今回、ご紹介するのは、グーグルの組織運営や人材管理について、トップマネジメントチームや人事(ピープルズ・オペレーション)チームの主要メンバーである当事者が書いた、次の2冊の本です。
How Google Works 私たちの働き方とマネジメント
(エリック・シュミット、ジョナサン・ローゼンバーグ +アラン・イーグル著、ラリー・ペイジ序文、土方奈美訳、日本経済新聞出版社より2014年10月発行。以下、HGWと略記します。)
ワーク・ルールズ! 君の生き方とリーダーシップを変える
(ラズロ・ボック著、鬼沢忍・矢羽野薫訳、東洋経済新報社より2015年8月発行。以下、WRと略記します。)
これら2冊の本は、HGWがいわば総論、WRが人事にフォーカスした各論に相当すると考えられます。ちなみに、HGW・176ページかっこ書きにあるとおり、HGWの筆者はグーグルの人事管理の経緯や詳細について、WRを薦めています。
ところで、先月、グーグルの組織再編とアルファベットの設立が発表されました。両書でいうグーグルとは、組織再編前のグーグルのことですが、実態としては、現在のアルファベット全体のことと解しても問題はないでしょう(注1)。
ここでは、アルファベットの名称は使わずに、グーグルという名称でご紹介を進めていきます。検索・広告連動事業やグーグル・マップやユーチューブなどを担う(新)グーグルだけでなく、アルファベット全体のことをグーグルと称します。
さて、HGWの著者は、2001年から2012年までグーグルCEOを務め、現在はアルファベット会長のE.シュミット、2011年までSVPとしてプロダクトチームを指揮したり人材採用プロセスを確立し、現在はL.ペイジCEOのアドバイザーであるJ.ローゼンバーグ、少年の頃にJ.ローゼンバーグと出会い、エグゼクティブ・コミュニケーション担当ディレクターとして30年後にグーグルで同僚となったA.イーグル、以上の3人です。
一方、WRの著者は、社会主義政権下のルーマニアで生まれ、両親とともにUSAに脱出し、そこでティーンエイジャー以降、いくつもの仕事をし、マッキンゼーの経営コンサルタントからGE(正確にはGEキャピタル)のC&B担当VPを経て、人事担当SVPとしてグーグルに入社し、グーグルのピープルズ・オペレーション(人事管理)の責任者となっているラズロ・ボックです。
こうした著者たちの顔ぶれからも、HGWとWRの関係がわかります。
次に内容ですが、HGWは、各章が「文化」「戦略」「人材」「意思決定」「コミュニケーション」「イノベーション」ということで、マネジメント全般、特に組織運営や人事管理におけるグーグルの特徴が描かれています。
それは、ラリー・ペイジ(創業者、現CEO)の序文にも表れています。
(以下、すべての引用文について、特に表記すべきことがない限り、「前略」および「後略」は当然のことなので、明記していていないことを、予めお断りしておきます。)
経営者をしていて意外だったのは、プロジェクトチームにとんでもない野心を抱かせるのは、とても難しいということだ。(中略)グーグルが自律的思考の持ち主を採用し、壮大な目標を設定するためにあらゆる手を尽くすのはこのためだ。適切な人材と壮大な夢がそろえば、たいていの夢は現実になる。たとえ失敗しても、きっと重要な学びがあるはずだ。(HGW・4ページ)
ここで、「壮大な目標」こそ、事業ビジョンではないでしょうか。適切な人材と壮大な夢が事業を推進する(=夢を現実のものにする)と解釈できそうです。そのためのマネジメントが、HGWで語られていると言えそうです。
一方、WRでは、グーグルが決して特別な企業ではないことが、繰り返し、示されます。そして、グーグルの人事管理はどの企業でもできることが、本書全体を通じて主張されています。
グーグルがアメリカで最も働きたい会社に初めて選ばれたのは、私(筆者のラズロ・ボックのこと、引用者注)が入社して1年後のことだった(中略)。ウェグマンズはグーグルとほぼ同じ原則を守っているという。(中略)こうしたビジョンにのっとり、わが社(ウェグマンズのこと、引用者注)の社員は自由裁量権を与えられています。お客様に不愉快な思いをさせないよう最善を尽くすためです。(中略)ウェグマンズは接客について社員に完全な自由裁量権を与えている。2013年には社員向けに510万ドルの奨学金を提供した。さらにある女性社員には、彼女の手作りクッキーがとてもおいしいからと、店内にベーカリーを開くよう勧めたのだ。(WR・26~27ページ)
ウェグマンズ(Wegmans Food Markets)というのは、USAで北東部を中心(半分以上はニューヨーク州)に88の店舗(本稿作成時)を展開・運営するスーパーマーケットのチェーン(注2・注3)です。外食事業も手掛けています。
ウェグマンズは、グレート・プレイス・トゥ・ワークが毎年調査する「最も働きたい会社」ランキングの常連(2005年には第1位)ですが、グーグルとは正反対の特徴をもっています。
たとえば、株式公開をしていない同族会社で、小売業という利益率の低い(1%程度)ビジネスをほぼ100年にわたって営んでおり、社員の多くは高卒です。かたやグーグルは、株式公開会社で、利益率は20~30%を誇り、1998年に設立された企業で、グローバルに事業展開しているとともに、世界中から博士号をもった人材を数多く採用し続けています。
WRによれば、このふたつの企業は、マネジメントの原則や人事管理の基本では、同じような考え方で運営されており、それは他の企業でも実施できるものだそうです。
読者の立場から言えば、第三者(ジャーナリスト、研究者、コンサルタントなど)が書いたものではなく、グーグルのマネジメントや人事管理の当事者(責任者)が、その仕組みや考え方を書いた本であるところに価値があるのではないでしょうか。
つまり、当事者の問題意識、課題解決への考え方や取り組み方、急成長していく組織とそれを取り巻く状況の捉え方や感じ方、などなど、企業経営や起業に関わっている方々なら、きっと参考になるものがあるでしょう。そして、そこから自社に使える何らかのヒントを掴むのに、これ以上適切な本は、そうそう見つからないでしょう。
【注1】グーグルからアルファベットへの組織再編などについては、既にさまざまな情報があります。基本的なものとして、ロイター日本語版の2015年8月11日の記事「米グーグルが組織再編、持ち株会社アルファベット設立」を参照してください。
【注2】ウェグマンズについて詳しくは、同社のHPを参照してください。
【注3】ウェグマンズで働いている日本人、吉野邦夫氏については、バイヤーズ・ガイドのサイトに以下のインタビュー記事があります。
http://buyersguide.jp/articles/special_talk/001/
文章作成:QMS代表 井田修(2015年9月18日更新)
さて、HGW(全6章+2節、370ページ)では「人材」という1章(62ページ)の大半が採用についての記述です。WR(全14章+3節、547ページ)では、第3章から第5章まで(98ページ)が採用に関するものです。両書の量的な面からも、グーグルがいかに採用を重視しているか、わかる気がします。
それでは、なぜ、グーグルは人材採用を特に重視しているのでしょうか。
経営者の場合、「あなたの仕事のうち、一番重要なものは?」という問いへの正解は「採用」だ。(中略)グーグルの経営者はすべての候補者を同じくらい真剣に面接することを知った。相手が駆け出しのソフトウエアエンジニアであろうが、幹部候補であろうが、(中略)最高の人材を確実に採用するために最大限の時間と労力をかける。(HGW・140ページ)
事業戦略があって、組織(ポスト)を定め、適当な人材に任せるという、古典的な戦略論や組織論が通用しないのが、インターネットとデジタルテクノロジーの現代であることは、誰でも想像できるでしょう。そうした時代を切り開いてきた企業のひとつがグーグルであることも、また、誰もが理解できるところです。
そこでは、事業戦略ありきで組織や人材を設計・構築していくのではなく、始めに人材ありき、それも優秀な人材を採用して、その人材に事業を任せる、という事業運営スタイルが求められるのでしょう。
言い換えれば、どのような人材を採用するかで、事業が決まってしまう、文字通り、採用が事業や業績を決定づけるのでしょう。だからこそ、採用に経営トップが直接、「最大限の時間と労力をかけ」て、関わらなければならないのです。
グーグルの採用プロセスについては、WR・175ページにまとめられています。独自の工夫がいろいろありますが、すべての採用候補者をCEOが審査するプロセスとなっている点に注目してみましょう。
中小企業やベンチャーならわかりますが、グーグルは社員数が6万人、40カ国以上に70ものオフィスを展開する(WR・11ページ)グローバル企業です。理屈はともかく、現実に経営トップが直接、関わる仕組みを運用していることに、驚きを禁じ得ません。
もちろん、採用プロセスを回すには、ITをフルに活用したグーグル独自の仕組みはありますが、経営トップがすべての採用候補者の資料に目を通して、個々にコメントや質問をフィードバックしてくるそうです。
では、グーグルの経営トップがそこまで重視する人材とは、どのようなものでしょうか。
一言でいうと、スマート・クリエイティブ(HGWに頻出する言葉)ということになります。
スマート・クリエイティブは、自分の“商売道具”を使いこなすための高度な専門知識を持っており、経験値も高い。(中略)実行力に優れ、単にコンセプトを考えるだけではなく、プロトタイプを作る人間だ。(HGW・35ページ)
その特徴として、次のようなものが列挙されています。
・分析力も優れている
・ビジネス感覚も優れている
・競争心も旺盛だ
・ユーザのこともよくわかっている
・必要に応じて、カメレオン的に視点を使い分けることができる
・好奇心旺盛だ
・リスクをいとわない
・自発的だ
・アイデアや分析を(中略)それ自体の質にもとづいて評価する
・細かい点まで注意が行き届く
・コミュニケーションは得意だ
(HGW・16~17ページより、引用者まとめ)
すべてのスマート・クリエイティブがこうした特徴を全部備えているわけではないし、実際そんな人間は数えるほどしかいない。だが全員に共通するのは、ビジネスセンス、専門知識、クリエイティブなエネルギー、自分で手を動かして業務を遂行しようとする姿勢だ。(HGW・16~17ページ)
こうしてみると、これだけの条件を満たす人がそうそう見つかるわけはないと感じますが、実際、グーグルでも人材として欲しい人にそうそう出会うわけではなく、必要なポストが空いたまま、ということもよくあるようです。それでも、安易に採用することはせず、年単位で空きポストのまま、ということも過去には珍しくはなかったようです。
ちなみに、スマート・クリエイティブといえる人材に、何か共通のバックグラウンドや見つけやすい労働市場などはあるのでしょうか。
グーグルの経験では、一概に共通の要素があるわけではないようです。こうした人材は有名大学・大学院出身者に限られるわけでなく、学歴や年齢・性別、社会階層や職務経歴などにも、あまり関係がないようです。
いまでは、アイビーリーグの平均的な――場合によっては平均以上の――卒業生より、州立大学をクラスのトップで卒業した聡明で勤勉な学生の方を採用したいと考えている。(中略)わが社の創業者のひとりも大学教育を終えていない(中略)最高の成果を上げる者のなかには一度も大学に足を踏み入れたことがない人もいる。(WR・115~116ページ)
こう指摘されると、就職に人気が高い大手企業でなくても、中小企業やベンチャーでも採用できる可能性はありそうです。
筆者が直接、知りうる限りの話ですが、日本でも地方の企業や団体に聡明で勤勉な学生が就職することはよく見られます。スマート・クリエイティブとまではいかないまでも、有名大学を出て東京の大企業に就職した人よりは、よほど「できる人材」に出会ったことが何度もあります。
そうした人々の共通点は、学歴・性別・年齢などの属性ではありません。自分でいろいろと工夫して仕事をするのが好きとか、組織が小さくて他に誰もやりたがる人がいないから、しかたなく新しい技術や制度を勉強して、それらを自社に導入するリーダーにならざるを得なかった、といったことが、ある程度、共通に見られるものです。
グーグルに話を戻しましょう。
人材採用について、中小企業やベンチャーにとって最も示唆に富むのは、自社の採用基準に合わない人材は絶対に採用しないという、信念にも似た強い姿勢ではないでしょうか。
つまり、自社の採用基準に合致しない人間を採用したら、その人への指導・教育に始まり、最終的には退職勧奨に至るまで、経営者も周囲の社員も、いろいろと無駄な仕事ばかりが増えて組織効率が落ちる、故に、人材採用で妥協はしない、その姿勢をグーグルは会社設立当初から貫いてきたということでしょう。
現実には、目の前の仕事に追われて、採用すべき人材の質に妥協してしまうのが普通です。それなりの人材を採用して、教育の手間とコストをかけていくのが一般的でしょう。
しかし、グーグルは社員1人当たりの採用コストが全米平均(約456ドル)の2倍以上(WR・105~106ページより)かけているそうですが、あげている成果を考えれば、十分すぎるほど、元をとっていると言えるでしょう。
実際、入社してくる社員のレベルが高ければ、あまり手間暇をかけずとも、すぐに戦力となることも可能でしょう。
以下は、R.ボックが新入社員を迎えるマネージャーに送るメールのリストでそうです。
①仕事の役割と責任について話し合う
②ヌーグラ―(新たにグーグルに入社した人、引用者注)に相棒をつける
③ヌーグラ―の社会的なネットワークづくりを手助けする
④最初の半年は月に1回、新人研修会を開く
⑤遠慮のない対話を促す
(WR・446~447ページ)
採用が適切に行われていれば、このようなリストをマネージャーに送って、注意を促す程度でも、新人研修の期間が大幅に短縮できるなど、効果が得られるとのことです。
こうした、今すぐにでも実行可能なアイデアやリストが随所に出てくるのも、両書の特徴と言えそうです。
文章作成:QMS代表 井田修(2015年9月25日更新)
さて、優秀な人材を採用すれば、それで革新的なプロダクトが生まれ、ビジネスが成功するほど、単純なはずがありません。採用したスマート・クリエイティブが活躍するには、事業の進め方や組織の運営などにおいても、より適した方法やアプローチがあるはずです。
ただし、それは昔ながらの戦略計画やビジネスプランではありません。シリコンバレーにおけるベンチャーの大先輩といえる、ヒューレット・パッカードがHPウェイとして知られたアプローチで既に実践していたように、企業のカルチャーこそ、最も重視すべきポイントです。
グーグルもその例外ではありません。むしろ、カルチャーを経営の根幹に徹底的に据えているという点で、HPウェイをさらに推進していると言えるかもしれません。もっとも、スマート・クリエイティブが成果を出す会社にしていくには、ほかに選択肢がなかったのかもしれません。
わが社の文化を定義する3つの要素を探究する必要がある。すなわち、ミッション、透明性、発言権だ。(中略)「世界中の情報を整理し、世界中の人々がアクセスできて使えるようにする」というのがそれ(ミッションのこと、引用社注)だ。(WR・62ページ)
既によく知られているように、グーグルのミッションは実にシンプルです。世界中の情報を整理して使えるようにする、ということに尽きます。これを他社のミッション(WR・62~64ページ、HGW・51~52ページ)と比較してみると、そのシンプルさが実感できます。
ここで注意したいのは、ミッションがシンプルかどうかという表現レベルのことが問題なのではありません。理解しやすいかどうか、働く社員にとってピンとくるものであるかどうか、納得できるというレベルではなく自ら積極的にミッションの実現に向けて動こうとするものであるかどうか、ということが重要なのです。
もしかすると、グーグル共同創業者のセルゲイ・ブリンやWR著者のR.ボックのように、旧ソ連やルーマニアなど情報が閉ざされた社会での実体験がある人々にとって、グーグルのミッションがもつ意味は、単なるミッションステートメントではないかもしれません。個人としての信念、生きていく上での信条、といったものに近いのではないでしょうか。
グーグルでもうひとつ注目したいのは、ミッションのほかに二つの要素があり、それらで文化が構成されている、という認識です。「透明性」と「発言権」があって、はじめてミッションが動き出すのです。
「透明性」については、たとえば、OKR(Objectives and Key Results)とキャリブレーションという業績評価の仕組みに見て取れます。
OKRというのは、グーグル以外でも広く導入されているようで、一種の目標管理といえそうです。グーグル版OKRの特徴は、以下の通りです。
① 大局的視点に立った目標を、測定可能性の高い意味のある結果と組み合わせること
② 「発想を大きく」するので、すべての目標で達成度100%というのはあり得ない
③ 全員が実践する
④ 結果を評価して点数化するが、他の目的には使用しない
⑤ 通常業務の範囲でできることは含めない
(HGW・302~303ページ)
最も重要な特徴は、CEO以下、役員など経営幹部を含めて、社員全体で四半期ごとにも目標を設定して結果を評価し、それらを全社員に発表したり、社員相互に見たりすることができるという点です。まさしく、透明性が確保されているのです。
さて、OKRの特徴のうち、特に②については、次のような記述もあります。
物事を10倍のスケールで考えると、スマート・クリエイティブをつなぎとめるのに役立つという格好の例が、私たちの友人であるマイク・カシディだ。(中略)これほど大胆なプロジェクト(ヘリウム気球を打ち上げて世界中にブロードバンド環境を実現するプロジェクト・ルーンのこと、引用者注)に取り組むチャンスがなかったら、おそらく(シリアル・アントレプレナーとして有名な、引用者注)マイクはグーグルを去っていただろう。(中略)革新的なプロジェクトに直接携わっている人材だけでなく、他の従業員も刺激を受ける。(中略)大きな発想は、採用やつなぎとめに非常に有効なだけでなく、組織全体に伝染するのだ。(HGW・299~300ページ)
つまり、「発想を大きく」することが、人材の活用やつなぎとめにも効果的であるし、よりイノベーティブな事業運営にも不可欠な仕掛けとも言えそうです。
次にキャリブレーションですが、これはマネージャーたちが集まって、相互に業績評価の結果について話し合うセッションです。評価に関する調整会議の一種と思われるかもしれませんが、各マネージャーが行った評価の結果を共有し、比較・検証する場となっています。
これは、採用面接のフィードバックを一人でせずに、必ず複数の面接者で行い、情報を交換・共有して、個人のバイアスを取り除くところに意味があるものです(詳しくはWR・264~269ページ)。
日本で業績評価の調整というと、人事部門が全社平均や評価分布などを見て、ある部門の評価点を変換するなど、人事運用のなかでもブラックボックスの要素が強いケースが多いように思われます。そうしたものと比べると、グーグルの透明性が際立って見えます。
カルチャーを基礎づける第3のものは「発言権」です。グーグルにおいては、「発言権」は、イニシアティブと言い換えてもいいかもしれません。
わが社の人事慣行の多くは、社員の発案によるものだ。たとえば(中略)あるグーグラ―(グーグルの社員、引用者注)が給付金担当副社長(中略)にメールを出し、これはフェアではないと訴えた。(中略)同性カップルに特別手当を出し、追加所得税を相殺できるようにした。
(WR・83ページ)
さらにいえば、「発言権」とは、むしろ異議を唱える義務に近い場合もあるかもしれません。
能力主義を浸透させるには、「異議を唱える義務」を重視する文化が必要だ。ある考え方に問題があると思った人は、懸念を表明しなければならない。そうしなければ、最高とはいえない考え方が通り、懸念を口にしなかった人も共同責任を負うことになる。(中略)生まれつき無口な人でも、オフィスのカバには断固として立ち向かわなければならない。(HGW・66ページ)
誰が発言したかではなく、発言の内容に納得できなければ、おかしいものはおかしい、と断固として声を上げるのが、スマート・クリエイティブの持ち味でもあります。それを頭ごなしに否定したり、組織上の上下関係で押さえ込んだりすれば、スマート・クリエイティブたちは退職してしまうでしょう。
したがって、社員に十分に能力を発揮してもらうには、創業者であろうがCEOや経営幹部であろうが、誰に対しても自由に質問し提案することが、制度的にも文化的にも奨励されるようです。
それでは、そうした社員たち(スマート・クリエイティブ)が集まっている集団で、実際に組織を作るとなると、どのようにすればいいのでしょうか。
組織に関する最後のルールは、一番影響力の大きい人たちを見きわめ、彼らを中心に組織を作ることだ。(中略)だからといって、スターをつくれと言っているわけではない。最高の経営システムは、アンサンブルを土台としている。スーパースターの共演というよりも、ダンスチームのパフォーマンスに近い。能力の高い人が大勢集まり、チャンスがあれば誰でもリードダンサーを務められるシステムのほうが、組織は長期的に安定する。(HGW・73~74ページ)
これは、スターシステムの座長公演よりも、独自の手法で演技のレベルを高め、アンサンブルに優れているレパートリーシアター(たとえば宝塚歌劇場や劇団四季など)のほうが、公演内容(作品のパフォーマンス)もビジネス面も、より安定して結果を長く出し続けることができることからも、類推できるでしょう。
さきほど紹介したOKRも、個人別に設定するものも多いそうですが、チームで目標を設定することもあるそうです。この点からも、個人をスターにするより、アンサンブルで動くようにしていることがわかります。
以上、紹介してきたグーグルのカルチャーは、大企業が全社でいきなり実現しようとしても容易でないことが想像できます。むしろ、中小企業やベンチャーこそが、その気になれば、今日から実践できるものばかりではないでしょうか。
シンプルなミッション
‐事業の規模や種類が限定されているからこそ、ミッションはシンプルに表現されやすいはずです。
透明性
‐高度なITシステムや複雑な業務処理がなくても、経営者の考え方や会社の状況および事業の動向などは、経営トップが社員に直接、話す機会を定期的に設ければ伝えられます。現実的なことをいえば、中小企業やベンチャーで社員個々が会社全体のことを知っていなければ、仕事がうまく回らないでしょう。
発言権
‐透明性とセットで考えれば、経営トップや会社が発する情報だけでなく、社員から発される情報(報告、質問、異議、提案など)がなければ現場の動きに即した経営判断ができないでしょう。その意味で、発言権は必要不可欠なカルチャーの基礎といえるでしょう。
以上、グーグルのカルチャーの基本的な要素をまとめてみました。こうした考え方や原則など採り入れるべきものを採り入れるのは、もちろんですが、OKRやキャリブレーション、アンサンブルをベースとした組織作りなど、個々のプログラムを導入するのにも、両書をガイドブックとして活用してはいかがでしょうか。
文章作成:QMS代表 井田修(2015年9月30日更新)
スマート・クリエイティブを採用し、カルチャーを醸成できたとして(ここまで実現するだけでも十分に意義があり大きな成果といえますが)、それだけでビジネスが成功するわけではありません。
実際に仕事を進めていくには、当然、ある一定の組織やグループが必要になるでしょう。いくらスマート・クリエイティブといえども、一人で仕事をするだけでは、できることも限られてしまいます。
そこで、組織を編成することになりますが、ここで重要なのは、経営トップや管理職、ましてや管理部門が誰かを指名してプロジェクトマネージャーなどにすることではありません。
むしろ、自然発生的にそのプロジェクトでリーダーシップを発揮する、非公式なリーダーが求められるようです。グーグルでは創発的なリーダーとも言っています。
そうした中で、技術関係で経験豊かなリーダーを“テックアドバイザー”に任命しています。その役割は、カウンセラーのように1対1の面談を通じて、エンジニアに助言を与えることです。といっても、公式なプログラムではなく、その活動もボランティアとされています。
また、技術部門に限らず、会社全体へのカウンセラー的な役割として“グル”というものがあります。これも公式なプログラムではないそうです。リーダーシップ、セールス、キャリア、もうすぐ親になる人と新米の親など、さまざまなグルがあり、自ら会社全体にグルとなることを宣言し、社員は何か相談したいことがあれば、該当するテーマを掲げるグルと面談をしてアドバイスを受ける仕組みです。(以上、テックアドバイザーとグルについてはWR・341~344ページより、筆者による要約)
こうした自然発生的な関係で、相互に教え教えられるようになっていくというのは、前回言及したカルチャーとは異なり、組織風土としてのグーグルらしさのひとつとして指摘できるかもしれません。
こうした風土の醸成には、自然発生的な社員の活動に対して、人事部門が積極的にサポートすることが必要です。多くの企業では、「前例がない」とか「就業規則上認められない」とか「問題が生じたら誰が責任を取るんだ!」などと言って、禁止したり制限したりすることが一般的ではないでしょうか。グーグルの人事部門は、社員の自然発生的な活動を、むしろバックアップし推奨しているようです。
もうひとつ、グーグルらしさを醸成している点として、社員の特徴として共通に見られる傾向があります。グーグル的であることとは、次のように列挙されています。
愉快なことを楽しむ
ある程度の謙虚さを備えている
きわめて誠実である
曖昧さを楽しむ余裕がある
人生において勇気のいる、あるいは興味深い道を進んできたという証拠を手にしている
(WR・166~167ページより)
これらの特徴は、グーグルの組織風土ともいえますし、社員がある程度、共通にもっているアイデンティティとか性格特性ともいえます。
楽しさはグーグルの最も重要な部分であり、嘘偽りのない探究と発見の機会を生み出す。もっとも、それは本質を表す特徴というより、私たちが何者であるかということの結果だ。(WR・62ページ)
グーグル的であり、楽しさをもって仕事をすることが、最も典型的に現れているイベントが、TGIFです。
これは、毎週金曜日の夜に開かれるイベントです。創業者のふたりが全体のホスト役となり、新製品開発の情報から新入社員の紹介まで、会社に関するどのような質問にも回答するそうです。その模様は、直接その場に参加できない社員でも、ビデオ参加や映像の再視聴などで楽しめるようになっているそうです(詳しくはWR・75~76ページ)。
実は、このTGIFのようなイベントは、外資系企業、特にアメリカ系の企業では珍しいものではありません。筆者も、あるアメリカ系企業の日本法人に勤めていた頃に、体験したことがあります。
その体験や直接間接に見聞きしたエピソードなどから言えるのは、ホスト役のキャラクターによって、こうしたイベントの盛り上がり方は大きく違ってくることです。
たとえば、真面目で誠実な経営幹部がホスト役を務めると、どうしても社員の表情や態度は堅苦しくなりがちです。そこに、明るさや陽気さとか、ある種の子供っぽい感覚やちょっと羽目を外すような行為とか、プラスアルファの要素が不可欠です。そして、経営者が社員の中に自ら飛び込んで、一緒に楽しむことを忘れてはいけないでしょう。
経営者に求められるのは、こうした性格や行動面における特徴だけではありません。社員と同じルールや基準で公平に扱われることも重要です。
グーグルでは、最上級幹部であっても新入社員と同じ便益、特典、資源しか受け取らないということだ、役員用の食堂も、駐車場も、年金もない。(引用者注、欧米の企業では、役員特権として、一般の社員とは別の食堂やカフェテリアがあり、本社の駐車スペースも「よりいい場所」を優先的に確保できて、退職年金なども優遇されるのが通例といえる)(中略)ヨーロッパでは役員が自動車購入の補助金を受け取るのが普通だが、わが社はそれを全社員に提供し、(中略)不満の声もあったが、業界の慣行に合わせるよりも、全員が参加できることのほうが重要だった。(WR・206ページ)
実際、創業経営者である、L.ペイジとS.ブリンも例外ではないそうです。
2002年、ラリー・ペイジは過去に出版されたすべての本をネットで検索できるようにすることは可能だろうか、と考えはじめた。(中略)共同創業者という立場を使えば、エンジニアのチームにこの課題を委ね、予算をつけることもできたはずだ。だがそうはせず、デジタルカメラと三脚を用意し、(中略)マリッサ・メイヤー(現Yahoo! Inc.CEO、引用者注)にページをめくらせながら撮影を始めた。(中略)本一冊をデジタル化するのにかかる時間を調べ、この大胆なもくろみがそもそも実現可能なのかを計算することができた。(HGW・305~306ページ)
ちなみに、グーグル・ストリート・ビューは、セルゲイ・ブリンが同様のやりかたで実現可能性を実証するところから始まり、現在のサービスが実現されていったそうです。
さて、WR・419ページに、グーグルが実施している、さまざまなプログラムの一覧表があります。この中からいくつか、ご紹介しましょう。
まず、「官僚バスターズ(社内の申請手続き簡素化)」というものがあります。文字通り、放っておくと複雑化しがちな社内の事務手続きを絶えず簡素化するプログラムです。
こうしたものも、トップダウンで無駄撲滅運動などとして行おうとすると、どうしても無理やり対象を見つけ出そうとしたりして、大して簡素化しないどころか、提案の手続きや様式が新たにできて、余計にやらされ感だけが残ることになりがちでしょう。
こうしたプログラムこそ、社員が自由に声を上げることで、実行されていくことが望まれます。
中小企業やベンチャーこそ、真似してほしいプログラムとして、「子どもの職場参観」と「親の職場参観」があります。これらも文字通りのプログラムです。
親御さんにしても、お子さんやパートナーにしても、自分の子(親、パートナー)がどのような職場で働いているのか、一度は見てみたいという方々は、決して少なくないでしょう。特に、新卒入社したばかりといった若い社員の親御さんは、どのような職場環境でどういう人たちと一緒に働いているのか、知らないことが大きな不安の元凶ともなり、ちょっと問題があるとすぐに辞めさせるといったことにもなりがちでしょう。
これらとセットで「フリーランチ」もいいでしょう。社員の親御さんまたはお子さんやパートナーと、勤務先の経営者がランチを取りながら、質疑応答をしていけば、自ずと相互に理解が深まります。社内に食堂などの設備がなくても、会議室に弁当などを持ち込んでランチミーティングを行ってもいいでしょう。
こうしたプログラムは、実は会社にとってのメリットも大きいのです。ご家族を見れば、社員の特徴もまた別の角度から理解できますし、新たな資質や適性が見つかるかもしれません。
環境整備の最後に、ハブとしてのシリコンバレーという見方をご紹介します。
あなたの会社は、とびきり優秀なスマート・クリエイティブを集めるのに適した場所にあるだろうか。インターネット、モバイル、クラウド技術の興味深い影響の一つは、産業活動のハブがこれまで以上に強力になり、影響力を増しているということだ。(中略)世界中の国々が技術的ハブとしてのシリコンバレーの奇跡を再現しようと努力しているにもかかわらず、そうした国々で生まれたスマート・クリエイティブがテクノロジー業界でのキャリアを築くためシリコンバレーにやってくるのはこのためだ。(HGW・347ページ)
金融、ファッション、エンタティンメント、バイオテクノロジー、ダイヤモンド、エネルギー、輸送、自動車などの業界は、グローバルなハブが成立しているというのが、HGWの筆者の見方です。
確かに、グローバルに人材を引き付ける場所(ハブ)というのはあります。したがって、デジタルテクノロジーを駆使してグローバルに新たなビジネスを立ち上げようとすれば、間違いなくシリコンバレーで起業すべきでしょう。
一方で、未知のイノベーションは辺境で起きるということも事実です。デジタルテクノロジーにしても、もともとはアメリカ東部から発展してきたものです。半世紀前には、シリコンバレーが辺境の地だったはずです。
確実に言えることは、立地条件は採用を左右する重要な要素であるということです。特にスタートアップから成長途上にある企業にとって、その会社のカルチャーを担い体現する社員を採用するに当たって、立地条件は大きな影響力をもつでしょう。どこで会社を立ち上げるか、ということは、顧客との関係やロジスティックスなど事業運営上考慮すべき条件であるとともに、資源調達、なかでも人材の調達という点で、重視されるべき要素でもあります。
さて、4回にわたってHGWとWRという2冊の本をご紹介して参りました。
これらの本で書かれていることは、10年以上前からグーグルで実践されてきたことです。今では、多くの企業がグーグルと同様のプログラムを実施していることでしょう。特にシリコンバレーでは、その先を行こうとしている企業が多いはずです。
中小企業やベンチャーの経営者の皆さんも、ここがスタートラインという気持ちで、これらの本を参考にしていただければ幸いです。
文章作成:QMS代表 井田修(2015年10月9日更新)
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