HubSpot Culture Code : Creating A Lovable Company

 

(1)愛すべき会社を作りだすカルチャー

 

 今回、ご紹介するのは、ハブスポット社において社員向けに自社のカルチャーをマニュフェストとしてまとめると同時に、従業員ハンドブック(規程や業務マニュアルなどを一冊にまとめたもの)として活用するために作成された資料です。 

 

HubSpot Culture CodeCreating A Lovable Company(注1

Slideshare.net 上に20135月より公開されている全128枚のスライドです。今回の記事の中では、このスライドをHCCと略記し、引用しているスライドの番号をHCC-××の形で表記します。)

 

ハブスポットという会社(注2)は2006年に創業されました。インバウンド・マーケティング&セールスのソフトウエア(プラットフォーム)の開発・販売を事業とするITサービスの会社です。

この会社の特徴を一言でいえば、「俺たちはハブスポットだ!」「他の奴らとは違うんだ!」(HCC-1314)という気概がある“ハブスポッター”と呼ばれる社員で構成されているところでしょう。なぜ、そうした社員が採用できるのか、また、社員がそうした姿勢で仕事に取り組むのか、その秘訣の一端がカルチャー・コードに表現されているはずです。

では、そのカルチャー・コード(HCC-17)とは、具体的には何でしょうか。

 

1.使命(ミッション)と結果(メトリクス)に偏執的なほどにこだわる

2.長期的な視点をもって顧客のために課題を解決する

3.オープンに共有し、はっきりと透明性をもつ

4.自律を好み、オーナーシップをもって仕事をする

5.最もよい処遇とは、驚くほどの人材とともに働くこと

6.人と同じことはするな、現状に疑問をもて

7.人生は短いことをしっかりと認識する

 

 これらのカルチャー・コードについて述べる前に、忘れてはならない点が指摘されています。それは、カルチャーは意図するしないに関わらず、すべての組織がもっているものである(HCC-7)、ということです。

いかなる組織にもカルチャーがある以上、それが愛すべきものであれば、仕事もうまくいくし、人材も獲得できることでしょう。もちろん、愛すべきカルチャーが人材の獲得に効果的である以上に、実際に仕事をしていく上でより成果を上げるのに有効であり、規程集やマニュアル類を最小限に、帳票類や承認手続きを削減できるのでコストも時間も低減できるでしょう。

起業(しようと)する方は、どうしてもビジネス、特に営業や開発といった課題に目が行きがちです。実際に人を雇い、組織として仕事をしていくにつれて、役員も社員も誰もが忙しく精一杯仕事をしているのにもかかわらず、思ったように成果が生み出せない状況に陥りがちです。

そうなって初めて、どこかおかしい、こんなはずではなかった、という気持ちになる起業家や経営者の方々をよく見かけます。なぜ、そうなってしまうのか、考えるヒントがこのスライドの中にあります。

企業に限りませんが、組織があれば、その組織に固有のカルチャーが自然と(ごく稀に計画的に)でき上がっていきます。それが、事業戦略やビジネスモデルなどと整合性が取れていなかったり、人材や組織の実態が創業当初とは異なったものになり、その変質したカルチャーに今度は社員や組織が影響されてしまったりして、思うように業績が上がらないとか事業が成長しないというのは、実に多く見られます。

 

次回以降、ハブスポットの7つのカルチャー・コードを紹介し、企業文化や組織・人事の特徴を見ていきながら、カルチャーが事業の成否をどのように左右するのか、改めて考えていきたいと思います。

 

【注1

スライドそのものは、以下のサイトをご覧ください。

http://www.slideshare.net/HubSpot/the-hubspot-culture-code-creating-a-company-we-love

同一の内容と思われるものは、ハブスポット社のHPでも公開されています。

http://www.hubspot.com/our-story

 

【注2

ハブスポットの企業概要は、以下のサイトをご覧ください

http://www.hubspot.jp/

 

文章作成:QMS代表 井田修(20161025日更新)

 

(2)ミッションと結果~長期的な視点をもって~

 

ハブスポットの7つのカルチャー・コードの第1は、「使命(ミッション)と結果(メトリクス)に偏執的なほどにこだわる」というものです。

ハブスポットのミッションとは、組織が成長するのを支援するというものです。顧客を引き付け、ハブスポットに愛着をもち、喜びをもってもらうように顧客を変身させていくのが、ミッションです(HCC-20)

ハブスポットは、より使いやすいマーケティング・ツールを顧客に提供するだけではありません。ハブスポットのサービスを提供された顧客がビジネスにおいて自社の顧客を獲得する方法を変えていくことで、その顧客が成長していくことをミッションとするのです。

その使命(ミッション)をもって事業に取り組むハブスポットですが、ミッションの実現にこだわるのは、他の企業でも同様でしょう。違いは、ミッションと同時に結果にも強くこだわる点です。

 

使命(ミッション)に対するコミットメントでもって、多くの顧客から愛着を獲得することが容易になる。

結果(メトリクス)に対するコミットメントでもって、ミッションを実現できるようにより多くの経営資源を獲得することが容易になる。(HCC-23

 

ところで、“Client first, money follows”という言葉をご存知の方も多いと思います。顧客を十分に満足させることができれば、お金(収益や利益)は後から付いてくる(ので顧客の課題は何かを考え、それを解決することだけを考えればよい)という意味をもちます。金(儲け)のことより、まずは顧客の満足度を向上させるにはどうしたらよいか、その点に注意とエネルギーを集中して仕事に取り組みなさい、といった含意をもちます。いわゆるファーム型の組織(法律事務所、監査法人、コンサルティング・ファーム、PR会社など)に当てはまる言葉であり、経験則でしょう。

ハブスポットはインバウンド・マーケティング&セールスのソフトウエア(プラットフォーム)の開発・販売を事業とするITサービスの会社です。顧客の成長を支援するようにサービスを提供するというミッションを実現することは当然ですが、それだけではハブスポット自身の組織的な成長を実現できるわけではありません。

自らの組織的な成長のために経営資源(資金や人材など)を同時に獲得していかなくてはなりません。ミッションと結果を同時に実現することに非常に強くこだわっていなければ、結局のところ、どちらも実現できないのではないか、と強く危惧していることが窺われる表現です。

 

この第1のカルチャー・コードは、第2のカルチャー・コードである「長期的な視点をもって顧客のために課題を解決する(英語の頭文字をとってSFTCと略されています)」ということ(HCC-28)にも直結するものです。

顧客の喜びを実現すると同時に顧客のビジネスを成功させるためにこそ、自社(ハブスポット)の長期的な存続が不可欠です。タダでサービスを提供したからといって、そのサービスを提供した会社が倒産してしまっては、顧客が喜ぶことはないでしょう。ゆえに、結果(業績)が重要ということです。

顧客のために課題を解決するに顧客にインバウンド・マーケティングのシステムや方法(注3)を提供して、顧客の成長を実現する会社がハブスポットです。したがって、金が後から付いてくるというよりも、適正な利益を得てサービスを提供し続けることが、結局はハブスポットだけでなく顧客にとっても利益となるわけです。

2のカルチャー・コードにいう「長期的な視点をもって」というのは、顧客が直面している(マーケティング上の)課題を解決するだけでなく、それを継続して行うことができるようにサービスを提供していくのが、ハブスポット流の「顧客のために課題を解決する(SFTC)」ことにほかなりません。

 

【注3

ハブスポットの主唱するインバウンド・マーケティングについては、

以下のスライドに概要が紹介されています。

http://www.slideshare.net/HubSpot/what-is-inbound-marketing-29665969

より詳しいものは、以下のスライドを参照してください。

http://www.slideshare.net/HubSpot/training-presentation-teach-your-organization-all-about-inbound-marketing

 

文章作成:QMS代表 井田修(20161031日更新)

 

(3)透明性と自律~情報はオープンだから自分で判断する~

 

 ミッションがいかに優れたものであり、顧客の課題を解決して結果を生み出すことにこだわったとしても、経営者がそれを「やれ」というだけでは社員は動かないでしょう。

そこで、第3のカルチャー・コード「オープンに共有し、はっきりと透明性をもつ」が求められます。

 

オープンな会社というと、個室中心でオフィスが形成されるアメリカ企業の場合、まずはオープンドア(CEOなどの経営幹部の部屋をいつ誰が訪れてコミュニケーションをとって良いとするルールや慣習)というポリシーが一般に見られます。一方、ハブスポットは、オープンドアではなく、ノードア(HCC-43)です。

原則として、全ての情報を全社員(1100名超)にオープンにしています。財務情報、取締役会や経営幹部会議などのプレゼン資料、戦略的に重要な事項、ハブスポットに伝わる様々なエピソードや物語など、すべてがオープン(HCC-37)ということです。

もちろん、全てといっても限定的な例外はあります。法的に禁じられているもの(NDAを取り交わし当事者以外にオープンにすることが明確に禁じられているものなど)と、会社に所有権があるとは言えないもの(給与データといった個人情報など)は、オープンの原則から除外されています(HCC-38)

ちなみに、ハブスポットは2014年に株式公開をしています。経営情報(特に株価に影響を与えるおそれのある重要な情報)に社員全体が接するので、社員はインサイダーということになります(HCC-3940)。

ここで注意したいのは、透明性は必ずしも民主制を意味しない(HCC-46)ということです。ハブスポットにおいて、透明性はオープンな組織運営を意味するもので、コンセンサスによる意思決定を意味しません。必要な情報に接し、意見を表明することは、必ずしも投票権(意思決定に直接関わる権利)があるわけではありません。

また、3カ月毎にセミ・ランダムに席替え(HCC-44)をすることで、多少の混乱はあるものの、社内政治的な動きを回避できるとしています。いろいろな情報に接すると、インサイダー取引も含めて、問題行動を起こす社員が出てくる可能性はあるでしょう。それをできるだけ低減させるための仕掛けのひとつが、社内を物理的にも固定化しないことなのかもしれません。

 

情報公開性や透明性は、仕事をするスタイルでいえば、自分で自分の仕事をマネジメントするというスタイルを促すものです。いちいち、上司が手取り足取り指示したり、マニュアルなどで事細かにやりかたを規定したりするといった仕事のスタイルとは、正反対のものでしょう。

そこで、第4のカルチャー・コードである「自律を好み、オーナーシップをもって仕事をする」ということが提示されます。具体的には、次のような特徴があります。

たとえば、多少は間違える人がいたからといって、大多数の社員を罰する(規程類やルールで縛る)ことはしない(HCC-49 )というのがハブスポットの方針です。そして、ハブスポットのルールは次の3語で終わりです。

 

真っ当な判断力を使え(Use Good Judgment)(HCC-51)

 

これで、通常は、分厚い従業員ハンドブックに細々と記載されている就業に関するルールや手続き事項などが、すべて収まっていることになります。

ただし、判断する際に考慮すべき点があります。それは、個人よりもチーム、チームよりも顧客、という優先順位を絶えず念頭に置いておくことです。

 

個人よりチームを、チームより顧客を優先して考えよ(HCC-53

チームに損害を与えてまで個人の利益を求めない(HCC-54

自社の利益よりも顧客の利益を優先するのは当然

SFTCはわれわれの長期的な目標でもある(HCC-55

 

もうひとつ忘れてならないのが「結果」です。ここで結果というのは、何時間働いたかとか、それを生み出した場所がどこか、といいったことを問題とするものではありません。ましてや、休暇を何日取るかよりも大事なのが結果(HCC-5659)であることは言うまでもないでしょう。

結果は、洞察力をもって行われた意思決定で、しかもデータに裏打ちされたものであれば、最良のものとなるでしょう。議論を決するのはデータであって、職位(の上下関係)ではありません。とはいえ、ハブスポットでもまだまだ職位が意思決定を左右することもありますが、それは決して好ましいものではないと表明しています(HCC-6061)。

サイモン・シネック(注4)の言葉を借りれば、「社員は会社の方向性をはっきりと知りたいのであって、日々の細かな意思決定を求めているわけではない」ということになります(HCC-62

優秀で自己動機づけができる人材がいれば、はっきりしていて説得力のあるビジョンを提示することで、持続可能かつ拡張可能な成長が実現できます(HCC-63)。細かな指示やルールは不要ですし、むしろ有害ですらあります。それを実践・実証しているのが、ハブスポットであるのかもしれません。

 

【注4

サイモン・シネックは、リーダーシップとマネジメントを専門とする、イギリス出身の著述家でコンサルタントです。TEDにも登場しています。

詳しくは、ウィキペディアの記事および以下のTEDを参照してください。

https://www.ted.com/speakers/simon_sinek

 

文章作成:QMS代表 井田修(2016112日更新)

 

(4)バリューをさらに高める人こそ人材

 

はっきりとしたミッションとビジョンがあり、透明性を高くもった組織運営がされており、達成すべき結果にコミットするとしても、そこで働く人材が質量ともに存在しなければ、結果が実現されることはありません。

では、ハブスポットの人材にはどのような特徴があるのでしょうか。

その問いに対する答えは、第5のカルチャー・コードにあります。

すなわち、「最もよい処遇とは、驚くほどの人材とともに働くこと」というもので、今回ご紹介している資料はこのカルチャー・コードの説明に最も多くを割いていることからも、その重要性は理解できます。

 

さて、ハブスポットは、人材について、次の5つの特長をバリューとして掲げています(HCC-6980)。

 

謙虚‐己を知り、敬意をもって人に接する

こういう態度は、一見、自分に自信がないだけではないかと思われるかもしれません。しかし、己を知り、自己批判ができる人であって、傲慢ではない人こそが、ハブスポットの求める人材です。物事がうまくいけばその成果を他の人たちと分かち合い、うまくいかなければ自らその責任を負う、謙虚な人には、そういう傾向を見て取ることができるでしょう。

有能(仕事ができる)‐数字や付加価値をとにかく上げてみせる

針の目を縫うような困難な仕事であっても数字を叩きだして結果を上げてみせるし、数字の結果でないものであれば付加価値を生み出してみせる人です。予め先々の行動を見通して物事をさっと片づけたり、オーナーシップをもって(自分のこととして)仕事に当たったりします。また、次につながる経営資源を生み出したり、単に結果を出すだけでなく、そこにレバレッジを利かせて、より高いレベルで結果を出そうと工夫したりする人でもあります。

適応力がある‐適応するには自ら変化する

生来、好奇心が強く、絶えず変化し続ける人です。それは、一生学び続ける人でもあります。

目立つ‐単に注目を集めるということではない

セス・ゴーディン(注5)によると、優秀であること、人の役に立つこと、人を元気づけること、いずれかの点において、目立っていることが重要です。

透明性が高い‐知識の共有に積極的

他者に対してオープンで正直であり、自分自身についても同様である人です。もちろん、オープンといっても、個人的なことをぺらぺら喋ったり、人に告白を無理強いしたりするわけではありません。仕事を通じて得た自らの知識を、他者に気前よく教えたり共有に積極的であったりすることを意味します。

 

これらを一言でいえば、「ハートのある人が好ましい」ということになります。いささか安っぽい表現(HCC-80)ですが、そうしたところもハブスポットの特徴のひとつなのでしょう。

注目したいのは、これらのバリューが掲げられている順序です。「謙虚」が最初に来ています。筆者の偏見かもしれませんが、一般にアメリカの企業が求める人材といえば、結果は出すが自己アピールに長けており自信がスーツを着て歩いているような者、時には傲慢とも受け取られかねない言動もあるようなタイプ、というイメージではないでしょうか。そうしたステレオタイプの人材観を否定するバリューをハブスポットは掲げています。

 

こうした5つのバリューは、単にそれらをお題目として掲げているのではありません。ハブスポットは、これらのバリューをもつ人材に賭けているのです。実際、それらに基づいて、人材の採用・報奨・退職を行う(HCC-81)会社なのです。

たとえば、ハブスポットの社内表彰制度にJ.E.D.I賞(注6)があります。これは、静かに自分勝手なこともなく(文句を言わずに)、やるべきことをやって、ハブスポットを前進させた人に贈る賞(HCC-82)です。

採用についてみると、カルチャーの点で妥協する、つまり、スキルや経験を重視してカルチャーは二の次として人を採用するということは、会社の将来を担保にいれるようなものとして、間違ったやり方であると断言しています(HCC-83)。ハブスポットに限りませんが、会社は家族ではありません。会社は、ビジネスを進めるチームです。こうした認識は、ハブスポットだけでなく、ネットフリックスにも見られるもの(HCC-84)です。

したがって、ハブスポットの現状は、愚か者を採用しないように真剣に努力するのが精一杯のところ(HCC-85)かもしれません。しかし、採用した人に仕事を押し付ける(やらせる)誘惑に駆られても、そこは踏みとどまって、むしろ採用した人から教えられるものがあり、組織や人材の水準を向上させてくれるものを、絶えず求めるのがハブスポットです。カルチャーに合う人が欲しいのではなく、カルチャーをさらに高めてくれる人が欲しい、というのがこの会社の方針です(HCC-8688)。

 

報奨や処遇について言えば、ハブスポットは個人としての優秀性と市場価値に基づいて社員への投資を行っています。

個人としての優秀性というのは、文字通り、個人の能力を向上させてインディヴィデュアル・コントリビューター(個人として高度な成果を直接生み出すことで会社の業績に貢献する人)として、アッと驚くような結果を生み出す人になるということです。

ハブスポットにおけるもうひとつの進路は、インディヴィデュアル・コントリビューターに対して、特別なサポートをすることで、業績に貢献する人になる、いわばマネージャーとしての仕事で会社の業績に貢献する人です。

ちなみに、個人としての優秀性は、才能だけではだめで、強烈なコミットメントが必要と考えられます。言い換えれば、能力や実績だけで他社からヘッドハンティングしてくればいい、というものではありません。

こうした人材に対して会社ができることは限られていますが、ハブスポットでは次のような著名人(6)から直接学ぶ機会を用意しています。

 

クレイ・クリステンセン(「イノベーションのジレンマ」の著者)

エリック・リーズ(「リーン・スタートアップ」の著者)

パティ・マコード(ネットフリックスの元チーフ・ピープル・オフィサー)

デバル・パトリック(元マサチューセッツ州知事)

 

こうしたリーダーたちと個人的に言葉を交わす機会をハブトークス(HCC-96)というプログラムで設けています。

さらに、社員が学んだり仕事に取り組んだりする上で必要なものは何でも許可するという発想で、人事プログラムを運営しています。たとえば、読みたい本は読み放題(HCC-97経費申請不要でアマゾン・キンドルの個々の社員アカウントに本が出てくるもの)だったり、食事代も無料(HCC-98事前申請や許可は不要)です。ただし、真っ当な判断力を使え(Use Good JudgmentHCC-51)ということはありますが、それでちゃんと上場企業としての組織運営ができているようです。

 

こうした「驚くほどの人材」(インディヴィデュアル・コントリビューターやそれをサポートするマネージャー)に必要なのは、人事上の処遇ではなく仕事上の挑戦です。ありきたりな目標設定ではだめで、本気で取り組むに値する大きなテーマこそが重要です。では、そうしたテーマはどう考えれば設定できるのか、それが次のカルチャー・コードにつながります。

 

【注5

セス・ゴーディンはマーケティング関連の著作で有名なアメリカの著述家です。

詳しくは以下のサイトを参照してください。

http://sethgodin.com/sg/

 

【注6

Just Effing Does It”という標語の頭文字より。

 

【注7

それぞれの人物については、その著作やTEDなどを通じてご存知の方も多いと思います。詳しくは、ウィキペディアなどをご覧ください。

 

文章作成:QMS代表 井田修(2016117日更新)

  

(5)挑戦と健全性~個人も組織も~

 

「驚くほどの人材」にとって仕事上の挑戦というのは、本気で取り組むに値する大きなテーマを設定することが不可欠です。

そこで、第6のカルチャー・コードである「人と同じことはするな、現状に疑問をもて」が重要となります。絶えず、今やっている仕事、これまでの結果やプロセス、他者・他社のやりかたなどに疑問をもって、現状を否定し新たな課題を設定し、次のテーマに挑戦していくことが求められます。

  

ちなみに、IT業界のように成長や変化が著しい業界であっても、挑戦を続けて革新的であり続けるというのは容易なことではありません。ありきたりでない、例外的な存在でスタートしたはずの会社でも、成長するにつれて平凡な会社になってしまうのが普通です。

平凡な会社になってしまわないためには、顕著な成果を生み出し続けることが必要ですが、それは並みのリスクテイクからは生まれるはずはありません。そこでハブスポットでは、試みることを奨励するという以上に、座して何も挑戦しないよりは、やってみて時には失敗するほうがよいと言い切ります(HCC-105)。失敗を繰り返すのであれば問題でしょうけれど、1回の失敗は構わず、その失敗から何らかの教訓が学べるはずで、それをしっかりと学ぶことが大事であると考えているようです。

また、何かに挑戦するには、まずは人と違うことを考え出すことが必要ですが、そのためには人とは違うことが肝かもしれません。したがって、経歴や信念が多種多様な人材で構成されていること(ダイバーシティ)が、組織を構成する際に、何にも優先して求められるのかもしれません。

 

人と違うことを考え出すには、物事の捉え方や考え方についても心掛けるべきことがあります。

ハブスポットでは、シンプルに考えよ、と説きます(HCC-109)。伝統的な考え方では、いろいろと多面的に考えるほうがよい、警鐘はより多く鳴らすべきだ、という声が優勢なようですが、ハブスポットはシンプルであることが競争上の優位をもたらすという信念を有しています(HCC-110)

どのような物事も、始めはシンプルですが、時が経つにつれて、複雑なものが少しずつ浸入していくでしょう。長期を見据えて複雑さと戦っていくには、勇気とコミットメントが必要です。しかし、目先の課題を解決するには、手早くやりやすい解決策をとってしまうものでしょう。特にベンチャーや急成長している企業は、とかく目の前の問題を処理することで、経営者も従業員も手一杯です。ふと気がつくと、例外事項やら新たな業務プロセスなどが多くなっています。こうなると、平凡な企業になってしまっているのです。

そこで、ハブスポットでは、複雑なものを取り除くべく、リファクタリングを勧めています。これは、ソフトウエアのリファクタリングと同じことを組織においても行うことです。それもできるだけ頻繁に行うべきであると説いています。

リファクタリングとは、(ソフトウエアの)外から見た振る舞い方は変えずに現状を保ったまま、内部構造を改善し、(ソフトウエアの)理解や修正をよりしやすくすることですが、組織においても同様のことを実施するように勧めています。

具体的には、次の5点を挙げています(HCC-116)

 

・使いもしない報告書を作成することを止める

・非生産的なミーティングをキャンセルする

・不必要なルールを廃止する

・人手のかかる業務プロセスを自動化する

・本来の趣旨から逸脱した業務プロセスをカットする

 

これらの頭文字をとってSCRAPと名付けているようです。このSCRAPを実行することで、ハブスポットがシンプルを実践している会社であることを求めています。その結果、購入しやすい、使いやすい、好きになりやすい、そういう会社にハブスポットがなることです。

 

ここまでの6個のカルチャー・コードだけを聞くと、ハブスポットは随分と厳しい会社だと思われる方が多いのではないでしょうか。その通りというところも多いかもしれません。ただ、厳しいだけの会社ではないことが、第7のカルチャー・コードの存在から推測できるかもしれません。

7のカルチャー・コードは、「人生は短いことをしっかりと認識する」というものです。

一般に、人生は限りのあるものですから充実して楽しく過ごしたいし、その人生において多くを占めるものが仕事である以上、仕事も充実して楽しいものにしたいと思う人が多いでしょう。では、仕事を充実して楽しいものにするにはどうすればいいでしょうか。

まず、健康であることは、基本的な条件でしょう。ハブスポットも健康管理を忘れてはならない重要なことと認識しており、従業員が健康であるような施策を実施しています(HCC-121)

 

・座らずに立ったまま仕事をする

・身体によい食事を提供

・フィットネスルームを完備

・笑いが自然に湧き起こるように

 

心身ともに健康であることの重要性は、改めて議論する必要もないでしょう。特に心の面の健康や個人の心に大きく影響する組織自体の健全性については、過労死や自殺などに注目せざるを得ない日本の状況を振り返ってみると、その重要性を説くまでもないことでしょう。

今回ご紹介しているスライドの最後のほう(HCC-122123)に、ハブスポットでは心の面の健康や組織の健全性にも触れているように思われます。

すなわち、私心のない意見や批判はどんどん言ってほしい、ただし「人生は短い」のだから、思いやりと優しさをもって事に当たってほしいと表明しています。また、仕事なのだから厳しい選択を迫られることばかりだろうし、それが王道というものであることも言及しています。王道を歩んでこそ、よい眺めに出会うこともあれば、人混みも避けられるというもので、それでこそ、人と違うものを生み出せることを示唆しているようです。無用なストレスやプレッシャーをかけることは避けて、真っ当な道を歩む人をサポートするように促しているように思われます。

こうした考え方や行動様式こそが、組織におけるカルチャーそのものでしょう。どのように明文化されたルールや最先端のITを駆使した業務システムがあっても、仕事をする組織のなかで日常がどのように過ぎていくのか、ここにカルチャーが現れているからこそ、ハブスポットではカルチャー・コードの最後に「人生は短いことをしっかりと認識する」を掲げているのかもしれません。

 

文章作成:QMS代表 井田修(20161113日更新)

 

(6)カルチャーを生きたものとし続けるには

 

前回までハブスポットのカルチャー・コードをご紹介してきましたが、そのなかで特に印象に残ったことを最後にコメントとして記します。

 

100枚を優に超えるスライドの中で最も記憶に残ったのは、「カルチャーは石に刻まれて置かれているものではない」(HCC-87)という標語です。

どういう会社や組織にも、意図してかどうかに関係なく、カルチャー(その組織にいる人たちがある程度共通してもっている行動様式や価値観の体系など)はあります。ただ、それを明文化して、こういうカルチャーでありたいと表明するだけでは、望むカルチャーが生み出されるわけではありません。

クレドなどを全社員に配布する会社もよくありますが、そうしたからといってカルチャーが醸成されるわけではありません。その組織のもつコミュニケーションの特徴によっては、下手をすれば、形式主義的なカルチャーに陥ってしまうおそれもあります。

カルチャーが日々の仕事の中で活かされていることが重要なのは、言うまでもありません。単なる標語では機能しません。

ハブスポットもそうした自覚や危惧があるからこそ、このスライドの中にこの1枚を入れたのでしょう。もちろん、このスライドを公開するというのも、カルチャーが現実に生きているものとなっているかどうか、絶えず見直すのに有効な手段のひとつでしょう。

 

ハブスポットらしいと感心せざるを得なかったのは、カルチャーに合う人が欲しいのではなく、カルチャーをさらに高めてくれる人が欲しいということ(HCC-8688)です。

そのためには、既にあるカルチャーに合う人ばかりを採用して、共通したタイプの人材ばかりで構成される組織を目指してはだめです。明確なカルチャーがある組織というのは、筆者が知る限り、圧倒的に多くは(言語化できるかどうかはともかくとして)明らかに共通したタイプの人材が多くを占めるように思われます。ちょっとした振る舞いや言葉遣い、ときには外見からも、かなりの共通性を感じ取ることができるケースもあるくらいです。

しかし、ハブスポットはむしろ、その人の経歴(背景)や信念が多種多様であること(ダイバーシティ)が求められる(HCC-108)と考えて採用しているようです。これは、やはりアメリカの会社らしいと思われる点でもありますが、それ以上にグローバルにイノベーションを起こしていこうとするならば、ダイバーシティは組織が満たすべき必須の条件になっていると捉えるべき状況に来ているのでしょう。

ダイバーシティが女性や高齢者の活用とか外国人雇用など人事管理の一部として語られている日本企業の現状とは、かなりの差がついてしまっていると考えざるを得ません。

 

最後にひとつテクニカルなことに言及します。

それは、会社固有の略語(たとえば、SCRAPとかJ.E.D.I賞など)がよく現れますが、こうした言葉は、いわば仲間内(ハブスポット社内)で通用する言葉です。それはそれで、独自のカルチャーを作り出す要素の一部にはなります。その一方、紹介したスライドなどの資料をいくら公開しているとはいえ、社外では通用しない言葉であるということも事実です。

このあたりが、さらにオープンなカルチャーを目指すのであれば、見直していくべき点かもしれません。

 

 

文章作成:QMS代表 井田修(20161115日更新)