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「いたしません」が言えるなら

 

 ドクターX、フリーランスの外科医・大門未知子(注1)の決めセリフといえば、「私、失敗しないので」ですが、ドラマの中では「いたしません」というセリフもよく出てきます。

 これは、医師免許がなくてもできる仕事は一切「いたしません」という意味です。米倉涼子扮する主人公の大門未知子が、勤務先の東帝大病院本院の総合外科の医局やカンファレンスの場面などで、院長をはじめ外科副部長や同僚の医師たちなどから何か頼みごとをされたり、(組織のメンバーとして上司や先輩の意向に従って)○○をするのが当然と思われたりする情況で、ビシッと断る一言です。そして、午後5時になると、大門未知子はさっと帰ってしまいます。

 このセリフに対応するのが、陣内孝則扮する外科副部長・猪又孝が事あるごとに口にする「バイトのくせに」かもしれません。病院の正規職員の医師たちが従っているルール(特に暗黙のルール)を無視したり、医学的に対立するような見解を口にしたりして、スタンドプレーにしか見えない言動をとる大門未知子に対して、少しは立場を弁えろと叱責したり、もしかすると自由にモノが言える大門未知子に嫉妬して吐き捨てるように言っているようにも思ええたりするセリフです。

 

 ドラマの中では、大門未知子が発する「いたしません」に感化されたのか、若手の医師たちも教授の論文作成の手伝いやアフター5のつきあいなどを断るように変化してきています。

確かに、医師の仕事を患者の病気やけがを治療することと考えれば、それに直結しないものは仕事ではないというのは正論です。

これは医師に限ったことではありません。たとえば、いわゆる士業でも同様で、顧客(クライアント)に価値をもたらすことは仕事であり、それは顧客にサービスの対価であるフィー(料金)として請求することのできるものでもあります。弁護士にせよ、公認会計士や税理士にせよ、顧客の問題を専門的な知識や経験などを活用して解決することができるものこそが、仕事と呼ぶにふさわしいものです。

実は、一般のビジネスパーソンにおいても同様でしょう。営業担当にとっては、顧客から課題を聞きだしたり、そのソリューションを顧客にプレゼンしたりという時間は仕事ですし、それに直結する準備作業などの時間も仕事でしょう。管理部門であっても、その本来業務(人事であれば人事のなかでの担務そのもの)に当たっている時間は本当の稼働時間です。

それではそれ以外のことに充てている時間は仕事ではないのでしょうか。

医師でいえば、患者の治療に当たっている以外の時間にやっていること、たとえば、医局内部での打ち合わせ、論文作成のための資料集めやデータ解析、他の部門(看護、検査、薬剤、IT、事務など)との連絡調整、後輩の指導、部下の管理、自己管理(スケジュール管理、症例研究など)といった、諸々の作業や雑用に相当します。

一般のビジネスパーソンでもそうでしょう。営業だからといって、顧客とコミュニケーションを取っていればいいわけではないでしょう。他部門との連絡調整、後輩の指導、部下の管理などがあるのは当然として、見積書や請求書などの作成、営業日報の作成や顧客台帳への入力など事務的な仕事も相応にあるでしょう。

 

 こうしてみると、どこまでを仕事として稼働時間に参入すべきなのか、単純な線引きは難しいことがわかります。

 仕事を極めて限定的に捉えると、大門未知子のように大半のものは「いたしません」と拒絶する対象となります。反対に大きく捉えると、ほとんどの物事が仕事となってしまいます。アフター5の飲み会に参加するのも、休日に上司のゴルフにお伴するのも、労働時間には算入しない仕事と言えるでしょう。

正社員や非正規社員というのは身分区分であるとみなせば、正社員にはアフター5や休日のゴルフに参加する権利(メンバーシップ)があるとも言えますし、非正規社員にはそうした権利(メンバーシップ)がない以上、拒絶ばかりするのはむしろ当然とも言えます。ただし、現実には正社員がこのメンバーシップをありがた迷惑に感じているケースも少なくなく、権利というよりも明らかに義務としか感じていない人も多いでしょう。そうした人々にとっては、自分の技量を磨いたり、趣味や家族と過ごしたりする時間がなくなってしまうと感じるでしょう。

 また、多くの企業では、仕事の定義付けとか仕事の線引きというのが、そもそも曖昧なまま放置されています。仕事の内容を文字に書けばいいというわけではありませんが、最低限、仕事の内容を文書として明示するものがなければ、そもそも労働契約が成り立たないはずです。欧米で一般的に見られるジョブディスクリプション(職務記述書)のようなものが、本来はあるべきです。

 こうしたものが制度化されておらず、各人の裁量に任されている状態では、それぞれの人の価値観(仕事観)や個別の人間関係によって、仕事の内容や幅が大きく異なってしまいます。その結果、言いやすい人や頼みやすい人のところに、極めて幅広い仕事が集まってしまいがちです。

 過労死などの背景には、単なる仕事量と要員数のミスマッチ以上に、こうした仕事の定義のいい加減さに起因する仕事配分の著しい偏りがあるのではないでしょうか。

言い換えれば、同じ職場にいて同じ仕事をしている人であっても、実際に担当し処理すべき仕事の内容や量は、人によって大きく異なるのが実態です。それは仕事ができるからさまざまなものを大量に任せるとは言い切れません。むしろ、仕事ができる(と周囲から見られている)人は、要領よく仕事を断ったり他の人に振ったりすることができるので、そうでない人のところに仕事が溜まってしまい、業務に押し潰されるかのようになり、最悪の場合、過労死に至るように思われます。

実際、過去にこうした状況を何度も目にしてきました。なかには、職場で倒れてそのまま亡くなるまで働き続けていた人もいました。

 

こうした情況に対して、「いたしません」と言い切って、実際にやれといわれたことでも無視してやらないというのは、現実にはほぼ無理ではないでしょうか。少なくとも、「いたしません」の一言で拒否するには、その一言を表明する本人に極めて強いマインドがないと、とても言いだせないでしょう。

個人的な経験の範囲でいえば、過労死した人やそのおそれがあったような人は、全員、素直で仕事に誠実な人たちでした。いい加減な気持ちや態度で仕事に向き合っていた例は未だに知りません。

ちなみに、「いたしません」の一言は、その言葉を口にしても、その後もちゃんと仕事のオファーがあるという強い自信とか、仕事がなくても何とかやっていけるという楽観主義といったものが心にないと、とても怖くて言い出すことができない一言です。

もしかすると、このドラマがヒットしている要因のひとつは、視聴者が現実の仕事の場面ではとても言い出せない「いたしません」を主人公が代わりに言い切ってくれるところにあるのかもしれません。きっと、日常的に「いたしません」と職場で言えるようになれば、過労死するほど仕事を背負い込むことはなくなるのではないでしょうか。

 

【注1

テレビ朝日系列で現在第5シリーズを放送中です。番組の概要など詳しいことはテレビ朝日のウェブサイトをご覧ください。 

 

作成・編集:QMS代表 井田修(2017119日)

 

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