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澤井信一郎氏の訃報に接して

 

昨日、映画監督の澤井信一郎氏が今月3日に多臓器不全のため83歳で死去したことが発表されました(注1)。

40歳で監督としてデビューされた澤井氏が監督された映画作品は10本強と決して数多いものではありません(注2)。そのうち筆者が劇場で見た作品は、デビュー作からの3作(注3)に過ぎませんが、これらの作品を通じて映画の見方の歪みや観客として持っている偏見を実感させてくれた監督でした。

 

大学生の頃は毎週23日は映画館に通う映画ファンだった筆者にとって、当時のアイドルが主演する映画というのは、鑑賞し批評するに値しない作品という先入観が強くありました。大林宣彦監督などごく一部の監督の作品については、名画座やオールナイトで過去の作品を振り返る特集上映が行われる際に目にすることはあっても、アイドルが主演する映画をロードショー(封切り)館に見に行くことはなく、二番館や三番館でもほとんど観ていませんでした。

当時でもかなり遅咲きの監督デビューの作品として、伊藤左千夫原作の「野菊の如き君なりき」のリメイクを松田聖子初主演映画という、今改めて考えれば、これほどプレッシャーのかかる状況はない状況で、初監督として仕事に臨んだわけです。普通の人であれば、力が入りすぎてしまったり、反対に思うように意図が通じず力が発揮できなかったりしそうなものです。それまで20年にわたって東映で助監督や脚本に携わってきた氏は結果を出してみせ、ポスト山口百恵として歌だけでなく映画やドラマも期待されていた松田聖子をスターに成長させる大事な作品を作り上げました。

個人的には、「野菊の墓」はまったく観る気もなく何の期待も抱いていませんでした。ただ、当時購読していた“イメージ・フォーラム”という映画・映像作家向けの専門誌で、映画評論家か映画批評家のどなたか(多分、蓮見重彦氏、または編集主幹だったかわなかのぶひろ氏)が「野菊の墓」と澤井監督の演出について好意的に書かれていたものを読んで、どの程度のものか見てみようという気持ちになった記憶があります。

アイドル映画という先入観が“イメージ・フォーラム”の記事で補正されていたためか、実際に劇場で「野菊の墓」を観るとそこには松田聖子が写っているわけではなく、「野菊の墓」の民さんをスクリーンに観ることができたのです。言い換えれば、アイドルの出演している映画ではなく、明治時代の恋愛というひとつの世界を映像で描いた作品を観ることになったわけです。それだけ強く、アイドルが主演する映画は作品と呼ぶに値しないと思い込んでいたわけです。

「野菊の墓」以降、映画に限らず舞台や音楽においても、アイドルだからという見方は次第にしなくなり、ひとつひとつの作品としての出来・不出来を観て考えるようになった契機を澤井監督から与えられたと言わざるを得ません。

 

そうした見方は、Wの悲劇」や「早春物語」でより強化されたのかもしれません。いずれも既に角川映画のアイドル女優としての地位にあった薬師丸ひろ子と原田知世を主演に据えていますが、アイドルの魅力を引き出すためだけの映画ではなく、それぞれの作品の世界をしっかりと描き出すことに成功しています。別言すれば、主演女優を変えてリメイクしても作品が成立する可能性が高いと思われるのです。実際、いずれも改めて製作されています(注4)。

もちろん、アイドルだけでなく、歴とした女優にも作品と呼ぶに相応しい演技を引き出すのに成功しています。その結果は、たとえばWの悲劇」で三田佳子に助演女優賞をもたらしたことからもわかります。

 

【注1

たとえば、以下のように報じられています。

「Wの悲劇」の澤井信一郎監督死去。83歳、多臓器不全 : スポーツ報知 (hochi.news)

〝アイドル映画の巨匠〟澤井信一郎監督、逝く松田聖子「優しい笑顔が忘れられません」 - サンスポ (sanspo.com)

 

【注2

氏の映画作品一覧は、ウィキペデアや映画関連のサイトを参照してください。

 

【注3

製作・公開された順に、「野菊の墓(1981年)」「Wの悲劇(1984年)」「早春物語(1985年)」です。主演はそれぞれ、松田聖子・薬師丸ひろ子・原田知世です。

 

【注4

Wの悲劇」は、2019年にNHK-BSプレミアム・リバイバルドラマで夏樹静子の原作を劇中劇ではない形でドラマ化しています。

「早春物語」は、1986年にTBSで連続ドラマとして製作されています。

 

  作成・編集:QMS代表 井田修(202197日)

 

 

結果を評価する視点~東京オリンピック2020を例として~(1

 

 

 さまざまな経緯や議論はありましたが、2回目の東京オリンピックが閉幕して1週間が過ぎました。その結果をメダル獲得数という点から見れば、史上最多の58個を獲得したのですから、大成功と言えるでしょう。


表1:オリンピック(夏季)大会別国別メダル獲得数              
  日本 米国 中国 ロシア※ 英国 ドイツ※ フランス 豪州 その他 合計
東京2020 58 113 88 71 65 37 33 46 569 1080
リオデジャネイロ2016 41 121 70 56 67 42 42 29 505 973
ロンドン2012 38 104 91 67 65 44 35 35 478 957
北京2008 25 112 100 60 51 41 43 46 480 958
アテネ2004 37 101 63 90 30 49 33 49 477 929
シドニー2000 18 93 58 89 28 56 38 58 484 922
アトランタ1996 14 101 50 63 15 65 37 41 456 842
バルセロナ1992 22 108 54 112 20 82 29 27 361 815
ソウル1988 14 94 28 132 24 142 16 14 275 739
ロサンゼルス1984※ 32 174 32 0 37 59 28 24 302 688
モスクワ1980※ 0 0 0 195 21 126 14 9 266 631
モントリオール1976 25 94 0 125 13 129 9 5 213 613
ミュンヘン1972 29 94 0 99 18 106 13 17 224 600
メキシコシティ1968 25 107 0 91 13 51 15 17 208 527
東京1964 29 90 0 96 18 50 15 18 188 504
ローマ1960 18 71 0 103 20 42 5 22 180 461
メルボルン1956 19 74 0 98 24 26 14 35 179 469
ヘルシンキ1952 9 76 0 71 11 0 18 11 263 459
ロンドン1948 0 84 0 0 23 0 29 13 262 411
セル2
   

第二次大戦後の過去のオリンピックのメダル獲得数の推移を国別にまとめてみたものが表1です(注1)。この表だけを見ると、確かに58個というメダル数は、前回の東京大会(1964年開催)のちょうど2倍となり、この50年ほどの間に日本人のスポーツ能力が着実に向上したように思われるかもしれません。

 ここで注意したいのは、大会ごとのメダルの合計数です。表1の右端の「合計」覧を見ると、大会ごとに増えており、前回の東京大会では500ちょっとだったものが、東京2020大会ではとうとう1000の大台を超えてしまいました。メダルの数は競技種目の数に比例しますから、今大会で日本が獲得したメダル数は、競技種目数が増加したのと同程度に獲得したメダルの数も増えただけ、という評価を下すこともできます。

 

 ちなみに、表1から大会ごとに国別の獲得メダルのシェア(メダル合計数に占める当該国の獲得数の割合)を見てみたものが表2です。


表2:オリンピック(夏季)大会別国別メダル獲得数のシェア(%)          
  日本 米国 中国 ロシア※ 英国 ドイツ※ フランス 豪州 その他 合計
東京2020 5.37 10.46 8.15 6.57 6.02 3.43 3.06 4.26 52.69 100.00
リオデジャネイロ2016 4.21 12.44 7.19 5.76 6.89 4.32 4.32 2.98 51.90 100.00
ロンドン2012 3.97 10.87 9.51 7.00 6.79 4.60 3.66 3.66 49.95 100.00
北京2008 2.61 11.69 10.44 6.26 5.32 4.28 4.49 4.80 50.10 100.00
アテネ2004 3.98 10.87 6.78 9.69 3.23 5.27 3.55 5.27 51.35 100.00
シドニー2000 1.95 10.09 6.29 9.65 3.04 6.07 4.12 6.29 52.49 100.00
アトランタ1996 1.66 12.00 5.94 7.48 1.78 7.72 4.39 4.87 54.16 100.00
バルセロナ1992 2.70 13.25 6.63 13.74 2.45 10.06 3.56 3.31 44.29 100.00
ソウル1988 1.89 12.72 3.79 17.86 3.25 19.22 2.17 1.89 37.21 100.00
ロサンゼルス1984※ 4.65 25.29 4.65 0.00 5.38 8.58 4.07 3.49 43.90 100.00
モスクワ1980※ 0.00 0.00 0.00 30.90 3.33 19.97 2.22 1.43 42.16 100.00
モントリオール1976 4.08 15.33 0.00 20.39 2.12 21.04 1.47 0.82 34.75 100.00
ミュンヘン1972 4.83 15.67 0.00 16.50 3.00 17.67 2.17 2.83 37.33 100.00
メキシコシティ1968 4.74 20.30 0.00 17.27 2.47 9.68 2.85 3.23 39.47 100.00
東京1964 5.75 17.86 0.00 19.05 3.57 9.92 2.98 3.57 37.30 100.00
ローマ1960 3.90 15.40 0.00 22.34 4.34 9.11 1.08 4.77 39.05 100.00
メルボルン1956 4.05 15.78 0.00 20.90 5.12 5.54 2.99 7.46 38.17 100.00
ヘルシンキ1952 1.96 16.56 0.00 15.47 2.40 0.00 3.92 2.40 57.30 100.00
ロンドン1948 0.00 20.44 0.00 0.00 5.60 0.00 7.06 3.16 63.75 100.00
セル2
   

 表2からは、前回の東京大会(1964年)よりもわずかながらシェアは下がっているとも言えます。シェアの面で前回大会を超えるには、63個が必要だったわけです。つまり、メダル獲得という結果を追求するのであれば、あと5個のメダルを獲得できて、はじめて前回大会を上回る結果を挙げたことになったのです。

 

【注1

過去のオリンピックについての記録は、以下のサイトのデータによります。

Olympic Results, Gold Medalists and Official Records (olympics.com)

今年行われた東京オリンピック2020の結果については、ヤフージャパンの特設サイトによります。

国別メダルランキング - 東京オリンピック・パラリンピック特集 - Yahoo! JAPAN

なお、国名で「ロシア」とあるのは、基本的に現在のロシアですが、東京2020大会ではROC(ロシアオリンピック委員会)として、バルセロナ1992大会ではEUN(ロシア、アルメニアなどの12ヶ国の合同チーム)として、ソウル1988大会以前はソビエト連邦として、それぞれ参加したものをいいます。

同様に、国名で「ドイツ」とあるのは、基本的には現在のドイツですが、東京1964大会までが東西統一ドイツとして獲得したメダル数を、メキシコシティ1968大会からモントリオール1976大会までとソウル1988大会は旧西ドイツと旧東ドイツの2ヶ国が獲得したメダルの合計数を、それぞれ表示しています。

ただし、ロサンゼルス1984大会はソビエト連邦や東ドイツなどが不参加のため、ドイツは旧西ドイツのみとなります。モスクワ1980大会は日本・米国・カナダ・旧西ドイツなどが不参加のため、旧東ドイツのみとなります。

 

作成・編集:経営支援チーム(2021816日)

 

 

結果を評価する視点~東京オリンピック2020を例として~(2

 

 

 ちなみに、冬季オリンピックについても同様に獲得したメダル数を見てみましょう。


表3:冬季オリンピック大会別国別メダル獲得数                  
  日本 米国 中国 ロシア ドイツ カナダ ノルウェー スウェーデン スイス オーストリア その他 合計
平昌2018 13 23 9 17 31 29 39 14 15 14 103 307
ソチ2014 8 28 9 29 19 25 26 15 11 17 104 291
バンクーバー2010 5 37 11 15 30 26 23 11 9 16 75 258
トリノ2006 1 25 11 22 29 24 19 14 14 23 70 252
ソルトレイクシティ2002 2 34 8 13 36 17 25 7 11 17 64 234
長野1998 10 13 8 18 29 15 25 3 7 17 60 205
リレハンメル1994 5 13 3 23 24 13 26 3 9 9 55 183
アルベールビル1992 7 11 3 23 26 7 20 4 3 21 46 171
カルガリ1988 1 6 0 29 33 5 5 6 15 10 28 138
サラエボ1984 1 8 0 25 28 4 9 8 5 1 28 117
レイクプラシッド1980 1 12 0 22 28 2 10 4 5 7 24 115
インスブルック1976 0 10 0 27 29 3 7 2 5 6 22 111
札幌1972 3 8 0 16 19 1 12 4 10 5 27 105
グルノーブル1968 0 7 0 13 12 3 14 8 6 11 32 106
インスブルック1964 0 7 0 25 9 3 15 7 0 12 26 104
スコーバレー1960 0 10 0 21 8 4 6 7 2 6 17 81
コルチナ・ダンペッツォ1956 1 7 0 16 2 3 4 10 6 11 12 72
オスロ1952 0 11 0 0 7 2 16 4 2 8 17 67
サン・モリッツ1948 0 9 0 0 0 3 10 10 10 8 18 68
セル2
   

 この表からメダル獲得の国別シェアを算出してみると次の通りです。


表4:冬季オリンピック大会別国別メダル獲得数のシェア(%)              
  日本 米国 中国 ロシア ドイツ カナダ ノルウェー スウェーデン スイス オーストリア その他 合計
平昌2018 4.23 7.49 2.93 5.54 10.10 9.45 12.70 4.56 4.89 4.56 33.55 100.00
ソチ2014 2.75 9.62 3.09 9.97 6.53 8.59 8.93 5.15 3.78 5.84 35.74 100.00
バンクーバー2010 1.94 14.34 4.26 5.81 11.63 10.08 8.91 4.26 3.49 6.20 29.07 100.00
トリノ2006 0.40 9.92 4.37 8.73 11.51 9.52 7.54 5.56 5.56 9.13 27.78 100.00
ソルトレイクシティ2002 0.85 14.53 3.42 5.56 15.38 7.26 10.68 2.99 4.70 7.26 27.35 100.00
長野1998 4.88 6.34 3.90 8.78 14.15 7.32 12.20 1.46 3.41 8.29 29.27 100.00
リレハンメル1994 2.73 7.10 1.64 12.57 13.11 7.10 14.21 1.64 4.92 4.92 30.05 100.00
アルベールビル1992 4.09 6.43 1.75 13.45 15.20 4.09 11.70 2.34 1.75 12.28 26.90 100.00
カルガリ1988 0.72 4.35 0.00 21.01 23.91 3.62 3.62 4.35 10.87 7.25 20.29 100.00
サラエボ1984 0.85 6.84 0.00 21.37 23.93 3.42 7.69 6.84 4.27 0.85 23.93 100.00
レイクプラシッド1980 0.87 10.43 0.00 19.13 24.35 1.74 8.70 3.48 4.35 6.09 20.87 100.00
インスブルック1976 0.00 9.01 0.00 24.32 26.13 2.70 6.31 1.80 4.50 5.41 19.82 100.00
札幌1972 2.86 7.62 0.00 15.24 18.10 0.95 11.43 3.81 9.52 4.76 25.71 100.00
グルノーブル1968 0.00 6.60 0.00 12.26 11.32 2.83 13.21 7.55 5.66 10.38 30.19 100.00
インスブルック1964 0.00 6.73 0.00 24.04 8.65 2.88 14.42 6.73 0.00 11.54 25.00 100.00
スコーバレー1960 0.00 12.35 0.00 25.93 9.88 4.94 7.41 8.64 2.47 7.41 20.99 100.00
コルチナ・ダンペッツォ1956 1.39 9.72 0.00 22.22 2.78 4.17 5.56 13.89 8.33 15.28 16.67 100.00
オスロ1952 0.00 16.42 0.00 0.00 10.45 2.99 23.88 5.97 2.99 11.94 25.37 100.00
サン・モリッツ1948 0.00 13.24 0.00 0.00 0.00 4.41 14.71 14.71 14.71 11.76 26.47 100.00
セル2
   

 冬季オリンピックは、競技の特性上、参加国が限られており、また競技の数も夏季大会に比べればかなり限定的です。そのためか、ロシア・ドイツ・ノルウェーといった強豪国がメダルを多く獲得する傾向が強く、以前はこれらの3ヶ国で過半数を占めることもありました。

 日本について見れば、メダル獲得数で言えば平昌2018大会が最も多いのですが、獲得シェアで見れば長野1998大会が最高の値を示しています。

日本独自の特徴として、札幌1972大会の後も長野1998大会の後も同様ですが、自国開催後にメダル獲得が絶対数もシェアも大きく落ち込む傾向が見て取れます。近年(バンクーバー2010大会以降)は着実にメダルが増えていますが、この傾向が次の2022北京大会に続いていくのか、注目です。

 

【注2

過去のオリンピックについての記録は、以下のサイトのデータによります。

Olympic Results, Gold Medalists and Official Records (olympics.com)

なお、国名で「ロシア」とあるのは、基本的に現在のロシアですが、平昌2018大会ではOAR(ロシアからのオリンピック選手、オリンピック委員会の派遣選手ではなく独立参加選手)として、アルベールビル1992大会ではEUN(ロシア、アルメニアなどの6ヶ国の合同チーム)として、カルガリ1988大会以前はソビエト連邦として、それぞれ参加したものをいいます。

同様に、国名で「ドイツ」とあるのは、基本的には現在のドイツですが、コルチナ・ダンペッツォ1956大会からインスブルック1964大会までが東西統一ドイツとして獲得したメダル数を、グルノーブル1968大会からカルガリ1988大会までは旧西ドイツと旧東ドイツの2ヶ国が獲得したメダルの合計数を、それぞれ表示しています。オスロ1952大会は、西ドイツのみの参加でしたが、公式資料ではドイツと表記されています。

 

作成・編集:経営支援チーム(2021820日)

 

 

結果を評価する視点~東京オリンピック2020を例として~(3

 

オリンピックの結果というと、どうしても獲得したメダルの数、特に金メダルの数に目が行きがちですが、競技数を増やして獲得可能なメダルの総数を増やせば増やすほど、より多くの国がより多くのメダルを獲得できたように見えるのは当然の帰結です。今回の東京2020大会における日本の獲得メダルが史上最多というのも、その一例に過ぎません。

 言い換えれば、オリンピックでのメダル獲得が求められる結果であるとすれば、獲得数だけを見れば史上最高と言えたとしても、獲得率(シェア)で見れば前回の東京1964大会を超えることはできなかったという、この結果はどう評価すればよいのでしょうか。

 

一般に企業や個々の社員の評価も、結果で判断されます。それは、売上高(出来高)であったり利益であったり獲得件数(客数)であったりします。こうした数字で結果を評価する際には、いくつか注意すべき点があります。

 オリンピックのメダル獲得で述べたように、絶対値で見るのか、シェア(市場全体に占める割合)で見るのか、という点がまず指摘できます。市場全体が伸びている(オリンピックのメダル獲得で言えば競技種目が増えてメダルの総数が増えていく)状況にある場合、絶対値が増えたからといって自動的にいい評価を下すわけにはいきません。たとえば、市場全体が年率20%で拡大している最中に、もともと100あった売上を10%伸ばして110にしたというのでは、市場全体から見ればシェアを落としていることになります(注3)。

対前年比(いわゆる昨対)や伸び率だけで評価するのも、いま言及した絶対値だけの評価と同様の陥穽があります。評価される本人のことしか見ておらず、本人を取り巻く環境(市場動向など)を見ていないが故に生じる問題です。

そこで、市場動向(オリンピックでいえば競技種目の数=メダル総数)を加味して、達成すべき目標を立てて、その目標の達成度で結果を評価するという考え方が出てきます。

結果を評価する上でこのようなアプローチは理屈では正しいのですが、実際に行おうとすると大きな課題に直面します。

一般の企業では市場動向を目標設定時に確実に読むことは容易なことではありません。といって、事後的に市場動向(市場の増減率)を加味して売上などの結果を割り戻すというのも、本人の努力やモチベーションよりも市場の変化で結果が左右されるように見えてしまい、目標を達成しようとする意欲を削ぎかねません。

ただし、オリンピックについては、この点は事前に競技種目数が確定しており、市場の伸び(競技数の増加の程度)ははっきりとした数字で明かになっています。従って、基準とする大会(たとえば前回の東京1964大会)での競技種目数(メダルの総数)から、当該大会(今回の東京2020大会)での競技種目数(メダルの総数)が増加した割合を算出し、その割合を基準とする大会で獲得したメダル数に乗じて得られる値を、当該大会で目標とする獲得メダル数とする、ということで目標を設定するとしましょう。

すると、今大会の達成率は92%(注4)ほどとなり、目標未達と評価せざるを得ません。この目標設定の方法は、基準となる前回の東京大会並みでよいということを暗黙に認めており、前回を上回ることが目標であったとすれば、非常に不本意な結果と評価されます。

「史上最多のメダルを獲得」というフレーズを耳にすれば、アスリートが大活躍して大成功の自国開催だったと、東京2020大会を高く評価したくなりますが、競技種目数の増加といった事情を勘案して獲得が期待されるメダルの数を目標値として設定してみると、50年以上も前の前回の自国開催に及ばなかったと言わざるを得ません。

このように、数字の選び方で評価が正反対になってしまうほどです。結果を評価するためには、適切な数字を選択しなければなりません。このことは、オリンピックはもとより一般の企業や個々の社員に至るまで、肝に銘じておきたいものです。

 

【注3

市場全体を仮に1000だったとしましょう。もともとの100の売上はシェア10%に相当しますが、市場全体が20%拡大すると1200となり、10%の売上アップは110となりますから、シェアは1101200で除しますから9.2%ほどになります。つまり、10%から0.8%ほどシェアを落としたことになります。

 

【注4

実際に獲得した58個を、東京1964大会と同程度の獲得メダルのシェアであった場合の63個で除すると、約0.92となります。

 

作成・編集:経営支援チーム(2021823日)

 

 

結果を評価する視点~東京オリンピック2020を例として~(4

 

メダルを獲得したという絶対数で見るのか、メダルの総数のなかでの獲得率(シェア)で見るのかによって、同じ東京2020大会の結果を評価するとしても、その結論は正反対とは言わないまでも、かなり違った印象となります。

これを参加国の側ではなく、オリンピックを主宰する側(つまりIOC=国際オリンピック委員会)から見ると、獲得したメダルの数に注目してもらうほうが望ましいように思われます。

 

というのも、獲得したメダル数は、これまで述べてきたように、競技種目数が増加すればするほどその総数が増えますから、「史上初めてメダルを獲得」とか「過去最多」といった高評価につながりやすいのです。獲得率(シェア)は、一種のゼロサムゲームですから、シェアを伸ばした国があれば、反対に落とす国が必ず出ます。また、競技種目数が増えてより多くの国にメダル獲得のチャンスが訪れるとすれば、従来はシェアが高かった国は次第にその比率を低下させる虞があります。この点は、競技種目数も参加国数も大きく異なる夏季大会と冬季大会を比べてみれば一目瞭然です。

   
表2:オリンピック(夏季)大会別国別メダル獲得数のシェア(%)          
  日本 米国 中国 ロシア※ 英国 ドイツ※ フランス 豪州 その他 合計
東京2020 5.37 10.46 8.15 6.57 6.02 3.43 3.06 4.26 52.69 100.00
リオデジャネイロ2016 4.21 12.44 7.19 5.76 6.89 4.32 4.32 2.98 51.90 100.00
ロンドン2012 3.97 10.87 9.51 7.00 6.79 4.60 3.66 3.66 49.95 100.00
北京2008 2.61 11.69 10.44 6.26 5.32 4.28 4.49 4.80 50.10 100.00
アテネ2004 3.98 10.87 6.78 9.69 3.23 5.27 3.55 5.27 51.35 100.00
シドニー2000 1.95 10.09 6.29 9.65 3.04 6.07 4.12 6.29 52.49 100.00
アトランタ1996 1.66 12.00 5.94 7.48 1.78 7.72 4.39 4.87 54.16 100.00
バルセロナ1992 2.70 13.25 6.63 13.74 2.45 10.06 3.56 3.31 44.29 100.00
ソウル1988 1.89 12.72 3.79 17.86 3.25 19.22 2.17 1.89 37.21 100.00
ロサンゼルス1984※ 4.65 25.29 4.65 0.00 5.38 8.58 4.07 3.49 43.90 100.00
モスクワ1980※ 0.00 0.00 0.00 30.90 3.33 19.97 2.22 1.43 42.16 100.00
モントリオール1976 4.08 15.33 0.00 20.39 2.12 21.04 1.47 0.82 34.75 100.00
ミュンヘン1972 4.83 15.67 0.00 16.50 3.00 17.67 2.17 2.83 37.33 100.00
メキシコシティ1968 4.74 20.30 0.00 17.27 2.47 9.68 2.85 3.23 39.47 100.00
東京1964 5.75 17.86 0.00 19.05 3.57 9.92 2.98 3.57 37.30 100.00
ローマ1960 3.90 15.40 0.00 22.34 4.34 9.11 1.08 4.77 39.05 100.00
メルボルン1956 4.05 15.78 0.00 20.90 5.12 5.54 2.99 7.46 38.17 100.00
ヘルシンキ1952 1.96 16.56 0.00 15.47 2.40 0.00 3.92 2.40 57.30 100.00
ロンドン1948 0.00 20.44 0.00 0.00 5.60 0.00 7.06 3.16 63.75 100.00
セル2
   
表4:冬季オリンピック大会別国別メダル獲得数のシェア(%)              
  日本 米国 中国 ロシア ドイツ カナダ ノルウェー スウェーデン スイス オーストリア その他 合計
平昌2018 4.23 7.49 2.93 5.54 10.10 9.45 12.70 4.56 4.89 4.56 33.55 100.00
ソチ2014 2.75 9.62 3.09 9.97 6.53 8.59 8.93 5.15 3.78 5.84 35.74 100.00
バンクーバー2010 1.94 14.34 4.26 5.81 11.63 10.08 8.91 4.26 3.49 6.20 29.07 100.00
トリノ2006 0.40 9.92 4.37 8.73 11.51 9.52 7.54 5.56 5.56 9.13 27.78 100.00
ソルトレイクシティ2002 0.85 14.53 3.42 5.56 15.38 7.26 10.68 2.99 4.70 7.26 27.35 100.00
長野1998 4.88 6.34 3.90 8.78 14.15 7.32 12.20 1.46 3.41 8.29 29.27 100.00
リレハンメル1994 2.73 7.10 1.64 12.57 13.11 7.10 14.21 1.64 4.92 4.92 30.05 100.00
アルベールビル1992 4.09 6.43 1.75 13.45 15.20 4.09 11.70 2.34 1.75 12.28 26.90 100.00
カルガリ1988 0.72 4.35 0.00 21.01 23.91 3.62 3.62 4.35 10.87 7.25 20.29 100.00
サラエボ1984 0.85 6.84 0.00 21.37 23.93 3.42 7.69 6.84 4.27 0.85 23.93 100.00
レイクプラシッド1980 0.87 10.43 0.00 19.13 24.35 1.74 8.70 3.48 4.35 6.09 20.87 100.00
インスブルック1976 0.00 9.01 0.00 24.32 26.13 2.70 6.31 1.80 4.50 5.41 19.82 100.00
札幌1972 2.86 7.62 0.00 15.24 18.10 0.95 11.43 3.81 9.52 4.76 25.71 100.00
グルノーブル1968 0.00 6.60 0.00 12.26 11.32 2.83 13.21 7.55 5.66 10.38 30.19 100.00
インスブルック1964 0.00 6.73 0.00 24.04 8.65 2.88 14.42 6.73 0.00 11.54 25.00 100.00
スコーバレー1960 0.00 12.35 0.00 25.93 9.88 4.94 7.41 8.64 2.47 7.41 20.99 100.00
コルチナ・ダンペッツォ1956 1.39 9.72 0.00 22.22 2.78 4.17 5.56 13.89 8.33 15.28 16.67 100.00
オスロ1952 0.00 16.42 0.00 0.00 10.45 2.99 23.88 5.97 2.99 11.94 25.37 100.00
サン・モリッツ1948 0.00 13.24 0.00 0.00 0.00 4.41 14.71 14.71 14.71 11.76 26.47 100.00
セル2
   

夏季大会でひとつの参加国で10%以上のシェアをもつのは、1970年代には3ヶ国ありましたが、北京大会で自国開催となった中国を除けば2000年代では1ヶ国というのが通例となっています。

冬季大会は、競技種目数の増加は着実に見られるものの、夏季大会に比べれば3分の1にも届かない数です。参加国も圧倒的に少なく、ノルウェーのように伝統的に冬季大会に強い国が高いシェアを依然として保っています。今後、冬季大会も夏季大会並みに大規模化することが主宰者IOCにとっての成功を意味するとすれば、より多くの国々が参加できるように競技種目を多様化していくことが課題でしょう。

これまでは冬季大会とは縁がなかった多くの国々が参加できるように、競技人口が少ないなどマイナーな競技であっても、冬季大会の会場周辺で競技が実施できるものであれば、室内競技を中心に冬季大会に組み込むことで、規模の拡大(=獲得メダル数の増加)に焦点を当てて、「史上初めてメダルを獲得」と「過去最多」を両立させて大会を盛り上げることが可能となります。

夏季大会は既に競技種目数が1000に達しており、これ以上の大規模化は難しいかもしれません。もしそうであるなら、階級(クラス分け)の再編成、個人競技の団体戦化、団体戦の個人競技化といった方法で、競技種目の細分化を図る必要があるかもしれません。

既に、体操、卓球やバドミントンなどは団体戦が導入されていますし、今後はバスケットボールやサッカーなどの団体球技でも、一定時間でのフリースローやPK(ペナルティ・キック)の成功本数を競うとか、野球なども投手の投げる球のスピード競争とかMLBオールスターゲーム時に行われるホームラン競争のように、個人で競う種目が創設されるかもしれません。

もちろん、eスポーツのように、まったく新たなジャンルが競技種目としてオリンピックに参入してくる可能性もあります。むしろ、IOCは新たなジャンルの誕生・発展を好ましく感じているかもしれません。オリンピック競技として実施されることが一流のスポーツであると認めることになるのであれば、IOCにとっても新興スポーツの競技団体にとっても望ましいものでしょう。

 

さて、オリンピックでのメダル獲得を例に、絶対値での評価と比率(シェア)での評価の違いを見てきましたが、一般の企業においても同様の課題が付いて回ります。

絶対値での評価は、市場や事業規模が伸びている状況にあれば、多くの人が伸びたことを褒められる機会を提供します。しかし、オリンピックでは未だに生じていませんが、市場や事業規模が伸びない、更には縮小している状況では、絶対値での評価は前年割れなどこれまでの実績を下回るものばかりになってしまいます。全体がマイナス成長なのだから仕方がない、では済まされません。

比率(シェア)での評価は、市場や事業規模が伸びている状況であっても全員が褒められるとは限りません。また、市場や事業規模が伸びないか縮小している状況でも、比率(シェア)は減少する人もいれば、増える人もいます。伝統的な日本企業にありがちな、できるまで頑張るとか長時間勤務に耐えるといった方法ではなく、相当の創意工夫や革新的なアプローチで絶対値を多少なりとも引き上げて比率(シェア)を増やした人がいるのであれば、真に高く評価できると言えます。

このように、市場動向や事業規模の推移といった状況の変化を考慮した上で、絶対値にせよ比率(シェア)にせよ、結果を数値で評価し、適切な褒賞につなげていくことが望まれます。オリンピックのように、はっきりとした順位付けが可能であれば、なおさら望ましい褒賞プログラムと言えるでしょう。

 

作成・編集:経営支援チーム(2021827日)

 

 

 

 

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