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より高い給与を得るには(1)
今年は賃金引上げの機運が高まっています。昨年からインフレ手当を支給するなどして事実上の賃金引き上げを行っている企業も珍しくなく、生活費の上昇を賃上げでカバーできるかもしれません。
しかし、全ての企業・業種で相当程度の賃金引き上げが可能というわけではありません。たとえば、100円のコストアップをいくらほど価格に転嫁できているかを調査(注1)したところ、平均で約40円であり、残りの60円以上は企業が負担しているのが現状です。特に、医療・福祉・保健衛生、娯楽サービス、運輸・倉庫、旅館・ホテル、情報サービス、金融、リース・賃貸、人材派遣・紹介、農林・水産、輸送用機械・器具製造などの業種は価格転嫁が10~27%と低い水準にあり、企業が負担しているコスト上昇分が圧倒的に多くを占めています。これらの業種の多くが労働集約的である点も、賃上げがどこまで波及し浸透していくのか疑問視せざるを得ないところです。
このようにコストアップ分を価格に転嫁できないとなれば、何らかの対応策を取ってコストアップを吸収しようとするしかありません。そこで、価格転嫁以外の対応策に自社経費の削減を挙げた企業が約6割に達しますが、値上げされる製品・サービスが多い状況では、経費削減にはすぐに限界が来るはずです。こうした企業では、賃上げの余力は極めて乏しいと言わざるを得ません。
反対にコストアップを価格に転嫁できている企業や、そもそもコストアップ要因よりも増収要因のほうが大きくて増益となっている企業では、近年見られなかった幅で賃金が引き上げられるでしょう。
こうした経済情勢や個別企業の人事動向のおかげで賃金が上昇するのは悪いことではありませんが、働く人一人ひとりが自らの手で賃上げを実現することがあってもいいはずです。むしろ、主体的に賃金を引き上げようとする動きがあることのほうが自然でしょう。
そのためには、まず、自分の給与の中身を知ることから始めます。給与の中身、すなわち、毎月の給与の明細や年収の構成を理解します。次に、自分の給与の立ち位置を知ることが必要です。自社内での位置づけは元より、広く社外での位置づけを知っておきます。その上で、より高い給与を得るため採るべきアクションを検討していきます。
以下、3回にわたって、そのプロセスとポイントを説明していきたいと思います。
【注1】
詳しくは帝国データバンクの「価格転嫁に関する実態調査(2022年12月)」を参照してください。
価格転嫁に関する実態調査(2022年12月) (tdb.co.jp)
作成・QMS代表 井田 修(2023年1月31日)
より高い給与を得るには(2)
さて、働く人一人ひとりが自分の給与をより高くしようと思ったら、最初に給与の中身をしっかりと理解する必要があります。自分の給与がどのような項目で構成されているのか、月例給与だけでなく、賞与やその他の臨時に支給される給与にはどのようなものがあり、それらが年収に占める割合はどの程度なのか、しっかりと頭の中に入れておきましょう。
月例給与は定額で支給される部分と毎月変動する(可能性がある)部分とに分かれます。
定額で支給される部分というのは、基本給及び固定的な(毎月決まった額が支給される)手当類から構成されていることが圧倒的に多いでしょう。正規雇用者であればそう断言できそうですが、非正規雇用者の場合、時給単価は予め決まっていても出勤日数や勤務時間数によって労働時間数が変動するので、基本給といえども月によって異なる金額が支給されるのが一般的です。
正規雇用者の基本給は「基本給」または「本給」という名称の下、1種類で構成されている企業もありますが、多くは基本給が更にいくつかに細分化されていることが多いでしょう。例えば、「本人給」「職能給」「職務給」「能力給」「職責給」などがあります。
これらは就業規則、特に給与に関する規程によって定められているもので、一定のルールに従って、毎月の支給額が決められています。年俸制を採っている企業で毎年、年俸を交渉することが制度化(または慣例化)していれば別ですが、通常は一人の従業員の意向でそのルール自体を変更することはできませんから、どんな工夫をしようとしても一従業員の立場では、自分の意思で給与を上げることは不可能です(注2)。制度的に(ルール上)、定期昇給があれば毎年、一定の昇給が見込めることもありますが、個人の力量や給与交渉で昇給額(率)を変えることはできません。
この点は手当類についても同様です。住宅手当、家族(扶養)手当、役職手当、職務手当など一定の基準で毎月定額が支払われる手当類は、そのルール自体を変更しない限り、増額も減額もできません。ルールの変更は、労使協議を通じて最終的には会社の意思決定事項ですから、個人の裁量が及ぶものではありません。実際には、子供が生まれるなどして扶養家族の人数が増えるなどすると、その翌月から家族(扶養)手当が月額数万円増えるといったことはあるかもしれませんが、自分の給与月額を増やすために扶養家族を増やそうとする人は、まずいないでしょう。
手当のうち、時間外勤務手当や休日勤務手当・深夜勤務手当は、実際に時間外勤務(いわゆる残業)を行ったり、休日出勤や深夜勤務を命じられたりした場合には、必ず支給されます。会社の命令(現実には上司の指示・命令)で行うものであり、その上限が法的にも決められているものですから、ゼロの月もあれば多少の時間数となる月もあります。とはいえ、いずれも従業員個人が自分の意思だけで増減できるものではありません。
なお、契約社員や嘱託社員といった非正規雇用者の一部には、歩合制など毎月の実績に応じて支払われる給与体系が適用されている人がいます。金融関連・小売り(販売)業・不動産関連・物流などで見られるものですが、歩合給のウエイトが高いほど個人の力量によって仕事の結果が左右されるはずです。このような場合は、従業員個人の意思や能力やモチベーションが給与に反映されるので、「今月は給与を多くしたい」から今まで以上に頑張ろうという人も出てくるかもしれません。
このようなケースで、先月よりは今月、昨年よりは今年と給与を継続的に引き上げていこうとすれば、無限に頑張り続けなければなりませんから、長い間やり続けることは原理的に不可能です。このことは働く人がしっかりと自覚しておかなければ、体調を崩したり過労死につながったりするかもしれません。あくまでも、ある一定の時期だけ頑張って稼ぐということが前提条件として受け入れることができる場合にのみ歩合制を選ぶのであれば、ひとつの働き方と言えるでしょう。
歩合制を除くと実質的には、毎月の給与のうち、働く人がいかに頑張っても(反対に頑張らなくても)大きく変動する部分はほとんどないと言ってもよいでしょう。いわゆる賃上げというのは、ルール上昇給させることが決まっているものを定期昇給といい、労使交渉の結果や経営判断で一定の金額か率で昇給させるものをベースアップといいますが、これらも従業員個人の意思で変えることができるものではありません。
歩合制ほどではないにしても、一般の企業でも個人の業績評価に応じて昇給に差がつくことはあるでしょう。ただし、個人の業績評価がもたらす給与の差とはいっても、評価結果が反映されるのは基本給昇給(の一部)なので、月額の差は1回の評価では1万円もつくことは、まずないでしょう。
それに対して昇進や昇格が違えば、月額で数万円の差はつくでしょう。仮に管理職に昇進して、基本給の増額分や役付手当の加算分で月額5万円昇給したとしましょう。年間で60万円、賞与への反映分を含めると100万円は給与がアップしてもおかしくはありません。昇進や昇格のスピードが違えば、必然的に月例給与でも年収ベースでも100万円単位の相当な差がつくはずです。
しかし、管理職に登用されるということは同時に時間外勤務手当の適用対象から外れたり、外勤(営業)手当などの職務に関連した手当がなくなったりすることを意味します。すると、月額はあまり変わらないか、増えても1万円程度ということもあります。会社の業績が悪くなれば、個人的にはいかに成果を挙げたとしても、管理職は一律に賞与カットということもありますから、時には年収ベースでダウンということもあり得ます。
さすがに、役員(執行役員や常勤取締役)に就任するほど昇進が進めば、給与(役員報酬)の面では一般の社員とは少なくとも一桁は違う水準にまでアップするはずです。大手上場企業ともなれば、管理職と役員では給与(報酬)水準の差は1千万単位から億円単位となるケースも珍しくはないでしょう。
ちなみに、役員にまで昇進し続けるのは、正規雇用者のなかでも極めて限られた人数ですから、単に能力が高いとか実績を出し続けることができたといったこと以上に、他社からの転職や合併で人事が予想外に変化したとか不祥事で役員が総入れ替えになるといった運の要素も無視できません。ここでも、個人の実力だけで昇進・昇給が意のままに実現するわけではないのです。
年間で考えると給与は毎月のものだけでなく、賞与などの季節的に支払われるものや昨年来のインフレ手当のように臨時に支払われるものもあります。
賞与は、会社によって様々ですが、一般にイメージされるのは、夏と冬の年2回に分けて支払われるものでしょう。たとえば、1回につき標準的には基本給の3ヶ月分が支給されるとすれば、年収は12ヶ月分(月例給の12か月分)に6ヶ月を加えたものになりそうです。
注意したいのは、一般に、月例給には諸手当が含まれており、賞与には含まれていないことです。つまり、年収は月例給の18ヶ月分ではなく、月例給の12か月分に基本給の6か月分を加えた額ということです。ここで月例給に占める基本給の割合を3分の2とすれば、年収は月例給の16か月分(12+6*2/3)に相当するということです。もちろん、賞与の計算式や支給方法は会社によって異なりますし、月例給に占める諸手当の割合も様々ですが、求人の条件で「賞与実績6ヶ月分」とあっても、それが意味するところは月例給与の18か月分が年収になるとは必ずしも限らないということです。
言い換えれば、月例給与は同額であっても、賞与の対象となる基本給が月例給に占める割合が高いとか、賞与の計算方式が基本給とは直接リンクしない方式(役職や事業部門ごとに定額など)を採用している企業に転職するとルールが変わったことで賞与が増えることも十分にあり得ます。
また、賞与については支給日時点の在籍基準を適用する会社も多いので、賞与の支給日前に退職してしまうと、賞与の算定期間はしっかりと働いていたとしても、支給日(算定期間よりも3ヶ月程度、後にずれていることが一般的)にその会社に勤務していないと賞与は貰えないということが往々にして出てきます。一例を挙げると、4~9月が賞与の算定期間で支給日が12月10日という場合です。ここで12月9日付で退職してしまうと賞与は支給されません。このように、賞与の支給方式について、しっかりと理解しておくことが必要です。
以上、述べてきたことからわかるように、給与や賞与は事前に定められたルールや計算式などに従って支給額や昇給額が決まるので、そこに個人の事情や給与を引き上げる交渉の余地はほとんどないと言わざるを得ません。集団であれば、西欧諸国のように労働組合がストを行って賃上げを勝ち取るという手法もあり得ますが、日本では実効性に乏しいでしょう。
個人としてできることは、異動や転職といった行動を通じて、給与金額そのものをゼロから契約し直す機会を意図的に設けることではないでしょうか。もちろん、そうした行動(仕掛け)が必ず給与の引き上げをもたらすわけではありませんし、下手に転職活動をすれば結果として給与が下がってしまうケースも現実にはたくさんあります。そのリスクとリターンを見極めるには、現状の自分の給与の立ち位置を見定めることが不可欠です。
【注2】
今回述べているもののうち、月例給与に関しては、以前にも当コラムで論及したものがあります。直接関連するものを以下に挙げておきます。
2%の賃上げで毎月の賃金は必ず2%増えるのか? - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)
賃上げはどのように行われるのか? - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)
賃上げをすると格差が広がる? - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)
レンジマトリクス方式による賃金管理とは(1) - QMS 行政書士井田道子事務所 (qms-imo.com)
作成・QMS代表 井田 修(2023年2月4日)
より高い給与を得るには(3)
自分の給与の中身を理解したところで、次に自分の給与の立ち位置を知ることが求められます。自社内での位置づけは元より、広く社外での位置づけを知っておくことも、より高い給与を得ようと思えば忘れてはなりません。
現在勤めている組織において、自分の給与がどの程度高いのか(または低いのか)ということは、個別具体的な金額はわからなくても、採用区分・年齢・勤続年数・職位・グレード(資格等級)などを考慮すれば相対的な位置関係は想定できます。
採用区分というのは、新卒定期採用か中途採用か、また学歴区分や入社試験によるコース区分(典型的には公務員にあるもの)がある組織ではそれらの区分によって、昇進や昇格のスピードが違います。その違いによって、昇給のスピードも違えば、昇給して到達できる給与の水準も大きく異なります。これらは明示的なルールというよりも、人事慣行として不文律として行われているケースも多い点に注意が必要です。
例えば、新卒定期採用で同じ大卒という区分で入社した同期であったとしても、主任への昇格など最初の昇格(昇進)が1年でも違えば、その瞬間から毎月1万円単位で給与が違うと考えるべきです。まして、入社10年、20年と時が進めば、昇進・昇格の違いは単にスピードの違いというよりも、到達する社内での地位(資格等級や役職位など)の違いに直結します。
その結果が、月例給与では10万円単位の違いに、年収では100万円単位の違いになって、長期的に大きな収入格差となります。もし役員に就任ということになれば、大手の上場会社であれば年収で数千万円から1億円というのが実態です。同じ企業でも、同期入社で管理職にも登用されていないままであれば、役員の10分の1程度の年収しか得られないかもしれません。
ここで注意したいのは、社内での昇進昇格競争は、よほどのことがない限り、一度ついた差を逆転することは現実的には不可能に等しいということです。もちろん、人事のルール上は、抜擢や役職の洗い替えなどで昇進昇格が遅れた人であっても先に上がった人に追いついたり抜き去ったりすることはあるでしょう。しかし、それは、あくまでも制度(理論)上ありうるということに過ぎません。役員から社長・CEOへの登用といった場合を除けば、一般の管理職までの間では、逆転の実例はそうそう見られません。特に、規模が大きい組織や創業年数の長い企業ほど、こうした傾向が強いでしょう。
つまり、自社内の位置づけというのは、自分がどのような経緯で採用されて、今現在どのような職位や資格等級にいるのかによって、だいたい想定されるはずです。そして、自分がどこまで昇進昇格できそうか、同期や先輩の人たちの昇進昇格と比較すれば自ずと想定されるので、給与規程(特に給与テーブルと昇給ルール)を概略理解していれば、今後の昇給の見通しも同様に想定できます。
以上述べてきたことは、あくまでも正規の雇用者(いわゆる正社員や正規職員)についてのものであって、非正規の雇用者(パートタイマー、アルバイト、嘱託社員・嘱託職員、契約社員、いわゆる業務委託者など)は含んでいません。非正規の雇用者は、大半が正規の雇用者のような昇進昇格システムの対象外であり、昇給も極めて限定的です。実際、雇用されて1年経ったとしても、全く昇給しない人も珍しくはないでしょう。
非正規の雇用者や定年延長の再雇用者などは、採用時の給与がそのまま継続されて数年が過ぎるか、昇給があってもわずかなもの、というのが現実です。外食や流通などパートタイマーやアルバイトが社員の大多数を占める業態であれば非正規の給与管理は経営課題ですが、一般の組織では社内における給与の位置づけの議論の俎上に登らない存在でしょう。もし、議論の対象となるとしても、全体的にいくら昇給させるか、というベースアップのような給与水準の見直しであって、正規雇用者と同様に制度的な昇給メカニズムが働くわけではありません。
一方、自分の給与が社会(労働市場)全体の中でどのように位置づけられるのか、ざっと概要を把握するにはいくつかの公的な統計資料が有用です。
ひとつは厚生労働省の「労働統計要覧」における賃金のデータ(注3)です。これを見ると、産業別・地域別・事業所規模別、学歴別・性別・年齢階級別・勤続年数階級別、役職別などで賃金の金額や格差の指数が把握できます。近年の動向もある程度は把握することができるでしょう。
より詳しく給与の金額を知るには、「賃金構造基本統計調査」(注4)があります。産業分類が細かいので、自社の業界だけでなく、就職・転職しようとする業界の水準や動向を知ることができます。難点は調査から公表までの時間がかかることで、1~2年前までのデータしか取れません。
直近の動向を知るには「毎月勤労統計調査」(注5)があります。これは毎月の現金支給額だけでなく労働時間なども調査するため、景気の動向を示す指標のひとつとしても重視されています。経済ニュースなどで見聞きしたことがあるものです。この調査では、時間外勤務手当のように毎月変動するものや賞与など臨時に支払われる給与も入っているので、自社の給与体系や支払いのタイミングと違っていると、そのまま比較するわけにはいかず、データの補正が必要となります。
これらは、実際に支払われた給与について、在籍者の平均的な水準がわかるものです。但し、在籍者というのは、正規に雇用された者とは限りません。それぞれの統計調査で定める基準をクリアしていれば、非正規雇用者も調査対象となり得ますし、実際に調査対象者に含まれています。
そこで、特に正規に雇用された者だけに絞って給与の水準や昇給のスピードを検討するのであれば、昇進昇格・昇給をモデル化したデータ(注6)を見るほうが個々の企業や業界の実態を理解するのに適していることもあります。
給与水準が社会(労働市場)全体の中でどのように位置づけられるのか、ざっと概要を把握するもう一つの物差しが、採用時給与の相場です。一般に新規学卒者の初任給は学歴別に企業ごとに公表されることもあり、認知度も高いでしょう。
中途採用者の採用時給与については、人材募集広告やハローワークのデータもあれば、転職サイトなどから推定できるものもあります。これらは条件がさまざまに異なり、提示される給与額も最低額であったり、標準的な金額であったりします。
正確に言えば、中途採用者を募集する際に提示される給与は在籍者の給与とは異なり、実際に支払われたものではありません。あくまでも、〇〇の仕事(職種、職務内容、職位など)で××の労働条件(勤務時間、勤務地、休日休暇、社宅等の福利厚生など)を希望するする人には、いくらの給与を支払う用意があるかを告知したものです。通常、応募する条件として、必要な公的資格(運転免許、医師免許や調理師免許などの仕事上必要な許可証など)、過去の職務経験、望ましいスキルやコンピテンシーなども表示されます。
中途採用は正規雇用であるか非正規雇用であるかは問いませんが、雇用者も被雇用者も双方ともに、給与も含めてさまざまな条件が交錯します。今の自分と条件にピッタリと一致するものとだけ比較しようとすると「該当なし」となりがちです。雇用区分・業界業種・役職・地域くらいの条件で絞ることで、比較的近いものを見つけ出すことは可能でしょう。
以上の資料やデータを使って、給与に関する現状認識と将来の見通しを得ることが期待されます。
今の自分の給与が客観的に見て(社外水準と比較して)高いのか低いのか妥当な水準なのか、もし仕事を変える(転職する)とすれば現状と同じ程度の給与を得るにはどのような業界業種でどのような仕事をすればよいのか(職種や職位など)、まずは現状をしっかりと理解します。
そして、もし現状よりも3割(5割、2倍)程度高い給与を得ようとすれば、社内に留まると何年くらいかけて実現する見通しがあるのか、社外に転じるとすればどのような業界業種でどのような仕事をすればよいのか(職種や職位など)、見当をつけることです。
もちろん、多くの被雇用者にとって、そうそう容易に大きな昇給が見通せるとは思えません。特に非正規で雇用されている人にとっては、わずかな昇給の見通しすら持てないのが実状でしょう。そうであるならば、自分が望む給与を得るには、どのような仕事に就けばより可能性が高まるのか、一度は明確に把握した上で、一気にそのような仕事に就くことは無理であるとしても、自分の「売り」を見つけ出してそれらを買うであろう雇用者を見つけ出す、いわば雇用のマッチングを繰り返していくステップを頭に描くことが必要です。
【注3】
労働統計要覧(E 賃金)|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
【注4】
賃金構造基本統計調査 | ファイル | 統計データを探す | 政府統計の総合窓口 (e-stat.go.jp)
【注5】
毎月勤労統計調査(全国調査・地方調査)|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
毎月勤労統計調査(全国調査・地方調査) 結果の概要|厚生労働省 (mhlw.go.jp)
【注6】
一般には(株)産労総合研究所および(株)労務行政から定期的に取りまとめられている統計資料が活用されています。人事部門や労働組合など給与や賃金を専門的に扱う組織を対象とするものですが、一般の人でも購入することができます。
新刊 統計資料集 [電子版] のご案内 | 人事・労務課題 2023 (e-sanro.net)
2023年版 賃金資料シリーズ全4冊セット|労政時報オンラインストア (rosei.jp)
作成・QMS代表 井田 修(2023年2月20日)
より高い給与を得るには(4)
さて、自分の給与について立ち位置を把握できたとして、次はより高い給与を得るため採るべきアクションを検討していきます。
給与の立ち位置を知れば、自ずと明らかになることがひとつあります。それは、大企業の正規雇用者である立場を捨て去るということは、給与の面ではダウンサイドリスクが極めて大きいという現実です。これは公務員も正規雇用者であれば同様です。
反対に、それ以外の雇用者は、大企業や公務員として正規に雇用されると、一定の給与の上昇が見込めるのです。いきなり給与アップが実現するのは金額としては小さいとしても、中長期的な昇給見通しは相当程度に確定的であると言えます。
言い換えると、中小企業の非正規雇用者は、(より小規模な企業やより業績が悪い企業に転職せざるを得ないか、非正規であろうが正規であろうが、そもそも雇用される可能性が限定的であるため)ダウンサイドリスクはゼロではありませんが極めて限られたものです。それに対して、大企業の正規雇用者は転職という行為を通じて期待される給与アップは、より給与水準の高い優良大企業に転じない限りは、給与が上昇する機会はそうそうないのです。
ここから得られる結論は、より高い給与を得たいのであれば、大企業や公務員の正規雇用者(特に新卒定期採用で入社した者)は社内の昇進を目指すのが合理的で、転職や起業で社外に転じるのは極めてダウンサイドリスク(=給与が下がる可能性)の高い行為であるから一般的には選択すべきではないということです。
有体に言えば、大企業で正規雇用者として勤め続けることは、昇給への早道なのです。内部昇進して管理職になるのが最も確実で効果的な給与引き上げ策でしょう。もし、管理職になった時は基本給や役職手当の増額分を残業代の減少分が上回ることもあるかもしれません。そうなったとしても、その先のより高い給与へのアクセスを確保する方が大事で、役員就任の可能性がゼロではないなら尚更、目先の給与額に拘らないほうがいいでしょう。
もちろん、MBA取得を目指して社費留学して外資系企業に転職することで一気に給与アップを実現するという手法もあります。いずれにしても、中長期のキャリアビジョン、それに伴う給与ビジョンをしっかりともつことが肝要です。
この場合、思うように昇進が実現せず、一定のタイミングで早期退職や役職定年などを迎え、セカンドキャリアを選ばざるを得ない状況に追い込まれたとしても、処遇面の有利さは否定できません。そもそも非正規雇用者にはセカンドキャリアも何もありませんし、中小企業やベンチャーは割増退職金を支払いたくても資金がありません。結果的に、キャリア全体を通じて得られる報酬総額(給与、賞与、退職金・年金などの総額)という点では、企業規模が大きいほうにメリットがあります。
大企業や公務員の正規雇用者以外の雇用者については、大企業や公務員の正規雇用者に転職することが合理的な選択肢です。ただ、これは実現可能性という点で極めて低いと言わざるを得ません。
より現実的に給与を引き上げようとすれば、成長性や収益性が期待できる組織にできるだけ早い段階でメンバーとなって、組織の成長や収益の向上を実現させる当事者の一端を担うことが望まれます。中小企業やスタートアップでは、成長する企業の従業員番号の若い人になるのが一番の給与引き上げ策となる可能性があります。また、外資系、特に日本にこれから進出しようとしているとか、進出して間もないとか、進出したもののビジネスが思ったように伸びていないといった外資系の企業に転じるのも一計です。
このアプローチは、給与アップを実現するという点で仮に失敗に終わっても、次のチャンスを窺うことができます。企業規模、業界、地域、職位、性別など必ずしも本人の努力だけでは如何ともしがたい要因で給与が低い企業に現に勤務しているのであれば、こうした転職を企図するか、または起業(フリーランスや自営業を含む)を成功させるしか、給与をアップさせる機会はあり得ません。多くの人にとって、起業やフリーランスで成功することと、中小企業やスタートアップや外資系企業で転職を繰り返しながら所属する組織が成長して大きく儲かるようになることを比較すると、後者の方がより可能性が高いのではないでしょうか。
転職を通じて給与を増やすには、いくつかの条件があります。
第一の条件は、次の仕事を確定させてから、今の仕事を辞めることです。この順番を逆にすると、給与を引き上げるどころか、多くのケースでは給与ダウンを招くでしょう。最悪の場合、次の仕事が見つからず(あっても条件面で受け入れることができず)、失業の期間が生じてしまいます。
一般に、病気や自然災害などによる突発的な解雇による場合を除く事由で失業した時は、その失業の期間が短ければ短いほど(理想は0日)、履歴書を読む側(雇用しようとする企業の経営者や人事担当者)の心証はポジティブで、反対にその失業の期間が半年を超えるなど長いほど、その履歴書の印象はネガティブになります。いくら、キャリアブレイク(注7)が注目される時代とは言え、意味もなくキャリアの空白期間があることは、雇用者から見て決してポジティブに思われることはないでしょう。但し、次の第二の条件が満たされるようなキャリアブレイクであれば、転職や社内でのキャリアの転換にプラスとなるはずです。
第二の条件は、スキルのピボット(注8)を実現することです。
少なくとも、同業他社で同じ仕事というのは、何らかのキャリアアップを目指し給与をアップさせようと思うなら、避けた方がいいでしょう。というのも、同業他社で同じ仕事では、できて当たり前で、新たに雇用したほうはそれ以上のことを期待するのが必然だからです。キャリにおけるエクスペクテーション・コントロールの主導権を転職する働く人の側がもたない限り、給与は上がりません。よくて現状維持、期待値が高い新たに雇用した企業側(経営者や上司となる人)の期待を損ねれば、退職を求められても嫌とは言えません。
第三は、給与について話し合う相手を間違えないことです。大企業では人事部門の責任者(人事部長とか人事担当の執行役員など)、中小企業では経営者か経営者の右腕として管理部門を管掌している人といったところでしょうか。要は、給与について現実に意思決定できる人を選んで話すことです。事務処理をするだけの担当者や実務レベルの管理職と話しても、給与を交渉することにはなりません。
まともな企業であれば、就業規則(給与規程)にある通りに給与管理をするだけです。労働組合があれば、給与の引き上げは団体交渉によりますから、実は個別に交渉するのは中途採用での入社時しかないのです。初任給も学歴別に一律に定められている組織が日本では圧倒的に多数を占めます。
オーナー会社で中小企業であればオーナーや経営者に直訴という手はありますが、成功の保証はありません。入社前なら思い切って欲しい給与額を主張してもいいかもしれませんが、逆鱗に触れる虞もあります。
ちなみにアメリカでは、上司や役員に人件費を含めたコスト管理の権限がありますから、会社の人事方針(ポリシー)はあるにせよ、誰をいくらで雇うかを決める権限もあれば、いくら昇給させるかを決める権限もあります。
第四は、給与のことを話題に載せるタイミングです。入社前の最終面接、入社直後の面談、試用期間が終わったところ(入社後2~3ヶ月後程度)での話し合い、入社後1年の時点、といったところが適切なタイミングでしょう。
何回も「給与をもっと高くしてくれ」というのではなく、これらのなかで一度のチャンスを捉えて、最も意思決定に力がある人に話すことです。時には、人事部門の責任者に対して、中途採用時の給与が低かったので是正して欲しいと翌年まで訴え続けるという方策はあります。
ちなみに、給与の交渉を行う際にはいくつかのポイントがあります。
例えば、給与について交渉するには、一般には手短に行い、無駄に粘らず、長期化させないほうが良いとされますが、これも状況に拠ります。筆者が見聞したものの中には、中途採用されて1年後の面談で、人事部長と3時間以上も話し合って、管理職クラスへの昇進とそれに伴う昇給(約3割アップ)を勝ち取った人もいます。このケースは、何度も断られて嫌な顔を見せられても、こちらはニコニコと笑顔で席を立たずに粘り続けることそのものが、極めて高いネゴシエーション・スキルに他ならず、通常のビジネスパーソンにはないレベルでした。
給与の交渉では、何を交渉するのか、事前に頭の中を整理して交渉に臨む必要があります。給与の金額そのものとしても、それは年収か月例給与か、固定部分はどこまでで変動部分はどれほどあるのかを話し合います。同じ業界で同じ職種であっても、月例給与は固定部分が大半で賞与は基本(固定的)と会社の業績によって変動する部分がある程度の会社もあれば、月例給与は固定部分が半分ほどで後は四半期ごとの個人の業績評価の結果で変動するとか、賞与は会社の業績と個人の業績の掛け算で決定されるという会社もあります。入社前にどこまで情報を入手できるかわかりませんが、「今の会社では〇〇ですが入社後はどうなりますか」と尋ねることはできるはずです。
交渉するのは給与の金額や固定・変動の比率だけではありません。例えば諸手当や通勤手段(住宅や扶養家族への手当、通勤の手段やその費用負担の問題、公共交通機関を利用するだけか社有車やタクシーでの通勤を認めさせるか)、福利厚生プログラム(社宅、子女の教育費、両親など高齢者の介護の手段や費用など)、勤務時間や勤務の場所、業務上必要な機器類(パソコンや通信のスペックなど)や備品なども幅広く交渉材料とすべきです。
雇用される側だけが給与について交渉しようとするわけではありません。雇用する側も給与について交渉するものです。その際にベテランの採用担当者(中途採用や幹部採用など)であれば、現在の肩書よりは一つ二つ高そうな肩書を用意します。事業部長や本部長といった肩書で人を釣ろうとするのは、昔からよくあるテクニックです。お金は出せないが、コストのかからないものは何でも出すということは往々にして見られます。
転職しようとする側でも妙に肩書を欲しがる人がいるのも事実です。本当により高い給与を得たいと思うのならば、肩書や秘書付きの個室や運転手付きの車といったものを頭の中から一掃して、給与の交渉に臨まねばなりません。
とりわけ今年や来年については、初任給の急激な引き上げが行われる企業が相当あるので、20歳代で転職する人は初任給との比較も必ず行うべきです。2年、3年の実務経験であっても、新卒で未経験の人よりは遥かに実務能力はあるはずですし、ビジネススキルを広く見せることができるでしょう。非正規で雇用されているとして、未経験者よりは時間単価が高くなければ合理的ではありません。既に身につけているスキルや今までの業績への寄与分が給与に適切に上乗せされて、初任給(の時間単価)よりも明確に高くなっているのか、確認を要します。
【注7】
キャリアブレイクについては、以下のサイトを参照してください。
一般社団法人キャリアブレイク研究所 lit.link(リットリンク)
【注8】
スキルのピボットとは筆者の造語です。スキルを開発する際に、ある種の軸をもって行うことがキャリアを展開していく早道ではないかと思い、作ってみた言葉です。
数十年に及ぶ(かもしれない)ビジネス上のキャリアを展開していくには、従来の直線的な昇進モデルだけでは成立しないことは論を俟ちません。とは言え、リスキリングを個人の努力で行う再教育にすべてを任せるというのは、仮に新たな最先端のスキル(そういうものが教育プログラムで身につくようななった時点でそのスキルは陳腐化しているのですが)が習得できたとしても、それが現実の組織や業務のなかでどのように活かせるのか、本人にはわかりません。
リスキリングと同様のことは、公的資格を取得すればキャリアチェンジができて新たなキャリアが開けるかのようなイメージを与える広告にも見られます。実務上必要で、その資格を取得したその日から仕事に活かすのであれば公的資格も無駄ではありませんが、現実の仕事で使ったことがない公的資格は正に宝の持ち腐れです。
ビジネスキャリアを展開するには、それまでの仕事を通じて身につけてきた経験・知識・スキルなどに加えて、仕事以外の面で身につけてきたものをすべて活用して、自分にとって新たに直面する仕事の場面に対応することで、自分にとって新しく組織にとって価値のあるスキルを開発し続けることが求められます。
その際に、すべてをゼロから組み立てるというのでは効率が悪過ぎます。自分にとってキャリア展開やスキル開発の軸となるものを見据えて、その軸は動かさずに向きを変えて(=これまでとは異なる場面で)これまで身につけてきたものを転用・応用しながら、そこに多少なりとも新しいスキルを加えて結果を出すほうが効率的ですし、当たり外れのブレも小さくコントロールすることができます。
スキルのピボットを考える際に最も問題となるのは、そもそも自分のスキルが何かがわかっていないことです。
よくあるのは、自分は事務しかやってこなかったので、これといったスキルはないというものです。事務処理とはいえ、少なくとも、パソコンを使って文書作成や表計算くらいは行っているはずから、一般的なワードやエクセルの操作スキルでも、それらに欠ける職場では、雇用される際の武器になることも十分にあります。本人は気づいていないだけで、事務処理がきちんとできるだけでも、特に中小企業では、けっこう重宝されるポータブルスキルと言えます。
また、物流業界にしか勤めたことがなくドライバーなどの配送・配達業務しかやったことがないとか、倉庫で軽作業に従事しただけという人も、自分のスキルに気づきにくいでしょう。一定の区域を配送・配達で回っている人は、その地域のこと(人や土地など)をよく見知っているはずです。そのまま、不動産業界や流通業界で建物や店舗などの開発業務やセキュリティ業界などで、その地域に関する知見(いわゆる土地勘)を活かす場面が出てくるでしょう。
倉庫で軽作業を行うだけとは言っても、一人で作業を行うだけではなかったはずで、数人からなるチームで仕事をしてきたのであれば、チームメンバーの受け入れ・作業指示・勤怠管理・緊急時対応など、マネジメントやリーダーシップといった事項の基本的なものをこなしてきたでしょう。そして、コミュニケーションのスキルがないはずもありません。そうした経験に、マネジメントやリーダーシップに関する体系的な知識やコミュニケーションやレポーティングの実践的なスキルを身につけておけば、どのような業界に転じても損のないポータブルスキルを習得していることになります。
このように、スキルのピボットというのは、同じスキルでも活用する場面(業種業界、職種、職位、職場など)が違えば異なる価値を生むことに気づき、仕事を通じてその価値を現実化させることです。
スキルのピボットについては、実はエピソードとして語られたり記事化されたりすることが良くあります。そのほんの一例ですが、以下の記事(脚注)に紹介されている高橋さん(仮名)と川田さん(仮名)のように、本人に明確な意図がなくても結果として成功しているものが少なくありません。特に高橋さん(仮名)のケースは、転職には至っていないものの、テーマに沿って同業他社の取り組みとの比較などをきちんと調べてレポートにまとめるという、研究者としては当たり前のことを当たり前にするだけで、社外でのインターンシップで高い評価を受けています。
こうした紹介記事は、さまざまなメディアで見られます。その際に、大手企業勤めではない、理系ではない、外資系ではないなどと、自分には関係のないことである理由をつけて目を背けるのではなく、こういう人がいるのなら自分にもチャンスがあるはず、と思って自分のスキルや興味をもっていることを転職サイトで検索してみましょう。そこで意外なスキルのピボットにつながる発見があるかもしれません。
このように、具体的な転職活動をいきなり始める前に、いわばウォーミングアップを行って頭(計画)と手(行動)を馴らしておくことが必要です。
【脚注】ここで採り上げているのは、東洋経済オンラインの「キャリア・教育」>「リーダーシップ・教養・資格・スキル」に掲載されている記事“「ほとんど仕事がない」50代部下なし管理職の苦悩”(2023年2月27日公開)です。
作成・QMS代表 井田 修(2023年3月1日)
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