組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー(1)
(1)教科書通りに組織はデザインできるか
今回ご紹介するのは、建築デザイナー、経営コンサルタント、経営者、(社会システム・デザインの)研究者として、組織デザインを追究している著者独自のアプローチを書き記した本です。
組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー
(横山禎徳著、ダイヤモンド社より2020年3月発行)
書名からは、組織をデザインする上で求められるルールや原則、用いられる手法や分析ツール、組織デザインの進め方、担当者に必要なスキルやマインドセットなどを論じているものと想像されるかもしれません。
実際、それらにも言及しているのですが、最も強く主張されているのは、組織は有機体であり、その動態的な存在を明確に意識しておくことが組織をデザインするのに不可欠であるということです。言い換えれば、組織デザインに標準的な手順やスケジュール、使用すべきテンプレートやフォーマット、目指すべき理想的な組織のイメージといった一般的なものはありえないということです。
現実にあるのは、組織デザインを依頼した人との間の信頼関係やプロジェクトに対する時間的な縛りです。同じ業界で同程度の規模の会社であっても、個々の組織のありようが異なり、そもそも競争戦略が他社との差別化戦略である以上、組織デザインには標準的なアニュアルのようなものはあり得ないのかもしれません。
そのためか、本書は組織デザインの教科書というよりもむしろ、28のボキャブラリーと称される箴言を提示して、短文で表現されたそれらのものを解説していく、組織デザインの箴言集のような形をとっています。たとえば、次のようなものです。
ボキャブラリー15
組織図をいじることが組織デザインだと、勘違いする人が多すぎる。
ここでは、組織というものが、単に「組織図」としてハコや線で表現されるものではないことが強調されています。
組織には、個々の人が配置され、その人々が日々の職務行動や意思決定を行います。それらを支える情報や業務の仕組みや職場慣行も組織を構成する要素であり、実際に人々の行動や意思決定に大きく影響します。
特に、人事権(異動や評価に関する決定権)や個人の処遇などは、職務権限規程などで明示的なルールが一応はあったとしても、実態は、いわゆる実力者や職制上の上下関係はないはずの本社の人事部門が握っているとすれば、組織図を見ただけでその実態を理解することはできません。
したがって、組織をデザインするには、人事権の現実のありようであったり、処遇上の差のつき方や差をつけるのに最も影響力があるのは誰かといったことにまで考えを巡らして、何らかの打ち手を捻り出すことが求められます。
こうした28のボキャブラリーをすべて知りたい方は本書そのものを読んでいただくとして、ここでは特に見落としがちと思われるものに絞って、紹介者自身の経験も踏まえて、組織デザイン=組織改革=を行うポイントを紹介していきます。
文章作成:QMS代表 井田修(2020年9月17日更新)
組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー(2)
(2)組織デザインの目的は行動変容
そもそも、組織デザインとは何でしょうか。前回のご紹介で、単に組織図をいじることではないことはご理解いただけたとして、では、組織をデザインするとはどういうことでしょうか。多くの場合、それは組織を改革するとか変革するといったことと同義であり、何らかの形で組織を作り直すことであることは想像できるとしても、形だけに留まらず、何をどのように変えていくことが求められるのでしょうか。
そこで、組織デザインの最初のボキャブラリーが提示されます。
ボキャブラリー1
人の行動を変えること、すなわち行動変容こそが組織を変える目的である。
組織デザインの目的は人(当該組織で働く人々という意味であることは自明でしょう)の行動を変えること、そう著者は言い切ります。
組織改革でよく見られるのは、まず、組織図を変えることです。それだけで期待した成果が挙がるわけではないことを、経営者や経営幹部自身もこれまでの経験やケースから学んでいるでしょう。多くの場合、組織図の変更の次に働く人の意識を変えようとします。意識が変われば、組織図を変えた意味もしっかりと理解され、その意図を実現できるはず、というわけです。
たとえば、営業や製造といった職能別組織から、事業部制のような製品市場別の組織に変えたとします。その際の狙いは、通常、損益責任を明確にして無理な受注や生産活動にブレーキをかけ、採算性に合った受注・生産活動を実現することなどです。
従来の職能別組織では、営業は受注することばかりで、赤字受注に責任を負わないとか、製造は作るばかりで納期や品質やコストにはこだわるが、どの製品がどの程度の利益貢献があるのか、誰も知らないし興味もない、会社全体では忙しいばかりで儲けは少ない、といった問題状況があったから、事業部制を導入してそれぞれの部門で損益を意識して仕事をしてほしいはずです。
しかし、事業部制を導入して、営業や製造の担当者を各事業部にそのまま配置したのでは、事業部内で従来と変わらない行動を営業も製造もそのまま取り続けていきかねません。個々の社員から見れば、営業担当は受注活動をする、製造担当は納期・品質・コストを守って生産活動をするという点では、職能別組織も事業部制も変わりはありません。
結局のところ、組織図は変わり、部署名は変わっても、社員一人ひとりの仕事は特に変わりません。そこで事業部制だから事業部ごとに賞与に差をつけるというのでは、賞与が減った事業部からは不満不平が出るのが当然です。一方、会社全体では相変わらず、忙しいばかりで儲けは少ない、下手をすると組織改革に要したコストの分だけ利益が減少することにもなりかねません。そうなると全ての事業部の賞与を減額することにもなりかねません。
それでは組織改革は失敗です。そうならないように、事業部制の狙いや趣旨を社員ひとりひとりに周知徹底させるために、事業部制を運用するのに必要なレベルで社員に損益責任への意識付けをしっかりとする意識改革が求められる、というようにストーリーが展開していくことも往々にしてあります。
すると、今度は不採算な製品や顧客との取引を打ち切るという方針がありながら、同時に売上目標のボリュームや生産工程の稼働率も維持・向上させるといった無理難題が目標として掲げられたり、単なるコストカットを強引に追求して残業をつけさせないとか下請け企業との取引価格を一方的に引き下げるといった不法行為に手を染めたりといったことに陥りがちです。
本当に必要なのは、形(組織図)だけの組織改革でもなく、無理に組織改革の意図を実現しようとする意識改革でもありません。適切な道具立てをもって無理なく組織の動き方を変えていく組織デザインが必要なのです。とはいえ、そこには別のタイプの抵抗勢力が存在します。
ボキャブラリー4
「小さな幸せグループ」こそが、組織の変化を阻害する大問題である。
本書が主張するボキャブラリーというものの代表例が、この「小さな幸せグループ」です。これは次のような特徴をもつそうです。
自分のやり方とペースで仕事をこなし、日常生活の中に楽しみを見つけていく少人数のグループが、ほぼ例外なくいくつか存在している。(中略)
この人たちは、ちょっとした変更でも、とかく文句や異議を唱えがちである。改善するのか改悪するのかは問題ではなく、現状を変えることが問題なのである。なぜなら、これまで後生大事につくり上げてきた「小さな幸せ」が壊されかねないからである。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」42ページ)
人間誰しも、現状の変更は、それが自分にとって相当な経済的利益をもたらすものであっても、なかなか積極的に受け入れるわけではないでしょう。その一例として、行動経済学でいうところのスイッチングコスト(特に情緒的価値からみたもの)があります。
これが一個人の問題であれば、より機能が向上し低価格で使える製品であっても、機能が低く維持コストも高い製品やサービスを使い続ける自由があると断言することも可能です。しかし、組織、特に営利企業のような組織においては、より機能が高く(顧客に提供する製品やサービスが高機能であり)、低コストであるような仕事のやりかたがあるのであれば、そのやりかたを採用しないのは市場における競争優位を失う危険を冒すことです。究極には、会社や顧客に対する背信行為とも言い得るものです。
そうした理屈は頭ではわかっても、長年慣れ親しんだ仕事のやりかたを放棄して新たに仕事のやりかたを習得するというのは、心理的・精神的にきついところがあります。特にベテランほどしんどいと感じるはずです。だからこそ、アンラーニングとラーニング(学習棄却と新たな学習)を習慣化することが求められるのです。そして、それが行動変革につながります。
組織デザインの試みは破壊が目的ではない。外的変化に適応するために、組織行動の変革を促す仕組みをつくることである。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」44ページ)
本書が指摘する通り、外的変化は否応なく起こりますし、その真っ只中に企業も個人も放り込まれているのです。それが、コロナのような感染症の流行によって生じることもあれば、猛烈な台風や東日本大震災のような自然現象によって引き起こされた災害によることもあるでしょう。また、バブル崩壊やリーマンショックといった経済的な厄災から生じることもあれば、9.11のテロや事故・事件で発生する事象もあるでしょう。
忘れていけない重要なポイントは、そうした外的変化に対してどのようにすばやく適応していくのか、その適応策をうまく実行していくことで新たな成果を生み出していくには、今何を変えていけばいいのか、こうした試行錯誤を常態化することでしょう。
文章作成:QMS代表 井田修(2020年9月21日更新)
組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー(3)
(3)組織デザインに何から着手すればよいか
さて、組織を変革する目的は、そこで働く人々の行動を変えていくことであるとして、実際にはどのような着眼点や手順で組織デザインに取り組んでいけばよいのでしょうか。
組織の形や必要な機能という点では、組織の外(外界)との接点とうまくやっていくことができるようにデザインする必要があります。本書では、その外界との接点を7Cとして提示しています。
外界からの接点から組織デザインを始めるのが基本である。外界との接点がうまくいくようになって初めて、社内のいろいろな問題に対応するという順序で進める。(中略)
ここでいう「外界」は市場という捉え方とは違うし、また、顧客だけでもない。「外界の7C」と言うことができるだろう。すなわち、Customer, Client, Competitor, Cooperator, Community, Control,それに自社すなわちCompanyの7つのCである。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」47ページ)
これらは、競争戦略について考えたことがある方であれば、一度は耳にしたことがあるはずの単語であり、自社とそれぞれのCとの関係を規定するのが組織デザインの始まりです。
ここで注意したいのは、それぞれのCがさまざまに変化する、それも急激に変化することが日常的に起こるのを前提に組織デザインに当たらなければならないことです。この変化は、あるCに位置付けられていた企業が増減するといった程度では済まず、Clientだった企業がCompetitorになったり(日本の製薬会社の販売網に自社製品を流していた外資系製薬会社が自社販売網を整備して提携していた日本企業のライバルになるなど)、CooperatorがCompetitorに転じたり(電池やモーター等の部品を納入していた企業が電気自動車全体を自ら製造するなど)といった、いわゆる業界の構造を変える事象までをも含んでいます。
言い換えれば、ある時点では自社とそれぞれのCとの関係が完璧に整った組織を、組織のハードの面でもソフトの面でも作り上げることができたとしても、それぞれのCは遅かれ早かれ変化してしまうので、できあがった組織を次の瞬間から再構築しなければならないです。
従って、組織デザインに際しては次のようなボキャブラリーを肝に銘じておくべきです。
ボキャブラリー16
過去、現在、未来を通じて「正しい」組織を求めない。変化できる組織を志向する。
ボキャブラリー17
組織は永続しないもの、そう割り切るほうが賢明である。
今年の3月に刊行された本書はコロナ禍が世界を席巻する前に脱稿していたことでしょう。にもかかわらず、組織の永続性を否定し、変化に適応できる組織を求める言葉を明確に提示しています。
コロナ禍への対応、コロナ時代における事業や雇用のありかたなど、今年ほど環境変化の急変にすべての企業が対応を迫られた年はなかったでしょう。正しい組織とか永続的な組織といったものが、いかにあり得ないものであるか、倒産やリストラの速報を一見すれば理解できます。
とはいえ、何でもいいから組織を変えればいいというわけではありません。それでは組織デザインではなく、単なる組織の破壊や解体になってしまいます。そうならないように、何に注意すべきでしょうか。
ボキャブラリー10
組織の「美意識」に注目せよ。
組織の内部に目を向けるとさまざまなものが見えてきます。そのなかで、まずは「美意識」に注目することを本書は強く推奨しています。では、組織の美意識とは何でしょうか。一般に企業文化(カルチャー)とか組織風土といった言葉はよく聞きますが、異なるものでしょうか。
(美意識は)明確な言葉や書類にはなっていないが、長い時間をかけて培われてきたもので、会社の行動を規定していて、会社の歴史、伝統の一部になっている。だから美意識は企業によって異なる。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」85ページ)
その会社で働く人々が無意識のうちにもっている、「これはセンスが良い」「こうすべきだ」「このやりかたはおかしい」といった感覚のことを、ここでは美意識と呼んでいます。
著者によれば、会社のもつ美意識に大きく影響するものとして、トップマネジメントのあり方(創業オーナーかサラリーマン社長か)、会社の意思決定スタイル(トップダウンか、ボトムアップか、独裁的か、合議制的か)、外界との接点との関係性(新規顧客獲得を優先するか既存顧客の維持・ロイヤリティ向上を優先するか)などがあります。
ここで言う美意識を無視して組織デザインを行おうとしても、「内容はいいけれど、やりかたがおかしい」とか「言っていることはわかるが、うちには合わない」といった反論・反対の声が続出してしまい、時には組織改革プロジェクトのほうが中止に追い込まれることもあります。
なお、上記の引用では美意識は長い伝統(時間)をかけないと形成されないように思われるかもしれません。しかし、筆者が見聞した企業のなかには、創業から10年程度を経ていれば相応のカルチャーが醸成されており、美意識と呼ぶにふさわしいものが組織のなかに存在し働いているケースも多々ありました。
その中の1社は、外食・ファッション・インテリア・生活関連サービスなどを幅広く手掛けており、ブランド名は事業ごとに異なってはいるものの、営業や商品開発だけでなく、人事や経理などの管理部門でも、「そのやりかたは〇〇(その会社の社名)らしくないよね」とか「××マネージャーは〇〇っぽい雰囲気を出してるね」といった声が社員の間から日常的に上がっている企業でした。新入社員でも、入社してくる人は大半がいずれかのブランドのファンなので、各ブランドが共通して帯びている〇〇らしさを、もともと感じていたのかもしれません。実際、中途採用で入社してきた管理職のほうが、〇〇らしさを身につけておらず、明らかに職場で浮いてしまっていたり、判断ミスを重ねて退職せざるを得なくなったりしていました。
その会社で組織変革のプロジェクトを行った際にも、本書の表現を借りれば「美意識」と呼ぶべきものを強く意識しました。特に業績評価や人材登用を行う上で、その基準となる〇〇らしさをどのように日常的に体現しているのか、幅広い関係者からの多面評価や候補者・対象者へのインタビュー(BEI)などで深堀するといった仕組みを通じて確認・強化していきました。
もちろん、現状の「美意識」を追認するだけでなく、今は欠けていて将来は必要なスキルを組織的に獲得していくために、〇〇らしさに加えて、ITや物流などのスキルやノウハウの取り込み、金融機関や資本市場との対話、組織全体の継続的な学習などの要素を基準化していきました。
組織のもつ美意識は、現在のように事業環境が厳しい時にこそ、より強く自覚する必要があります。もし組織の美意識を無視して組織の機能や運営実態を壊してしまえば、激変する外部環境に対応できないどころか、組織が内側から一気に崩壊してしまう虞が大であるからです。
文章作成:QMS代表 井田修(2020年9月28日更新)
組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー(4)
(4)組織デザインに使えるツールは?
組織デザインに取り組む際に次に検討しなければならないのは、組織の問題点を整理し、具体的な解決策を考えていくことです。そこで、何らかのフレームワークとかツールセットのようなものを用いて検討を進めていきたいと誰しもが思うはずです。そのフレームワークとして著者はマッキンゼーの7Sを推奨しています。
マッキンゼーの7Sについては、紹介されるようになってからの時間も長く経過しており、ご存じの方も多いでしょう。ここでは、本書に従って簡略に紹介しておきます。この7Sというのは、組織を7つの構成要素に分解し、それぞれを分析・評価するものです。これらの要素は単独で検討するだけでなく、それぞれの関連性や適合性を見て、7つの構成要素全体がうまく機能するように調整していく必要があります。
実際、組織行動は「ストラクチャー」以外の要素の影響が大きい。「組織」の持っている多面性を要素分解して整理し、過不足なく捉えるのが、この組織の7Sという枠組みの役割である。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」136ページ)
マッキンゼーの7Sとは、Strategy(戦略)、Structure(組織構造)、System(業務システム)、Style(行動様式)、Skill(技能)、Staff(人材)、Shared Value(共有されている価値観)のことです。このうち、最初の3つのS、すなわち、Strategy(戦略)、Structure(組織構造)、System(業務システム)はハードSと呼ばれます。
“組織は戦略に従う”というアルフレッド・チャンドラーの考え方からいえば、戦略を策定し、その実行に最も適した組織構造を構築し、業務システムを整備するという順序でハードSは検討すべきものとなります。ここから、市場における自社のポジショニングを重視し、どのような競争戦略を採るべきか、そして採った競争戦略を実行するのに最適な組織はどうあるべきか、という競争戦略論に基づいて、組織構造や業務システムを構築するという組織デザインのアプローチが出現します。外部から既存の市場に新たなサービスやプロダクトを導入しようとする場合など(外資系企業が自国で成功したサービスやプロダクトでもって新たに日本市場に参入するケースなど)は、このアプローチが有効です。
一方、“戦略は組織に従う”というイゴール・アンゾフの見方では、現にある組織にフィットしない戦略は絵に画いた餅に過ぎず、実行できないので意味がないということになります。さらに言えば、ハードS以外の要素(4つのソフトS)が組織のありようを規定しているので、そもそも戦略を立案する組織に一種の限界があります。ここから、コア・コンピタンスとかリソース・ベイスト・ビューといった現にある組織や人材に焦点を当てて組織デザインを検討するアプローチが生み出されます。このアプローチから見れば、企業文化や経営資源から戦略は醸成されるものとも言えるでしょう。
マッキンゼーの7Sでは、こうした戦略と組織の関係を3つのハードSと4つのソフトSの相互関係の中に落とし込んで分析・評価します。そこで明らかになってきた課題を組織デザインというプロセスを通じて解決するのに、今でも活用できるフレームワークとして著者は7Sを評価しています。
ただし、フレームワークは優れているとしても、実際に組織デザインを進めていくには、分析から明らかになったすべての課題に対して一気に解決を迫るといった手法は、推奨されていません。すべてを否定し、ゼロから100まで全てを細部まで設計してから実行に移すというのは、非現実的なやりかたです。組織デザインとは、最終的には、社員一人ひとりに人事異動を発令したり、営業日報の入力ファームが変わるなどして今日から仕事のやり方が変わったりすることでもあります。そして、日々の仕事が明日、明後日と継続して変化していくことなのです。
「変わるぞ」というインパクトのあるメッセージを社内外に公表することは広報戦略としては必要ではあります。とはいえ、組織デザインというものが、組織を変革しそこで働く人々の行動を変えていくものであるならば、一気に全てを変えるのではなく、できるところや効果が見えやすいところ、変化を実感しやすいところや変化を積極的に受け入れやすいところなど、部分的ではあっても、組織デザインの趣旨や狙いに沿って着実な進展が見込めるところから着手することが求められます。
ボキャブラリー21
都市デザイン同様、組織においても「ミニ・プラン」アプローチが有効である。
もともと都市デザインからキャリアをスタートしたことも影響するのかもしれませんが、著者は第二次大戦後の都市デザインで普及していった「ミニ・プラン」アプローチを推奨します。
同じような考え方が「組織」というシステムにも適用できる。すなわち、「ミニ・プラン」アプローチを組織デザインに活用するのである。都市の場合と同じように、まったく新規の組織でなく、既存組織を改編するのが大半であるからだ。ほとんどの組織は長い歴史の中で、自己調整機能をつくり上げているのである。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」102ページ)
組織デザインの対象となる組織は、ゼロからデザインする場合よりも、現にある組織を改革する方が多いでしょう。そこでは、試行錯誤と実験のプロセスと認識して試行を続ける必要がある以上、だめならすぐに止めるとか、ひとつの試行が次の試行につながっていくというプロセスが望まれます。時には、一方向に振れすぎた組織体が自ら調整して落ち着くべきところに落ち着くことも見越してデザインするように要請されることもあります。
著者によれば、都市と同様に組織にも数十年に及ぶ歴史が求められるようで、歴史が短い組織では自己調節機能が未発達であるために、新たにデザインされた組織に過剰に適応しようとしすぎることもあるため、よりきめ細かいデザインが要求されるのです。
スタートアップや創業メンバーが中心となって動いているベンチャーなど長い歴史がない組織は、ハードSが未整備であることもよく見受けられます。Strategy(戦略)は創業時のビジネスプランと金融機関向けにでっち上げた経営計画だけ、Structure(組織構造)は創業者のCEOとその他の人々の(よく言えば)フラットな2層構造でCEOに権限を集中、System(業務システム)といっても処理できるまで個々人が頑張るだけ、こうした組織ではすべてを一気にデザインしたくても難しいでしょう。
同時に、ソフトSの問題にも手のつけようがないケースが大半と思われます。Style(行動様式)はバラバラで、トップダウンで意思決定をしているかと思えば現場で勝手に発注をかけている、やるべき仕事が自覚されておらずSkill(技能)が欠けていることにすら気づいていない、Staff(人材)は質的にも量的にも足りていない、Shared Value(共有されている価値観)として会社のコアバリューやミッションステートメントは自社HPに立派に表示されていても、CEOですら日常の仕事ではまったく顧みることなく実行していない、程度の違いはあっても、そうした歴史の短い企業はざらにあります。
実際、混乱の歴史がそのままその企業の歴史となって、混乱を生き抜くことこそがその組織で真に生きているShared Valueと思われる企業に出会うことは間々あります。仮にそうした企業であっても、ここでいう「ミニ・プラン」アプローチは有効です。むしろ、混乱と不足と未整備が続いている中小企業やベンチャー企業こそ「ミニ・プラン」アプローチで物事を進めていくべきです。
つまり、企業規模が小さいからこそ、1ヶ所を変えるだけで全体が一変することも珍しくはありません。極端な例を言えば、社員一人を入れ替えるだけで、新たな社員がもちこんだスキルや価値観が他の人々に影響を及ぼしたり、その人の仕事のやりかたが標準となってスタイルやシステムが整備されたりすることもあります。これはCEOや創業者といったいわゆるリーダーを代えることに限りません。むしろ、アルバイトやパートタイマーの1人とか派遣社員や常駐の外注業者の1人が入れ替わっただけで、会社全体の組織運営のシステムやスタイルが大きく変わるケースを見聞きすることが往々にしてあります。
また、社外の関係者のうち、自社以外の6C(Customer, Client, Competitor, Cooperator, Community, Control)との折衝を通じて、自社のなかに取り組んだり新たに生み出されたりする7Sもあります。特に社外協力者や業務委託先(Cooperator)については、いっしょに仕事をすることを通じて、自社へのスキル・トランスファーが起こったり、業務システムを同じプラットフォームで一本化することを通じて業務効率が飛躍的に向上し仕事の質もよくなったり、新たなものの見方や考え方が浸透していったりするでしょう。最終的にはスタッフを移籍(ヘッドハンティング)したり会社同士の合併・統合に至ったりすることもあるでしょう。こうした動きも、組織デザインの方法のひとつとして検討に値します。
ただし、いずれの方法についても、全社で一気に導入するといった類のものではなく、ある部署や仕事の一部から少しずつ影響が広がっていくものです。業務提携や共同開発プロジェクトの立ち上げなど、対外的には大きく発表するにしても、現実には漸進的に進めるほうが好ましいようです。歴史が浅いということは、自己調節機能が未熟であり、全社で一気に何かを導入すれば、その反動も大きく副作用も避けられないということを、組織デザインを行う責任者はしっかりと認識すべきでしょう。
このように、組織の歴史や既にもっている自己調整機能などを読み込んだうえで、組織デザインをマッキンゼーの7Sなど、組織を分析・評価するフレームワークを活用してハードSとともにソフトSも検討していくことが肝要です。
文章作成:QMS代表 井田修(2020年10月6日更新)
組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー(5)
(5)組織デザインを行うのは人
7Cや7Sを活用して組織の問題点を整理し、具体的な解決策を考えていくことができたとして、実際の組織運営のどこをどのように変えていけばよいのか、この点がまさに組織デザインそのものなのですが、単に組織図(組織のハコ)をいじるだけではなく、組織の何を変えていくことで社員の行動を変えていくことができるのでしょうか。
著者によれば、組織の意思決定システム、業績モニター・評価、人材育成といった要素を変えていくことが必要不可欠であり、これらのルールや仕組みを変えるとともに、実効性のある運用が行われるように、現場での実態に応じた手直しを次々と行っていくべきものです。
社内の各種会議の役割と進め方も、あらためて見直すべきだ。数年ごとに定期的にやるべき作業である。(中略)常務会などで部長が説明するのをやめて、専務、常務が自分で説明するようにするだけで、いろいろなことが変わる。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」175ページ)
組織の意思決定システムの代表例として、ここでは常務会が取り上げられていますが、会社全体でなくても、部や課、数人のチームでも同じことです。その組織(チーム)のミーティングのやりかたをちょっと変えるだけで、仕事のやり方が変わり、社員(メンバー)の発言のしかたや中身が変わり、行動にも大きな変化が見られます。実際、参加するメンバーを1名入れ替えただけで、ミーティングでの発言が活発になり、日々の仕事にも積極的かつ責任感をもって取り組むように一変することも珍しくありません。
たとえば、会議を行う場所を変えるというのも一つの方法です。会議室と名付けられている、半円型の中央に議長席があり、その両側に長い机が並び、議長席の遠い向かい側に主たる発言者(主に報告や提案説明を行う主管部署の責任者)が座る長方形の部屋に、革張りで立派な背もたれや肘掛けがついている黒い椅子が10~20脚並んでいる情況では、自由闊達な意見交換が行われて、クリエイティブなアイデアが生み出されてくるとは思えません。
時には円形の作業場のようなスペースで車座になって、互いに思っていることをぶつけ合うことで、なぜそういう意思決定を行ったのか、その理由や背景をしっかりと伝えることが可能となります。いっそのこと、リモートで意見を出し合ったり、チャットで思いつくままにアイデアを列挙したりするほうが、活発にコミュニケーションが取れますし、その結果として決定された事項についてしっかりと理解できるでしょう。
このように場所を変えることで、固定的な議長と発言者という役割を一旦、破棄して、会議の参加者はより多くの発言をすることに注力し、それを整理・記録するのはICTのシステムに任せておくというように、社員の行動が半ば自動的に変わる契機ともなります。
同様のことは、業績モニター・評価についても言えます。
どのように業績をモニターし、業績評価を行うのかということが変われば、自ずと社員の行動も変わります。よく言われるのは、成果主義で評価を行う際に、成果の定義は戦略によって、またその組織のもつ価値基準や行動規範によって異なるということです。従って、同じ業界で同じ職種だからといって、評価基準が同じということにはなりません。むしろ、同じ業界であるからこそ、成果主義を採る会社同士は、同じ職種なのに評価基準は具体的になればなるほど違うものになります。故に、社員の行動も違うものであるはずです。
たとえば、同じ営業職といっても、A社では売上額や売上の伸び率とか新規顧客の獲得件数といった指標を重視するのに対して、B社では注文のリピート率や顧客満足度で業績を判断というように、一見、定量評価という点では同じに思えても、その内容はまったく異なる場合もあります。この例でいえば、A社はこの製品市場においてPLCでいえば離陸期から成長期にあるはずです。一方、B社は同じ市場で成長が鈍化しているか成熟期に入っている状況にあります。PLCのどこに自社が位置付けられるか、またそこでどのような戦略を採るのかによって、見るべき指標は変わります。そして、指標の違いは、営業行動の差異となって現れます。A社は積極的でアグレッシブに動くことが期待されそうですが、B社は顧客の事情を察知してそれぞれの事情に応じて企画書を提案するといったことが求められそうです。
しっかりとマネジメントができる上司は、同じ部署の部下であっても、担当する顧客や市場によってこうした事情が異なることを見越して、同じ定量指標を用いずにそれぞれの状況に応じた指標を用いるでしょう。また、時には定性的な要素もしっかりと加味して判断することでしょう。
もちろん、同じ会社であっても、前期と今期では状況が違いますし、事業戦略自体が変わって求められる成果も変わることもありえます。極端な話、ある市場からは撤退するというのであれば、昨年まではいかに効率よく売上を立てるかが目標であったものが、今年は下手に売らずに正式発表があるまで取引額を徐々に下げていくかが目標となるはずです。
さらに言えば、たとえば「新たに配属された新人の育成・戦力化」といった定性的な目標については、無理に定量化して「2人の新人について1人しか一人前に育てられなかったから達成度は50%なのでC評価」というようなことは絶対に避けるでしょう。むしろ、「育成・戦力化」といった抽象的な目標を事前にブレイクダウンして一人前の営業担当であれば実行してほしい行動をリストアップするなどして、身につけるべきスキルセットや知識・経験などを具体的に記述して、一人前の営業担当の人物像を共有できるように指導するでしょう。場合によっては、新人の指導に当たる部下が一人前の営業担当の人物像をしっかりと言語化しイメージを語ることができるかどうか、事前に検証するミーティングをもつかもしれません。
業績モニター・評価について著者は、システムの課題というよりも上司がしっかりと見ているという実感を重視しているようです。確かに、部下の立場でいえば、日々の仕事で細かい指図をされるよりも、時に応じて重要なところや痛いところを衝いてくる上司のほうが、手強くマネジメントに長けている印象を持つでしょう。
ただ、これは実は最も実現が難しいことを要求しているようにも思われます。そもそも、部下のことをしっかりと見て、その仕事ぶりを把握しているのであれば、業績評価制度がどのように変わったところで、上司が部下を評価した結果について、部下は納得せざるを得ないでしょう。現実はそうではないということは、業績評価の仕組みの不備や欠陥以上に、部下のことをあまり見ていないし、その仕事ぶりをよくわかっていない、少なくともそう思っている部下が多数を占める組織が多いからなのではないでしょうか。
実際、役員への登用や上級管理職への昇進などを見た時に、なんであの人が?という感想を多くの社員がもつような人事を行っている限り、業績モニター・評価に関する制度的な仕組みや評価者のマインドセットをいかに改革・改善しても、ほぼ無意味と言わざるを得ません。言い換えれば、会社の経営幹部がそれなりの人材から構成されていると社員が納得できる、そういう人材の育成・登用が実現されていることが組織デザインに必要なのです。
ボキャブラリー25
「人材重視」のはずの日本の組織だが、実際は人材育成がおざなりである。
人材育成というと、コロナ禍があってもリモートの研修だけでなく、実地のOJTも徐々に実施して、今年の新入社員はこれまで以上に戦力化できている、と自負する企業にとっては、今更何が問題なのかと訝しく思われるかもしれません。
もちろん、新入社員の教育も大事な人材育成のテーマのひとつですが、そもそも“人材育成=研修・教育訓練”と捉えているのであれば、全くお話にならないレベルの誤解です。
人材育成というのは、競争戦略上の優位を人材の面で確立することです。どのようなレベルの人材を獲得するにしても、少しずつでもより高いレベルの人材を確保できているのか、入社した人材を自社の人事プログラム(研修だけでなく異動・配置・評価など人事全体の仕組み)を通じてレベルアップを実現できているのか、昇進させるべき人材とそうではない人材を区別し適切に処遇できているのか(もしできていれば、昇進できない社員の多くができないことを納得せざるを得ない)、こうしたことを実現するのが人材育成ということです。
つまり、人材育成とは人事戦略を遂行することであり、それは事業戦略、ひいては経営戦略を実現することにほかなりません。
人材育成・配置システムは戦略的差別化に結び付く重要な要素である。世間の流行を追わず、他社の真似をせず、外部の専門家に丸投げせず、時間がかかっても自社の事業特性に合ったシステムを自前で構築すべきだ。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」182ページ)
いわゆる戦略人事という考え方が主張されるようになって四半世紀は過ぎようとしていますが、本書が指摘するような意味で人材の育成や配置を通じて戦略的差別化を実現するというアプローチを成功させている企業は、皆無に等しいと言わざるを得ません。特に戦略人事が強く求められるトップマネジメントや経営幹部の人材育成について見ると、指名委員会といった制度を導入したり、社外プログラムなども活用して経営能力の向上を図ったりしようとしてはいますが、結果に結びついている実例はあまり見受けられません。
著者が説くように自社の事業特性にあった人材育成のシステムを自前で構築するというと、人材育成にかけられる資金や人材や時間がそうそう確保できず、とても実行する余力がないという企業が大半かもしれません。
しかし、これは何か完璧な人材育成システムを何年がかりで作り上げるという意味ではありません。たとえば、Amazonの採用基準や面接での質問、リーダーシップのあり方=「リーダーの14原則(Amazon’s Leadership Principles)」(注1)などは既に広く紹介されており、ご存じの方も多いでしょう。重要なのは、自社固有の(Amazonならではの)採用やリーダーシップの基準がきちんと存在し、日々の人事業務に活用されていることです。実際に採用面接で質問されたり、マネージャーへの昇進を検討したりマネージャーなどを評価したりする際の基準として活きていることです。人材育成システム全体を作り上げるのが目的ではなく、自社固有のアプローチで、重点的に注力すべきところから実行に移していくことを肝に銘じておきたいものです。
組織デザインを行うということは、このように個々の役員や社員の採用・登用・配置・業績モニター・業績評価・能力開発・異動・退職などの人事プロセスを通じて、一人ひとりの行動が変わっていくことであり、それらを通じて組織全体を改革していくことなのです。
【注1】
Amazonの採用面接については、ライフハッカー2020年10月2日配信記事”ジェフ・ベゾスがAmazonで「社員採用」の基準とする3つのポイント”で、次の3点を紹介しています。
① 称賛できる人物か?
② グループ全体の効率を高める人物か?
③ スーパースターになれる人物か?
「リーダーの14原則(Amazon’s Leadership Principles)」については、流通視察ドットコムのサイトに日本語に訳されたものが記事としてあります。
文章作成:QMS代表 井田修(2020年10月16日更新)
組織 「組織という有機体」のデザイン 28のボキャブラリー(6)
(6)組織デザインに終わりはない
組織デザインを考え実践する上で最後に忘れてならないのは、組織デザインを表現することの難しさと一度表現したものの一人歩きです。著者は組織デザインを表現することの難しさを次のように言います。
ボキャブラリー26
組織図の箱、線、配置の意味するあいまい性を理解せよ。
一般に、組織図に表されている「箱」は組織のユニットを意味しています。事業部制であれば、個々の事業部、そして事業部の内部の部や課やチームなどの組織単位(ユニット)を表現しているはずです。
言い換えると、組織のユニットである以上、そこには個人名や役職の名称は記載されません。組織図を見ただけでは誰が事業部長であるかどうかわかりませんし、そもそも事業部の責任者を事業部長という役職名で呼ぶのかどうかも明記されていないほうが多いでしょう(注2)。
また、事業部のナンバー2を副事業部長と呼称したり、複数の箱に所属する人がいたりすると、とても組織を見ただけでは組織の実態は理解できません。こうしたことを明らかにするために、人員配置図や事業部ごとの名簿を用意する企業も多いでしょう。
欧米の企業では、一見「箱」が表示されている場合でも、そこには役職名と個人名がセットで表記されているのが標準的です。たとえば、箱の上段にExecutive Officer and Director, XXX Division、下段に個人名が記載されています。
組織図の線も日本と欧米では意味が異なると思った方がいいでしょう。欧米では、レポートラインといって上からの指揮命令とそれに対する下からの報告の関係性が表現されているのが一般的です。指揮命令系統が図示されているのです。
日本の組織図では、役職ごとの命令系統というよりも、予算や人員配置などに関する権限(枠)と捉えるほうが実態にふさわしいでしょう。事業部の枠の中で、〇〇営業部の予算や人員があり、〇〇営業部の予算や人員の範囲内に各営業課の予算や人員が収まっています。
組織図の配置という点では、一般に組織図はピラミッド型で上から下へと箱が増えるものが多いでしょう。なかには、顧客をいちばん上において最も下に社長(代表者)を置くことで、顧客第一主義を明示する組織図もあります。また、業務フローに沿って左から右へと価値創造の流れを示すように組織を図示するものもあります。いずれにしても、組織の枠組みを示していると解していいでしょう。
ただ、一度こうした箱を作り、線を引くと、それが当たり前になります。組織といえば、部があって課があって、それぞれの組織単位に責任者がいて、すべての社員は必ずいずれかの組織単位に所属して1人の上司が存在する、もし組織を変更することがあっても、それは箱の数や名称の変更に過ぎず、箱そのものがなくなったり、線が消えたりすることはあり得ないと思いがちです。そして、ある部署(箱)に属することで、その人の行動やものの考え方がその箱にふさわしいものとなります。営業は営業らしく、経理は経理らしく、話し方や身のこなしまである種の「らしさ」が出てきます。それは本人や周囲の人は気づきにくいものでしょう。こうなると、なかなか「らしさ」を打ち破って、新たな発想で仕事に取り組むことは容易ではありません。
組織をデザインするということは、組織図を書き換えることだけではなく、そこで働く人々の行動を変えていくことであるということは既に何度も述べてきました。組織図を書き換えただけで、こうした人々の考え方や動き方まで変えるというわけにはいかないことが理解できます。実際の仕事のやりかたやそこで働いている人々の日々の動き方にまで影響を及ぼさないと、行動変容は起こりません。
そのことを改めて確認した上で、組織デザインの考え方や捉え方を最後に紹介します。
ボキャブラリー28
組織デザインは4段階に発展する。
著者が論ずるところによれば、組織も都市デザインと同じように、実体論的・機能論的・構造論的という3段階を経て捉える必要があり、それに加えて組織や都市を動かす何らかのソフトウエアにも着目することで、単なる箱として組織を見るのではなく有機体として組織を理解する必要性があります。
長くなりますが、本書より組織デザインの4段階についての記述を以下に引用します。
第一段階では、組織に関して「見える」部分、すなわち組織図に着目する。したがって、個々の職位や部課が明確に定義され、上位下達による命令と統制、意思決定プロセスを保証するピラミッド型の組織であると考える。(中略)
第二段階は、形態ありきの実体論的デザインへの反省とも言えるが(中略)、形態をうんぬんするよりも、まず備えるべき機能や役割を重視すべきとするアプローチである。職務分掌や管理範囲などの定義、タスク分析による各部門の要員数の決定など、論理合理的ではあるが、暗黙に組織のヒエラルキーを前提にしている。しかも、機能はスタティックで「時間に伴う変化」という視点が抜け落ちている。(中略)
第三段階である構造論的段階では、第二段階の問題を克服する視点が加えられた。(中略)機能別組織なのか、事業・製品別組織、地域別組織、市場別組織なのか、あるいは、これらを一緒くたにしたマトリックス組織なのか等、どの組織構造が望ましいのかという問題である。(中略)
第一段階の実体論的段階から第三段階の構造論的段階まで、どれも組織を「ハードウエア」として語るものであり、一種の有機体である現実の一面しか捉えていない。(中略)実体論、機能論、構造論的アプローチではあまり考慮されない「組織内で人が動きまわる仕組み」を重んじる。(中略)人々は箱に与えられた役割に応じて行動するが、もっと多様な人間関係の中で判断しながら行動している。そのような行動に対し、あるときは刺激を与え、あるときは駆り立て、あるときは制御する仕組みがソフトウエアなのである。(中略)OSSまでつくり込むことで組織が期待どおりに動き、行動変容につながることが期待できる。そこで第四段階として「ソフトウエア論的段階」を提唱する。(「組織 『組織という有機体』のデザイン 28のボキャブラリー」212~217ページより抜粋)
コロナ禍を契機として、従来の製品別の法人営業部を解体し、これからは顧客の規模別にリモート営業部として再編するとしましょう。
第一段階の実体論的アプローチでは、もともと製品別に3部門に分かれていた営業部(各部10名程度)を、名称はともかく顧客の規模別に大企業営業部・中堅企業営業部・小規模企業営業部・個人事務所営業部の4部門に変更し、それぞれに部長と営業担当7~8名を置くまでです。いわば、組織図を書き換えて、人員を配置することでもって、組織デザインとするのです。
第二段階の機能論的アプローチでは、新たに設置した営業部の果たすべき職責や役割を定義します。顧客を訪問する営業スタイルからリモートで営業活動を行うように変更するのであれば、プレゼン資料ひとつをとっても新たに制作しなければなりませんが、ではそうした資料作成は誰の仕事として定義すべきでしょうか。営業担当個々が作ればよいというのは簡単ですが、そのためのスキルがあるかどうかが問題です。各部に資料作成の専門家を配属することができればいいのですが、そういった専門家が社内で見当たらないかもしれません。同様の懸念は、リモート営業を支えるICTシステムなどの営業インフラの整備・サポートについても、人材の育成や社外専門家の活用などが図られることが必須でしょう。さらに部長などのマネジメントについても部の責任者としての職責を再定義します。
第三段階の構造論的アプローチでは、第二段階までの組織再編がどのように機能したのか・しなかったのかを検証して次の打ち手を考えることになります。仮に、営業部門を更に再編して部を廃止し、4営業部をひとつの営業本部とするとしましょう。その中は製品と顧客のマトリクスで若干名からなる営業チームを10程度置くようにするとします。そして、資料作成の専門家やリモート営業のシステムサポート専任者も置くといった形で、第一段階に戻って見直すようになるかもしれません。
いずれにしても、これらの第三段階までの諸課題が解決すれば、それでリモート営業がうまく行くとは思えません。
従来の営業の成功の鍵が、製品の技術力や品質、アフターフォローの体制などであれば、今後も同様の差別性が優位を維持・向上させるかもしれません。しかし、従来の成功が、顧客との人間関係や接待などであったとすると、リモート営業では自社の優位性が失われることを予測して動かなければなりません。もし、営業ノルマが厳しいが故に、ノルマをクリアできるだけの力量のある個人のスキルやノウハウに頼っていたのであれば、自社の優位性を発揮できない状況に陥ることも十分に予想されます。
従って、足で稼ぐからリモートでのアポ取りで稼ぐ、人間関係重視から提案内容重視へ、顧客の窓口となる個人を知ることから顧客の意思決定プロセスや組織的課題を知ることへといった変化に対応しうるように、営業担当に求めるスキルや適性、営業のスタイル、金銭的インセンティブの基準や支給額などを再設計しなければなりません。更に、営業担当やマネージャーを入れ替えたり、資料作成の専門家やリモート営業のシステムサポート専任者などがいなければ新たに雇用したり、フリーランサーを社内に取り込んだりといったことも、組織デザインの一環として取り組むべきでしょう。
こうした施策が功を奏したとしても、それで良しとするのではありません。新たに成果を挙げるスタイルや方法論が生み出されることが、いわば営業担当の行動変容といえます。リモート営業であれば在宅勤務も可能であり、これまでは営業担当やマネージャーとしては成果を挙げるのが難しかった人材であっても、活躍できることで、広く社員の行動が変わっていくでしょう。その結果、また新たな組織図の変更が求められるのです。
【注2】
事業部の責任者は、通常、事業部長と呼ばれるでしょう。しかし、そうでなければならないという法律もなければ、社会通念として確立しているとも言い切れません。実際、事業部のトップをディレクターやオフィサーといったカタカナで表示している会社もありますし、主管や統括といった言葉で事業部の責任者であることを表現している組織もあります。
文章作成:QMS代表 井田修(2020年10月19日更新)