見えるルールは、遅かれ早かれ、見直して、ビジネスに合ったものに変えて、新しく独立した会社固有のものを作っていくことになります。ポイントは、目に見える部分ではなく、目に見えない部分、つまり、現有社員の頭の中に刷り込まれている常識であったり、ビジネス・プロトコルであったり、親会社からの管理の目であったりします。

特に、経営者や人事責任者が親会社から転籍または出向となっている場合は、必ずと言っていいほど、親会社の基準を持ち込こんでしまいます。たとえば、ベンチャーにとっては、学歴はまったく関係ないことは、頭ではわかっているかもしれませんが、どうしても新卒採用の学生を大学のブランドで決めてしまいがちです。ベンチャーにとって、それだけは避けたいものです。

 

また、新たに独立した会社は、当然のことですが、親会社とは新卒採用マーケットにおけるプレゼンスが違います。親会社と同じ存在感があるはずがありません。それを確立するのにも、時間がかかります。

しかし、人事や採用の責任者は、親会社と同じ基準で評価されることも、よくあります。他のグループ会社も同じ尺度で評価するのだから、という一見、公平なルールのように思えますが、個々の会社のビジネス・モデルや事業戦略を無視したものでもあります。

結局、採用できた新卒入社者の人数や出身大学で、人事や採用の責任者を評価するとしたら、ナンセンスと言わざるを得ません。

 

新たにできた会社として、そもそもビジネスをどのように展開するのか、そのためにはどのような人材が何名程度いつまでに必要なのか、現有の人材ではどの程度まで人材需要を満たすことができるのか、こうした問いに対して経営者や人事責任者が確信をもって、会社としての答えをもつようになるまでは、新卒採用を行わないほうがいいのかもしれません。

下手に採用してしまうと、後々、リストラをしなければならない社員の数を増やしただけ、ということにもなりかねません。いわゆる戦略子会社の末路が、リストラ候補者のプールになってしまう例は、枚挙に暇がありません。

 

作成・編集:人事戦略チーム(20151126日更新)