民事裁判入門~裁判官は何を見ているのか~(1

 

(1)プロフェッショナル・サービスのひとつとしての裁判

 

 今回ご紹介するのは(日本の)民事裁判について一般読者向けに書かれた入門書です。

 

民事裁判入門 裁判官は何を見ているのか

(瀬木比呂志著、講談社現代新書253020197月発行)

 

内容は書名の通り、民事裁判とはどういうものなのか、一般人にも理解しやすいように、その流れや実際上の留意点などを解説し、現行制度の問題点などにも言及したものです。著者の瀬木氏は、もともと裁判官として長年にわたり裁判を行ってきた実務経験者であり、現在は大学教授として民事訴訟法や法社会学を専門に研究しています。

筆者は法学部を卒業しましたが、裁判の法制度やプロセスの理論や実践、特に民事訴訟法やその訴訟手続きについては、ほとんど学んだことはありませんでした。また、訴訟の当事者となった経験もなく、これといって特に訴訟に関係することもないまま、ビジネス上も私生活上も過ごしてきました。

たまたま本書を読んでみて、民事訴訟の考え方や進める際の留意点をもっと早くに知っていれば、ビジネスにも役立つヒントを得られたのではないかと、改めて感じるところがありました。そこで、本書のなかで特にビジネスパーソンにとって有用かと思われるところをいくつか紹介していきたいと思います。

 

さて、著者によれば、本書は読者にとって次のようなメリットが得られることを期待して書かれています。

 

  民事訴訟とその手続全般に関する一般的・具体的な理解が得られる

  裁判官や弁護士の行っていることについての理解が得られる

  法的・制度的リテラシーの向上を図ることができる

  訴訟のための基礎的知識・感覚が得られ、高度な訴訟戦術の理解も可能になる

  コミュニケーション、プレゼンテーション、書くことなどに関する技術を学べる

(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」1219ページより抜粋

 

本書の大半を占める、第2章「法的紛争が起こったら」から第12章「判決はどのように書かれるのか?」までは、民事裁判の第1審(地方裁判所の民事部)の流れに沿って当事者(原告・被告)・訴訟代理人(弁護士)・司法当局(主に裁判官)が何をどのような手順で進めていくのか、それぞれの手続きにおけるポイントは何か、その際の問題点は何か、といったことについて著者が経験した裁判を例に引いて解説しています。

たとえば、貸したお金を返してくれないとか、相続や離婚で揉めているといった問題が生じているとします。このように法的紛争が起こりそうになったり、実際に起こったとしたら、まず始めにとる行動といえば、多くの人は弁護士に依頼して適切な対応を取ってもらおうとすることでしょう。

では、弁護士に相談するとして、具体的にはどのように動けばいいのでしょうか。相談するといっても、どのように事の経緯や現状の問題やこちらの要望などを説明すればよいのでしょうか。その際のポイントとして著者は次の4点を挙げています。

 

  相談の内容についての弁護士の説明を正確にかつ合理的に理解すること

  委任するかどうかを決める前提としてその弁護士の資質、能力、性格をよく見極めること

  相談に当たっては、訴訟になる場合に書証として提出すべき各種の書類は整理した上で持参し、紛争の経緯をできる限り客観的に説明すること

  ことに、自分にとって都合の悪い事情や証拠を隠さないこと

(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」52ページより

 

ここでは、弁護士を尋ねて相談する場合に注意すべきポイントを挙げていますが、これらは弁護士に限ったことではありません。何らかの問題があって、その解決に当たり自分だけで対応するのは難しく、専門家のサポートが必要と思われる場合であれば、すべてに当て嵌まるように思われます。

自社でコロナに感染した社員が出た場合に保健所や医療機関に報告・相談する場合、社会保険労務士や公的機関(労働基準監督署やハローワークなど)に労務管理や社会保険などを相談する場合、税理士法人や監査法人に決算対策などを相談したい場合、資金繰りについて金融機関や公的機関(政府系金融機関や補助金・助成金支給団体など)に相談する時、ICTの活用方法やテレワークのツール導入を支援してほしい時など、法律関連以外にもマネジメントに関するさまざまな問題が発生して、専門家や公的機関などに相談したり適切な助言を受けたりしたい場合には、上記①~④のポイントをおさえて必要な資料を準備した上で相談に臨むことが肝要です。

相談した結果、こちらの望むような返答が得られない場合もあります。法的紛争でいえば、仮に裁判に持ち込んだとしても勝ち目がないと相談した弁護士に言われたり、そこまではっきりと言わないまでも自分は受任(引き受けること)できないという趣旨のお断りの言葉が出てきたりした場合です。

そうした際に、単にこちらの言い分通りに動いてくれる別の弁護士を探すことは12回は必要かもしれません。しかし、本書によると3度も「裁判をやるだけ無駄」といった同様の結論が得られるのであれば、そもそもこちらの主張に(少なくとも法的には)無理があると考えて、主張そのものを変えるほうが最終的にはこちらが望む結果に至りやすいようです。

もちろん、依頼人の言いなりになってどんな無理筋の主張であっても訴訟に持ち込む弁護士もいるかもしれません。ただ、その結果は、こちらの主張は通らず、こちらの弁護士費用だけでなく相手の弁護士費用まで負担させられる判決に至るリスクが大です。こうしたことも本書は明確に指摘しています。

弁護士の報酬や費用(注1)についても一般の人々が知っておくべきポイントがあります。訴訟に限らず弁護士に何かを依頼する際、通常は委任契約を結ぶことになります。そこで委任契約の契約書を作成し、そこに報酬と費用を明示し、その支払い方法や計算根拠(タイムチャージであれば時間算定の方法と請求する時間単価、着手金の有無や成功報酬の計算方法など)などを定めておくことが、最低限必要な事項です。この点について著者は次のように警告します。

 

「お金のことは最初に正確に」というのは近代社会の冷厳な原則(イギリス、フランス、ロシア等の近代小説にいかに金銭の話が多いか、思い出してほしい)であり、日本人の「奥ゆかしさ」は、こうした場面ではかえって将来に深刻な争いを生む結果になりやすいことも意識しておいてほしい。(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」5556ページより)

 

 いわゆるプロフェッショナル・サービスについてのこうした指摘は、法的紛争時に弁護士を依頼する場合に限ったことではありません。さまざまな士業のサービス、医療や介護のサービス、教育研修やスキルアップのトレーニング、時には公的機関の提供するサービスについても同様です。

こうした留意点を理解して日常の生活や仕事に活かしていくことを、より多くの人々が実践できるようになることが、法的・制度的リテラシーの向上にほかなりません。そのためには、相談時にこちらの主張を口頭で述べるだけでなく、それを裏付ける文書や帳票類を用意して相手に見せながら相談することも必要とする指摘には十分に注意したいものです。

 

【注1

報酬とは、弁護士の提供するサービスに対する業務報酬のことです。時間単価に業務に要すると見積もられる時間数を乗じて得た金額とか、単にタイムチャージ(本書では「時間チャージ」と表現されている)として実際にかかった時間数に時間単価を乗じて得た金額であったりします。また、成功報酬といって、支払いを求めている慰謝料等の金額や貸金返還額などに一定率を乗じて得られる金額を事前に決めておき、判決が確定した後にその金額(敗訴であればゼロ)を支払うという方法もあります。

費用とは、委任された業務を遂行する際に発生する各種の必要経費のことです。たとえば、交通費・宿泊費、印紙代、振込手数料、印刷費、他の専門家(司法書士、税理士、公認会計士、測量士、土地家屋調査士など)の業務報酬などが通常想定されるものです。

費用が相応にかかることが予想される場合などは、着手金の支払いを求められることもあります。また、事務所によっては、相談だけでタイムチャージや定額の相談料を請求されることもあります。

 

文章作成:QMS代表 井田修(2020825日更新)

 

 

民事裁判入門~裁判官は何を見ているのか~(2

 

(2)説得力のある主張をするには

 

昨今のように、直接会って言葉を交わす機会そのものが減少し、SNSZoomなどを通じてリモートでオンラインのコミュニケーションが主流となると、いっしょに食事をして信頼関係を構築しておき、何かあった時には丸く収めるといった方法は採りづらいものです。ちょっとした勘違いや誤解からトラブルが生じて、こじれた場合は訴訟に至ることもあるでしょう。日々の生活やビジネスでのやりとりを通じて、多少なりともトラブルが発生するリスクはいつもあると意識せざるを得ません。

そうした際にも、またトラブルでないにしても自分の何らかの言い分を他者に聞いてほしい時にも、何をどのように主張したほうがいいのか、日頃から考えて行動しておいたほうが良いでしょう。主張するといっても、プレゼンテーションやスピーチがうまく効果的に行えなければならないというわけではありません。むしろ、饒舌に自分のことを主張するだけでは、トラブルの解決から遠ざかることも、ままあります。

そうならないように、主張の効果的なやりかたを知ることも当然必要ですが、同時に主張を聞く側のことを知っておくことがより重要です。主張を聞くのが仕事のスタートであるのは例えば弁護士や裁判官ですが、本書では、弁護士が依頼人の話を聞く際に留意すべきポイントとして次の3点を挙げています。

 

  当時者の話は、全体として、大筋で、納得できるものか?

  書証、ことに客観的な書証との整合性は取れているか?

  当事者本人が積極的にふれたがらない部分や欠落部分、あるいは相互に矛盾している部分はないか?

(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」115116ページより抜粋

 

まず、話の内容が首尾一貫していて、基本的に筋の通ったものであるかどうかが問われます。何かを主張している人の言っている内容が、話の冒頭と最後のほうでは明らかに矛盾しているとか正反対のことを言っていることは、実は往々にして見かけます。多分、主張している本人は感情の赴くままに自分が正しいと思っていることを話しているのかもしれませんが、話を聞く側、利害関係のない第三者は、冷静に話の要点を聞いていますから、矛盾や感情的な言い間違いには敏感です。

そして、一度、そうした矛盾や間違いに気づいてしまうと、この人の話は納得できないところがあるという先入観をもってしまいます。そうした不信感が芽生えると、すぐに解消しなければ、先入観はしっかりとした人物評価につながります。要は、この人(の話)は信用できない、まともに取り上げるべきではない、といった心証が形成されてしまうのです。

当事者の主張が多少は感情的で矛盾を含むものであったとしても、それらを否定するだけのしっかりとした書証(書類や文書などにより主張の内容を証明するもの)があれば、その主張は信じるに足るものであるはずです。言い換えれば、主張する人は、自らの言い分を証明したり裏打ちするような証拠(やりとりを既述した記録文書やSNSのデータ、公的な書類や証明書、出入金の記録、さまざまなデジタルデータなど)を事前に洗い出しておいて、自らの主張を補強すべきです。

また、主張する人にとって不利益となったりマイナスの評価となったりするような事項についても、包み隠さず、相手や第三者に提示することができれば、その主張の信頼性は増すことが予想されます。ただし、そうした点を提示することで、相手や第三者から矛盾や不審な点を突っ込まれる虞がありますから、なぜ不利益となったりマイナスの評価となったりするような事項が生じたのか、その理由や経緯についてしっかりとした説明ができるように準備しておくことが望まれます。

 

一顧客としてクレームに対応するように求めるにしても、契約不履行などのビジネス上のトラブルに遭遇したにせよ、口頭で主張を述べるだけで話が済むケースばかりではないでしょう。問題がこじれればこじれるほど、口頭から文書(書類)によるやりとりに変わり、こちらの言い分を文書化して主張しなければならない状況になります。

そこで、以下の5点に注意してこちらの主張を取りまとめた文書(民事訴訟では準備書面)を用意することになります。

 

  個々の主張(いわゆる「攻撃防御方法」。たとえば、詐欺、錯誤、相殺、あるいは権利濫用、信義則違反のそれ)は、数行、長くとも10行から20行程度までには要約できるものであること

  論理的に記述されていること、最小限の論理的順序を守っていること

  自己の側からみた主張を中心に整理し、相手方の主張に対する反駁は、その前か後に、相手方の主張と証拠を正確に理解した上で、的確かつ論理的にまとめること

  重要な主張や証拠はなるべく早期に提出すること

  最初の主張はやや広めでもよいが、争点整理の間には、可能な範囲でしぼること

(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」128136ページより抜粋

 

これらのポイントを換言すれば、主張の骨子を手短に(20行以下で)提示し、それを補強するストーリーを論理だって主張することです。その際に、こちらの主張の要点をできるだけ絞り、相手の主張への反論にも感情的なコメントはしないことが肝要です。

もちろん、主張や反論の根拠となる証拠などは早め早めに提示することが求められます。主張や証拠の後出しは、一見、効果的な反撃手段のように見えますが、相手や第三者からは不誠実でまともに対応する姿勢が見られないと判断されることもあり得ます。

本書では、実際にこうした文書(裁判では準備書面)を書く際に、特に次のようなことに留意する必要があると指摘されています。

 

  「裁判官を説得するための書面である」のを念頭に置くこと

  テーマは、明確に、かつわかりやすく提示すること

  「自分がわかっている」ことを「裁判官にわからせる」努力が必要

  「相手方はわかっていても、裁判官はわからないことがある」ことにも注意

  構想をよく練って、なるべく短く凝縮したものを書くこと(あるいは、適切な長さで書くこと、ただし長すぎないこと)

  受け入れやすいように、一定の品位を保って書くこと

(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」136151ページより抜粋

 

一般のビジネス文書を書くにしても、交渉相手や関係者をいかに説得するのかということをまずは意識していることが必須です。意外に、読み手のことを忘れてしまい、単に自分が言いたいことをそのまま書いてしまうことが多いのではないでしょうか。それでは、相手に自分の主張を理解してもらうことはできません。

仮に、読み手をちゃんと意識したとしても、文書を書いていくうちに、つい感情的になって言葉遣いが不適切になってしまうこともあるでしょう。SNSでビジネス上のやりとりをする怖さはここにあります。軽い気持ちや勢いで言った一言が、スクリーンショットとして残り、動かぬ証拠として後々問題となることは、プライベートに限らず、ビジネスでも起こりやすい問題です。

テーマを明示するとか、述べる順序(構成)をしっかりと考えるとともに、言葉遣いにもビジネスに適したものを選ぶ、精神的かつ時間的なゆとりが必要です。また、すでに確立されたフォーマットを使用することで、構成を考えたり、テーマ・主張すべき事項・相手の反論・提示すべき証拠や論拠・そのほかの論点などを整理して簡潔に記述したりすることが可能となります。

 

文章作成:QMS代表 井田修(202091日更新)

 

 

民事裁判入門~裁判官は何を見ているのか~(3

 

(3)心証形成を意識したコミュニケーション

 

裁判に限らず、相異なる立場から自らの主張を相手に訴えて認めてもらわなければならないことはよくあります。それは一般のビジネスにおいても日常生活においても同様です。たとえば、いくつかのサプライヤーがコンペに提案書を出して競う場合もそうですし、小さな兄弟が「悪いのは〇〇」と自分が先に手を出しておきながらも、別の子のせいにしようと親に言い張るシーンでも同様でしょう。

そうした場合、サプライヤーの意思決定者や子供たちの言い分を聞く親のように、裁定を下す立場にある人はどのように判断を下すのでしょうか。その心理的なプロセスを理解せずに、提案書を書いたりプレゼンを行ったりしても勝ち目はありません。裁判官もそうした裁定を下す立場にあります。

 

 民事訴訟は、法社会学的にみれば、原告と被告がそれぞれのストーリー(法的な評価、枠組みにおける事実の集合体が一つの「ストーリー」となる)を掲げての争いであり、その食い違う部分、ことに重要な部分が、主要な争点となる。

 そのストーリーがどれほど確からしい必要があるかという点については、やはり、原告と被告では一定の差がある。原告は基本的にそのストーリー(その要点は、多くの場合、請求原因およびこれに関連する事実)について裁判官に一定の確信(中略)を抱かせなければならない(中略)が、被告のストーリー(その要点は、多くの場合、請求原因に対する積極否認、ないしは抗弁の内容)は基本的に原告のそれをぐらつかせる程度の信憑性があれば足りるわけであり、被告勝訴の場合でも、裁判官が被告のストーリーに沿った心証を得ており、それが判決に記されるとは限らない。

 もっとも、実際には、「原告の主張は事実と認めることはできない。かえって、〇〇の証拠によれば被告主張の事実が認められる」としてこれが判決に記されることはかなり多い。(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」211212ページより)

 

要は、最初に主張するほうが相当程度にしっかりとした主張を行うことが求められるのに対して、反論する側は、主張の主な論点についてしっかりとした反証・反論を行うことができればそれでよいし、相手の主張に疑問・疑義を差し挿む余地があることを示すことができるだけでも、十分に有効な主張となるのです。

弟が「お兄ちゃんが先にぶった」と訴えても、兄の方が手を出した理由(弟が兄のおもちゃを壊したとか)や弟の主張の弱い点(頬をぶったはずなのにその跡が弟の顔にないとか、弟はお兄ちゃんがぶったと祖父母や親に泣きつくことで甘えることができるという利得を常習的に得ていることなど)を兄が衝くことで、弟に訴えられた親の心証は大きく変わるかもしれません。

実際の裁判では、そもそも原告の主張が首尾一貫していないとか、原告の提示する事実(書証や自らの証言など)と矛盾する点があるなど、そもそも原告の主張自体が裁判官を説得できるだけのものとなっていないケースも少なくないようです。なかには被告の主張や反論を強く認めるものもあるでしょうし、被告の勝訴というよりも、自らの主張を整理しきれないまま提示した原告の自滅ということもあるのでしょう。

これらは、事実関係や法律論の争いに至る前に、既に裁判官の心証がどちらかに傾いていることが間々あることを示唆しています。

では、そうした心証とはどのように形成されるものなのでしょうか。

 

 事実認定自体は直感的、総合的判断作用だが、それを後から検証する(頭の中で検討し直してみる、ことに判決書を書く作業としてこれを行ってみる)時点では、直感による認定について、演繹的、三段論法的な検証が行われているとみてよいと思う。(中略)

 事実認定は、「心証形成過程」と連続なものである。暫定的な心証形成の過程がその時々で揺れ動きながら、最終的には定まったかたちに収斂してゆく。つまり、民事訴訟における審理の過程は、裁判官の頭の中では、最終的な事実認定に向けての心証形成過程なのである。(「民事裁判入門 裁判官は何をみているのか」208ページより)

 

 本書によれば、事実認定のプロセスと何らかの心証が形成されるプロセスとは動態的なものであり、事実認定が最初にあり次に適用する法があって最後に原告または被告の主張が正しいという心証が形成されるといった三段論法的なものではないそうです。

 確かに裁判以外の場面においても、私たちが「この人の言っていることは正しい(真実を言っている)」といった心証を形成するには、その人が言っていることをすべて理解して、次にその裏付けとなる事実関係を調べ上げて、最後に言っていることと事実関係を照査して初めて正しいとか正しくないといった心証が出来上がるわけではありません。

 現実には、そもそも言っている内容が正しいかどうか以前に、言っていることが前回と今回で同じことであるとか大きな矛盾点がないといった、一貫性とか合理性がある主張であるかどうかを判断するのではないでしょうか。そのうえで、主張している内容が他の情報と照らして事実かどうかを部分的ではあっても、判断できそうなところから判断することになるでしょう。

 言い換えれば、主張の合理性や一貫性で当初から形成される「この主張は正しい」という心証が、次は主張が事実であると判断されることで「やはりこの主張は正しい」という心証へ強化されていくのです。反対に、当初の主張におかしな点や不合理な点があったり、言っていることが二転三転するようであれば、「この主張はとるに足らない」とか「これは信用できない」といった心証が形成されるのです。

 ビジネスにおけるコミュニケーションにおいても同様です。主張がコロコロと変わるようでは、相手が主張を聞き入れてその内容が正しいかどうかを事実関係や法律論から真剣に検討しようとする心理状態に至るようになるとは思えません。少なくとも、こちらの主張に耳を傾ける価値はありそうと相手に思ってもらう程度の心証をまずは形成することに意を用いるべきです。

 そのためには、主張するにせよ反論するにせよ、その内容に合理性や一貫性があることをしっかりと理解してもらうことを最初の目標として、陳述したり書面を作成したりする必要があります。事実関係や理論的な解説は、その次の段階で改めて整理して説明することで、当初の主張を裏付けたり補強したりすればよいのです。

 商談にせよ、プレゼンにせよ、何かを説明し主張しようとするのであれば、まずは、こちらの話を聞く耳を相手に持ってもらわなければなりません。その話がある程度まで進んだ段階で、「まともな話だ」とか「この話は信用してもいいのでは」といった心証をもってもらうことができれば成功です。このような心証が形成されて初めて、数字や事実による裏付けやしっかりとした論理構成などが評価されるのです。コミュニケーションにおいては数字や論理が先にあるのではないことに注意を要します。

 

文章作成:QMS代表 井田修(202097日更新)