さまざまなベンチャー企業の「人材・組織・働き方」をご紹介していくインタビューの第7弾。
今回は、“おもてなし電話”の事業を展開されている、株式会社シンカ 代表取締役 江尻高宏さんにお話を伺います。
― はじめに、御社の事業をご紹介ください。
江尻さん 弊社は、“おもてなし電話”というクラウドを活用したCTI(Computer Telephony Integration)サービスを提供しています。
― CTIサービスというと、コールセンターみたいなものですか。
江尻さん 規模が大きいものは、コールセンターに相当します。弊社で提供しているものは、もっと小規模なものです。
― ちなみに、一般にコールセンター向けのCTIサービスというと、どれくらいかかるものでしょうか。
江尻さん 小規模なものでも百万円単位、大手金融機関などのものとなると、一千万円単位の初期投資が必要でしょう。
― “おもてなし電話”は、費用的にはいかがですか。
江尻さん 月額9800円程度から、導入いただけます。
― どうして、そんなに低価格で提供できるのですか。
江尻さん よく、コールセンターのLCC版です、と紹介させていただいております。
通常のコールセンターは、1社で1サーバーを使います。“おもてなし電話”では、複数のお客様で1サーバーをシェアして使うことになりますから、まず、お客様1社当たりのサーバー使用料が安くなります。
さらに、“おもてなし電話”は中小企業に必要な機能だけに絞っています。つまり、コールセンターでしか使わないような、高機能な部分はバッサリ削除しています。コールセンターほどの大きな組織を自前でもつ必要がない事業所や一般のお店で、お使いいただくことを想定しています。
― 実際に導入するとしたら、どうすればいいのでしょうか。
江尻さん “おもてなし電話”は、事務所や店舗に専用のCTIアダプターを設置するだけで、すぐにお使いいただけます。
設備工事を行う業者が伺って、アダプターを取り付けさせていただきます。それで、お客様のところにかかってくる電話について、その番号でのお取引履歴などを表示することができます。同様のことは、タブレットでも対応できます。
― すでに使っているシステムなどは、どうすればいいですか。
江尻さん 営業支援システムや顧客管理システムも、お客様がすでにお使いのシステムを、そのままお使いいただけるように工夫しています。
さらに、クラウドサービスですから、他社との提携なども活用しながら、追加の機能を毎月、更新しています。最近も、名刺管理や予約管理などのシステムとの連携が取れるように、機能を拡充させています。
― どういったお客様がいらっしゃるのでしょうか。
江尻さん 商店街のお店や一般の飲食店、各種サービス業、クリニックや介護施設、NPO法人、独立開業されている専門家の事務所など、多種多様な方々にご利用いただいています。
弊社のHPに、実際にご利用いただいているお客様の声をインタビューしているものがあります。そちらをご覧いただくと、具体的にご理解いただけると思います。
― 競合他社とか類似したサービスというのはありますか。
江尻さん 一般的なCTIサービス、特にコールセンターなどを対象にしたものはあります。しかし、完全にクラウド型で、中小企業や店舗向けの小規模なCTIサービスというのは、弊社の知る限り、聞いたことがありません。
ちなみに、クラウドCTIで業界リーダーの会社の方から、店舗向けに着目したのはすばらしいとお褒めの言葉をいただいたことがあります。その会社では、店舗を対象としたCTIサービスの市場があることは、わかっていたらしいのですが、営業の方法がわからなかったそうです。
(2015年11月29 日掲載)
昨年8月にサービス提供を開始された、株式会社シンカ 代表取締役 江尻高宏さんにお話を伺うインタビューの第2回は、ITサービスを活用する際のポイントを語っていただきます。
― “おもてなし電話”を店舗向けに開発・営業された理由とかきっかけは、特にありましたか。
江尻さん 起業する前に大手コンサルティング会社に8年ほどおりました。そのときに、中小企業や自営業者の現場で、もっともっと売上を伸ばす、ということを徹底的にやりました。そのときの経験もあり、こうしたITサービスがあれば、もっと売上が伸びる店があることを、現場感覚で把握していました。
― サービスの名称ですが、“おもてなし電話”というのは、あまりITらしくはない感じがしますが。
江尻さん そうです、それが狙いです。
ITサービスは、もっとわかりやすいネーミングが必要です。「クラウドベースのCTIシステムでCSアップ」といったのでは、一般の方々には何を言っているのか理解してもらえません。
こうした発想も、現場での経験が生きていると言えるかもしれません。
― ITというと、どうしても技術的に難しいとか、導入するのに手間もコストも多大にかかるといったイメージがあります。なかなか一般人には敷居が高いのではないでしょうか。
江尻さん そういう印象があることは否定しません。しかし、それでは、せっかく便利なものがありながら、うまく使えないまま、宝の持ち腐れとなってしまいます。
そうならないように、直感的でわかりやすい、使いやすいものがITサービスに不可欠なのです。そうでなければ、多くの人に広く使ってもらうことはできません。
“おもてなし電話”というネーミングも、多くの人に直感的にわかっていただきたくて、選んだものです。
― ITを使い倒すくらいの発想が必要ですね。
江尻さん そうです。お客様にはITは道具と割り切って、その使い方や効果をしっかりと把握していただきたいと思います。
実際、ITは、まだまだ活用しきれていないのではないでしょうか。コールセンターのもつ技術やサービスは、過去に開発していた私が申し上げるのもなんですが、とても素晴らしいものです。それがクラウドという技術のおかげで、コストが大幅に低下しながら、技術面では性能が向上して、弊社のようなサービスが実現できています。
いわば、できたらいいなあ、という夢が実現していくのです。ITで世の中を変えていくことは、まだまだできます。若い人たちにも、そういう視点でITを見て欲しいと、いつも思っています。
― ITという道具を使って、何をするか、ですね。
江尻さん おもてなしといいますか、サービスといいますか、こうしたものは、人間の力だけでは無理なところがあります。
多くのお客様がいらして、それぞれに個別に対応できれば、それに越したことはありません。繁盛店というのは、それがちゃんとできるから、繁盛店になるわけです。
とはいえ、経営者やベテランの従業員だけでなく、今日から仕事を始めた店舗スタッフもいます。いきなり、お客様のデータを頭に叩きこんで、ちゃんと個別にきめ細かく対応しろ、というのは無理な話です。
そこをITでサポートすることで、お客様にはおもてなしと呼べるサービスを実現しつつ、従業員には無用なストレスやプレッシャーをかけずに、やるべき仕事をやってもらうことが可能になります。つまり、ITという道具を使うことで、お客様も従業員もハッピーになれるのです。
― いくつか活用されているケースをお話しいただけますか。
江尻さん 飲食店では、いまは3~4店に予約を入れておいて、接待などをするのが当たり前なので、キャンセルの発生が常態化しています。それも当日キャンセルです。飲食業界では、このNo Show 対策が大きな問題となっています。
そこで、“おもてなし電話”では、過去にNo Showがあったお客様であるかどうか、一目でわかるようにすることで、事前に対応を考えることが可能です。
もちろん、常連のお客様であれば、サービス名のとおり、お客様によけいなお手間を取らせずに、おもてなしをさせていただくことができます。お客様のお好きなもの、苦手なものなど、食材等に関する情報なども表示できますから、今日から仕事を始めたアルバイトの方でも、メニューのご提案がスムーズにできます。
― なるほど、それは助かりますね。
江尻さん ほかにも、こういうケースもあります。
一見忙しそうに思えても、予約管理などが的確に行われていないと、収益的には苦しくなるところ、たとえば、クリニックやサロンのような業態ですと、予約の変更率が高いほど、稼働時間が低くなり、損益に重大な問題が生じかねません。
そこで、予約の電話がかかってきたときに、一人ひとりの予約実績などをその場で見ることができれば、より効率的な予約管理が実現できます。
― そういうビジネスでは、時間稼働率が極めて重要ですね。
江尻さん 税理士や弁護士など、士業の方々のオフィスにも効果的です。
債務整理を専門に担当されていると、どのクライアントにどれだけの債務があったか、などという状況に応じて、電話で受け答えすることが肝要です。こうした場合にも、“おもてなし電話”をご活用いただいております。
(2015年12月6 日掲載)
ITをより気軽に誰もが使えるように、ビジネスを展開中の江尻高宏さん。今回は、起業の経緯などを中心に、お話を伺います。
― ところで、江尻さんは、いつ頃から起業しようと思われていたのですか。
江尻さん もともと学生の頃にITで起業したいと思っていました。ちょうど、Windows 95 がリリースされて、多くの人が列をなして買い求めていた時代でした。
― 学生ベンチャーというわけでは、なかった?
江尻さん さすがに今と違って、学生からいきなり起業というのは、まだまだ一般的ではありませんでした。ITサービスやビジネス全般のことを勉強してから起業しようと考えて、まずは、3年は修業のつもりで、就職してみようと思いました。
― 石の上にも3年ですね。
江尻さん そうですね、修業のつもりで、3年+3年と2社くらいで経験を積んで、30歳前後に起業できれば、というイメージでした。
― なかなか計画的ですね。それで、実際はいかがでしたか。
江尻さん 現実は、計画どおりというわけにはいきません。はじめに入社した、株式会社日本総合研究所(日本総研)に8年ほど、次に転職した、株式会社船井総合研究所(船井総研)に8年ほど、それぞれ勤めることになりました。
― ちょっと、というか、けっこう長くなりましたね。
江尻さん 実際に仕事をすると、関わっている案件を途中で放り出して辞めるわけにもいきません。一緒に仕事をしていた人たちにも迷惑がかかりますし、仕事を依頼してくれていた顧客にも迷惑をかけることになります。
日本総研では、大きなITプロジェクトに関わっていました。プロジェクトがある程度の区切りが来るまでとなると、機械的に3年で辞めるというわけにはいきません。
そこで、金融機関向けに大規模なコールセンターのシステムを構築するプロジェクトを担当して、その仕事を通じて顧客から感謝されることもありました。こうした経験が、“おもてなし電話”につながるアイデアとなって結実したのかもしれません。
― 次に、船井総研に転職されたのですね。
江尻さん ある転職エージェントを通じて、転職することになりました。実は、それまで船井総研という名前もどのような会社かも、知りませんでした。エージェントの方にお任せという感じで、日本総研とは違う経験を求めて、転職しました。
― 一般的なイメージでいえば、総合研究所と社名についている以外は、まったく同じようなところがない会社と思われますが。
江尻さん 実際、働いてみると、その通りでした。ちなみに、日本総研の人たちからは「船井総研に転職していった例はない」と言われましたし、船井総研では「日本総研から入社してきた人はいない」と言われました。
日本総研は、主にITシステムやシンクタンクといった分野で、大手企業や官公庁などを中心に、それなりの人数で構成されるチームでプロジェクトを進めていく企業です。
それに対して、船井総研は、商店や中小企業を中心に、営業・販売・マーケティング等の面から、店の売り上げを伸ばして、会社を成長させるところに特色があります。
こうした特徴をもつ両社での経験が、いま、活きているのは間違いありません。そういう意味で、最初の就職も、次の転職も、起業にプラスになりました。
― 船井総研に8年ほど勤められてから、シンカを起業されたのですね。
江尻さん そうです。シンカという社名は、風呂に入っているときに思いつきました。
日本総研時代には「本当に考えているのか」と絶えず、問われ続けていました。お客様にとって、何が必要なのか、何が求められているのか、いつも考え続けることが大事ということを、叩きこまれました。
もともと考えることは好きでした。そこで、英語で考えるという意味の Thinkと日本語の「考える」を合成して、シンカという音と言葉を作り出しました。
― シンカという音からは、ダーウィンの進化論の「進化」がイメージできます。
江尻さん お客様のご要望に対応していくことで、いつも進化し続ける会社でありたい、と思っています。弊社が提供するサービスがよりよくなっていくことで、生み出されるワクワク感も大事です。
その結果でしょうか、これまでのところ、“おもてなし電話”を導入していただいたお客様から、解約されたケースはひとつもありません。
また、お客さんのご要望をただ伺うだけでなく、より深くお客様を理解していく、そういう「深化」という意味も、この社名には込めています。
(2015年12月13 日掲載)
学生の頃から起業を志していた、江尻高宏さんにお話を伺うインタビューの最終回は、起業家としての考え方や動き方、さらに今後の事業の見通しなどを語っていただきます。
― いざ起業するとなると、ご家族の反対とかは大丈夫でしたか。
江尻さん 妻は、日本総研に勤めていて知り合って、社内結婚しました。いまでも、そのまま勤めています。結婚前から、いつかは起業したいと伝えていたので、特に反対ということもなかったですね。
子どもは二人いるのですが、シンカという会社は、3人目の子供みたいなものかもしれません。
― 実際に起業されてみて、いかがですか。起業前に思っていたことと、けっこう違うところがありますか。
江尻さん ベンチャーや中小企業は経営者で99%決まると言っても過言ではない、と船井総研にいた頃から実感してはいました。いまは、まさにそうだと、改めて思います。
もちろん、一緒に働いてくれる社員の働きも大きいのですが、社員の力を発揮してもらうのも、経営者の仕事です。
― ベンチャーで働こうとする人には、どういうことを求めますか。
江尻さん 弊社に限らず、ベンチャーで働こうと意欲をもってくれるのは、ありがたいです。ただ、仕事が9時~5時で終わるという意識の人は、まず向かないですね。
それに、勉強できればいい、育ててもらう、という意識の人もベンチャーでは難しいでしょう。弊社もそうですが、やはりベンチャーは即戦力、すぐに結果が出せる人でないと、雇えません。
― なかなか厳しいですね。
江尻さん もちろん、入社するときには、即戦力として期待できる人を採用するでしょう。しかし、なかには能力はあっても、ベンチャーに合わないという社員もいます。そうした時に、感情に流されずに、その人にはっきりとベンチャーには合わないと伝えることも、経営者の大切な仕事のひとつです。
― さて、“おもてなし電話”は、2014年8月のリリースから、すでに30業種以上、100社以上、400店舗以上のお客様に導入されている(2015年8月現在)そうで、なかなか順調な事業展開ではないか、とお見受けします。
江尻さん いやいや、そうでもありません。事業の見通しとしては、もっと一気に大きく伸びているはずだったのですが、なかなか思うようにはなりません。
― そうすると、課題は?
江尻さん やはり、営業のより一層の強化が必要ということです。営業代行を担当してくれるところとの業務提携なども、早急に実施したいと考えています。
― 海外については、いかがですか。
江尻さん 海外の販売代理店をやらせて欲しい、といった引き合いはいただくのですが、本当にニーズがあるのか、よくわかりません。技術的にも、弊社のアダプターは日本の電話信号の規格に対応していますが、海外展開となると、それぞれの国や地域の規格に応じたものが必要となります。
― 電話で予約や問い合わせをするという、カルチャーの問題もありそうですね。
江尻さん カルチャーといえば、日本では年間1万円のお客様と100万円のお客様がいたとすれば、同じサービスでいいと考える経営者は、滅多にいないでしょう。100万円買ってくれるお客様を特別扱いしないほうが、むしろ問題となりそうです。
しかし、金額や購入頻度が違っても、同じサービスでいい、と考える国もあります。こうしたカルチャーの違いも慎重に考えないと、海外展開は難しいでしょう。
とはいえ、実は10年後にはアメリカにも本社を作って、2本社制で事業を運営するビジョンをもっています。そういうこともあって、シンカという社名に英語でもわかるような要素をもたせました。
― グローバルに“おもてなし電話”が展開されていくことを期待しております。それでは、最後にこれから起業を目指そうとしている人たちに、何かアドバイスをお願いします。
江尻さん 起業するには、二つの要素が必須ではないかと思います。
ひとつは、仕事への情熱です。これがないと、起業にせよ、別のことにチャレンジするにせよ、話が始まりません。
もうひとつは、ビジネスモデルをしっかりと考えることです。どういうお客様に、どの程度の価格で買っていただくのか、そうすると、どういう売り方をしなければならないのか、徹底的に考え抜くことです。
― もう少し、詳しくお願いします。
江尻さん 弊社の例でいえば、CTIサービスはもともと大規模で高価なものが主流でした。ただ、それでは、CTIサービスを導入していただけるお客様は、大手の会社に限られてしまいます。多少は規模を小さくしたところで、中堅クラスの会社でないと、とても手が出せない価格です。
もし、CTIサービスをもっと安く提供できれば、使いたいと思っているお客様がたくさん存在することは、船井総研での経験から知っていました。そこにクラウドという技術が進歩してきて、技術的にもコスト的にも実現できるようになったわけです。
そこで、薄利多売で一気に市場を広げることで、ビジネスになると考えました。
― 仕事への情熱とビジネスモデルを考え抜くこと、このふたつが肝ですね。
江尻さん 起業のやり方やマネジメントの手法、ITビジネスのノウハウ、ITサービスを実現するシステムや技術など、やってみて、うまくいかなければ、柔軟に変更すればいいだけです。ノウハウは外部から購入することもできます。
重要なのは、起業しようとする人が、まず、お客様のこと、そして、お客様の要望に応えられるビジネスモデルのこと、こういうことを、どこまで徹底的に考え抜いているか、という点に尽きるのではないでしょうか。
― 確かに、お客様やビジネスモデルをより深く徹底的に考え抜いたところが、お客様の支持を得て、事業として成立していきますね。本日はどうも、貴重なお話を伺うことができて、ありがとうございました。
インタビューを終えて
うまく立ち上がらないビジネスの典型というと、技術的に素晴らしい製品はあっても、誰にどう売ればいいのかわからない、または、営業力はあっても、売ろうとするものに、これといった技術的な優位性がない、いずれかに該当するケースが大半でしょう。
米国などでは、理学系や工学系の修士号・博士号をもっている人が、MBA修得などを通じて、営業・マーケティングなども身につけて、事業運営全体の責任者になったり、起業したりすることが珍しくないように思われます。
問題は、こうしたキャリアを歩む人が、日本では、まだまだ限られた人数しかいないことです。
江尻さんのキャリアは、まさしく技術と営業をいう二つの強みを身につけるのに理想的で、起業を志す方々にとって、ひとつのモデルを提示されていると言えそうです。
(2015年12月20日掲載)
写真提供:株式会社シンカ
構成・文章作成:行政書士井田道子事務所+QMS