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人材不足時代のベンチャー経営(1)

 

 先日、事務所のポストに人材募集のチラシがはいっていました。ビル清掃や大学や企業の食堂での調理のスタッフなどのサービス職や一般事務などを時給1400円程度から募集するものでした。

昨年あたりまでは、ポスティングで配られるもので人材募集はあまりなかった気がします。それがいまでは大版のチラシいっぱいに、近隣の歩いていける半径1キロ圏内だけで2030件もの募集広告が掲載されています。

 特に都市部のサービス業では、人手不足からの賃金相場の上昇が目立つようで、ここ1年で3割程度の上昇というのが実感ではないでしょうか。メディアでもそうした実態を報じるものが、よく目につきます(注1)。

実際、都内で事業を営んでいる経営者の方々からは、アルバイト採用の時給を1000円から1300円に引き上げたといった話をよく聞きます。それでも、人がそうそう採れないというのが実態です。

 大手の企業のように、スポットでの人材調達は人材派遣会社などに任せて、自社では新卒や一部の中途採用に絞っていても人材調達に支障がないのであれば、今年の賃上げは3%を目標にするなどと、一桁違う状況に対応していればいいのですが、ベンチャーや中小企業ではそうはいきません。

 こうした状況でなくても、ベンチャーや中小企業は容易に人材を採用することができません。まして、採用時賃金の相場が上昇中の現在、さらに賃金を高く提示するわけにもいきません。

 賃金というのは採用時の重要な条件には違いありません。しかし、高ければ高いほどよいというものでもありません。

賃金という雇用条件については、少なくとも次のようには言えます。

つまり、相場よりも明らかに低いのでは、よほどの個人的な事情や特別な人的関係でもない限り、誰も応募してこないでしょう。だからと言って、相場より高くすればするほど、短期的な金銭的魅力しかみていないタイプの人材ばかりが応募してくることになります。こうした人材はすぐに辞めてしまいがちな人々でもあります。それでは、何のために高い金額をオファーしたのかわかりません。

 それでは、賃金以外の要素で、何が人材採用に当たっての武器となるのでしょうか。そして、そこにベンチャーならではの強みがあるのでしょうか。次回以降、考えてみたいと思います。

 

【注1

一例として、次の西日本新聞の記事にも、サービスの現場での人手不足の現状が紹介されています。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180302-00010000-nishinp-soci

 

作成・編集:人事戦略チーム(201839日更新)

 

人材不足時代のベンチャー経営(2)

 

 同じ地域で同じ職種であっても、時給1500円を提示しても人が集まらない会社もあれば、時給1000円でも応募者が集まる企業もあります。パートタイマーやアルバイトだけでなく、正社員の採用であっても同様です。同じ業界で初任給に差がほとんどないのに、学生に人気のある企業もあれば、明らかに応募の少ない会社もあります。

 こうした違いは、個々の企業の知名度やターゲットとする人材層における魅力など、企業の人材調達能力の差によるものもありますが、人材調達能力ではさほど大きな差がないと考えられる中小企業やベンチャーの間でも、人を採用しようとするとその結果には大きな違いがあります。

こうした違いは、人材の募集要項での賃金以外の事項から生じるものと思われます。たとえば、勤務する場所(地域)、勤務時間やその時間帯、福利厚生プログラムなどの違いが、人材採用に大きく影響しているものと思われます。

 

勤務する場所というのは、通勤しやすいかどうかとか、在宅勤務などのテレワークや直行直帰などオフィスに縛られない勤務体系があるかどうかなどです。

社員の労働負荷を考えれば、通勤に便利な場所とか社員の住んでいる地域に近い勤務地ということを実現できればいいのですが、容易なことではないでしょう。そもそも通勤しなくても仕事ができるのであれば、それに超したことはないので、在宅勤務やテレワークを導入している会社のほうが、一般的には人材調達に有利でしょう。

勤務時間やその時間帯も人の採用に当たっては無視できない要素です。

まず、固定的な労働時間か裁量労働制などのフレキシブルなものかで全く異なります。また残業があったほうがいい人もいれば、一切できないという事情の人もいます。

これらも、会社が指定しうる固定的な労働時間をベースに、残業もある程度までは厭わない人だけを採用するというように、企業の側が人材条件を狭く絞り込んでしまうと、そうそう人は採用できません。言い換えれば、労働時間も勤務する場所と同様に、できる限りフレキシブルに対応できる企業が、働く人から選ばれるのです。

福利厚生プログラムについても同じようなことが言えます。勤務する場所や時間以上に、社員個々のニーズに合ったものが必要となりますから、より柔軟で多様なものが求められます。

就学前の子供を育てている人を例にとって考えてみましょう。

子連れ出勤を奨励するのか禁止するのか、企業内保育園などを整備するのか、ベビーシッターのサービスを利用できるように外部業者を斡旋するのか、課題解決のためには単に福利厚生プログラムにコストをかければいいわけではありません。子連れ出勤が象徴的ですが、職場のありかたや組織全体のマネジメントスタイルそのものが問われることになる課題もあります。

特にシングルマザー・シングルファーザーにとっては、保育園やベビーシッター斡旋よりも子連れ出勤のほうがいいかもしれません。とはいえ、子連れで出社して仕事をしてよいといっても、現実には通勤で混雑した電車に乗って通勤しなければならない職場や勤務時間では、子連れ勤務を許可したり奨励したりしても却って社員やその子供にとっては不都合かもしれません。勤務する場所や時間によっては、在宅勤務のほうが望ましいことも十分にありえます。

また、有給休暇の取り易さといった点も無視できない要素です。ルール上は事前申請が必要であっても、育児や介護などに当たっているのであれば当日申請でも認めるとか、1日ではなく半日や時間単位の有給休暇を認めるといった対応が求められます。

 

以上述べてきたことは、ほんの一例です。

現実には社員の人数分だけ、働く場所や時間の決め方や福利厚生プログラムの組み合わせが必要になるかもしれません。このように、社員個々の事情に対応できる柔軟さが組織に求められるとすれば、正しくダイバーシティとインクルージョンが問われることになります。

本来、ベンチャーは雇用環境や労働条件についても、しがらみなく(そもそも創業したばかりのベンチャーにはしがらみや過去の経緯といった歴史がないはず)、ゼロベースで柔軟に対応できるのが強みであるはずです。

こうした点は歴史の長い企業や多くの社員を抱える大企業よりも有利なはずです。その強みを活かすことができないようでは、ベンチャーをやる意味がないとすら、言えるかもしれません。

ただ、このようにさまざまなプログラムを柔軟に制度化して運用しているとしても、それだけではベンチャーは一般の企業との人材獲得競争には勝てません。あくまでも多少は優位を築けるかもしれない程度のものです。

 

作成・編集:人事戦略チーム(2018315日更新)

 

人材不足時代のベンチャー経営(3)

 

 4月の第1週ともなれば、就職したばかりの新社会人が会社という組織の現実の一端について身をもって知ることになり、少なからぬ人々が退職する最初の時期です。

なかなか新卒や若手の社員を採用できない中小企業やベンチャーにとって、SNSを分析しつつ、これはと思う人材にアプローチするチャンスを掴むことができるかもしれません。ただ、こうした採用のテクニックやノウハウの前に、規模の小さい会社や創業間もない組織ほど、人材を調達する際にしっかりと検討すべきポイントが4点ほどあります。

すなわち、自己分析、自社分析、人材の区分、手法の柔軟性です。

はじめに取り組むべきは、採用しようとする自社の人材面での分析です。ここで自社というのは、中小企業やベンチャーにおいては経営者自身のことを意味するケースが大半でしょう。経営者自身の得意・不得意を自覚するなど、自分自身の分析をせずに、欲しい人材を求めてもうまくいきません。

その次に、組織としての自社の分析です。前回、前々回に述べたように、賃金や労働条件などで対応可能なこととできないことを整理しておきます。

そして、採用すべき人材をいくつかに分けて、それぞれに効果的な採用方法(人材マーケットへのアクセス)をフレキシブルにいくつかを組み合わせて実施していくことになります。

 

さて、第一の自己分析ですが、これは人材募集に応募する人々(特に新卒の学生)が行うことと思われるかもしれません。

しかし、実は、経営者、特に起業家の場合、自分がどのようなタイプの起業家であるかという自分自身の自覚と、周囲の関係者(VC、金融機関、取引先、顧客、既にいる社員など)からの評価が大きく乖離していることが実によくあり、欲しいと思っている人材についても考え違いをしているケースが大半と思われます。

起業家自身は、雄弁にプレゼンテーションを行い、聴衆(社員やVCなど関係者)を引き付けて強い賛同を得ているつもりであっても、聴衆は思ったように行動しないものです。その原因を、VCに事業を理解する力が弱いとか社員が自ら考えて動くことができていないなどと言って、関係者のせいにするようでは、起業家失格です。これは人材の採用や活用という場面でも、起こりがちな現象です。

たとえば「自分で考えて動くことができる人材」が欲しいと経営者や起業家が口にすることが往々にして見られます。これなどは典型的な起業家自身のことを棚に上げたような話で、本当にそうした人材が目の前にいると「自分の思いを実現するように動かない」とか「報告がない、勝手に進めすぎる」などとダメ出しをするのがオチです。

 そもそも、起業家はビジネスを立ち上げるのに必要な資質や能力が自然と備わっている完璧な人材であるはずがありません。むしろ、起業家という人材像からみれば欠陥だらけのビジネスパーソンであるというところを出発点にする必要があります。言い換えれば、起業家は、現実の起業プロセスで成長し進化していく存在と言えるでしょう。

 実際、起業家と一言にまとめても、その特徴は様々です。資金調達が得意な金融関係出身者もいれば、テクノロジーに詳しい人もいます。いろいろな関係者を巻き込んで製品やサービスを具体化するオーガナイザーのタイプの人もいれば、自分でプログラムを作るなどエンジニアとして製品やサービスを具体化していくのに秀でた人もいるでしょう。なかには、営業の能力が抜きん出ているが故に仕事を取ってくることにかけては優秀な起業家という人もいます。

たまたま起業家という立場にあるからといって、誰もがビジネスプランを魅力的に語って、十二分な資金を集めることができるわけではありませんし、有能な人材が次々と仲間や同士になってくれるはずもありません。

人材について唯一確かなことは、起業家自身がどういうタイプであるにしろ、自分だけで事業を立ち上げるわけにはいかないということです。単に人数合わせの人材を集めれば事業が立ち上がってうまくいくと思う人はいるかもしれませんが、そうした事業運営ではすぐに限界に突き当たります。結局は、自分とは異なるタイプの人材とともに事業を立ち上げていくことに迫られます。

つまり、自己分析というのは、起業家としての自分の持ち味や特徴を自覚して、事業を立ち上げていくのに欠けている人材をできるだけ具体的に定義することです。この作業は、中小企業の経営者についても必要なことでしょう。

 

次に、組織としての自社の分析が求められます。

立ち上げたばかりの組織では、現状を分析しようにもやりようがないと思われるかもしれませんが、ここでは、どのような組織にしていきたいのか、そのカルチャー、仕事の進め方やワークスタイル、就業形態などを具体的にイメージしていくこと、および、そうした組織運営を実現していくのにどのような人材が必要なのかをある程度イメージしておくことを自社分析と呼んでいます。

人は雇えるのだが続かないといった状況に陥っているとすれば、組織のもっている特性と採用された人材との何らかの不適合が生じていると考えられます。いかに優れた人材を採用できたとしても、それが異物として排除される、いわば組織のアレルギー反応が起こっているような場合もよく見受けられます。

そうした状況をできれば未然に回避するために、採用した人たちの働き方の要望や労働慣行などを踏まえつつ、同時に、仕事の進め方のありたい姿を徐々に実践していくことになります。人材不足の時代であるからこそ、採用してダメだったら入れ替えるといった非効率な人材活用を忌避すべきでしょう。

たとえば、テレワークを原則とする就業形態をとる組織を目指すとしましょう。すると、毎日決まった時刻にオフィスに出社しないと働いた気になれない人は、当然、この会社には向かない人材となります。したがって、他の条件がいかに良くて能力面も申し分がないと思われても、採用は見送るべきです。もしこの人を採用したとしても、遅かれ早かれ、この人は辞めていきます。こうした事例を挙げ始めると、エクセルのシートがあっと言う間に埋まってしまいそうです。

 

次に、採用すべき人材の区別をつけることです。いっしょに事業を立ち上げる戦力を集めること(人材というよりも仲間とか同士とか呼ぶべき存在)と、単に労働力とか人手となる人員(つまり頭数としてカウントする要員)は、採用の方法どころか、そもそも人材マーケットも違います。

前者は、できることなら、起業する前から、これはと思う人には目をつけておくくらいの作業が求められます。人材を採用するというよりも、口説いて仲間になってもらうのです。

後者は、文字通り、採用活動を行って調達すべき人材です。採用というよりも、派遣や業務委託といった形も含めて必要な数を調達するといったほうが、より適切かもしれません。

ただし、ここで留意しておきたい点がひとつあります。

それは、起業したばかりで人数が少ない組織はもとより、30名程度までの組織であればどのようなものでも、新たに入社した1人のもつ影響力は決して無視したり軽視したりしてはいけないということです。

ヘッドカウントで調達すべき人材であっても、全体の人数が少ない状況では、その一人ひとりの存在や言動が組織全体のカルチャーや就業形態などに大きく影響しますから、あまりにも自社の合わない人はすぐに辞めてもらう必要があります。雇用期限が短期的であれば構わないかもしれませんが、いくら必要数を調達する人材といっても、自社の組織運営の方針や働き方などに合わない人は最初から仕事を頼まないくらいの割り切りが望まれます。

 

 最後の第四のポイントは、人材調達の方法を柔軟に考えることです。人材を採用するというと、募集活動をして、採用試験を行い、何らかの雇用契約を締結して、定着指導を行うといったプロセスを想定しがちですが、人材調達=一人ひとりの採用、というわけではありません。

 派遣や業務委託など、形式的には雇用契約ではない人材調達の方法もあります。ただし、こうした場合は、自社で直接採用するのと同じ程度に慎重に派遣される人や仕事を委託する人を見極める必要があります。

自社で直接雇用する際には、いきなりフルタイムで仕事をするのではなく、週に1日などパートタイムで仕事をすることで、既にいる社員と新たに採用しようとする社員との関係を見極めたり、入社しようとしている人が求めているもの(賃金か労働条件か、それとも仕事の意義ややりがいか)と組織として求めているもの(仕事の結果が出ればいいのか、チームメンバーとして役割を果たしてほしいのか)がどの程度合っているのか検証したりするといった方法もあります。

極端な話、ベンチャー同士で経営統合(合併)するのも、人材面で補完的な関係にある組織同士であれば、選択肢としていつでも十分にありうるものです。現に、この狙いでM&Aが行われる事例は毎年、見られます。自社が買収する側になることもありえますが、会社または事業を売却することで相互に人材を調達し合うことができれば、エグジットのひとつの形にもなるものです。

また、大手企業などと業務提携するというのも、特定の人的資源が不足している際には、スピード感のある人材調達の手段となる場合もあります。特に技術・開発志向の強いベンチャーにとって、営業やマーケティングといった分野の人材を調達することは後手に回りがちです。また、無理に採用しようとしても、自社のカルチャーや働き方と合わない人材を採用しなければならないという状況に迫られるかもしれません。そうした弱点を一気に解消するには、一人ひとりを個別に採用するよりも、そうした人材を既に有している組織と協業関係をもつことも、事業の立ち上げスピードを重視するならば、積極的に検討すべき手法でしょう。

いずれもそれなりの労力や手間がかかりますが、事前にそうした労力や手間を惜しむと、結局はいつになっても人材が調達できない、調達できたと思ったらすぐに辞めてしまう、ということを繰り返すことになります。それでは、いつになっても事業が立ち上がらないということは、改めて論を俟つまでもありません。

 

作成・編集:人事戦略チーム(201844日更新)

 

人材不足時代のベンチャー経営(4)

 

 新卒入社に限らず中途採用についても、一般の企業と同様にベンチャー企業も、ごく普通の就職先のひとつとして検討されるようになってきました。就職先の選択肢のひとつとなったことで、ベンチャーが企業社会において一種の市民権を確立したともいえるでしょう。

とはいえ、現実にベンチャー企業、特に創業間もないスタートアップで仕事をしようとする人にとっては、ベンチャーは一般の企業や団体に就職するのとは違うものと自覚しておきたいポイントが、3点あります。

 

第一に、入社した会社が成長する可能性のあるベンチャーか、見極めるポイントを自分なりにもっていることが求められます。そうした視点をもっておらず、就職先のひとつとして大企業や中堅企業と同じ土俵でベンチャーを考えると、自分のキャリアを形成する手掛かりすら失ってしまう虞があります。いわゆる就職氷河期にベンチャーに就職した人々の一定数は、まさにこうした経験をせざるを得なかったのです。

ベンチャーが成長するかどうか見極めるポイントというと、たとえば、創業者(創業チームという場合もよくありますがその場合は創業者チームの人々)と他の後から参画したメンバーとの関係があります。

創業者(チーム)のもつ強み弱みに対して、他のメンバーの特徴が相互補完的であれば、成長の可能性は相当にあるでしょう。反対に、創業者(メンバー)も他のメンバーも同じような特徴をもっていたり、創業者(メンバー)に比べて他のメンバーが明らかに見劣りする能力や資質しかもっていなかったりすると、これから入社する人や新たに入社した人の目から判断できるのであれば、人的な面からみた事業成長の可能性は低いでしょう(注2)。

創業者が技術志向の人であれば、マーケティングや営業、財務や人事などの面を強化する人材が必要です。創業者がオーガナイザー志向の人であれば、さまざまな人材を集めてチーム力を高めていくことができているはずですが、本当に多種多様な人材が集まっているか、そしてそれが有機的に活躍しているのかが問われます。

このように、起業家よりも優秀な面をもつ人材がいるか、他の社員(創業メンバー)に見習いたい人がいるかといったことこそ、ベンチャーで働こうとするのであれば、最低限はチェックすべきでしょう。これが大企業ともなれば、経営者や経営幹部に直接会う機会もないでしょうし、その能力や資質などを一般の社員が自分の目で見る機会も、まずないでしょう。ベンチャーならではのチャンスを逃してはなりません。

少なくとも、さまざまな事情や背景をもつ人々が働いているのかどうか、見てみましょう。同じようなバックグラウンドや価値観をもつ人々だけで構成されているようでは、事業の成長も組織の進化も期待できないのは、改めて述べるまでもありません。

 

次に考えておきたいのは、ベンチャーで働くことになった本人が「本当の動機」と「辞め時」を意識して働いているかどうかです。

一度入社したからといって、ベンチャーに長期にわたって勤め続けるわけではありません。5年も同じベンチャーで働いているとなると、既にベンチャーではなく中小企業です。通常、「次のオリンピックまで(長くて2年)」程度の目安で働く人が多いでしょう。

ベンチャーに勤めることを「参画する」ということがありますが、こうした表面的な言葉で、本当の働く動機を自分でごまかすことは是が非でも避けたいものです。

というのも、起業した経営者やその仲間の人たちはともかく、それ以外の人々にとって、ベンチャーも一般の企業や団体と同じく、たまたま働くことになった職場のひとつに過ぎません。

なぜ、その職場を選んだのかといえば、尤もらしい志望動機は一先ず脇に置いておくとすれば、応募(募集)のタイミング・地理的条件・勤務体制・人的関係などから偶然決まったというのが、大半のケースでしょう。もちろん、報酬などの労働条件というのも、本音・本心ではどうなのか、そこで働く人自身が自覚しておくべき重要な事項です。

本音・本心では納得のいかないことがあったり、条件面で妥協せざるを得なかったりすることがあれば、いつでも他社への転職ということを念頭に置いて働くことが望まれます。

就職した当初の働くことになった理由と、その後も働き続ける理由が違うこともよくあります。

働くことになった直接のきっかけは、自宅から30分以内という地理的条件や16時間以内とか週に4日までといった勤務体制を優先したからという人もいれば、自宅でのテレワークが可能でないと働けないという人もいるでしょう。また、報酬面などの労働条件で働くことを決めた人もいれば、たまたま創業者と知り合いだったので事務的な仕事を強引に頼まれたといった人間関係上のきっかけで働くことになったということもあるでしょう。

経緯はともかく、実際に働いてみると、ある程度は事前に予想(覚悟?)していたこともあるでしょうが、夢にも思っていなかったことが次々と起こるのもベンチャーならではの醍醐味(または「話が違う点!」と怒り心頭となる事件)といえます。特に、処遇に関して約束が反故にされることなど、言い出したら限がないでしょう。

事業が成長する組織は、当初は約束を反故にすることはあっても、ある時点からは、人材をつなぎ止める必要性などから、強引な組織運営や人事運用は次第に見られなくなっていきます。いつまでも改善されないのであれば、辞め時を探るべきでしょう。

ただ、そうは言っても、退職を言い出すタイミングを失して、ついつい働き続けることになる人もいます。こういう人は、自分で建前(「自分が起業するためにベンチャーの経営を勉強する」とか「大企業ではできないことに挑戦する」とか)に縛られていることもあれば、同じ立場の仲間を裏切れない(退職は裏切りでも何でもないのですが)と思いこんでいることもあります。なかには極めて稀に、心の底から仕事が楽しくて辞められないという人もいます。週に最低1回は徹夜をしないと仕事をやった気になれないという、ワーカホリックな人もいるかもしれません。もちろん、お金を得るために辞められないということもあるでしょう。

理由は人それぞれとしても、自分がいまここで働いている理由や今後も働き続ける理由を、どこまで自分に正直に意識しているかが問われます。通常は、ひとつのベンチャーで担当者として仕事を続けたまま、数年が過ぎたのであれば、次のキャリアステップに移るほうが望ましいでしょう。まして、働いているベンチャーが、第一のポイントに照らして成長の可能性が低いと感じられるのであれば、なおさら退職・転職するタイミングと思われます。

 

最後に考えたいのは、せっかくベンチャーに就職したのであれば、社員一人ひとりのもつ影響力の強さや大きさを行使することです。

ベンチャーに早い段階で就職した人の多くは、ふとした時にちょっとメモした程度の書類が、いつの間にか代々引き継がれて、本人が退職して数年経ってもまだ仕事の手順ややりかたを説明するマニュアルとして活用されていたことを知って、驚いた経験をもっていることでしょう。

このような例から理解されるように、1万人の会社の執行役員よりも10人のスタートアップの週3日のアルバイトのほうが、そのときその場で大きな影響力を行使できます。なにしろ、いままでこの世界にない製品やサービスを実現しようとしているスタートアップで、前例のない事業に挑戦しているとなれば、日々の仕事のやりかたも、先行事例やお手本がないのが当然です。

そうした状況で何か具体的な行動を起こせば、それがいかに試行錯誤のプロセスでの失敗例であったとしても、ひとつの先例・方法論となりえます。後から入社した人たちや遅れてきた競合他社は、その失敗から学ぶしかありません。つまり、スタートアップでは何をやっても、次の人々や周囲の関係者に影響を与えてしまうのです。

そのベンチャーが将来、事業が成長して社会に大きな影響力を及ぼすような存在になればなるほど、もしくは、一定の存立基盤を確立し、ある地域や業界などで存在が認められるようになれば、ビジネスにおける一種の教科書と見做されるようになるでしょう。

仮に会社としては存続していなくても、他社に買収されたり、仕事をいっしょにしていた人々がさまざまな企業や業界に流れていったりすることで、あるベンチャーでいっしょに働いた経験から得たものを、他社に広めていくことはよく見られます。

ベンチャーで働くということは、本人の意図とは関係なく、こうした影響力を行使することにほかなりません。もしかすると、この点こそが、ベンチャーで働く上での最も大きいな醍醐味と呼べるものかもしれません。

 

【注2

ただし、同質的な人材が集まっているベンチャーは、あるタイミングで一気に成長することは往々にして見られます。課題は、それが続かないことです。ある製品やサービスがたまたま当たって急成長した企業が、あっという間に失速して潰れるのは、マーケティングや開発や財務などの体制にも問題はありますが、組織や人材の面では同質的な価値判断しかできない組織体制に問題があるといえます。

 

作成・編集:人事戦略チーム(2018417日更新)

 

人材不足時代のベンチャー経営(5

 

人材不足が今後も続くと予想されるなかでベンチャーが人材を確保していく上で考慮すべき事項を、賃金・賃金以外の労働条件・人材の調達方法・働く人自身の働き方といった面から検討してきました。

 

 もともと、人材採用が容易でないベンチャーや中小企業にとって、採用時賃金の相場が上昇中の現在、賃金水準が明らかに低いのでは、よほどの個人的な事情や特別な人的関係でもない限り、誰も応募してこないでしょう。だからと言って、相場より高くすればするほど、短期的な金銭的魅力しかみていないタイプの人材が応募者により多くを占めるようになるでしょう。こうした人材はすぐに辞めてしまいがちな人々でもあります。

 つまり、賃金水準だけでは人材確保の決定的な要素とはなりえないのです。少なくとも、人材を採用するベンチャーにとって、いかに欲しい人材であっても、一方的に高い賃金を提示することはあり得ません。賃金が高くなればなるほど、求める成果も高いものとなります。往々にして、その高さは達成不能であったり、客観的にみれば「そんな人材はいるはずもない」と断言できたりするレベルにも至ります。

 

 賃金水準の次に、賃金以外の労働条件について検討しました。具体的には、勤務する場所(地域)、勤務時間やその時間帯、福利厚生プログラムなどの違いについてです。

勤務する場所というのは、通勤しやすいかどうかとか、在宅勤務などのテレワークや直行直帰などオフィスに縛られない勤務体系があるかどうかなどです。

勤務時間やその時間帯というのは、まず、固定的な労働時間か裁量労働制などのフレキシブルなものかで全く異なります。残業があったほうがいい人もいれば、一切できないという事情の人もいます。労働時間も勤務する場所と同様に、できる限りフレキシブルに対応できる企業が、働く人から選ばれやすいでしょう。

福利厚生プログラムについても同じようなことが言えます。勤務する場所や時間以上に、家族構成や個別の事情(育児、介護など)など社員個々のニーズに合ったものが必要となりますから、より柔軟で多様なものが求められます。

本来、ベンチャーは雇用環境や労働条件についても、しがらみなく(そもそも創業したばかりのベンチャーにはしがらみや過去の経緯といった歴史がないはず)、ゼロベースで柔軟に対応できるのが強みであり、歴史の長い企業や多くの社員を抱える大企業よりも有利なはずです。ただ、さまざまなプログラムを柔軟に制度化して運用しているとしても、それだけではベンチャーは一般の企業との人材獲得競争には勝てません。あくまでも多少は優位を築けるかもしれない程度のものです。

 

人材市場においてベンチャーが賃金や労働条件などで多少の優位性があるとしても、知名度やブランディング能力の低さから、なかなか採用したい人材にアプローチするのが難しいでしょう。そこで、自己分析、自社分析、人材の区分、手法の柔軟性、以上の4点から自社の採用を見直すことが必要です。

採用しようとする自社の人材面での分析といっても、中小企業やベンチャーにおいては、自社=経営者自身ですから、まず、経営者自身の得意・不得意を自覚するなど、自分自身の分析からスタートします。経営者、特に起業家の場合、自分がどのようなタイプの起業家であるかという自分自身の自覚と、周囲の関係者(VC、金融機関、取引先、顧客、既にいる社員など)からの評価が大きく乖離していることが実によくあり、欲しいと思っている人材についても考え違いをしているケースが大半と思われます。起業家といっても始めからビジネスを立ち上げるのに必要な資質や能力が備わっているはずがありません。むしろ、起業家とは、現実の起業プロセスで成長し進化していく存在です。

たまたま起業家という立場にあるからといって、誰もがビジネスプランを魅力的に語って、十二分な資金を集めることができるわけではありませんし、有能な人材が次々と仲間や同士になってくれるはずもありません。起業家自身がどういうタイプであるにしろ、自分だけで事業を立ち上げるわけにはいかないということだけは確実です。自己分析というのは、起業家としての自分の持ち味や特徴を自覚して、事業を立ち上げていくのに欠けている人材をできるだけ具体的に定義することです。この作業は、中小企業の経営者についても必要なことでしょう。

次に、組織としての自社の分析です。立ち上げたばかりの組織では、現状を分析しようにもやりようがないと思われるかもしれませんが、ここでは、どのような組織にしていきたいのか、そのカルチャー、仕事の進め方やワークスタイル、就業形態などを具体的にイメージしていくこと、および、そうした組織運営を実現していくのにどのような人材が必要なのかをある程度イメージしておくことを自社分析と呼んでいます。

自社分析がある程度できたところで、採用すべき人材の区別をつけることに取り掛かります。いっしょに事業を立ち上げる戦力を集めること(人材というよりも仲間とか同志とか呼ぶべき存在)については、これはと思う人には目をつけておくくらいの作業が求められます。人材を採用するというよりも、口説いて仲間になってもらうのです。一方、単に労働力とか人手となる人員(つまり頭数としてカウントする要員)は、通常の採用活動とともに派遣や業務委託といった形も含めて必要な数を調達することになります。ただし、起業したばかりで人数が少ない組織はもとより、30名程度までの組織であればどのようなものでも、新たに入社した1人のもつ影響力は決して無視したり軽視したりしてはいけないということです。

 そして、人材調達の方法をできるだけ柔軟に考えることも忘れてはなりません。人材を採用するというと、募集活動をして、採用試験を行い、何らかの雇用契約を締結して、定着指導を行うといったプロセスを想定しがちですが、人材調達=一人ひとりの採用、というわけではありません。派遣や業務委託など、形式的には雇用契約ではない人材調達の方法もあります。ベンチャー同士で経営統合(合併)するのも、人材面で補完的な関係にある組織同士であれば、選択肢としていつでも十分にありうるものです。現に、この狙いでM&Aが行われる事例は毎年、見られます。また、大手企業などと業務提携するというのも、特定の人的資源が不足している際には、スピード感のある人材調達の手段となる場合もあります。

 

ベンチャーの人材調達を考える上で忘れてならないのは、そこで働こうとする人自身の働き方についての視点です。これには3つのポイントがあります。

第一に、入社した会社が成長する可能性のあるベンチャーか、見極めるポイントを自分なりにもっていることが求められます。

たとえば、創業者(チーム)のもつ強み弱みに対して、他のメンバーの特徴が相互補完的であれば、成長の可能性は相当にあるでしょう。創業者が技術志向の人であれば、マーケティングや営業、財務や人事などの面を強化する人材が必要です。創業者がオーガナイザー志向の人であれば、さまざまな人材を集めてチーム力を高めていくことができているはずですが、本当に多種多様な人材が集まっているか、そしてそれが有機的に活躍しているのかが問われます。起業家よりも優秀な面をもつ人材がいるか、他の社員(創業メンバー)に見習いたい人がいるかといったことも、ベンチャーで働こうとするのであれば、最低限はチェックすべきでしょう。少なくとも、さまざまな事情や背景をもつ人々が働いているのかどうか、見てみましょう。同じようなバックグラウンドや価値観をもつ人々だけで構成されているようでは、事業の成長も組織の進化も期待できないのは、改めて述べるまでもありません。

次に考えておきたいのは、ベンチャーで働くことになった本人が「本当の動機」と「辞め時」を意識して働いているかどうかです。

ベンチャーに勤めることを「参画する」ということがありますが、こうした表面的な言葉で、本当の働く動機を自分でごまかすことは是が非でも避けたいものです。自分がいまここで働いている理由や今後も働き続ける理由を、どこまで自分に正直に意識しているかが問われます。通常は、ひとつのベンチャーで担当者として仕事を続けたまま、数年が過ぎたのであれば、次のキャリアステップに移るほうが望ましいでしょう。まして、働いているベンチャーが、第一のポイントに照らして成長の可能性が低いと感じられるのであれば、なおさら退職・転職するタイミングと思われます。

第三に考えたいのは、せっかくベンチャーに就職したのであれば、社員一人ひとりのもつ影響力の強さや大きさを行使することです。1万人の会社の執行役員よりも10人のスタートアップの週3日のアルバイトのほうが、そのときその場で大きな影響力を行使できます。ベンチャーで働くということは、本人の意図とは関係なく、その影響力を行使することにほかなりません。

こうしたポイントを自覚して働いている人とそうでない人が現にいるのであれば、できるだけ自覚してもらうように常日頃からコミュニケーションを図って、社員個々の影響力を引き出したいものです。起業しただけの人から起業家へ、さらに経営者へと進化していくことを自ら望んでいるなら、起業家自身がいっしょに仕事をしてもらう人々を組織化しながら進化していくきっかけを作り出したいものです。

 

以上のように、ベンチャーが人材を確保していく上で考慮すべき事項を、賃金・賃金以外の労働条件・人材の調達方法・働く人自身の働き方といった面から検討してきました。

採用する側が、いい加減な気持ちで採用活動を行うことはないと思いますが、現実の忙しさの中では、特に人員として考えている人材については、どうしても必要な時には、相当の賃金(相場の2倍とか応募してきた人の望む金額の50%増しとか)を提示してでも、誰でもいいから採用しようという場合も出てきます。

一度でも仕事をしてもらうと、その成果が組織にとっての先例となってしまいます。成果がでなかったとしても、そのこと自体がひとつの先例となるのがベンチャーの特性でもあります。成果というほどのものがでなかったからといって、単なる人手としてはいたほうがいいということで、そのまま仕事を続けることもよくあるでしょう。

ベンチャーが組織的に成長し進化していくにしたがって、当初は成果を挙げることができた人材であっても、成長・進化についていくことができないことは普遍的に見られます。まして、最初から十分な成果を挙げることができなかった人は問題外でしょう。

そうした人材が組織に滞留したままでは、本当に必要な人材をイメージできなかったり、新たな人材を求めても人件費の面で採用できなかったりします。同時に、既にいる人材の影響力があるために、組織のありかたが望ましい方向に変わっていかない場合もあります。こうした状況では、ベンチャーの成長・進化が止まってしまいます。

人材不足の時代だからといって、不要な人材を抱え込んだり、そもそも自社には向かない人材を無理に採用したりすると、肝心の事業の成長を阻害する要因になります。そうならないためには、絶えず、人材の流動性を実現してよりレベルの高い人材に入れ替えていくことを、意図的に行う必要があります。

外から人材を調達するにしても、採用方法を見直すよりもまずは採用しようとする自社の魅力作りが不可欠です。組織全体はもとより、ベンチャー経営者自身のレベルアップも欠かせません。

 

作成・編集:人事戦略チーム(2018424日更新)

 

 

 

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