さまざまなベンチャー企業の「人材・組織・働き方」をご紹介していくインタビューの第12 弾。
今回は、一般社団法人プリナップ協会代表理事として婚前契約(プリナップ)の普及を推進されている、多田ゆり子さんにお話を伺います。
― まず、婚前契約(プリナップ)というものについて、お話しいただけますか。
多田さん 婚前契約というのは「人生を添い遂げるおふたりが決意表明し、形に残すこと」(プリナップ協会HPより)です。
結婚するときに離婚のことを考える方は、まず、いらっしゃらないでしょう。しかし、現実的なことをお話ししますと、離婚はとにかく揉めます。
離婚による精神的な負担は計り知れません。実際、離婚のプロセスで、精神的心理的に問題を生じてしまう方も珍しくはありません。さらに、経済的なことも大きな問題です。特に女性にとっては、極めて大きな問題となります。
― 確かにそうでしょうね。
多田さん 行政書士として離婚に関するトラブルの解決に長年、当たってきましたが、やはり問題が生じてからでは遅いのです。そうなる前に、何らかの方策をとっておくほうが望ましいのではないでしょうか。
― ドイツなどでは、結婚に際して、法的に有効な財産目録を作成したり、夫婦間の財産契約をしたりするのが一般的、と聞いたことがありますが。
多田さん 欧米ではプリナップ(婚前契約)は広く普及しています。セレブなど著名人が結婚する時に、プリナップの内容の一部が紹介されることもありますから、日本でもご存知の方が増えつつあるかと思います。
― 婚前契約というくらいですから、契約の一種ということですか。
多田さん そうです。ただ、単なる口約束ではなく、きちんと文書化して、書面で残すことが重要です。“形に残す”といっているのは、その点です。
― 紙で残せば大丈夫?
多田さん 婚前契約そのものは、当事者、つまり、これから結婚されようとしているおふたりが合意したものをペーパーに残せば、それでいいのです。このレベルの婚前契約を扱われている行政書士の方などもいらっしゃいます。
当協会では、法的効力のある公正証書として婚前契約書を作成しております。婚前契約を公正証書化しているサービスは、日本では、まだまだ少ないかもしれません。
― 公正証書を作成するのですか。
多田さん そうです。
なぜ、公正証書にするかというと、遺言などと同じで、公正証書として成立している文書のほうが、万一揉めて裁判ということになった時に、効力が違います。まして、遺言は民法上の規定があるものですが、婚前契約はそういうものではありません。その分、公正証書とすることで法的効力を担保しておいたほうがいいと考え、当協会では公正証書とするサービスを標準的に提供しております。
― 具体的には、どういう内容を記載するのでしょうか。
多田さん お金のことや資産について、こういう場合はこうすると取り決めた事項も入ってきますが、まずは、結婚後のご夫婦での生活に関することがあります。また、お子さんのことやそれぞれのご両親のこと(同居・別居、介護のことなど)、さらには親戚との関係や親族の行事などもあります。
― 仕事や住居のこともありますね。
多田さん もちろんです。とても重要な事項ですね。
協会では、当事者おふたりで話し合って決められた事項を、公正証書の原案としてまとめます。そのうえで、公証役場で公証人が公正証書を作成(公正証書化)することになります。
― まずは、結婚するおふたりが話し合うことからですか。
多田さん 婚前契約書を作成することは大事なことですが、その前に、当事者が正式な婚姻関係に入る前に、結婚生活について、改めてきちんと話し合うことが大事だと思います。
こうしたことを話し合うことで、お互いの価値観を確かめ合って共有することができます。より具体的には、お子さんのことや親戚付き合いなど、また住居の計画とか仕事のことなど、その時になって初めて考え方の違いに気がついたのでは手遅れとなってしまうことでも、事前に話し合ってすりあわせておくこともできます。
― 話し始めると、かなり細かいことまで、たくさん決めないと安心できないように思われますが。
多田さん そう感じられるかもしれませんが、実際には、決めても守ることができないのでは意味がありません。そこで、これは守りたい、守ってほしい、というものに絞り込んで、できるだけ少ない項目数で作成されるようにアドバイスさせていただくこともあります。
― 婚前契約というと、あまり馴染みのない方が大半だと思うのですが…
多田さん ご相談いただく際、こういう事項を入れたいというものが特にあれば、メモ書きや簡単な箇条書きで構いませんから、事前にご準備頂いたほうがよろしいでしょう。
これから結婚していく上で、こういうことは事前に互いに相談しておいたほうがいいかなと思うものを話し合えばいいのです。いろいろと不安なことや心配なことがあるのが当然です。そうした点をご本人どうし、きちんと話し合う機会を設けることが大事ですね。
もちろん、当協会からアドバイスさせていただくこともありますので、あまり難しく考えずに、お気軽にご相談いただければと思います。
(2016年7月9日掲載)
多田ゆり子さんへのインタビューの第2回は、婚前契約の実情を解説していただきます。
― ところで、お客様といいますか、依頼者はどのような方が多いですか。
多田さん 圧倒的に女性が多いです。女性からの依頼が9割くらいになります。
― 皆さん、同じような状況ですか。
多田さん 必ずしもそうではありません。初婚の方が多いことは事実ですね。どちらかが再婚または再婚同士という場合、および国際結婚の場合と、大きくは3種類に分けられます。
― それぞれ、婚前契約に求めるものが違いますか。
多田さん 初婚の方の場合、多いのは、婚約期間中に相手の方に浮気をされたケースです。
こういう場合、なかなか他人に相談できるものではありません。親しい友人や家族にも、そう簡単に相談するわけにも参りません。そこで、ネットなどで解決策を探すうちに、婚前契約のことを知って協会のほうに来られる、ということがよくあります。
なかには、親御さんが婚前契約を薦められるケースもあります。
― 浮気したら、婚約自体が壊れそうですが。
多田さん 浮気をしたから許さない、というのであれば、あとは慰謝料という話になります。この人と結婚したいから、今回は許すけれど、次は許さない、そういう方が婚前契約を希望されるということが多いように思います。
実際の婚前契約の内容としては、今後は決して浮気をしないことを誓約し、結婚後もし浮気をしたら、慰謝料や住居などをどうするか、といったことを取り決めておく感じですね。
― なるほど。では、再婚の場合はいかがですか。
多田さん 再婚の場合は、やはり財産の問題とお子さんの問題が大きいですね。また、別れた配偶者(前妻、前夫)との関係、特に養育費の支払いや住居の問題などを取り決めることが一般的でしょう。
― 初婚の場合とは、けっこう内容が違いますね。より経済的といいますか、契約らしい内容ですね。
多田さん 国際結婚でも、財産などの経済的な項目は必須でしょう。また、民族や宗教が違うと、日常生活におけるさまざまな慣習が違いますから、それに対応する事項も重要です。
ただ、実際に多いのは、やはり双方の財産を明確にしておくものでしょう。
ちなみに、国際結婚といっても、婚前契約書は日本語で作成し、日本の公証人が対応することになりますので、言葉の面では問題ありません。
― 男性からの依頼はありませんか。
多田さん 比率は低いですが、なかには、男性からのご依頼もあります。特徴としては、医師などある程度、経済的な基盤や資産がある方が多いように思います。
― 婚前契約を扱われているうえで、プリナップ協会の特徴といいますと?
多田さん 婚前契約を扱われている方は当協会以外にもあります。ただ、公正証書として婚前契約を証書化しているところは極めて少ないと思います。
― なぜ、公正証書に?
多田さん 当事者同士の一般的な契約書と比べて、法的拘束力の違いは大きいですね。
もともと行政書士として、離婚協議書の作成など離婚に関する仕事をしておりました。そこで公正証書の重要性を実感していたこともあります。
― 公証人とか公証役場というと、遺言関係ではよく登場しますね。
多田さん そうですね。遺言に限らず、今は渋谷区のパートナー証明書など、新たなサービスにもチャレンジしていかなければならない時代になっているように思います。
公証人の方のなかには、婚前契約書のような新しいものに拒絶反応を示される方も時にはおられますが、積極的に対応して頂ける方もいらっしゃいます。前向きに取り組んでいただける公証人の方を知っているのも、ノウハウのうちでしょうか。
― 現状の課題というと何でしょうか。
多田さん プリナップ協会としては、まだまだ婚前契約の認知度が低いのが悩みの種です。
婚前契約に取り組み始めた当初は、月に1件でもお問い合わせいただければいいほうでした。今は、毎月、数件のご依頼をいただいておりますが、まだまだ少ないと実感しております。
― 認知度を向上させるために、何か取り組んでいらっしゃいますか。
多田さん 主にブログを通じて情報を発信したり、メディアに採り上げていただいたりするなどして、徐々に婚前契約の認知度を向上させるように取り組んでいます。その結果が多少なりとも出てきているのではないかと感じております。
(2016年7月16日掲載)
多田ゆり子さんへのインタビューの第3回は、プリナップ協会を設立されるまでの経緯からお話を伺います。
― 多田さんは、もともとどういう仕事をされていたのですか。
多田さん 最初に就職したのは、メガバンクです。そこを3年ほどで退職して、派遣社員で働きながら行政書士を目指しました。試験に合格し、結婚したりして、2005年に開業しました。
行政書士を開業した当初は、資格を活かして仕事ができればやってみたい、くらいの感じでしたが、実際に仕事をやってみると、次第にやりがいを感じるようになりました。
― 最初から婚前契約を?
多田さん いいえ。当初は、男女間の問題を扱うとはいっても、離婚に関するものです。今も、多田ゆり子行政書士事務所としては、離婚や慰謝料請求などに関するお仕事を主に取り扱っています。
― 離婚を扱うのは、いろいろとご苦労も多いのでは?
多田さん 離婚というのは、男性も大変でしょうけれど、女性は経済的な問題も含めて大変です。とにかく揉めるときはひどく揉めますし、人によっては、精神的にも参ってしまいます。多くの場合、女性にとっては、自立して生活していく上で仕事を探さなければならないことなど、経済的な問題は避けて通れません。
そうした状況にある方々を、少しでもサポートすることができれば、大きなやりがいになります。やりがいを実感できてきたからこそ、続けてこられたと思います。
― 離婚も、依頼者は女性が多いのですか。
多田さん 婚前契約もそうですが、離婚や慰謝料請求も依頼人の9割方が女性です。困っている女性を何とか手助けしたい、というのが根底にあるのかもしれません。
― 女性を支援するというのは、何かきっかけがあったのですか。
多田さん 6歳の時に両親が別れました。その後、母が大変だったことも見てきました。そういった個人的な体験も大きく影響していると思います。だからこそ、同様のトラブルの渦中にある人の力になりたい、できればトラブルに巻き込まれないように、事前に何とかできればいいのに、そんな思いが強くあります。
― そうでしたか。社会的な課題を解決するといっても、自分と何らかのつながりがある問題でないと、何から取り組めばいいのかわからないことも多いように思いますが、多田さんご自身の体験も踏まえてのお話ということを伺って納得できるものがありました。
多田さん 実は、もうひとつ新たなサービスの開発中です。婚約証明というものを、これから結婚しようとされている方々に広くお薦めしたいと考えています。
― 婚約証明?婚約したことを第三者が証明するということですか。
多田さん 婚前契約書は結婚後の二人のルールを書面化したもの、というのに対して、婚約契約証書は、婚約の証(あかし)となります。プリナップ協会では、婚前契約書だけでなく、婚約時に交わして頂く「婚約契約証書(婚約合意書)」も作成しております。
― 内容は?
多田さん まず、AさんとBさんが○年○月○日に「婚約をした」という事実そのものを明記して、確認することができるようにします。そして、結婚式や入籍などの場所や日程、婚約不履行などのトラブルとなった場合の費用負担などを記すものです。
― これは公正証書とするのでしょうか。
多田さん いいえ。公正証書ではなく、第三者が証人として立ち会うことで、当事者のみで契約を締結するよりも確実性を増すようにしています。プリナップ協会では、証人としての立会料を含めて、2万円(消費税別)でお引き受けしております。
― 実は、以前、婚約していた同僚どうしが結婚式の直前に別れることになったのですが、その後、お金の問題で揉めて、結婚式場の人がキャンセル料か違約金を勤務先に取りに来たことがありました。そういった問題にならないように、事前に決めるべきことは決めておくというわけですね。
多田さん 勤務先まで取りに来るというのは、私も聞いたことがありません(笑)。
― 婚約契約証書もまた、日本ではあまり見られないものですね。まずは、啓蒙活動が中心となりそうですね。
多田さん そうですね。婚前契約もそうですが、少しずつでも、ブログで紹介したり、メディアで扱ってもらったり、広報活動から注力しています。また、婚活などを事業としていらっしゃる会社などと提携して、婚約契約証書を普及させていくことができればとも考えています。
昔であれば、結納といった儀式や比較的高額な婚約指輪がありましたから、婚約が成立したことを裁判で主張しても認められることがよくありました。しかし、現代では結納もなければ、婚約指輪もファッションリングと変わらないものも珍しくはありません。婚約があるということを何らかの形で表わしておかないと、その存在を証明できないということから、広く知っていただきたいと思います。
(2016年7月23日掲載)
多田ゆり子さんへのインタビューの第4回は、婚前契約サービスや離婚関連サービスの事業面での特徴などを伺います。
― 事業として見た場合、婚前契約は普及期にありそうですが、婚約契約証書はこれから立ち上げていこうとされているようですね。
多田さん そうですね。
すでに問題化してしまった状態にある離婚トラブルに関するマーケットは、近年、弁護士など他の士業などの参入が激しく、レッドオーシャン化しているように感じます。その点、婚前契約はブルーオーシャンといいますか、競争がやたらに激しいわけではありません。
― 離婚関連のマーケットは過当競争ですか。
多田さん 行政書士事務所のほうで扱っているのですが、離婚協議書を公正証書にして作成して、それで終わりだったら、離婚で苦労する人などいないでしょう。
こうした書類を作成するまでの話し合いも大変ですが、それからも大変です。特に一度仕事から離れてしまった女性の場合、経済的にも社会的にも精神的にも、いきなり自立が求められますから、実行するのは容易なことではありません。
― 離婚までも大変そうですが、その後はもっと大変ということでしょうか。
多田さん 特に、シングルマザーとなってしまう女性にとっては、仕事をするといっても、労働条件がかなり制約されてしまいます。勤務地が遠く、通勤時間が長いのは、やはり難しいでしょう。
一方で、それなりに収入も必要です。なにしろ、養育費を多少なりとも得ているのは、離婚全体の約2割です。お子さんがいないとしても生活していくのは容易でないのに、シングルマザーとなれば本当に大変です。
― その通りですね。
多田さん そこで、その一助になればと考え、いくつかのサポート・プログラムを用意しております。たとえば、具体的に就職先となりそうな企業をご紹介したり、メンタルコーチングを通じて、心の面からサポートさせていただいたりしています。
― 男性の場合、多くはずっと仕事をしているので、離婚したからといって同時に就職先を探す必要に迫られるわけではないですね。
多田さん 特に専業主婦の期間が長かった女性の場合、仕事をする前にまず、研修が必要です。ビジネスの現場を数年離れていただけでも、IT関係などは一変していることが普通です。まして、いままで経験したことのない職に就くこともあるわけで、相応のトレーニングが不可欠です。
― 離婚に限らず、出産や育児を契機に仕事から離れてしまうと、仕事に復帰するのは容易ではないでしょうね。かなり優秀な女性でも、けっこう苦労されていますね。
多田さん ご紹介できる企業は、シングルマザーなど子育て中の女性が仕事をすることに十分に理解があり、フレキシブルに労働条件などを対応できるところばかりです。
― そうした企業は、まだまだ数少ないということはありませんか。
多田さん 企業を経営されている方々にも、お願いがあります。それは、シングルマザーや子育て中の女性を雇用し戦力化することに、もっと積極的になっていただきたいということです。雇用される女性にメリットがあるのはもちろんですが、企業も他社との違いを女性雇用の面で打ち出すことで、ひとつの強みを確立できるのではないでしょうか。
そうした特徴を打ち出すことができるような企業が、もっと起業されることも強く希望します。
― 多田さんご自身もお子さんがいらっしゃり、ご家庭をおもちですが、仕事と家庭を両立させて、うまくいく秘訣みたいなものはありますか。
多田さん 自分では特に意識していることはありませんが…
― 特に起業家のような方々は、どうしても仕事に前のめりになってしまいがちです。
多田さん 起業家や経営者のように、外ではリーダーシップを発揮して主導権を握る男性が、家では奥様に主導権を握られているほうが、うまくいくのではないでしょうか。外でも家でも、いつもリーダーシップをとるのは、男性もつらくないですか。
個人的には、オフィスでも家でも、いつも一緒にいるのは、正直しんどいように思います。ご夫婦で同じ会社を起業し経営されるにしても、果たすべき役割や仕事をする場所が違うほうがいいのではと思います。
― 今日は婚前契約や婚約契約証書など新しいサービスをご紹介いただき、どうもありがとうございました。
インタビューを終えて
多田さんとのインタビューの1週間くらい前だったでしょうか、たまたま「クレイマー、クレイマー」という映画を久しぶりに見直す機会がありました。1970年代後半のアメリカで注目されていた離婚(特に女性が精神的経済的に自立しようとすることと不可分な離婚)の問題が、今の日本でもまだまだ多く見られるのかもしれません。
世の中に現にある課題を解決するために、新たなサービスを導入・開発していくというのは、多田さんご自身からは“社会起業家”という言葉こそ発せられなかったのですが、まさしく社会起業家の行動です。
今後は、組織化をより意識した行動が求められるかもしれません。
つまり、婚前契約や婚約契約証書など、これまでにはなかったものを広く普及させていくには、サービスの標準化(契約の手続き、契約書の書式や記載事項、話し合いの方法、提供価格など)も必要でしょう。また、サービスを提供する側の標準化(プリナップ協会が認定する資格や認証、そのために学ぶべき内容を教科書や講座として整備したものなど)も、ある程度は進めていくことで普及を促すことにつながるでしょう。
さらにいえば、婚前契約や婚約契約証書なども含めて、家庭の管理(ファミリー・マネジメント)とか財産管理(ウェルス・マネジメント)を、近い将来、中学や高校の必修科目にすべきかもしれません。当面は、出張授業や講演で、より若い世代にアプローチされるといった方法もありそうです。
(2016年7月30日掲載)
写真・構成・文章作成:行政書士井田道子事務所+QMS