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管理職の人材育成を再考する(1)
先月発表された帝国データバンクの調査結果(注1)によると、管理職や経営層などのリーダー人材について、その不足感を回答している企業は7割に近く、単なる人手不足を大きく上回ってリーダー人材の不足が実感されています。その原因として、リーダー職への意欲不足やリーダーシップの不足が数多く挙げられています。調査の結論として、次世代の経営者となるべきリーダー層の人材が質的にも量的にも不足しているということです。
一方で、若手や中堅の有望な社員が管理職への昇進を拒否したり忌避したりするという話もよく耳にします。その理由としては、管理職の責任の重さや業務処理量の多さに加えて、それらに見合うだけの報酬が得られるわけではないといった処遇面の課題、部下をもつことや一定の組織をリーダーとして率いることの困難さ、マネジメントに時間と労力を割かれて自分のやりたい仕事ができなくなることへの不満などもあるとなれば、やりたくないと思うのも無理はありません。更に、家族事情や転勤なども重なってくるとすれば、管理職への昇進が魅力的には思えないのは仕方がないことなのかもしれません。
このように、管理職については、経営層からも一般層からも問題視されていると言わざるを得ません。こうした問題は、昔から存在していたものではありますが、近年、より深刻さが増しているのではないでしょうか。このままでは人的資本を論ずる前に管理職不足から組織運営が成り立たなくなる企業が続出するかもしれません。
さて、「管理職の人材育成」というと、その意味するところは大別して3種類あります。ひとつは、文字通り、管理職という人材グループを育成して強化していくこと、次に(管理職ではない人材層から)管理職に人材を育成・選抜していくこと、最後に管理職からより高度な(上位の)人材に育成していくことです。
管理職という人材グループを育成して強化していくということは、一言で言えば、管理職のレベルアップです。通常、今いる管理職のマネジメントスキルを全体的にアップさせるとか、現有の管理職の実務能力・専門的な知識や経験・マネジメントスキルなどを引き上げるとか、個々の管理職の能力開発を奨励し自ら学ぶ姿勢を打ち出すといったものです。
管理職となる人材を管理職ではない人材グループから育成・選抜するということは、現場の実務担当者の中から管理職に登用すべき人材を発掘し育成し選抜していくことになります。現場の社員が全員、管理職となるはずはありません。とは言え、管理職となる人数が管理職のポストや定員などと比べて極端に少ないとすれば、内部昇進に加えて外部から管理職または管理職候補を新規に採用することも考えなければなりません。
管理職からより高度な(上位の)人材に育成していくというのは、通常は管理職から役員への登用に値する人材を発掘し育成し選抜していくことです。そこで、管理職に役員レベルの知見や視点を持つように教育研修や多面評価などを実施して、雇われている側の意識や行動から経営する側の意識や行動を体現するように変容を迫ります。同時に、経営者としてのスキルセットや知識体系なども身につけることが要請されます。人材が不足しているという自覚があるなら、ここでもまた、内部昇進に加えて外部から役員または役員候補を新規に採用することも考えなければなりません。
ちなみに、全体で10名程度までの小規模な組織では管理職に相当する役割は明確ではなくても、組織は機能し仕事を処理することはできるでしょう。しかし、それ以上の人数となり対外的にも関係者が多くなるほど、経営層と現場(実務者レベル)だけでは仕事が回らなくなります。また、現代の組織では、より現場に意思決定の自由を与えて、経営層と同じ目線で物事を自律的に決めて動かなければ、環境変化に即応できないため、現場でも経営者目線が必要であり、管理職並みの権限が求められるのです。従って、管理職の育成というテーマは、個人事業レベルの組織以外の全ての組織にとって再考すべき課題と言えます。
ただ、管理職の育成と一口に言っても、何が自社の課題なのか、即ち、現在の管理職の育成・強化なのか、次の管理職の育成・選抜なのか、管理職から役員への育成・登用なのか、最優先すべきポイントを見極めて着手することが肝要です。
【注1】
詳しくは以下を参照してください。
リーダー人材不足に関する企業の意識調査|株式会社 帝国データバンク[TDB]
250318_リーダー人材不足に関する企業の意識調査.xps
作成・編集:人事戦略チーム(2025年4月28日更新)
管理職の人材育成を再考する(2)
前回記したように、管理職という人材グループを育成して強化していくということは、一言で言えば、管理職のレベルアップです。通常、今いる管理職のマネジメントスキルを全体的にアップさせるとか、現有の管理職の実務能力・専門的な知識や経験・マネジメントスキルなどを引き上げるとか、個々の管理職の能力開発を奨励し自ら学ぶ姿勢を打ち出すといったものです。
こう述べると、管理職向けに研修を行うとか経営幹部による指導を徹底することだ、と誤解されるかもしれません。講師を呼んで集合研修を行ったり役員が訓示を垂れて指導したりすることが、どれほどの効果をもたらすものでしょうか。今ここで論じるまでもなく、そのことを明示的に述べることは控えるとしても、管理職の育成・強化にはほとんど有用でないことは誰でもわかっていることでしょう。
具体的なマネジメントスキルや実務的な能力や行動様式であれば、研修や指導を行うよりも、MBAの講座や教材などを自ら学んだり、社内外でロールモデルとなりうる人を見つけて教えを乞うとかマネジメントスタイルを模倣したりすることが役に立ちます。自分に欠けている知識や情報があるのであれば、まず何が不足したり基準を満たしていないのか確認した上で、自己学習を行って得た知識やスキルに基づいてマネジメント行動を変えていくことが有用です。
〇〇ハラスメントといった問題への対応も、単に研修を行えばよいわけではなく、知識・情報・スキルといった移転可能なものは自ら学べばよいのです。但し、既に不祥事が起こってしまった状況では、組織的な対応策として全体的な研修や役員や管理職を対象としてガイドラインの共有などは、必須のものとして要求されます。
いずれにしても、ポイントは自ら気づいて動くことです。ただ、これが最も難しいことかもしれません。というのは、大概の管理職は仕事が忙しく、自分のことも部下のことも面倒見切れないと思い込んでいるからです。そして、自分は世の中の流れもわかっていて、間違ったことはしていないという思い込みが多少なりともあるからです。
確かに、多忙という面はあるでしょう。そうであるならば、管理職の仕事の整理から始めるべきです。特に社内のコミュニケーションやさまざまな調整、日常的な面談、目標設定や業績評価の面接やフィードバック、定例的な会議の主宰や日程調整などなど、スケジュールやルールに従ってこなすだけの仕事は一掃すべきです。実際、これらの仕事はマネジメントの一部を成すものではありますが、IT/DXにより自動化したりリモート化して対応したりすることが可能なものです。
同時に、従業員サーベイや多面評価を活用して、個々の管理職の強み・弱みとか長所・欠点などを組織的に把握します。何が足りないのか、強化すべき点はどこなのか絞り込みます。単にマネジメント能力が不足というのでは、手の打ちようがありませんし、どの部署のどのレベルの管理職に問題があるのか、個人名を特定してピンポイントで問題点を把握すべきです。
そうした現状調査の結果を個別にフィードバックしておいた上で、研修プログラムやコーチングなどのサポートをメニュー化して選べるようにしておきます。これらのプログラムやサポートサービスなどは全て自社で用意する必要はなく、適宜外部のものを活用すればよいのです。
そして、管理職の育成・強化を行う上で忘れてはならないのは、レベルアップできない(しない)管理職が自然と淘汰される環境を整備することです。管理職として要請されるレベルに達していない管理職は、管理職から降りるように仕向ける方策が必要です。いかに、育成・強化のための施策を打っても、この淘汰のメカニズムが機能せず、問題のある管理職が残り続けるならば、実際に管理職が育成・強化されることはないでしょう。
まずは、人数を減らすのも一案です。特にJTCと呼ばれるような企業では、さきほど述べた淘汰のメカニズムが適切に働いていないことが多いので、組織変革とともに管理職ポストの整理・統合を行って、例えば、100人の管理職が現在いるとして、そのポストを半分に統合する一方、戦略上の要請から新たに20のポストを設定して、現在の100人と、社外からの採用予定者も含めて新たに登用すべき30人程度の管理職候補者で、今後の70のポストを130人からの公募で満たすのです。言い換えれば、60人は管理職ポストに就くことができないので、早期退職優遇制度などの退職パッケージの適用を受けたり、管理職への登用が見送られたりすることになります。
事業戦略の変更、企業カルチャーの強化や再生、マネジメントのスタイルの見直しなどにより、組織として必要な変化についていけない管理職が必ずいるはずです。それも少なくない人数でいるのが通例です。その特定と解消策の実行が、現在いる管理職の育成・強化に不可欠なのです。
作成・編集:人事戦略チーム(2025年5月20日更新)
管理職の人材育成を再考する(3)
このコラムの初めに述べたように、管理職となる人材を管理職ではない人材グループから育成・選抜するということは、現場の実務担当者の中から管理職に登用すべき人材を発掘し育成し選抜していくことになります。現場の社員が全員、管理職となるはずはありません。とは言え、管理職となる人数が管理職のポストや定員などと比べて極端に少ないとすれば、内部昇進に加えて外部から管理職または管理職候補を新規に採用することも考えなければなりません。
その一方、昨今、管理職になりたいと思う人の割合が低下しているという指摘をよく耳にします(注2)。調査対象や調査方法による違いはあるものの、一般の働いている人々のなかで2割弱しか管理職になりたいと思っていないものと推定することができそうです。特に女性では1割程度しか管理職になりたいと望んでいる人がおらず、SDGsを経営目標に掲げて人的資本経営を行おうにも、女性の活用が容易に進むとは思われません。
現実には管理職自身のスキルやマネジメントスタイルに問題があって、管理職候補を見出したり育成をサポートしたりすることが無理なケースも少なくないでしょう。また、現にいる管理職ではロールモデルとはならず、仮に管理職になりたいと思っていても有用な手本がないという人もいるでしょう。
そうした状況の中で、管理職となる人材を管理職ではない人材グループから育成・選抜するということは、単に金(処遇)で釣るといった発想では実現できない課題と言えます。給与や昇進などの処遇面で管理職になるメリットが感じられないという会社があることは事実でしょう。その場合、メリットが実感できる程度に処遇水準を引き上げることから始めなければなりません。それができないのであれば、まずは自社の収益性を抜本的に高める方策を実行して、少数精鋭化したはずの管理職の処遇水準を向上させるのです。これは、正に経営者の仕事です。
さて、ここでは管理職になるメリットが多少なりともあるということを前提として考えます。現在よりも処遇水準が上がるとはわかっていても、管理職に積極的になりたいと思わない人々が多いとすれば、多くの場合、非管理職として現に担当している仕事と、管理職になって担当する仕事が、あまり変わらないとか、量的にも質的にも負荷が増大するばかりと認識されているのでしょう。
そうであれば、前回も指摘しましたが、まずは管理職の仕事の整理から始める必要があります。特に社内のコミュニケーションやさまざまな調整、日常的な面談、目標設定や業績評価の面接やフィードバック、定例的な会議の主宰や日程調整などなど、スケジュールやルールに従ってこなすだけの仕事は一掃すべきです。実際、これらの仕事はマネジメントの一部を成すものではありますが、IT/DXにより自動化したりリモート化して対応したりすることが可能なものです。
そうした仕事の整理とともに、周囲に仕事を割り当てて、自分はより難度の高い仕事に挑戦することを奨励します。これは、本人とともに上長であるマネージャーが果たすべき役割でもあります。目標設定やキャリア面談などの公式なコミュニケーションを通じて行うとともに、日常的な仕事の割り振りの面でも非定型的な仕事ほど管理職候補と目される人に割り当てることが求められます。
これらのことを繰り返していくことで、何らかのプロフェッショナルを目指すことが自ずとできている人が管理職候補と非公式に見做されて、管理職への育成や選抜のプログラムの対象者とされるでしょう。
もともと、いわゆる正社員として採用するのであれば、何らかのプロフェッショナルになることが予定されているはずです。人事やロジスティクスとかエンジニアやマーケターといった職能別のプロ、事業の立ち上げ・運営・撤退のプロ、製品や市場について知悉しているプロ、そしてその組織固有のプロといったものが、それぞれの専門性と自律性をもったプロフェッショナルとして想定できます。そもそも論として言えば、いずれのプロにもなれないのであれば、正社員で雇用する意味はありません。
管理職というのも何らかのプロであるはずです。少なくともマネジメントという職能のプロでなければ存在する意義がありません。そして多くの場合、マネジメントだけでなくもう一つプロと呼べるものがあるはずです。人事のプロでマネジメントのプロであれば人事マネージャー、首都圏のマーケットを知り抜いていてマネジメントのプロであれば営業マネージャーまたはマーケティング・マネージャーなどが考えられます。
このように、職能別のプロ、事業のプロ、製品や市場について知悉しているプロ、そしてその組織のプロを志向するには、担当者レベルで仕事をしながら、その職能・事業・製品市場・所属組織についての知見を深めることが求められます。
マネジメントのプロを志向するには、一般的なマネジメントに関する知見を身につけることは必須です。そして、マネジメントの実践から自分なりのマネジメントのスタイルを作り始めることが求められます。そのためには、新人教育を担当したり、自分の仕事を別の人々(自社の直接雇用者であってもよいし、派遣社員などでもよい)に割り振って任せたりする経験が求められます。こうした経験の結果を多面評価などで集約したり、タレントマネジメントシステムで登録・管理したりすることで、組織的にデータを蓄積して管理職候補を個人として認識しておきます。
最も重要なことは、以上述べてきたようなことを入社直後から実行する状況に自らを置いているかどうかです。新規学卒者にしても、即戦力の中途採用者にしても、管理職でなく一般のレベルで新規に採用された人は、まずは実務者として仕事ができるようになることが期待されるでしょう。その際に、入社直後から周囲の人々や関連部門の人々と連携を取りながら仕事を進めるように、本人が意図的に動くことが肝要です。そうした場があって初めて単なる作業者からマネジメントを担う者へと意識づける契機が生じます。
そして、その機を逃さずに、マネジメントを担う管理職のありかたを見習う機会を組織的にも個人的にも設けていきます。その範囲は自社に限定する必要はありません。自社にロールモデルが見つけられそうもないのであれば、他社に求めることも選択肢の一つです。ロールモデルも一つに拘るべきではありません。それぞれのロールモデルから採り入れることが可能なものがあれば真似したり身につけたりすればよいのであって、複数のロールモデルからそれぞれ異なる点を採り入れればよいのです。
こうしたアプローチはいわゆる正社員に限定されるべきものではありません。非正規で雇用された人であっても、現場の仕事を担当する中で次第に頭角を現し、現場の責任者やリーダーとなり、正社員から管理職候補となる人材プールに位置づけられることもあります。かかる時間や管理職に登用するタイミングは違っていても、誰にでも広く管理職登用の門は開かれていなければなりません。
従来の年功的な人事運用と異なるのは、年次や年齢、出身校名による学歴などの属人的な要件は無視されることです。あくまで本人のキャリアへの意志や考え方を踏まえて、組織的なサポートと機会提供が行われるのです。そして、管理職候補の人材プールは、いつでも入れ替えがあるという点も重要です。管理職候補だからと言って、決して、単なるエリートコースに乗せるものではありません。
【注2】
例えば、以下のようなアンケート調査の結果があります。
8割超の一般社員が「管理職になりたくない」と回答。その理由とは? | 人材派遣・人材紹介のマンパワーグループ
管理職になりたくない社員がなぜ増えるのか|原因と対策を解説 | 記事一覧 | 法人のお客さま | PERSOL(パーソル)グループ
作成・編集:人事戦略チーム(2025年5月28日更新)
管理職の人材育成を再考する(4)
さて、管理職からより高度な(上位の)人材に育成していくというのは、通常は管理職から役員への登用に値する人材を発掘し育成し選抜していくことを意味します。通常、管理職に役員レベルの知見や視点を持つように教育研修や多面評価などを実施して、雇われている側の意識や行動から経営する側の意識や行動を体現するように変容を迫ります。同時に、経営者としてのスキルセットや知識体系なども身につけることが要請されます。人材が不足しているという自覚があるなら、ここでもまた、内部昇進に加えて外部から役員または役員候補を新規に採用することもあります。
ポイントは、単に管理職として優秀であるとか実績十分であるから役員にするというのではないということです。ましてや管理職を長年勤めあげてきたから、定年退職前に昇進させるポジションではないですし、万一、そういう人が役員となっているのであれば、即時に役員の職を解かなければなりません。こうして役員(特に業務執行の責任を負う役員)の仕事の意味付けや役員としての責任を果たすべき人材のありかたを明示することこそ、取締役(会)が取り組むべき仕事です。
役員候補の人材プールは、単に管理職として優秀で実績を挙げた人というのではありません。管理職としての成績順のリストは管理職の人材管理上は必要ですが、役員に育成していくべき人材候補のリストとしては別の観点からのリストアップが必須です。
一般的な意味での役員のもつべきスキルやマインドについては、MBAの上級コースや経営大学院のなかで取り組んでいるところもある新任CEOを対象とした経営リーダー養成プログラムなどで身につけることが可能なものもあります。しかし、実体験がなければ、どうしても身につけようがないものもあります。
その一例として、後に誰もいないという意味でラストマンとして最終的な意思決定を下す経験があります。これは、いかに迫真の学習プログラムをこなしても、経営の実地体験に優るものはないでしょう。
この経験を積むには、関連会社や子会社での経営トップ(CEO)としての体験、誰も知っている人がいない地域での海外駐在経験、会社として取り組んだことのないプロジェクト(新規事業の立ち上げ、既存事業の撤退や売却、他社との合弁事業など)をリーダーとして取り仕切る経験などが想定されます。それらに対して身をもって処することが、管理職から役員へとキャリアを転換していくには必要です。
こうした経験ですから、すべてが成功というわけにはいきません。失敗してビジネス上の損失を出すこともあれば、自分も関係者も肉体的または精神的に傷を負うこともあるでしょう。そこから再起するくらいのレジリエンスの経験も求められるかもしれません。
後に誰もいないという意味でラストマンとして最終的な意思決定を下す経験というのは、いわゆるエリートコースに乗って社内で既存のポストを昇進していくだけではだめなのです。厳しい状況での経験が必須で、特に誰も頼れる他者がいない状況にどう対応してきたのか、一種の修羅場を乗り越えた経験こそが役員となる人材には求められます。もちろん、厳しい体験をした上で、それをどのように乗り越えてきたのか、その体験から何を学んできたのか、それらを今後の自社の経営にどのように活かすつもりなのか、経験した個人の違いが役員となった後のビジネスプランにも反映されているはずです。
ただ、ここで言うような厳しい状況は意図的・意識的・計画的に作り出すことができるとは思えません。むしろ、意図せずにたまたま出会うものかもしれません。まさか子会社の人員整理を人材育成の道具として計画的に実行するとは、当事者の前で言うわけにはいきません。ラストマンの立場はローテーションで異動して経験するものでないとすれば、発生した経営状況に対して、自己申告や立候補のような仕組みで自ら手を挙げてチャレンジすることが求められるでしょう。
従って、管理職から役員への人材育成は、他の人材育成とは異なり、機会の公平性を担保するものではありません。ましてや、結果の平等性はあり得ません。さまざまな人材グループの間で衡平性を保とうとするよりも、勝負勘(特定の個人に全面的に任せてみること)や結果責任(その人を選んだことがもたらした業績については選んだ人々も責任を負うこと)が求められるのです。
取締役会としては、役員交代の契機(経営課題、新たな成長・市場を求めるステージか、再生のときか、カリスマ的なリーダーの後か、M&A及びPMIのタイミングなど)別の人材ポートフォリオを作成しておきたいものです。そして、実際に発生した交代すべき状況に応じて個別の役員を指名します。
順当に替わるべき状況では下馬評通りの人選を、不祥事が発生した場合など緊急に立て直しが求められる状況では事前のリストに載っていない人であっても選ぶべきであるかもしれず、順調な状況であって次の飛躍が求められる状況では他社からヘッドハンティングを行うかもしれません。事業再構築や業績の抜本的な立て直し、課題が山積していて手付かずの状況など、困難な状況であればあるほど、自社での内部昇進と外部からの人材調達を併用して新たな経営(業務執行)チームを編制しなければなりません。
管理職から役員への人材育成の責任を取締役会がもつべきであることは、改めて言うまでもありません。言い換えれば、役員レベルの人材を育成するのは、取締役を中心とする経営チームの責務に他なりません。この点ひとつをとっても、管理職までの人材育成とは異なる人材育成機能が要請されることが理解できます。
既述のように管理職から役員への人材育成の責任は、役員本人とともに人材の選抜・育成に当たったはずの取締役会も負わなければなりません。役員本人の報酬制度とともに、取締役会も事後的に報酬面でも責任を負うような仕組みが必要です。つまり、現金報酬よりも長期的な企業価値(株価及び時価総額)の動向に応じて変動する報酬のウエイトが高く、長期に分割して実行される株式連動型の報酬が大半を占めるような仕組みが求められます。
作成・編集:人事戦略チーム(2025年6月9日更新)
管理職の人材育成を再考する(5)
前回まで管理職の人材育成について、管理職そのもののレベルアップ、管理職へ登用すべき人材の育成、管理職から役員などの経営幹部への登用という3種類の視点から考えてみました。
まず、管理職自身のレベルアップですが、管理職本人が自ら気づいて動くことが肝要です。特に多忙ということを言い訳にしないために、管理職の仕事の整理から始める必要があるというのが大半の組織の実態です。
同時に、従業員サーベイや多面評価を活用して、個々の管理職の強み・弱みとか長所・欠点などを組織的に把握します。そうした現状調査の結果を個別にフィードバックしておいた上で、研修プログラムやコーチングなどのサポートをメニュー化して選べるようにしておきます。
そして、管理職の育成・強化を行う上で忘れてはならないのは、レベルアップできない(しない)管理職が自然と淘汰される環境を整備することです。事業戦略の変更、企業カルチャーの強化や再生、マネジメントのスタイルの見直しなどにより、組織として必要な変化についていけない管理職が少なくない人数で存在しているのが通例です。その特定と解消策の実行が、現在いる管理職の育成・強化を実現する上で避けては通れません。
次に、現場の実務担当者の中から管理職に登用すべき人材を発掘・育成・選抜していくには、内部昇進はもちろんですが、外部から管理職または管理職候補を新規に採用することも考えなければなりません。
組織としては、まずは管理職になることでメリットが実感できる程度に処遇水準を引き上げることは必要不可欠な前提条件です。これは、自社の収益性を抜本的に高める方策を実行して、少数精鋭化したはずの管理職の処遇水準を向上させることとほぼ同義です。
現在よりも処遇水準が上がるとはわかっていても、管理職に積極的になりたいと思わない人々が多いとすれば、多くの場合、非管理職として現に担当している仕事と、管理職になって担当する仕事が、あまり変わらないとか、量的にも質的にも負荷が増大するばかりと認識されているのでしょう。
そこで、管理職の仕事の整理から始める必要があります。そうした仕事の整理とともに、周囲に仕事を割り当てて、自分はより難度の高い仕事に挑戦することを奨励します。これらのことを繰り返していくことで、何らかのプロフェッショナルを目指すことが自ずとできている人が管理職候補と非公式に見做されて、管理職への育成や選抜のプログラムの対象者とされるでしょう。
事業や職能のプロであるとともにマネジメントのプロを志向するには、一般的なマネジメントに関する知見を身につけることは必須です。そして、マネジメントの実践から自分なりのマネジメントのスタイルを作り始めることが求められます。こうしたことは、入社直後から実行する状況に自らを置いていて実践してこないと、なかなか身につくものではありません。できれば、マネジメントを担う管理職のありかたを見習う機会を組織的にも個人的にも設けて、いわゆるロールモデルを複数見定めて真似ることも重要です。
こうしたアプローチはいわゆる正社員に限定されるべきものではありません。あくまで本人のキャリアへの意志や考え方を踏まえて、組織的なサポートと機会提供が行われるのです。管理職候補の人材プールは、いつでも入れ替えがあるという点も重要です。管理職候補だからと言って、決して、手放しでエリートコースに乗せるものではありません。
さて、管理職から役員への登用に値する人材を発掘し育成し選抜していくには、役員レベルの知見や視点を持つように教育研修や多面評価などを実施して、雇われている側の意識や行動から経営する側の意識や行動を体現するように変容を迫ります。同時に、経営者としてのスキルセットや知識体系なども身につけることが要請されます。内部昇進に加えて外部から役員または役員候補を新規に採用することが要請されることもあります。
ポイントは、単に管理職として優秀であるとか実績十分であるから役員にするというのではないということです。ましてや管理職を長年勤めあげてきたから、定年退職前に昇進させるポジションではありません。管理職としての成績順のリストは管理職の人材管理上は必要ですが、役員に育成していくべき人材候補のリストとしては別の観点からのリストアップが必須です。
一般的な意味での役員のもつべきスキルやマインドについては、MBAの上級コースや経営大学院のなかで取り組んでいるところもある新任CEOを対象とした経営リーダー養成プログラムなどで身につけることが可能なものもあります。しかし、実体験がなければ、どうしても身につけようがないものもあります。
その一例として、後に誰もいないという意味でラストマンとして最終的な意思決定を下す経験があります。後に誰もいないという意味でラストマンとして最終的な意思決定を下す経験というのは、厳しい状況での経験が必須で、特に誰も頼れる他者がいない状況にどう対応してきたのか、一種の修羅場を乗り越えた経験こそが役員となる人材には求められます。
ただ、ここで言うような厳しい状況は意図的・意識的・計画的に作り出すことができるとは思えません。むしろ、意図せずにたまたま出会うものかもしれません。ラストマンの立場はローテーションで異動して経験するものでないとすれば、発生した経営状況に対して、自己申告や立候補のような仕組みで自ら手を挙げてチャレンジすることが求められるでしょう。
従って、管理職から役員への人材育成は、他の人材育成とは異なり、機会の公平性を担保するものではありません。ましてや、結果の平等性はあり得ません。さまざまな人材グループの間で衡平性を保とうとするよりも、勝負勘(特定の個人に全面的に任せてみること)や結果責任(その人を選んだことがもたらした業績については選んだ人々も責任を負うこと)が求められるのです。
取締役会としては、役員交代の契機(経営課題、新たな成長・市場を求めるステージか、再生のときか、カリスマ的なリーダーの後か、M&A及びPMIのタイミングなど)別の人材ポートフォリオを作成しておきたいものです。そして、実際に発生した交代すべき状況に応じて個別の役員を指名します。
従って、管理職から役員への人材育成の責任は、本人とともに人材の選抜・育成に当たったはずの取締役会も負わなければなりません。役員本人の報酬制度とともに、取締役会も事後的に報酬面でも責任を負うような仕組みが必要です。つまり、現金報酬よりも長期的な企業価値(株価及び時価総額)の動向に応じて変動する報酬のウエイトが高く、長期に分割して実行される株式連動型の報酬が大半を占めるような仕組みが求められます。
当コラムの最初に述べたように、管理職の育成と一口に言っても、現在の管理職の育成・強化なのか、次の管理職の育成・選抜なのか、管理職から役員への育成・登用なのか、最優先すべきポイントを見極めて着手することが肝要です。
例えば、JTCでは、機能していない管理職や存在自体が業務効率を低下させているような管理職をどうするか、といった課題が優先的にありそうです。スタートアップでは、役員と現場の社員はいてもその間をつないで組織を回す管理職がいないとか、役員や管理職に相当する立場の人はいても、単なる作業者に過ぎなかったり事業成長にこれといった貢献がなかったりするような人々しか残っていないこともあります。中堅企業では、ワンマンで何でも決めて管理するトップが引っ張っているような組織のまま、名刺だけの管理職や一般の社員と何ら変わらない仕事をしているだけの管理職がいるでしょう。
それぞれの状況で、管理職の育成という経営課題の具体的な様相は大きく異なります。また、状況が違えば、そこにいる人々自身が目指す方向も違ってくるでしょう。一口に管理職からレベルアップをしたいといっても、単純に課長から部長、部長から事業部長、そして役員を目指すなどというのは、正に昭和のサラリーマンであって、現代のビジネスパーソンのキャリアプランではありません。単に肩書だけあって幾人からなる組織を管理する人という旧来の管理職では、今の組織には居場所はありません。
管理職と言っても、GMを目指すのか、ターンアラウンドマネージャーを目指すのか、起業家(事業開発)を目指すのか、職能別の専門分野でプロフェッショナルとしての活躍を目指すのか(最低限のマネジメントは必須)、キャリアプランは大いに相違するはずです。その違いを自覚した上で、仕事上の偶然の機会を捉えて困難な状況にチャレンジすることで、キャリアを切り開くチャンスに変えていくことが求められます。そうした人材育成の結果として、事業の方向性や組織のありかたが決まってくるところも大なのです。
作成・編集:人事戦略チーム(2025年6月16日更新)
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